想い人。その使い慣れない言葉を口の中でつぶやく。
「えっと、うーん…分かりません」
彼女は義高を初めて見たとき、彼を光源氏のようだと思った。共に過ごす中で、沢山素敵なところを見つけた。でも、それは義村の言うような感情ではなく、親しみや憧れに近い感情だった。
(恋…)
じっくり考えるとなんだか気恥ずかしくなってくる。
「人に恋するとはどういうことなのかしら?」
「そう聞かれると困りますねえ…」
義村は難しい質問を返されて戸惑っている。
その表情は「ああ、こんな幼子にこんな質問するんじゃなかった」と言わんばかりであった。
「あの…ごめんなさい」
「姫は悪くないですよ?…姫様は優しくて素直でいらっしゃる」
義村は苦笑いして立ち去ろうとしたが、ふと立ち止まって言った。
「でも、その想いが恋だろうが、そうでなかろうが、姫が義高殿を大切に想っていることが大切なんですよ」
季節は移り七月。日差しが照りつけ、草木が生い茂っている。
義仲は遂に都に入った。
後に作られた軍記物、『平家物語』には「旭将軍」とも呼ばれた義仲。その名の通り、まさに日の出の勢いであった。
すでに平家にはそれに対抗する力はなく、西国へ逃れた。清盛の孫である、幼い安徳天皇と三種の神器を都落ちの道連れにして…。
ただ、後白河法皇は平家の動きを察知し逃れたため、無事に義仲に保護される。そして平家を逆賊として義仲に追討を命じた。
さて、平家が天皇を連れ去ってしまったので、新しい天皇を立てることとなった。
義仲は自分がかつて保護した[漢字]北陸宮[/漢字][ふりがな]ほくろくのみや[/ふりがな]を天皇にしたいと考えていた。北陸宮は以仁王の息子。
「以仁王様の令旨がなければ今もなお平家は都に居座り続けていたやも知れませぬ。以仁王様こそ平家追討の始まりだったのです。その御子が次なる天皇となるべきかと」
確かに理にかなった説明だが、法皇には懸念があった。
北陸宮が天皇になれば、その後ろ盾である義仲が力を増す。そもそも平家がそのようにしてどんどん力をつけたのだ。
(それでは平が木曽に変わるだけではないか)
公家達も義仲の意見を聞き入れようとはしなかった。
結局、安徳天皇の弟が後鳥羽天皇として即位。わずか四歳だった。安徳と後鳥羽、二人の天皇が同時に存在する状態だ。しかも三種の神器なしで即位した異例ずくめの天皇である。
ただし、神器を持つ方が“正当な天皇”だったのでそれらを取り返さなければいけない。
神器が平家に持ち去られてしまったこと。これが後々まで多くの者に影響するが、とりあえず話を戻す。
天皇を誰にするかで大いに揉めてしまった義仲と後白河法皇。
さらに、義仲軍の滞在で都の食糧は足りなくなり、兵の略奪が横行。都を治めるどころかかえって乱れてしまう。
ますます対立は深まるばかり。
輝かしく登った朝日は早くも傾き始めていた。
つづく
「えっと、うーん…分かりません」
彼女は義高を初めて見たとき、彼を光源氏のようだと思った。共に過ごす中で、沢山素敵なところを見つけた。でも、それは義村の言うような感情ではなく、親しみや憧れに近い感情だった。
(恋…)
じっくり考えるとなんだか気恥ずかしくなってくる。
「人に恋するとはどういうことなのかしら?」
「そう聞かれると困りますねえ…」
義村は難しい質問を返されて戸惑っている。
その表情は「ああ、こんな幼子にこんな質問するんじゃなかった」と言わんばかりであった。
「あの…ごめんなさい」
「姫は悪くないですよ?…姫様は優しくて素直でいらっしゃる」
義村は苦笑いして立ち去ろうとしたが、ふと立ち止まって言った。
「でも、その想いが恋だろうが、そうでなかろうが、姫が義高殿を大切に想っていることが大切なんですよ」
季節は移り七月。日差しが照りつけ、草木が生い茂っている。
義仲は遂に都に入った。
後に作られた軍記物、『平家物語』には「旭将軍」とも呼ばれた義仲。その名の通り、まさに日の出の勢いであった。
すでに平家にはそれに対抗する力はなく、西国へ逃れた。清盛の孫である、幼い安徳天皇と三種の神器を都落ちの道連れにして…。
ただ、後白河法皇は平家の動きを察知し逃れたため、無事に義仲に保護される。そして平家を逆賊として義仲に追討を命じた。
さて、平家が天皇を連れ去ってしまったので、新しい天皇を立てることとなった。
義仲は自分がかつて保護した[漢字]北陸宮[/漢字][ふりがな]ほくろくのみや[/ふりがな]を天皇にしたいと考えていた。北陸宮は以仁王の息子。
「以仁王様の令旨がなければ今もなお平家は都に居座り続けていたやも知れませぬ。以仁王様こそ平家追討の始まりだったのです。その御子が次なる天皇となるべきかと」
確かに理にかなった説明だが、法皇には懸念があった。
北陸宮が天皇になれば、その後ろ盾である義仲が力を増す。そもそも平家がそのようにしてどんどん力をつけたのだ。
(それでは平が木曽に変わるだけではないか)
公家達も義仲の意見を聞き入れようとはしなかった。
結局、安徳天皇の弟が後鳥羽天皇として即位。わずか四歳だった。安徳と後鳥羽、二人の天皇が同時に存在する状態だ。しかも三種の神器なしで即位した異例ずくめの天皇である。
ただし、神器を持つ方が“正当な天皇”だったのでそれらを取り返さなければいけない。
神器が平家に持ち去られてしまったこと。これが後々まで多くの者に影響するが、とりあえず話を戻す。
天皇を誰にするかで大いに揉めてしまった義仲と後白河法皇。
さらに、義仲軍の滞在で都の食糧は足りなくなり、兵の略奪が横行。都を治めるどころかかえって乱れてしまう。
ますます対立は深まるばかり。
輝かしく登った朝日は早くも傾き始めていた。
つづく
- 1.序幕,伊豆国の姫君
- 2.突然の危機
- 3.伊豆山の女性たち
- 4.鎌倉入り
- 5.木曽の将軍
- 6.人質と姫君
- 7.若武者の正体
- 8.福始
- 9.義高の懐郷病(一)
- 10.義高の懐郷病(二)
- 11.躍進する義仲
- 12.小咄,鎌倉の恋人
- 13.幡姫の立ち聞き
- 14.旭日昇天
- 15.没落の始まり
- 16.決別と忠告
- 17.最悪の予感
- 18.そして日は沈む
- 19.矛盾した願い
- 20.恐ろしい計画
- 21.守りたいひと(一)
- 22.守りたいひと(二)
- 23.知らせ
- 24.それぞれの後悔
- 25.巴御前
- 26.義経の憂鬱
- 27.屋島
- 28.壇ノ浦の海
- 29.歓喜と不信
- 30.亀裂
- 31.不穏
- 32.別離の襲撃
- 33.すれ違いの果てに
- 34.囚われの白拍子
- 35.幡姫と静(一)
- 36.幡姫と静(二)
- 37.空蝉
- 38.奥羽の重鎮