「なんと…」
政宗は病を押して江戸へ来て、家光に謁見したのだった。彼は異様に痩せ衰え、酷く弱っている。政宗の病が深刻なのは家光の目にも明らかである。
「…上様」
微かな声で家光を呼び、心配をかけまいと弱々しい笑顔を見せる政宗に、家光は泣きそうになりながら彼の手にすがった。
「親父殿!!」
その後家光は大勢の医師を呼んで、江戸の寺社という寺社に政宗の病気治癒の祈祷をさせた。彼はとにかく、政宗の為なら何でもしてやりたかった。しかしその甲斐もなく政宗の病状は思わしくなかった。
(せめて、見舞いに行ってやりたい、儂が行けば、あるいは)
彼はそう願わずにはいられない。
仙台藩邸。
政宗は病身ながら裃を着て家光を迎えた。
「…お忍びではないのですね、珍しく」
家光が訪ねてきたのがよほど嬉しいのか、心なしか顔色が良い。それでも江戸城中で会った時よりも明らかに具合は悪そうだった。
「ああ。見舞いに来たぞ。治して貰わぬと…また親父殿の昔話が聞きたいからな」
政宗は嬉しそうな顔をしたが、首を横に振った。
「もう上様に初めてお会いして何年経っていると思っているのですか、もうこの年寄りには話すことなどござりませぬよ…」
「、親父殿」
政宗は昔を懐かしむように将軍を見つめた。
「思えば…将軍になられたばかりの上様が、突然屋敷に来られて…色々な話をさせていただきましたね…家康公のお話も…私自身の話も」
「親父殿」
「そうそう、ずんだ餅も一緒に作りましたっけ……上様と過ごせて、私は、楽しかった…」
「親父殿っ!!」
家光は声を荒らげた。
「儂が聞きたい昔話はそんな話ではない…!まだ早いぞ!なんだその、まるで最後の別れのような口調は!ふざけるな!こ、これからも、ずっと、儂と過ごすのだ…!……親父殿…!!!」
家光の目からとめどなく涙がこぼれ落ちてくる。
「…上様…私にはもう、分かっていることなのですよ」
諭すように政宗は言った。
(儂だって分かっておるわ、そのぐらい…。でも)
「嫌だ、まだ、駄目だ…!」
「上様…」
思い起こしてみれば、政宗がどれほど自分を楽しませてくれたのだろうか。自分を救ってくれたのだろうか。それなのに、この期に及んで政宗を困らせることしか出来ない。
「すまぬ親父殿…儂は結局そなたの話を聞いていただけで、そなたに何も返せていない、だから…!」
「家光様、私はもう十分でございます」
政宗は家光の手をとった。
「今だから正直に申しますが、私はずっと天下を取ることを夢見ておりました。でもその夢を、秀吉やあなたのお祖父様に潰えさせられた人生でございました」
そんな政宗の苦労も、悔しさをも家光は知っていた。
「しかし、まさか将軍様に父と慕われることになろうとは夢にも思いませなんだ…。これ以上の誉れがありましょうか、家光様?」
そう言うと幸福そうに笑いかけ、家光を抱き締めた。それがあまりに優しくて、家光は政宗の腕の中で号泣してしまった。
「安寧の世、楽しませて頂きました」
ついに仙台藩邸を出るときが来た。家光は
「親父殿、また来る」
と言わずにはいられなかった。政宗は外まで見送ることは出来なかったが、家光が屋敷の外に出た後も頭を下げ続けていた。
数日後。仙台藩から知らせが入った。家光は聞かずしてそれが何を意味するかを理解した。逝ってしまったのか、ついに。もうあの老人が乱世を語ることはない。
(さらば、独眼竜よ)
彼はその日から七日の間江戸で殺生を禁じた。彼の落ち込みぶりは実父の秀忠が亡くなった時以上だったという。
彼はその後、十五年に渡り日の本を治め、彼が基盤を固めた江戸幕府は、以降明治維新まで、二百年に及ぶ平和な世を築くことになる。政宗は乱世に生きた武将であったが、これは彼が心から望んだ世であったことだろう。
完
政宗は病を押して江戸へ来て、家光に謁見したのだった。彼は異様に痩せ衰え、酷く弱っている。政宗の病が深刻なのは家光の目にも明らかである。
「…上様」
微かな声で家光を呼び、心配をかけまいと弱々しい笑顔を見せる政宗に、家光は泣きそうになりながら彼の手にすがった。
「親父殿!!」
その後家光は大勢の医師を呼んで、江戸の寺社という寺社に政宗の病気治癒の祈祷をさせた。彼はとにかく、政宗の為なら何でもしてやりたかった。しかしその甲斐もなく政宗の病状は思わしくなかった。
(せめて、見舞いに行ってやりたい、儂が行けば、あるいは)
彼はそう願わずにはいられない。
仙台藩邸。
政宗は病身ながら裃を着て家光を迎えた。
「…お忍びではないのですね、珍しく」
家光が訪ねてきたのがよほど嬉しいのか、心なしか顔色が良い。それでも江戸城中で会った時よりも明らかに具合は悪そうだった。
「ああ。見舞いに来たぞ。治して貰わぬと…また親父殿の昔話が聞きたいからな」
政宗は嬉しそうな顔をしたが、首を横に振った。
「もう上様に初めてお会いして何年経っていると思っているのですか、もうこの年寄りには話すことなどござりませぬよ…」
「、親父殿」
政宗は昔を懐かしむように将軍を見つめた。
「思えば…将軍になられたばかりの上様が、突然屋敷に来られて…色々な話をさせていただきましたね…家康公のお話も…私自身の話も」
「親父殿」
「そうそう、ずんだ餅も一緒に作りましたっけ……上様と過ごせて、私は、楽しかった…」
「親父殿っ!!」
家光は声を荒らげた。
「儂が聞きたい昔話はそんな話ではない…!まだ早いぞ!なんだその、まるで最後の別れのような口調は!ふざけるな!こ、これからも、ずっと、儂と過ごすのだ…!……親父殿…!!!」
家光の目からとめどなく涙がこぼれ落ちてくる。
「…上様…私にはもう、分かっていることなのですよ」
諭すように政宗は言った。
(儂だって分かっておるわ、そのぐらい…。でも)
「嫌だ、まだ、駄目だ…!」
「上様…」
思い起こしてみれば、政宗がどれほど自分を楽しませてくれたのだろうか。自分を救ってくれたのだろうか。それなのに、この期に及んで政宗を困らせることしか出来ない。
「すまぬ親父殿…儂は結局そなたの話を聞いていただけで、そなたに何も返せていない、だから…!」
「家光様、私はもう十分でございます」
政宗は家光の手をとった。
「今だから正直に申しますが、私はずっと天下を取ることを夢見ておりました。でもその夢を、秀吉やあなたのお祖父様に潰えさせられた人生でございました」
そんな政宗の苦労も、悔しさをも家光は知っていた。
「しかし、まさか将軍様に父と慕われることになろうとは夢にも思いませなんだ…。これ以上の誉れがありましょうか、家光様?」
そう言うと幸福そうに笑いかけ、家光を抱き締めた。それがあまりに優しくて、家光は政宗の腕の中で号泣してしまった。
「安寧の世、楽しませて頂きました」
ついに仙台藩邸を出るときが来た。家光は
「親父殿、また来る」
と言わずにはいられなかった。政宗は外まで見送ることは出来なかったが、家光が屋敷の外に出た後も頭を下げ続けていた。
数日後。仙台藩から知らせが入った。家光は聞かずしてそれが何を意味するかを理解した。逝ってしまったのか、ついに。もうあの老人が乱世を語ることはない。
(さらば、独眼竜よ)
彼はその日から七日の間江戸で殺生を禁じた。彼の落ち込みぶりは実父の秀忠が亡くなった時以上だったという。
彼はその後、十五年に渡り日の本を治め、彼が基盤を固めた江戸幕府は、以降明治維新まで、二百年に及ぶ平和な世を築くことになる。政宗は乱世に生きた武将であったが、これは彼が心から望んだ世であったことだろう。
完