義高は鎌倉へ来て以来、幡姫だけでなく多くの人々と関わりを深めている。
特に義経とは、先日出会って以来良く話す仲だった。
彼にとって義高は話しやすいらしく、義高が一人でいるのを見つければすかさず、かっさらっていく。それが幡姫には微笑ましくもあり、不服でもあった。
(九郎殿はこのところしょっちゅう義高様を連れてってしまう…)
一体彼らは何を話しているのだろうか?
(盗み聞きは良いことでは無いけれど…)
彼女は好奇心のままに義経に近づいてみた。
見ると、案の定義高も一緒だ。
幡姫は素早く静かに庭石の影に身を潜めた。
「…俺は早く京に上って平家を潰したい」
範頼の言葉を借りれば「いつでもひょうひょうとしている」義経だが、今の彼はいつになく深刻そうな顔をしていた。
「倶利伽羅峠でお前の父が平家を破ったと聞いた…先に平家を滅ぼされては困るが、大した方だな。共に戦う日が楽しみだ」
義経は空を仰ぎ見て言う。それを聞いた義高は尋ねた。
「鎌倉殿と父は共に戦うのですね」
「だから、お前はここにいるんだろう?」
「それも…そうですね」
二人で顔を合わせて笑いあった。
「にしても出陣はまだかなあ…」
「しかし、そんなに戦をしたいのですか?」
義高は眉をひそめた。
「早く、俺がどんなに役に立つ男なのかを兄上に見せたいんだ。」
彼は力強く言った。
「俺は沢山の兵法書を読んできたし、幼い頃にいた鞍馬の寺では天狗に武芸を習ったんだぜ」
「えっ、天狗!?」
これは義経の有名な逸話だが、純粋無垢な義高はそっくり信じてしまった。義経はほんの冗談のつもりだったのに義高が信じて疑わないので、とりあえず子供の夢を壊さずにおくことにした。
彼はすっと真面目な表情に戻る。
「俺には分かった。兄上は本当に厳しい方だってことを」
「確かに、鎌倉殿は秩序を重んじる方です」
「む、難しい言葉知ってるんだな…。その通りだ。兄上は俺や蒲の兄上(範頼)を弟だからとむやみやたらに優遇しない。だから俺は戦で沢山の功をあげて、兄上に…」
義経は言葉に詰まった。少し考えて、やや顔を赤くして言った。
「ただ、褒めてもらいたい。九郎、良くやった!って」
(九郎殿…)
しかしその先の会話はあまり幡姫には聞こえなかった。少し近づこうとすると、突然後ろから声が飛んできた。
「姫様?」
「わっ!!」
後ろに立っていたのは御家人の[漢字]三浦義村[/漢字][ふりがな]みうらよしむら[/ふりがな]だった。通称は平六。義時の大親友なので幡姫もよく知っている。
「何をこそこそと…うわっ」
「静かに!」
幡姫は義村の袖をぐいと引っ張って影にかがませた。
「その…あのね、九郎殿が私の義高様を度々連れてってしまうから、何を話してるのかなって…」
「それでここから盗み聞きを」
「あ…二人には言わないでちょうだい」
義村はにやりと笑って、しかし優しく言った。
「私は愛らしい[漢字]童女[/漢字][ふりがな]わらわめ[/ふりがな]を脅したりは致しませんよ」
この台詞から分かるように彼はそういう男だった。
しかし歯の浮くような言葉の端々にも上品さが漂っているのがこの男の不思議なところである。
「ところで姫様は義高殿をどう思ってらっしゃるので?」
「え?…えっと…とても優しくて、格好よくて、一緒に遊ぶのがすごく楽しいです」
しかしその返答に義村は満足していなかった。
「義高殿は想い人なのですか?」
つづく
特に義経とは、先日出会って以来良く話す仲だった。
彼にとって義高は話しやすいらしく、義高が一人でいるのを見つければすかさず、かっさらっていく。それが幡姫には微笑ましくもあり、不服でもあった。
(九郎殿はこのところしょっちゅう義高様を連れてってしまう…)
一体彼らは何を話しているのだろうか?
(盗み聞きは良いことでは無いけれど…)
彼女は好奇心のままに義経に近づいてみた。
見ると、案の定義高も一緒だ。
幡姫は素早く静かに庭石の影に身を潜めた。
「…俺は早く京に上って平家を潰したい」
範頼の言葉を借りれば「いつでもひょうひょうとしている」義経だが、今の彼はいつになく深刻そうな顔をしていた。
「倶利伽羅峠でお前の父が平家を破ったと聞いた…先に平家を滅ぼされては困るが、大した方だな。共に戦う日が楽しみだ」
義経は空を仰ぎ見て言う。それを聞いた義高は尋ねた。
「鎌倉殿と父は共に戦うのですね」
「だから、お前はここにいるんだろう?」
「それも…そうですね」
二人で顔を合わせて笑いあった。
「にしても出陣はまだかなあ…」
「しかし、そんなに戦をしたいのですか?」
義高は眉をひそめた。
「早く、俺がどんなに役に立つ男なのかを兄上に見せたいんだ。」
彼は力強く言った。
「俺は沢山の兵法書を読んできたし、幼い頃にいた鞍馬の寺では天狗に武芸を習ったんだぜ」
「えっ、天狗!?」
これは義経の有名な逸話だが、純粋無垢な義高はそっくり信じてしまった。義経はほんの冗談のつもりだったのに義高が信じて疑わないので、とりあえず子供の夢を壊さずにおくことにした。
彼はすっと真面目な表情に戻る。
「俺には分かった。兄上は本当に厳しい方だってことを」
「確かに、鎌倉殿は秩序を重んじる方です」
「む、難しい言葉知ってるんだな…。その通りだ。兄上は俺や蒲の兄上(範頼)を弟だからとむやみやたらに優遇しない。だから俺は戦で沢山の功をあげて、兄上に…」
義経は言葉に詰まった。少し考えて、やや顔を赤くして言った。
「ただ、褒めてもらいたい。九郎、良くやった!って」
(九郎殿…)
しかしその先の会話はあまり幡姫には聞こえなかった。少し近づこうとすると、突然後ろから声が飛んできた。
「姫様?」
「わっ!!」
後ろに立っていたのは御家人の[漢字]三浦義村[/漢字][ふりがな]みうらよしむら[/ふりがな]だった。通称は平六。義時の大親友なので幡姫もよく知っている。
「何をこそこそと…うわっ」
「静かに!」
幡姫は義村の袖をぐいと引っ張って影にかがませた。
「その…あのね、九郎殿が私の義高様を度々連れてってしまうから、何を話してるのかなって…」
「それでここから盗み聞きを」
「あ…二人には言わないでちょうだい」
義村はにやりと笑って、しかし優しく言った。
「私は愛らしい[漢字]童女[/漢字][ふりがな]わらわめ[/ふりがな]を脅したりは致しませんよ」
この台詞から分かるように彼はそういう男だった。
しかし歯の浮くような言葉の端々にも上品さが漂っているのがこの男の不思議なところである。
「ところで姫様は義高殿をどう思ってらっしゃるので?」
「え?…えっと…とても優しくて、格好よくて、一緒に遊ぶのがすごく楽しいです」
しかしその返答に義村は満足していなかった。
「義高殿は想い人なのですか?」
つづく
- 1.序幕,伊豆国の姫君
- 2.突然の危機
- 3.伊豆山の女性たち
- 4.鎌倉入り
- 5.木曽の将軍
- 6.人質と姫君
- 7.若武者の正体
- 8.福始
- 9.義高の懐郷病(一)
- 10.義高の懐郷病(二)
- 11.躍進する義仲
- 12.小咄,鎌倉の恋人
- 13.幡姫の立ち聞き
- 14.旭日昇天
- 15.没落の始まり
- 16.決別と忠告
- 17.最悪の予感
- 18.そして日は沈む
- 19.矛盾した願い
- 20.恐ろしい計画
- 21.守りたいひと(一)
- 22.守りたいひと(二)
- 23.知らせ
- 24.それぞれの後悔
- 25.巴御前
- 26.義経の憂鬱
- 27.屋島
- 28.壇ノ浦の海
- 29.歓喜と不信
- 30.亀裂
- 31.不穏
- 32.別離の襲撃
- 33.すれ違いの果てに
- 34.囚われの白拍子
- 35.幡姫と静(一)
- 36.幡姫と静(二)
- 37.空蝉
- 38.奥羽の重鎮