話した方が良いとは言っても、信濃はいつ帰ることが出来るかわからない、いや、二度と帰ることのないかもしれない故郷なので、やはり義高は話している間中寂しげな表情を浮かべていた。
幡姫は、彼を可哀想に思う気持ちはあれど、ずっと鎌倉にいてもらいたいとも感じている。この数日の中で二人は心を通わせ合い、無二の親友ともいえるほどになっているからだ。
そんな幡姫の心情がわかった義高は彼女を悲しませまいと笑顔を作る。義高とて幡姫と一緒にいたいと思う気持ちは嘘ではなかった。
なんとも優しい空間だ。しかし義経は遠慮なく義高に質問する。
「信濃には巴御前というおなごがいるらしいが木曽冠者の母上なのか?」
「義経、」
渋い顔をした範頼が義経の襟元を引っ張った。そこでようやく義経は
(あ、すまん)
という顔をしたが、義高はくすりと笑って返した。
「いえ、巴殿は私の母ではありません。でも、母は病がちだったので巴殿は二人目の母のようなものでした」
「すごい強いお方なんですよね」
幡姫は興味津々だった。
「ええ、父が言うには素手で敵将の首をもぎ取っ…」
義高は言葉を止めた。六歳の少女に話すには少し恐ろしい話だ。話している義高も十一の子供だが。
「と、とにかく強くて忠義者なんです、他にも沢山父に付いてきている者がおります」
「そんな素晴らしい家人がいて義仲殿は幸せな方ですね」
範頼の言葉に義高は満面の笑みを浮かべうなずいた。
「ええ、父上は情深く、とても優しいですから人がついて来るのでしょう」
「父上のことが好きなんですね」
幡姫も頼朝が大好きなので、同じ思いを持つ義高をより親しく感じたのだろう。
「はい。田舎者とか色々言われますが、本当に賢い方…ただ木曽の山奥にいるだけ」
まだあどけなさの残る子供の口から滔々と流れる言葉に、源氏の兄弟は感嘆した。
「確かに賢い方のようですね、親子揃って」
義時に誉められて首を大きく縦に振る様子は、確かに子供だった。
・・・
「義高様のお父上はすごい人なんですって!」
幡姫は頼朝に先ほど聞いたばかりの話を聞かせた。
「義高様は、家人達は皆義仲殿を敬っているって言っていました」
「そうかそうか、それで義高殿とは仲良くやっているのだな?」
「はい!とっても優しくて、色んな事を知ってらっしゃいます!」
幡姫は早口でまくし立てるように喋った。
見違えるように明るくなった娘を満足げに眺め、頼朝は文書に目を落とす。
―幡姫の聞いたことが本当ならば、義仲はいつか鎌倉の脅威となるやもしれない。
そのときにはいかにすべきなのだろうか。
(…わかっている、儂ならどうするか、どうすべきか)
顔を上げた彼は、先程の柔らかい表情から一転して「鎌倉殿」の目つきになっている。
春にしては冷たすぎる風が御所の中を吹き抜けていった。
つづく
幡姫は、彼を可哀想に思う気持ちはあれど、ずっと鎌倉にいてもらいたいとも感じている。この数日の中で二人は心を通わせ合い、無二の親友ともいえるほどになっているからだ。
そんな幡姫の心情がわかった義高は彼女を悲しませまいと笑顔を作る。義高とて幡姫と一緒にいたいと思う気持ちは嘘ではなかった。
なんとも優しい空間だ。しかし義経は遠慮なく義高に質問する。
「信濃には巴御前というおなごがいるらしいが木曽冠者の母上なのか?」
「義経、」
渋い顔をした範頼が義経の襟元を引っ張った。そこでようやく義経は
(あ、すまん)
という顔をしたが、義高はくすりと笑って返した。
「いえ、巴殿は私の母ではありません。でも、母は病がちだったので巴殿は二人目の母のようなものでした」
「すごい強いお方なんですよね」
幡姫は興味津々だった。
「ええ、父が言うには素手で敵将の首をもぎ取っ…」
義高は言葉を止めた。六歳の少女に話すには少し恐ろしい話だ。話している義高も十一の子供だが。
「と、とにかく強くて忠義者なんです、他にも沢山父に付いてきている者がおります」
「そんな素晴らしい家人がいて義仲殿は幸せな方ですね」
範頼の言葉に義高は満面の笑みを浮かべうなずいた。
「ええ、父上は情深く、とても優しいですから人がついて来るのでしょう」
「父上のことが好きなんですね」
幡姫も頼朝が大好きなので、同じ思いを持つ義高をより親しく感じたのだろう。
「はい。田舎者とか色々言われますが、本当に賢い方…ただ木曽の山奥にいるだけ」
まだあどけなさの残る子供の口から滔々と流れる言葉に、源氏の兄弟は感嘆した。
「確かに賢い方のようですね、親子揃って」
義時に誉められて首を大きく縦に振る様子は、確かに子供だった。
・・・
「義高様のお父上はすごい人なんですって!」
幡姫は頼朝に先ほど聞いたばかりの話を聞かせた。
「義高様は、家人達は皆義仲殿を敬っているって言っていました」
「そうかそうか、それで義高殿とは仲良くやっているのだな?」
「はい!とっても優しくて、色んな事を知ってらっしゃいます!」
幡姫は早口でまくし立てるように喋った。
見違えるように明るくなった娘を満足げに眺め、頼朝は文書に目を落とす。
―幡姫の聞いたことが本当ならば、義仲はいつか鎌倉の脅威となるやもしれない。
そのときにはいかにすべきなのだろうか。
(…わかっている、儂ならどうするか、どうすべきか)
顔を上げた彼は、先程の柔らかい表情から一転して「鎌倉殿」の目つきになっている。
春にしては冷たすぎる風が御所の中を吹き抜けていった。
つづく
- 1.序幕,伊豆国の姫君
- 2.突然の危機
- 3.伊豆山の女性たち
- 4.鎌倉入り
- 5.木曽の将軍
- 6.人質と姫君
- 7.若武者の正体
- 8.福始
- 9.義高の懐郷病(一)
- 10.義高の懐郷病(二)
- 11.躍進する義仲
- 12.小咄,鎌倉の恋人
- 13.幡姫の立ち聞き
- 14.旭日昇天
- 15.没落の始まり
- 16.決別と忠告
- 17.最悪の予感
- 18.そして日は沈む
- 19.矛盾した願い
- 20.恐ろしい計画
- 21.守りたいひと(一)
- 22.守りたいひと(二)
- 23.知らせ
- 24.それぞれの後悔
- 25.巴御前
- 26.義経の憂鬱
- 27.屋島
- 28.壇ノ浦の海
- 29.歓喜と不信
- 30.亀裂
- 31.不穏
- 32.別離の襲撃
- 33.すれ違いの果てに
- 34.囚われの白拍子
- 35.幡姫と静(一)
- 36.幡姫と静(二)
- 37.空蝉
- 38.奥羽の重鎮