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#お酒は20歳から
酔って、あなたに届くまで_
降り注ぐ雪は突き刺すように体温を奪った。
いつしか空は暗く染まっていて、雪は吹雪となっていた。
進めないくらいに強い風が前に進むのを拒む。
視界は真っ白で他の色なんて見つけられなかった。
誰かが言っていた。冷たいを通り越したら痛いになるらしい。じゃあそこに辿り着いていない私は、まだ歩けるはずだ。そう自分に言い聞かせてもう一歩、もう一歩と、動きたくないと叫ぶ足を必死に動かした。
光なんてもう見れないかもしれない。それでも、足を動かすのを止めれば私はもう私でなくなってしまう。だから、必死に足を動かし続ける。まだ、まだ、私は終わっていないと。
その果て、ポツリと光が見える。その光は暗闇を照らす唯一無二の光であり、穏やかで、落ち着いた雰囲気を醸し出す暖かい橙色の光だった。
急いでそちらに駆け寄れば、そこにはポツンと建物が立っていた。真っ白な世界には似合わない人工物。ここに居たらきっと、吹雪を凌げる。そう考えれば、自身がどう行動するかなんて簡単に答えは出た。
私はそこに、足を踏み入れた。
[水平線]
カランと音を鳴らしながら扉を開けば目の前に広がったのは暖かな空間。コンクリートなどで出来た部分ももちろんあったが基本は木を前に押し出し、それを引き立てる形でそれらは使われていた。中は見た目通り広いとはお世辞でも言えなかったが、それでも自身にとって外より数倍は落ち着けて、安心できる場所であったのは確かだろう。
扉を開けてから直ぐに見えるのはいくつかのお酒。棚の中に綺麗に、客に魅せる形で置かれたそれらは酒を好まない者も嫌悪感は抱かないとすら思えた。
「いらっしゃいませ。」
店内を見渡していると声をかけられる。その方向を見れば、綺麗な人がいた。お酒が置かれた棚の手前にあるカウンターの奥に佇む白のブロードシャツに黒のウエストコートを着た清潔感のある人。にこりと微笑みかけるその表情は自然で、仕草も丁寧。この一瞬で既に接客に慣れている事が見て取れた。また、店内に他の人の気配や物音が一切しない事から、きっとその人がマスターである事が理解できた。
[下線] 私 [/下線]
「あ、ごめんなさい。外は吹雪が凄くて…ここで少し休ませてもらう事はできますか?」
私のその問いに対してマスターは、
[下線]マスター[/下線]
「勿論です。宜しければ、お飲み物をお出ししましょうか?」
と答えつつ、自然な動作で席まで案内して、メニューを渡してくる。その動作があまりにも庶民である私には遠いものに思えるから、もしかすると高級店にでも迷い込んだんじゃないか、と思いながらメニューを見ると値段は一切書かれていなかった。思い当たる点は1つのみ。
[下線] 私 [/下線]
「ここって高級店…?」
思わずそう呟くとマスターはクスリと笑って答えた。
[下線]マスター[/下線]
「いいえ、高級店ではありませんよ。」
[下線] 私 [/下線]
「え、じゃあなんで値段が…」
ますます謎が深まったと言わんばかりの私に対してマスターは私が不審がっている理由に思い至ったのか、納得した様子で言葉を返す。
[下線]マスター[/下線]
「この店ではお代を頂いておりません。なにせ、この立地ですから、辿り着くのも難しいのに値段も高いとなると泣き面に蜂、というものですから。」
そう言って少し苦笑しつつ答えるマスターに疑念が深まる。今時お金がいらないとか詐欺か危ない系の何かしかあり得ない…と理性的な私が話しかけてくるのに対して、疲れ切った私はもういいじゃないかとつい言いたくなる。結果として私は疲れに屈した。理由は疲れているとか、それだけじゃなくて、マスターやこの店が悪いものにはなんとなく見えなかったから。錯覚だと言われればそれまでだが、それでも少し信じてみたくなったのだ。
改めてメニューに目を向けると、直ぐに目を引いたのは1番下にある「マスターの気紛れの一杯」という文字だった。別にワインの一つや二つ、頼んでも良かったのだが、何故か、否、理由は分かっていた。マスターの腕を試してみたかったのだ。
声をかける為に前を向けばマスターはにこにことした表情を崩さないまま、私が声をかけるのを待ってくれていたらしく直ぐに声をかけられる。
[下線]マスター[/下線]
「決まりましたか?」
[下線] 私 [/下線]
「はい、このマスターの気紛れの一杯、というのをお願いしても?」
[下線]マスター[/下線]
「はい、分かりました。メニューはお預かりしてもよろしいですか?」
その問いに対して「はい。」と答えればマスターは綺麗な仕草でメニューを回収すると今度は手に真っ白なふかふかそうなタオルを持って来ていた。なんだろうと思って思わず自身の手を見れば体についた雪が溶けて水になってきていることに気付く。
[下線]マスター[/下線]
「よろしければこれをお使いください。」
[下線] 私 [/下線]
「あ、ありがとうございます。」
気遣いができすぎるマスターに尊敬の念を抱きつつ、椅子がびしょびしょになる前に急いで拭いていく。触り心地の良いそれが濡れていくのは流石に罪悪感が湧いたが、マスターがいいと言うならいいのだろうとありがたく使わせてもらった。店内にずっとあったからか、暖かいそのタオルは私の冷え切った指の感覚を戻していく。
それを終えて、マスターの方を向けば私が拭き終わるタイミングを見ていたようでタオルを回収した後に、今度はカクテルを作り始める。
素早く、でも洗練された美しさでメジャーカップで量るところからステアに至るまで一切無駄な動きもなく、そのまま丁寧に私の目の前のカウンターテーブルに置く。
[下線]マスター[/下線]
「今日のマスターの気紛れの一杯でございます。」
半透明の鮮やかな赤みがかった橙色が透明で綺麗なカクテルグラスに収められている。爽やかで甘酸っぱい香りがするそれを一口、飲めばオレンジの爽やかな甘味と酸味が口に広がる。でもそれは強すぎるものではなく心地良い味で、どこか心が落ち着いていく。凍る様に冷たかった喉を程良い暖かさを感じるそれが通り過ぎていく。
私がゆっくり飲むのをマスターは何も言わずに、何も聞かずに待ってくれた。それが私にとって最も嬉しかった。いつの間にか飲み干してしまったそれをマスターは回収する。ゆっくり息を吸って吐く。そんな行動すらもできない場所に居たからか、ここは居心地が良くて、過ごしやすくて、もう少しいたい気持ちもあったが、そうする訳にはいかなかった。だから、私は店を後にしようと身支度を整え始める。
[下線] 私 [/下線]
「美味しかったです。ありがとうございました。」
そう声をかけて扉を開く。外は相変わらずの吹雪で、体を突き刺す寒さだったが、胸のどこかにこの店の暖かさがまだ残っていた。足を踏み出した私に対してマスターは綺麗なお辞儀で答えた。
[下線]マスター[/下線]
「またのご来店をお待ちしております。」
いつしか空は暗く染まっていて、雪は吹雪となっていた。
進めないくらいに強い風が前に進むのを拒む。
視界は真っ白で他の色なんて見つけられなかった。
誰かが言っていた。冷たいを通り越したら痛いになるらしい。じゃあそこに辿り着いていない私は、まだ歩けるはずだ。そう自分に言い聞かせてもう一歩、もう一歩と、動きたくないと叫ぶ足を必死に動かした。
光なんてもう見れないかもしれない。それでも、足を動かすのを止めれば私はもう私でなくなってしまう。だから、必死に足を動かし続ける。まだ、まだ、私は終わっていないと。
その果て、ポツリと光が見える。その光は暗闇を照らす唯一無二の光であり、穏やかで、落ち着いた雰囲気を醸し出す暖かい橙色の光だった。
急いでそちらに駆け寄れば、そこにはポツンと建物が立っていた。真っ白な世界には似合わない人工物。ここに居たらきっと、吹雪を凌げる。そう考えれば、自身がどう行動するかなんて簡単に答えは出た。
私はそこに、足を踏み入れた。
[水平線]
カランと音を鳴らしながら扉を開けば目の前に広がったのは暖かな空間。コンクリートなどで出来た部分ももちろんあったが基本は木を前に押し出し、それを引き立てる形でそれらは使われていた。中は見た目通り広いとはお世辞でも言えなかったが、それでも自身にとって外より数倍は落ち着けて、安心できる場所であったのは確かだろう。
扉を開けてから直ぐに見えるのはいくつかのお酒。棚の中に綺麗に、客に魅せる形で置かれたそれらは酒を好まない者も嫌悪感は抱かないとすら思えた。
「いらっしゃいませ。」
店内を見渡していると声をかけられる。その方向を見れば、綺麗な人がいた。お酒が置かれた棚の手前にあるカウンターの奥に佇む白のブロードシャツに黒のウエストコートを着た清潔感のある人。にこりと微笑みかけるその表情は自然で、仕草も丁寧。この一瞬で既に接客に慣れている事が見て取れた。また、店内に他の人の気配や物音が一切しない事から、きっとその人がマスターである事が理解できた。
[下線] 私 [/下線]
「あ、ごめんなさい。外は吹雪が凄くて…ここで少し休ませてもらう事はできますか?」
私のその問いに対してマスターは、
[下線]マスター[/下線]
「勿論です。宜しければ、お飲み物をお出ししましょうか?」
と答えつつ、自然な動作で席まで案内して、メニューを渡してくる。その動作があまりにも庶民である私には遠いものに思えるから、もしかすると高級店にでも迷い込んだんじゃないか、と思いながらメニューを見ると値段は一切書かれていなかった。思い当たる点は1つのみ。
[下線] 私 [/下線]
「ここって高級店…?」
思わずそう呟くとマスターはクスリと笑って答えた。
[下線]マスター[/下線]
「いいえ、高級店ではありませんよ。」
[下線] 私 [/下線]
「え、じゃあなんで値段が…」
ますます謎が深まったと言わんばかりの私に対してマスターは私が不審がっている理由に思い至ったのか、納得した様子で言葉を返す。
[下線]マスター[/下線]
「この店ではお代を頂いておりません。なにせ、この立地ですから、辿り着くのも難しいのに値段も高いとなると泣き面に蜂、というものですから。」
そう言って少し苦笑しつつ答えるマスターに疑念が深まる。今時お金がいらないとか詐欺か危ない系の何かしかあり得ない…と理性的な私が話しかけてくるのに対して、疲れ切った私はもういいじゃないかとつい言いたくなる。結果として私は疲れに屈した。理由は疲れているとか、それだけじゃなくて、マスターやこの店が悪いものにはなんとなく見えなかったから。錯覚だと言われればそれまでだが、それでも少し信じてみたくなったのだ。
改めてメニューに目を向けると、直ぐに目を引いたのは1番下にある「マスターの気紛れの一杯」という文字だった。別にワインの一つや二つ、頼んでも良かったのだが、何故か、否、理由は分かっていた。マスターの腕を試してみたかったのだ。
声をかける為に前を向けばマスターはにこにことした表情を崩さないまま、私が声をかけるのを待ってくれていたらしく直ぐに声をかけられる。
[下線]マスター[/下線]
「決まりましたか?」
[下線] 私 [/下線]
「はい、このマスターの気紛れの一杯、というのをお願いしても?」
[下線]マスター[/下線]
「はい、分かりました。メニューはお預かりしてもよろしいですか?」
その問いに対して「はい。」と答えればマスターは綺麗な仕草でメニューを回収すると今度は手に真っ白なふかふかそうなタオルを持って来ていた。なんだろうと思って思わず自身の手を見れば体についた雪が溶けて水になってきていることに気付く。
[下線]マスター[/下線]
「よろしければこれをお使いください。」
[下線] 私 [/下線]
「あ、ありがとうございます。」
気遣いができすぎるマスターに尊敬の念を抱きつつ、椅子がびしょびしょになる前に急いで拭いていく。触り心地の良いそれが濡れていくのは流石に罪悪感が湧いたが、マスターがいいと言うならいいのだろうとありがたく使わせてもらった。店内にずっとあったからか、暖かいそのタオルは私の冷え切った指の感覚を戻していく。
それを終えて、マスターの方を向けば私が拭き終わるタイミングを見ていたようでタオルを回収した後に、今度はカクテルを作り始める。
素早く、でも洗練された美しさでメジャーカップで量るところからステアに至るまで一切無駄な動きもなく、そのまま丁寧に私の目の前のカウンターテーブルに置く。
[下線]マスター[/下線]
「今日のマスターの気紛れの一杯でございます。」
半透明の鮮やかな赤みがかった橙色が透明で綺麗なカクテルグラスに収められている。爽やかで甘酸っぱい香りがするそれを一口、飲めばオレンジの爽やかな甘味と酸味が口に広がる。でもそれは強すぎるものではなく心地良い味で、どこか心が落ち着いていく。凍る様に冷たかった喉を程良い暖かさを感じるそれが通り過ぎていく。
私がゆっくり飲むのをマスターは何も言わずに、何も聞かずに待ってくれた。それが私にとって最も嬉しかった。いつの間にか飲み干してしまったそれをマスターは回収する。ゆっくり息を吸って吐く。そんな行動すらもできない場所に居たからか、ここは居心地が良くて、過ごしやすくて、もう少しいたい気持ちもあったが、そうする訳にはいかなかった。だから、私は店を後にしようと身支度を整え始める。
[下線] 私 [/下線]
「美味しかったです。ありがとうございました。」
そう声をかけて扉を開く。外は相変わらずの吹雪で、体を突き刺す寒さだったが、胸のどこかにこの店の暖かさがまだ残っていた。足を踏み出した私に対してマスターは綺麗なお辞儀で答えた。
[下線]マスター[/下線]
「またのご来店をお待ちしております。」
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