さて、安房で息を吹き返した頼朝の軍は数万もの規模へ膨れ上がった。
たちまちのうちに多くの仲間を手にして関東を制圧。伊豆の政子達の元にも知らせが入ってきた。
「鎌倉に入ったそうですよ」
鎌倉。現在でこそ観光地として賑わいを見せるが、当時は農民や漁師ばかりが住む土地だったという。しかし鎌倉は源氏ゆかりの地であり、三方を山、そして南側を海に囲まれた自然の要塞である。頼朝はここの大倉というところに屋敷を建て、道路の整備を始めている。
「頼朝様!!」
「おお、政子!!幡姫も!よう頑張ったのう!」
この地で夫婦はようやく再会を果たした。
「頼朝様もご無事で、何よりでございます」
「ああ、家人も、協力してくれる豪族も増えたぞ!…だが…石橋山では多くの仲間を失った…そなたの兄にはすまなかった。時政も小四郎も気落ちしておる。会うてやってくれ、幡の顔も見れば少しは慰められるやもしれん」
北条の男達は政子や波子の姿を見ると大いに喜んだが、心の奥底の寂しさは拭い去れないようだった。
「姉上…いや、今は再び会えたことに感謝しましょう」
「ええ」
「とにかく姉上はまた頼朝様と暮らせるようになりました。これより、頼朝様は「鎌倉殿」として御家人達を治めていかれます。姉上は御台所として鎌倉殿をお支えください」
(見ないうちに強くなった)
そう政子は思った。長男の三郎の死によって武士としての洗礼を受けたのだろうか。
「おや、ほんの数ヶ月なのに幡姫はまた大きくなられたことだ」
義時は話題を変えた。
「毎日育ってるのがわかるのよ、かわいい盛りでしょう?」
「幡ちゃん覚えてる?」
彼が頭を撫でると幡姫は嬉しそうに応えた。戦に疲れた義時は姪に安らぎを見いだしたらしかった。
同月。この頃にはあちこちに散らばる源氏が次々に挙兵し頼朝も勢力範囲を広げている。それに対抗して平家の頼朝追討軍も都を発ち、両軍は富士川で睨み合った。
しかし平家軍は勢いづく源氏に恐れをなして逃げる者が続出し混乱した。そして突如平家軍が撤退したため大して戦闘にならず戦は終わる。
これが平家が水鳥の羽音に驚き逃げ帰った、という逸話さえつくられた「富士川の戦い」のあらましである。
頼朝はそのまま都まで攻めのぼろうとしたが坂東の武士達からの反発を受けて鎌倉へ帰る。御家人達にしてみれば、自分の領地が第一で、平家を滅ぼすという話は二の次、というのは当たり前の反応だった。
「残念だなせっかくの機会を…まあ奴らがいなければ戦えぬ」
頼朝は義時に愚痴を漏らしあからさまに落胆したが、良いこともあった。
奥州平泉(今の東北地方、岩手県)より異母弟の源義経が彼の元に参じたのだ。
「この義経の命は兄上のためにございます!」
清盛を倒す。同じ目的を共に目指す弟を手に入れた彼はさぞかし心強かっただろう。
この時期から頼朝自身は遠征する事が減り、弟の義経、同時期に頼朝の元へ参じた[漢字]源範頼[/漢字][ふりがな]みなもとののりより[/ふりがな]を対平家の大将とするようになっている。
ところが事態は翌年動く。
平清盛が病死したというのだ。
「清盛は父の仇であった。それの首を取れなかったというのは…!」
源氏の兄弟たちはひどく悔しがった。当の平家では清盛の遺言で「頼朝と戦い続け首を取れ」との言葉をもとに依然戦をやめる気はなかったものの、清盛という大きな柱を失った彼らにはそんな力は無い。結果として清盛の頼朝への呪いの言葉が平家自身を呪うこととなるが、それはまだまだ先の話だ。
つづく
たちまちのうちに多くの仲間を手にして関東を制圧。伊豆の政子達の元にも知らせが入ってきた。
「鎌倉に入ったそうですよ」
鎌倉。現在でこそ観光地として賑わいを見せるが、当時は農民や漁師ばかりが住む土地だったという。しかし鎌倉は源氏ゆかりの地であり、三方を山、そして南側を海に囲まれた自然の要塞である。頼朝はここの大倉というところに屋敷を建て、道路の整備を始めている。
「頼朝様!!」
「おお、政子!!幡姫も!よう頑張ったのう!」
この地で夫婦はようやく再会を果たした。
「頼朝様もご無事で、何よりでございます」
「ああ、家人も、協力してくれる豪族も増えたぞ!…だが…石橋山では多くの仲間を失った…そなたの兄にはすまなかった。時政も小四郎も気落ちしておる。会うてやってくれ、幡の顔も見れば少しは慰められるやもしれん」
北条の男達は政子や波子の姿を見ると大いに喜んだが、心の奥底の寂しさは拭い去れないようだった。
「姉上…いや、今は再び会えたことに感謝しましょう」
「ええ」
「とにかく姉上はまた頼朝様と暮らせるようになりました。これより、頼朝様は「鎌倉殿」として御家人達を治めていかれます。姉上は御台所として鎌倉殿をお支えください」
(見ないうちに強くなった)
そう政子は思った。長男の三郎の死によって武士としての洗礼を受けたのだろうか。
「おや、ほんの数ヶ月なのに幡姫はまた大きくなられたことだ」
義時は話題を変えた。
「毎日育ってるのがわかるのよ、かわいい盛りでしょう?」
「幡ちゃん覚えてる?」
彼が頭を撫でると幡姫は嬉しそうに応えた。戦に疲れた義時は姪に安らぎを見いだしたらしかった。
同月。この頃にはあちこちに散らばる源氏が次々に挙兵し頼朝も勢力範囲を広げている。それに対抗して平家の頼朝追討軍も都を発ち、両軍は富士川で睨み合った。
しかし平家軍は勢いづく源氏に恐れをなして逃げる者が続出し混乱した。そして突如平家軍が撤退したため大して戦闘にならず戦は終わる。
これが平家が水鳥の羽音に驚き逃げ帰った、という逸話さえつくられた「富士川の戦い」のあらましである。
頼朝はそのまま都まで攻めのぼろうとしたが坂東の武士達からの反発を受けて鎌倉へ帰る。御家人達にしてみれば、自分の領地が第一で、平家を滅ぼすという話は二の次、というのは当たり前の反応だった。
「残念だなせっかくの機会を…まあ奴らがいなければ戦えぬ」
頼朝は義時に愚痴を漏らしあからさまに落胆したが、良いこともあった。
奥州平泉(今の東北地方、岩手県)より異母弟の源義経が彼の元に参じたのだ。
「この義経の命は兄上のためにございます!」
清盛を倒す。同じ目的を共に目指す弟を手に入れた彼はさぞかし心強かっただろう。
この時期から頼朝自身は遠征する事が減り、弟の義経、同時期に頼朝の元へ参じた[漢字]源範頼[/漢字][ふりがな]みなもとののりより[/ふりがな]を対平家の大将とするようになっている。
ところが事態は翌年動く。
平清盛が病死したというのだ。
「清盛は父の仇であった。それの首を取れなかったというのは…!」
源氏の兄弟たちはひどく悔しがった。当の平家では清盛の遺言で「頼朝と戦い続け首を取れ」との言葉をもとに依然戦をやめる気はなかったものの、清盛という大きな柱を失った彼らにはそんな力は無い。結果として清盛の頼朝への呪いの言葉が平家自身を呪うこととなるが、それはまだまだ先の話だ。
つづく
- 1.序幕,伊豆国の姫君
- 2.突然の危機
- 3.伊豆山の女性たち
- 4.鎌倉入り
- 5.木曽の将軍
- 6.人質と姫君
- 7.若武者の正体
- 8.福始
- 9.義高の懐郷病(一)
- 10.義高の懐郷病(二)
- 11.躍進する義仲
- 12.小咄,鎌倉の恋人
- 13.幡姫の立ち聞き
- 14.旭日昇天
- 15.没落の始まり
- 16.決別と忠告
- 17.最悪の予感
- 18.そして日は沈む
- 19.矛盾した願い
- 20.恐ろしい計画
- 21.守りたいひと(一)
- 22.守りたいひと(二)
- 23.知らせ
- 24.それぞれの後悔
- 25.巴御前
- 26.義経の憂鬱
- 27.屋島
- 28.壇ノ浦の海
- 29.歓喜と不信
- 30.亀裂
- 31.不穏
- 32.別離の襲撃
- 33.すれ違いの果てに
- 34.囚われの白拍子
- 35.幡姫と静(一)
- 36.幡姫と静(二)
- 37.空蝉
- 38.奥羽の重鎮