(あんなに優しい父上が、私と義高様の仲良くする様子をあんなに嬉しそうに見ていた父上が、そんな…)
しかし衝撃を受けている暇はなかった。
「父上を止めないと!!」
「お待ちください!」
走り出そうとした幡姫の腕を小菊が掴む。
「このままじゃ義高様が殺されちゃう!私が義高様を守るって言ったの!!それに九郎殿が、助けられるのは私だけだって…!」
「娘に泣きつかれたくらいで鎌倉殿がそれを取り消すとは思えません…!気付かれぬように逃がす方がよろしいかと」
「逃がす…?義高様を…」
嫌だった。大好きな義高と離れ離れになるなど考えられなかった。この状態で彼を逃がしたら、命は助かるだろうが、再び鎌倉へ帰って来ることは出来ないだろう。彼女は強く拒んだ。
「で、でも…義高様と…二度と会えないなんて…嫌…」
「二度と、などおっしゃいますな、姫様」
義時がいつの間にか座っていた。
「義高殿を安全な所まで逃がした後、鎌倉殿を説得するのです。私も力を尽くします!」
「小四郎叔父上…本当に…頼りになる…」
(今は、義高様が死なないことが大事だよね…!)
覚悟を決めた幡姫は二人と共に義高の寝泊まりしている建物へ走り出した。
「やはり、そうなりますか…」
義高は落ち着いた素振りを見せるが、膝の上で握り締めた手がかすかに震えている。
(義高様だって、怖くない訳がない…)
絶対助けてあげたい。強く思った。
「義高様はここから逃げて。私達みんなで力を合わせるの。」
「でも…」
すると入り口の柱のところに政子が立っていた。
「あ、姉上、これは…!」
義時は取り乱したが、政子は予想に反して義高の手をとった。
「話は聞きました。私達が絶対に、安全に逃がしてみせます」
「母上!」
政子は笑顔を見せた。
「頼朝様のことだもの、私の言葉だって耳に入らないでしょう。されど姫の大切な人を殺すなどあってはなりません」
「御台所様…ありがとうございます!」
義高は涙を流して礼を言った。
さらに、幡姫の女中達も協力してくれることになった。
義時は皆に作戦を伝える。
「義高殿のふりをして、[漢字]海野幸氏[/漢字][ふりがな]うんのゆきうじ[/ふりがな]殿がここで双六を打ちましょう。」
幸氏は信濃から影武者として義高に従ってきた青年である。身代わり役なので命懸けだ。
「義高殿には女装していただきます。女中に紛れて御所を抜け出すのです。その後は三浦の平六にも話を通してあります。御台所の手配した馬に乗って信濃までお逃げください。」
信濃国には木曽の残党がいる。そこまで行けばなんとかなるのだ。
「でも、足音で気付かれてしまいます!」
そこなんですよね、と義時は頭を抱えた。
「そうだわ、馬の足に綿を巻けば音が小さくならない?」
義高を失いたくない一心だったからか、突如幡姫の頭が冴え渡った。
「流石は鎌倉殿と御台様の御子!」
小菊もその案を褒めた。
「では各々くれぐれも気をつけて、準備!」
皆が密やかに準備を進める中、義高と幡姫はふと二人きりになった。
(もうお会いできないかもしれない)
そんな風に考えるのは不吉と思ったが、考えずにはいられなかった。
「私は頑張って父上を説き伏せます」
「ありがとう、幡姫様」
すると幡姫は髪をほどいた。薄い赤色の布を差し出している。
「許してもらえたら、これを返しにまた鎌倉に戻ってきてください」
「ええ、勿論です。」
そのまま行かせたら義高が本当に消えてしまいそうで、何かで繋ぎ止めておきたかったのだ。赤い布を大事に握り、義高はしゃがんで幡姫と目を合わせた。
「では、そのときは、私の妻になってください」
「はい…!!」
あまりの嬉しさに、涙がぽろぽろとこぼれた。そんな幡姫を義高は力強く抱き締める。
「あなたと会えたことは、私の生涯で一番の幸せです」
義高はそうささやくと、姫の柔らかな桃色の頬にそっと唇をつけた。
つづく
しかし衝撃を受けている暇はなかった。
「父上を止めないと!!」
「お待ちください!」
走り出そうとした幡姫の腕を小菊が掴む。
「このままじゃ義高様が殺されちゃう!私が義高様を守るって言ったの!!それに九郎殿が、助けられるのは私だけだって…!」
「娘に泣きつかれたくらいで鎌倉殿がそれを取り消すとは思えません…!気付かれぬように逃がす方がよろしいかと」
「逃がす…?義高様を…」
嫌だった。大好きな義高と離れ離れになるなど考えられなかった。この状態で彼を逃がしたら、命は助かるだろうが、再び鎌倉へ帰って来ることは出来ないだろう。彼女は強く拒んだ。
「で、でも…義高様と…二度と会えないなんて…嫌…」
「二度と、などおっしゃいますな、姫様」
義時がいつの間にか座っていた。
「義高殿を安全な所まで逃がした後、鎌倉殿を説得するのです。私も力を尽くします!」
「小四郎叔父上…本当に…頼りになる…」
(今は、義高様が死なないことが大事だよね…!)
覚悟を決めた幡姫は二人と共に義高の寝泊まりしている建物へ走り出した。
「やはり、そうなりますか…」
義高は落ち着いた素振りを見せるが、膝の上で握り締めた手がかすかに震えている。
(義高様だって、怖くない訳がない…)
絶対助けてあげたい。強く思った。
「義高様はここから逃げて。私達みんなで力を合わせるの。」
「でも…」
すると入り口の柱のところに政子が立っていた。
「あ、姉上、これは…!」
義時は取り乱したが、政子は予想に反して義高の手をとった。
「話は聞きました。私達が絶対に、安全に逃がしてみせます」
「母上!」
政子は笑顔を見せた。
「頼朝様のことだもの、私の言葉だって耳に入らないでしょう。されど姫の大切な人を殺すなどあってはなりません」
「御台所様…ありがとうございます!」
義高は涙を流して礼を言った。
さらに、幡姫の女中達も協力してくれることになった。
義時は皆に作戦を伝える。
「義高殿のふりをして、[漢字]海野幸氏[/漢字][ふりがな]うんのゆきうじ[/ふりがな]殿がここで双六を打ちましょう。」
幸氏は信濃から影武者として義高に従ってきた青年である。身代わり役なので命懸けだ。
「義高殿には女装していただきます。女中に紛れて御所を抜け出すのです。その後は三浦の平六にも話を通してあります。御台所の手配した馬に乗って信濃までお逃げください。」
信濃国には木曽の残党がいる。そこまで行けばなんとかなるのだ。
「でも、足音で気付かれてしまいます!」
そこなんですよね、と義時は頭を抱えた。
「そうだわ、馬の足に綿を巻けば音が小さくならない?」
義高を失いたくない一心だったからか、突如幡姫の頭が冴え渡った。
「流石は鎌倉殿と御台様の御子!」
小菊もその案を褒めた。
「では各々くれぐれも気をつけて、準備!」
皆が密やかに準備を進める中、義高と幡姫はふと二人きりになった。
(もうお会いできないかもしれない)
そんな風に考えるのは不吉と思ったが、考えずにはいられなかった。
「私は頑張って父上を説き伏せます」
「ありがとう、幡姫様」
すると幡姫は髪をほどいた。薄い赤色の布を差し出している。
「許してもらえたら、これを返しにまた鎌倉に戻ってきてください」
「ええ、勿論です。」
そのまま行かせたら義高が本当に消えてしまいそうで、何かで繋ぎ止めておきたかったのだ。赤い布を大事に握り、義高はしゃがんで幡姫と目を合わせた。
「では、そのときは、私の妻になってください」
「はい…!!」
あまりの嬉しさに、涙がぽろぽろとこぼれた。そんな幡姫を義高は力強く抱き締める。
「あなたと会えたことは、私の生涯で一番の幸せです」
義高はそうささやくと、姫の柔らかな桃色の頬にそっと唇をつけた。
つづく
- 1.序幕,伊豆国の姫君
- 2.突然の危機
- 3.伊豆山の女性たち
- 4.鎌倉入り
- 5.木曽の将軍
- 6.人質と姫君
- 7.若武者の正体
- 8.福始
- 9.義高の懐郷病(一)
- 10.義高の懐郷病(二)
- 11.躍進する義仲
- 12.小咄,鎌倉の恋人
- 13.幡姫の立ち聞き
- 14.旭日昇天
- 15.没落の始まり
- 16.決別と忠告
- 17.最悪の予感
- 18.そして日は沈む
- 19.矛盾した願い
- 20.恐ろしい計画
- 21.守りたいひと(一)
- 22.守りたいひと(二)
- 23.知らせ
- 24.それぞれの後悔
- 25.巴御前
- 26.義経の憂鬱
- 27.屋島
- 28.壇ノ浦の海
- 29.歓喜と不信
- 30.亀裂
- 31.不穏
- 32.別離の襲撃
- 33.すれ違いの果てに
- 34.囚われの白拍子
- 35.幡姫と静(一)
- 36.幡姫と静(二)
- 37.空蝉
- 38.奥羽の重鎮