頼朝が京へ向かってくると知った義経一行は、都を落ちていった。源平合戦で華々しく戦い、人々にもてはやされたこの小柄な男も、盛者必衰の理には抗えなかった。
そして後白河院は頼朝追討の院宣を取り消し義経追討の院宣を出した。彼は頼朝に「[漢字]日本一[/漢字][ふりがな]ひのもといち[/ふりがな]の[漢字]大天狗[/漢字][ふりがな]おおてんぐ[/ふりがな]」と評されるが、この手のひらの返しようはその名にふさわしいと言えるだろう。
・・・
義経達が都を去って、冬が過ぎ、春が来た。
鎌倉に、一人の女性が送られてきた。義経の愛妾、静御前だった。昨年の冬に義経と別れ、吉野山で捕まったのを、母の[漢字]磯禅尼[/漢字][ふりがな]いそのぜんに[/ふりがな]とともに連れてきたのである。
静は義経の行方をきつく問いただされ、その中で彼女の妊娠が発覚した。
「あれは義経の子であろう。生まれた赤子は生かしておけぬ」
「左様なむごいことを…」
「ああいうのは必ず誰かが担ぎ上げる。火種が残っては困るのだ」
頼朝は静のお腹の子を殺すつもりでいた。が、政子は反対する。
「では、生まれた子が女の子であれば、お許しくださいませ!」
「…分かった。女なら許そう」
政子は押し問答の結果その約束を取りつけた。
・・・
ところで、頼朝は静御前に舞を舞わせようとしていた。やはり天下一と言われる静の舞を、誰もが見たいと思ったのだ。しかし彼女は頑なに拒み続ける。
「謀反人の妾だと後ろ指を指される中、舞を舞うなど辛いわ」
「静や、鎌倉殿の命なのだから、従わねばどうなるか分からないわよ」
母の言葉に、静は小さく溜め息をついた。
(どうせ舞うのなら…)
四月。静は八幡宮で舞うことを決めた。
頼朝、政子、御家人達が見つめる。静寂の中、静は歌い出した。
「吉野山…」
吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき
(吉野山の雪を踏み分けていったあなたが恋しい)
しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな
(静、静と私の名を呼んでくれた、あの方の輝かしい昔に戻りたい)
この素晴らしい歌舞に、その場にいた皆が心を動かされ、感涙にむせぶ者もいる。しかし義経を恋い慕う歌をうたったことに、頼朝は憤怒した。
「謀反人を想う歌をうたうとは…不届きものめ」
だが、政子は静かに夫に告げた。
「思い出します…父に反対されても、愛するあなたの元に走った夜を。私も今の静と同じ想いでした」
過去を懐かしむように舞台上の静を真っ直ぐ見つめる。
「私が今の静でも同じように歌いました。彼女は、女の[漢字]鑑[/漢字][ふりがな]かがみ[/ふりがな]です」
「…。」
静は一礼して舞台を後にする。政子は微笑みながら少女の背中を見送った。
・・・
「静御前?」
「ええ、鎌倉に送られてきた義経殿の妾だそうで」
このとき幡姫は病気平癒祈願のため寺に籠もっていた。
「都で一番の舞なんでしょ?…見たかったなあ」
「残念でございましたね…」
その後、幡姫が舞を見たがっていることは静の耳に入った。
(幡姫様、か…)
いつか義経が言っていたことが頭に浮かんだ。
「あの子は愛する男を殺されたんだ…まだ七つやそこらで」
(行ってさしあげたい)
会いたいと強く思った。自分によく似たその姫に。
つづく
そして後白河院は頼朝追討の院宣を取り消し義経追討の院宣を出した。彼は頼朝に「[漢字]日本一[/漢字][ふりがな]ひのもといち[/ふりがな]の[漢字]大天狗[/漢字][ふりがな]おおてんぐ[/ふりがな]」と評されるが、この手のひらの返しようはその名にふさわしいと言えるだろう。
・・・
義経達が都を去って、冬が過ぎ、春が来た。
鎌倉に、一人の女性が送られてきた。義経の愛妾、静御前だった。昨年の冬に義経と別れ、吉野山で捕まったのを、母の[漢字]磯禅尼[/漢字][ふりがな]いそのぜんに[/ふりがな]とともに連れてきたのである。
静は義経の行方をきつく問いただされ、その中で彼女の妊娠が発覚した。
「あれは義経の子であろう。生まれた赤子は生かしておけぬ」
「左様なむごいことを…」
「ああいうのは必ず誰かが担ぎ上げる。火種が残っては困るのだ」
頼朝は静のお腹の子を殺すつもりでいた。が、政子は反対する。
「では、生まれた子が女の子であれば、お許しくださいませ!」
「…分かった。女なら許そう」
政子は押し問答の結果その約束を取りつけた。
・・・
ところで、頼朝は静御前に舞を舞わせようとしていた。やはり天下一と言われる静の舞を、誰もが見たいと思ったのだ。しかし彼女は頑なに拒み続ける。
「謀反人の妾だと後ろ指を指される中、舞を舞うなど辛いわ」
「静や、鎌倉殿の命なのだから、従わねばどうなるか分からないわよ」
母の言葉に、静は小さく溜め息をついた。
(どうせ舞うのなら…)
四月。静は八幡宮で舞うことを決めた。
頼朝、政子、御家人達が見つめる。静寂の中、静は歌い出した。
「吉野山…」
吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき
(吉野山の雪を踏み分けていったあなたが恋しい)
しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな
(静、静と私の名を呼んでくれた、あの方の輝かしい昔に戻りたい)
この素晴らしい歌舞に、その場にいた皆が心を動かされ、感涙にむせぶ者もいる。しかし義経を恋い慕う歌をうたったことに、頼朝は憤怒した。
「謀反人を想う歌をうたうとは…不届きものめ」
だが、政子は静かに夫に告げた。
「思い出します…父に反対されても、愛するあなたの元に走った夜を。私も今の静と同じ想いでした」
過去を懐かしむように舞台上の静を真っ直ぐ見つめる。
「私が今の静でも同じように歌いました。彼女は、女の[漢字]鑑[/漢字][ふりがな]かがみ[/ふりがな]です」
「…。」
静は一礼して舞台を後にする。政子は微笑みながら少女の背中を見送った。
・・・
「静御前?」
「ええ、鎌倉に送られてきた義経殿の妾だそうで」
このとき幡姫は病気平癒祈願のため寺に籠もっていた。
「都で一番の舞なんでしょ?…見たかったなあ」
「残念でございましたね…」
その後、幡姫が舞を見たがっていることは静の耳に入った。
(幡姫様、か…)
いつか義経が言っていたことが頭に浮かんだ。
「あの子は愛する男を殺されたんだ…まだ七つやそこらで」
(行ってさしあげたい)
会いたいと強く思った。自分によく似たその姫に。
つづく
- 1.序幕,伊豆国の姫君
- 2.突然の危機
- 3.伊豆山の女性たち
- 4.鎌倉入り
- 5.木曽の将軍
- 6.人質と姫君
- 7.若武者の正体
- 8.福始
- 9.義高の懐郷病(一)
- 10.義高の懐郷病(二)
- 11.躍進する義仲
- 12.小咄,鎌倉の恋人
- 13.幡姫の立ち聞き
- 14.旭日昇天
- 15.没落の始まり
- 16.決別と忠告
- 17.最悪の予感
- 18.そして日は沈む
- 19.矛盾した願い
- 20.恐ろしい計画
- 21.守りたいひと(一)
- 22.守りたいひと(二)
- 23.知らせ
- 24.それぞれの後悔
- 25.巴御前
- 26.義経の憂鬱
- 27.屋島
- 28.壇ノ浦の海
- 29.歓喜と不信
- 30.亀裂
- 31.不穏
- 32.別離の襲撃
- 33.すれ違いの果てに
- 34.囚われの白拍子
- 35.幡姫と静(一)
- 36.幡姫と静(二)
- 37.空蝉
- 38.奥羽の重鎮