1632年に徳川秀忠が亡くなった。
家光は政宗を呼びつけて雑談をしていた。
「父がこの世を去ったことで儂がやりやすくなったよ」
「それは…よろしゅうございましたな」
「儂は二世将軍として思うとおりの政治をするのだ、親父殿!」
二世将軍。家康から数えて、二代目…。完全に秀忠を無視してかかっている。実権を握っていた秀忠がいなくなって、この頃の彼は幕藩体制の確立のために様々な政策を実行するなど奔走していたのだ。ついに頂点に立ったこの男は無邪気さが薄れ、知的で、独裁的な色味を帯びてきた。しかしながら政宗にとってみればまだまだ可愛らしさが残る若者である。
さて、家光が大名統制のために行った事で代表的なのが、参勤交代の制度化である。
大名は江戸と領地を一年おきに行き来させ、妻子は江戸へ置いておかねばならない。要は人質だ。
家光は構想を家臣の保科正之に話した。
「人質を差し出させて、参勤させることで主従関係が明確になる、そこが肝よ」
余談だが、「参勤の費用によって大名の財政をひっ迫させ力を削ぐ」というのは結果論にすぎない。
年が明けて、1635年。
すでにこの年、家光は三十二歳。政宗に至っては六十九歳で、この時代では超高齢だ。
家光には気掛かりなことがあった。政宗は家光と出会ったときから年を重ねてはいたが、少しも衰えを見せずいた。しかしこの頃めっきり弱ったように見える。また、一度に話す昔話の個数さえ増えているようだ。何やら急いでいるかのように。
(まさか、親父殿が…。)
家光の頭に嫌な考えが浮かんだ。
話は少し遡る。
家光はまた政宗の話を聞くために城へ呼んだ。しかし彼は以前よりもすこし痩せて顔には疲れの色が見える。それでも家光を見ると変わらぬ笑顔を見せて将軍を安心させた。
「親父殿、今日は何の話をしてくれるの?」
家光は目をきらきらさせて聞いた。政宗を変わらず慕っているのだ。が、政宗はどこか遠くを見ていて、その声に気がつかない。次に声をかけてようやく気づいたのだった。
「上様、申し訳ありませぬ…」
「…いや、良い。疲れているであろうに呼びつけてすまなんだな」
「今日は、大坂の陣の話を…」
政宗が話している間家光はかろうじて平静を装っていたが、政宗が退出すると得体の知れない感情がこみ上げてきて、彼は体の力が抜けてその場にへたり込んだ。
(親父殿)
家光は茫然としている。僅かな時間であったと言えども、政宗の輝きを失った瞳に衝撃を覚えた。
恐らくこの時の家光の心情を理解してやれる者はいなかっただろう。彼は政宗と、他の誰とも異なる時を過ごしてきたのだ。
(しかし、その時だって話をしている間は元気そうで、以前と変わらなかったじゃないか)
家光は懸命に不安を振り払う。
(まだ、親父殿と話していたい、まだ…。次の春、参勤の時には元気で会えるだろう)
1636年、四月末。政宗が江戸へ入り、家光に謁見する。だが、彼は家光の期待した姿ではなかった。
つづく
家光は政宗を呼びつけて雑談をしていた。
「父がこの世を去ったことで儂がやりやすくなったよ」
「それは…よろしゅうございましたな」
「儂は二世将軍として思うとおりの政治をするのだ、親父殿!」
二世将軍。家康から数えて、二代目…。完全に秀忠を無視してかかっている。実権を握っていた秀忠がいなくなって、この頃の彼は幕藩体制の確立のために様々な政策を実行するなど奔走していたのだ。ついに頂点に立ったこの男は無邪気さが薄れ、知的で、独裁的な色味を帯びてきた。しかしながら政宗にとってみればまだまだ可愛らしさが残る若者である。
さて、家光が大名統制のために行った事で代表的なのが、参勤交代の制度化である。
大名は江戸と領地を一年おきに行き来させ、妻子は江戸へ置いておかねばならない。要は人質だ。
家光は構想を家臣の保科正之に話した。
「人質を差し出させて、参勤させることで主従関係が明確になる、そこが肝よ」
余談だが、「参勤の費用によって大名の財政をひっ迫させ力を削ぐ」というのは結果論にすぎない。
年が明けて、1635年。
すでにこの年、家光は三十二歳。政宗に至っては六十九歳で、この時代では超高齢だ。
家光には気掛かりなことがあった。政宗は家光と出会ったときから年を重ねてはいたが、少しも衰えを見せずいた。しかしこの頃めっきり弱ったように見える。また、一度に話す昔話の個数さえ増えているようだ。何やら急いでいるかのように。
(まさか、親父殿が…。)
家光の頭に嫌な考えが浮かんだ。
話は少し遡る。
家光はまた政宗の話を聞くために城へ呼んだ。しかし彼は以前よりもすこし痩せて顔には疲れの色が見える。それでも家光を見ると変わらぬ笑顔を見せて将軍を安心させた。
「親父殿、今日は何の話をしてくれるの?」
家光は目をきらきらさせて聞いた。政宗を変わらず慕っているのだ。が、政宗はどこか遠くを見ていて、その声に気がつかない。次に声をかけてようやく気づいたのだった。
「上様、申し訳ありませぬ…」
「…いや、良い。疲れているであろうに呼びつけてすまなんだな」
「今日は、大坂の陣の話を…」
政宗が話している間家光はかろうじて平静を装っていたが、政宗が退出すると得体の知れない感情がこみ上げてきて、彼は体の力が抜けてその場にへたり込んだ。
(親父殿)
家光は茫然としている。僅かな時間であったと言えども、政宗の輝きを失った瞳に衝撃を覚えた。
恐らくこの時の家光の心情を理解してやれる者はいなかっただろう。彼は政宗と、他の誰とも異なる時を過ごしてきたのだ。
(しかし、その時だって話をしている間は元気そうで、以前と変わらなかったじゃないか)
家光は懸命に不安を振り払う。
(まだ、親父殿と話していたい、まだ…。次の春、参勤の時には元気で会えるだろう)
1636年、四月末。政宗が江戸へ入り、家光に謁見する。だが、彼は家光の期待した姿ではなかった。
つづく