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⚠︎ATTENTION!⚠︎
・ファンタジーマニアが新伝綺小説を目指して書いた謎ジャンル(ホラー風味)です。
・TYPE-MOON系列の新伝綺作品(Fate・月姫・空の境界など)のパロディ・リスペクト要素が含まれます。
・嘔吐シーンや死体などのショッキング描写が含まれます。
・なんでも許せる方のみお進み下さい。
白星に背負われて降り立った先は、どこかに[漢字]既視感[/漢字][ふりがな]デジャヴ[/ふりがな]を感じる商店街だった。
それがいつ、どこで見た記憶なのかは分からない。実際には単なる錯覚で、見た事も、ましてや来た事なんてないのかもしれない。
『どちらにせよあり得ない』と天井の俺が言う。でも今の俺にはやはり、どうでも良かった。この“異常”を目に焼き付ける事ばかりを考えていたからだ。
ただ依然としてそこは、どこにでもあるような建物群だった。敢えて言うとするなら、それらがオーロラ色の虚空にポッカリと、おかしな方向を向いて、ぽつねんと孤独に浮いている点だけが違っている。
[漢字]捩[/漢字][ふりがな]ねじ[/ふりがな]れて、[漢字]捻[/漢字][ふりがな]よ[/ふりがな]れて、[漢字]廻[/漢字][ふりがな]まわ[/ふりがな]って___もはや意味を為さなくなっている家の裏を、庭の塀を、そしてバラバラな道を縦横無尽に翔けているのに、不思議と重力による違和感は感じなかった。
まるで当たり前の道路でも走っているように、重力のくびきが狂ってしまったような街を白星は往く。街そのものが彼を歓迎しているようで、まるで空港の廊下のように、地面そのものが彼を加速させていく。
背の上から目を凝らしてみると、見た事も聞いた事もないような物ばかり並んでいた。
不思議な匂いの香袋、不思議な色の飲み物、何かすら分からない生き物の角に、内臓のように蠢く武器。
どこか縁日のような屋台に立ち並ぶ非日常は、合わせ鏡のように対称的で純粋だ。
「すごいな、ここ。」
「んはは、そうだろ〜? 俺のホームタウンってヤツだからさぁ、気に入ってくれるなら嬉しいよぉ。」
そう言って笑う白星は、迷う事なくひょいひょいと屋根の上を渡っている。人ひとり背負ったままの動きだとは、乗っている[漢字]俺[/漢字][ふりがな]本人[/ふりがな]ですら信じられない。彼が一歩進むごとに、俺の中で何かが引っくり返る。肉体が作り変えられていくような、何かに回帰しているような___そんな感覚。
どうしようもなく気分が悪いようでいて、どうしようもなく快感でもあった。
そうか、ここはきっとある種の迷宮なんだ。特段深い理由もなく、俺はそう感じた。ここには、納得させるだけの何かがあった。
それは異界感で、それは異常性で、それは既視感で___例えどんなに言葉で遊んでも、口に出した途端に陳腐なモノへと堕ちるような。
けどそれすらも、『下らない[漢字]感傷[/漢字][ふりがな]センチメンタル[/ふりがな]だ』と、『俯瞰』している俺が笑う。邪魔だ。振り払うようにして、白星に声を掛ける。
「そう言えば。あんた、あの人とどーゆー関係なんだ? バディとか言ってたけど。」
「あー、ソレね? 副長は俺の上司だよぉ。俺、こー見えて隊長なの。んで、今日はクジの結果組むコトになってたんだけど、巡回してたら急に置いてかれたってトコかな。」
いやぁ、俺ってばぜんっぜん弱っちいんだけどねぇ……とぼやくように呟いて、彼は少しだけスピードを上げる。塔を駆け上り、つぎはぎの街を飛び石のようにして、まるで稲光のように___[漢字]宙[/漢字][ふりがな]ソラ[/ふりがな]を、空間を、翔ける。
その動きは軽快で俊敏で、本人の言う弱さなんて一切感じさせなかった。
流れていく風景の中の凍りついた青い焔を、異常なほどに大きな満月を、共に在る筈のない太陽を、不可思議な赫色に輝く夜空を、目を皿のようにして眺めていると、ただ安穏と日々を持て余して過ごしていた日常が嘘のように思えてくる。
ゆっくりと、じわじわと、浸食するように俺の中に溶け込んで、これこそが真実だと言い聞かせてくる。
そうだ。俺は今、俺が望んだ、境界のギリギリに立っている。
……その、筈なのだが。
「妙だな、ここ。気持ちが悪い。体の中を芋虫が這い回ってるみたいだ。何かに見られてるような気がする。」
そう___なぜか歓喜や興味以上に、今のこの状態が不快だった。不思議な屋台の喧噪に混じって、声にならない声が、存在しないはずの視線が、俺を値踏みしているような気がした。
勝手に俺の臓腑やら骨やら心やら脳やらを弄んで、娯楽として安直に消費されているような、ショーウィンドウにならぶ人形のような気分。
正直な話、あの屍体を真正面から見た時よりも、よほど気分が悪い。
それでも俺はやはり依然として、この状況を面白いと感じていた。天井から見る俺自身は、未知に目を輝かす、愚かな子供そのものだ。
「……そう? そんなコトないっしょ。確かに物理法則とかはイロイロ変だけどさぁ、アンタが言うようなのはナイナイ。大丈夫だよぉ。」
聞き返した最初の一声___その一瞬だけ、白星の声が低かった。ふざけたような笑い声ではない、おそらく彼の素の声だ。
間違いなく、何かを俺に隠している___そう、俺は直感する。だが、そう俺に思われる事も彼はきっと折り込み済みだ。敢えて脅しているのだろう。
ざわりと肌が粟立つような、捕食者の気配。それは間違いなく___それも、俺がここに入った時に感じた視線とは別に___白星から、発されていた。
それはあの少女とは別種の殺気。どこまでも重たくて、腹の底に居座り続けるような気配。気が付けば俺は、白星の背中から目を逸らしていた。質問を口の中に戻していた。その事に気づいていないのか、彼は屈託なく嗤う。
逸らした視線の先にあったのは、夢のような街。燃える氷に、凍てついた焔。
あぁ、あれは確かにあり得ない。
白星が歪んだ空間の裂け目を通ると、その度にさっきまでとは遥か遠く離れた場所に出る。
これも、絶対にあり得ない。
彼は逆しまの街を駆け抜けて、壁に張り付く塔をいとも容易く飛び越えて、バラけたパズルのような道路を走り去る。
それも、やっぱりあり得ない。
そんな逃避をしてしまうぐらいには、俺は彼に対して恐怖していたのかもしれない。
風邪の時に見る悪夢の中が、更に歪んだ[漢字]不思議の国[/漢字][ふりがな]アリスの世界[/ふりがな]。5mは裕に越す大きな扉、到底不釣り合いな人形サイズの家。
大小関係すらもどうしようもなく狂ってしまった、大きくて大きくて大きくて___そしてとても、小さな街。
そんな中に在ってなお対称的に、白星の重たい殺気は真実だった。
どうにも口を開けずに黙っている内に、いつの間にやら白星の足が止まっていた。目の前に広がるのは、真ん中から捻れたような日本家屋。
天を衝く螺旋状の塔と、真上に浮かぶ真紅の鳥居と、小さな子供の積み木遊びそっくりな狂った建築物と、合間合間から覗く漆黒の真球と、古びてはいるが豪勢な門。
そんな不思議なアンバランスに守られた、いかにもな重要拠点だ。前に立つだけで、思わず圧倒されそうになる。
「何だ、これ……」
確かにそう思っている、気になっているはずなのに、もっと明確に問うための言葉だけはどこかに落として来たようだった。冷や汗がドッと吹き出して、骨の奥がカタカタと嗤う。
以前修学旅行で行かされた資料館の目玉、人を斬ったとされる日本刀。それと同種の___だがそれとは比べ物にならない___重厚な気配。
歴史の重み、とでも言うべき類の圧なのだろうか。或いはもっと、この場所そのものが……
そう考えた所を、白星の声で遮られる。
「ホラ、到着。あ、歩けそうならそろそろジブンの足で歩いてね? 俺ってばこーみえて病弱だしぃ、そろそろ疲れて来ちゃったからさ〜?」
「……? あぁ、それもそうか。ありがとう。」
病弱? 確かに彼は病的に細いが、冗談の一環なのか事実なのかは、この調子じゃ押し計れそうもない。このヘラヘラと掴みどころのない軽い声と、先程のあの殺気を孕んだ重い声……どちらが素かと問われれば、それはきっと後者だろう。
だが彼が何であれ、ここまで送ってもらえた事は助かった。正直な所、かなり感謝している。俺ひとりでは到底、ここまで辿り着けなかっただろう。
道中の境目で迷ってのたれ死んでいたかもしれないし、あのオーロラ色の虚空で落下死していたかもしれない。
もちろんそれだって案外面白いかもしれないが、あの少女よりはよっぽど異常として弱い。
だから、それで死ぬのはごめん被りたい。
とは言え___ここはここで、また別種の興味を惹かれるのは確かだ。
怖いもの見たさ、とでも言うべきなのだろうか。明らかにヤバいのが分かりきっているからこそ、敢えてホラー映画をMX4Dの大劇場に見に行くようなあの感覚だ。
あぁ、そう言えばこの庭もゆっくり見てみたいな。「それじゃ。」とだけ言って、白星の背中から降りる。幸い、貧血は多少マシになっていた。
その後は当然、好奇心のままに直進しようとしたのだが……
「ちょちょちょ、待って待ってドコ行く気!? ステイステイ!!」
それは、残念ながら止められた。
「……チッ。」
「ねぇイマ舌打ちしたよねお前ぇ!?」
「してない。」
「絶対ウソだぁ、俺聞いたし!」
「してない。」
「あ、ハァイ、リョーカイでぇす……」
白星は諦めたようにため息を一つ吐いて、肩を竦めて、やたらと広い捩れた廊下を先行する。
この可笑しな街を踏破してなお、疲れの一片も見せない彼は、『コッチなら来ても良いよ。』と振り向きざまに呼び掛けた。
それに置いていかれまいと、俺も思わずスピードを上げる。
そうして一歩踏み出したはずのその足が、果てしなく重かった。当然___いくらかマシになったとは言え___貧血も、多少は原因に含まれるだろう。
だが、これはきっとそれ以上に、先程から背中に感じている何かに見られているようなピリつく痛みと、それに対して警鐘を鳴らす脳の防衛反応だった。この建物の門がそのまま、俺を喰らおうと手を差し招いているようだった。
それがなんなのかは、今の俺には分からない。
けど___間違いなく、この先は肉食獣の胎の中だ。
はぁ、と大きく息を吐く。どうやら、知らず知らずのうちに止めてしまっていたらしい。『らしくない』……そうかもしれない。
だから、[漢字]⬛︎[/漢字][ふりがな]俺[/ふりがな]は気にしない事にした。
そして___脳の警鐘を無視したままに、俺の[漢字]好奇心[/漢字][ふりがな]体[/ふりがな]が暴れだす。一歩、また一歩と、広い庭を勝手に先へ進んでいく。ギクシャクとした動きでも、白星に取り残される事はないぐらいの速度で。
体が言う事を聞かないという錯覚と、これで良いんだという錯覚が同居して、どちらが真実かはもう分からない。気が狂いそうになる。
完全に無音のこの異界の中で、また凛と鈴の音が聞こえた気がした。
あぁ、これは正しく、“虎穴に入らずんば虎子を得ず”というヤツだ。“異常”を知りたいなら、判りたいなら……やはり、自分から飛び込まなければ意味がない。これが自分からなのかと問われれば……それは、若干の疑問が残るが。
でもこれで良い、きっと俺はこれで正しい。
俺はもう、ただただ熱を持て余したまま口を開けて何かを待ち侘びる、あの悪夢のような[漢字]日々[/漢字][ふりがな]日常[/ふりがな]に、戻る事などできないのだから。
それがいつ、どこで見た記憶なのかは分からない。実際には単なる錯覚で、見た事も、ましてや来た事なんてないのかもしれない。
『どちらにせよあり得ない』と天井の俺が言う。でも今の俺にはやはり、どうでも良かった。この“異常”を目に焼き付ける事ばかりを考えていたからだ。
ただ依然としてそこは、どこにでもあるような建物群だった。敢えて言うとするなら、それらがオーロラ色の虚空にポッカリと、おかしな方向を向いて、ぽつねんと孤独に浮いている点だけが違っている。
[漢字]捩[/漢字][ふりがな]ねじ[/ふりがな]れて、[漢字]捻[/漢字][ふりがな]よ[/ふりがな]れて、[漢字]廻[/漢字][ふりがな]まわ[/ふりがな]って___もはや意味を為さなくなっている家の裏を、庭の塀を、そしてバラバラな道を縦横無尽に翔けているのに、不思議と重力による違和感は感じなかった。
まるで当たり前の道路でも走っているように、重力のくびきが狂ってしまったような街を白星は往く。街そのものが彼を歓迎しているようで、まるで空港の廊下のように、地面そのものが彼を加速させていく。
背の上から目を凝らしてみると、見た事も聞いた事もないような物ばかり並んでいた。
不思議な匂いの香袋、不思議な色の飲み物、何かすら分からない生き物の角に、内臓のように蠢く武器。
どこか縁日のような屋台に立ち並ぶ非日常は、合わせ鏡のように対称的で純粋だ。
「すごいな、ここ。」
「んはは、そうだろ〜? 俺のホームタウンってヤツだからさぁ、気に入ってくれるなら嬉しいよぉ。」
そう言って笑う白星は、迷う事なくひょいひょいと屋根の上を渡っている。人ひとり背負ったままの動きだとは、乗っている[漢字]俺[/漢字][ふりがな]本人[/ふりがな]ですら信じられない。彼が一歩進むごとに、俺の中で何かが引っくり返る。肉体が作り変えられていくような、何かに回帰しているような___そんな感覚。
どうしようもなく気分が悪いようでいて、どうしようもなく快感でもあった。
そうか、ここはきっとある種の迷宮なんだ。特段深い理由もなく、俺はそう感じた。ここには、納得させるだけの何かがあった。
それは異界感で、それは異常性で、それは既視感で___例えどんなに言葉で遊んでも、口に出した途端に陳腐なモノへと堕ちるような。
けどそれすらも、『下らない[漢字]感傷[/漢字][ふりがな]センチメンタル[/ふりがな]だ』と、『俯瞰』している俺が笑う。邪魔だ。振り払うようにして、白星に声を掛ける。
「そう言えば。あんた、あの人とどーゆー関係なんだ? バディとか言ってたけど。」
「あー、ソレね? 副長は俺の上司だよぉ。俺、こー見えて隊長なの。んで、今日はクジの結果組むコトになってたんだけど、巡回してたら急に置いてかれたってトコかな。」
いやぁ、俺ってばぜんっぜん弱っちいんだけどねぇ……とぼやくように呟いて、彼は少しだけスピードを上げる。塔を駆け上り、つぎはぎの街を飛び石のようにして、まるで稲光のように___[漢字]宙[/漢字][ふりがな]ソラ[/ふりがな]を、空間を、翔ける。
その動きは軽快で俊敏で、本人の言う弱さなんて一切感じさせなかった。
流れていく風景の中の凍りついた青い焔を、異常なほどに大きな満月を、共に在る筈のない太陽を、不可思議な赫色に輝く夜空を、目を皿のようにして眺めていると、ただ安穏と日々を持て余して過ごしていた日常が嘘のように思えてくる。
ゆっくりと、じわじわと、浸食するように俺の中に溶け込んで、これこそが真実だと言い聞かせてくる。
そうだ。俺は今、俺が望んだ、境界のギリギリに立っている。
……その、筈なのだが。
「妙だな、ここ。気持ちが悪い。体の中を芋虫が這い回ってるみたいだ。何かに見られてるような気がする。」
そう___なぜか歓喜や興味以上に、今のこの状態が不快だった。不思議な屋台の喧噪に混じって、声にならない声が、存在しないはずの視線が、俺を値踏みしているような気がした。
勝手に俺の臓腑やら骨やら心やら脳やらを弄んで、娯楽として安直に消費されているような、ショーウィンドウにならぶ人形のような気分。
正直な話、あの屍体を真正面から見た時よりも、よほど気分が悪い。
それでも俺はやはり依然として、この状況を面白いと感じていた。天井から見る俺自身は、未知に目を輝かす、愚かな子供そのものだ。
「……そう? そんなコトないっしょ。確かに物理法則とかはイロイロ変だけどさぁ、アンタが言うようなのはナイナイ。大丈夫だよぉ。」
聞き返した最初の一声___その一瞬だけ、白星の声が低かった。ふざけたような笑い声ではない、おそらく彼の素の声だ。
間違いなく、何かを俺に隠している___そう、俺は直感する。だが、そう俺に思われる事も彼はきっと折り込み済みだ。敢えて脅しているのだろう。
ざわりと肌が粟立つような、捕食者の気配。それは間違いなく___それも、俺がここに入った時に感じた視線とは別に___白星から、発されていた。
それはあの少女とは別種の殺気。どこまでも重たくて、腹の底に居座り続けるような気配。気が付けば俺は、白星の背中から目を逸らしていた。質問を口の中に戻していた。その事に気づいていないのか、彼は屈託なく嗤う。
逸らした視線の先にあったのは、夢のような街。燃える氷に、凍てついた焔。
あぁ、あれは確かにあり得ない。
白星が歪んだ空間の裂け目を通ると、その度にさっきまでとは遥か遠く離れた場所に出る。
これも、絶対にあり得ない。
彼は逆しまの街を駆け抜けて、壁に張り付く塔をいとも容易く飛び越えて、バラけたパズルのような道路を走り去る。
それも、やっぱりあり得ない。
そんな逃避をしてしまうぐらいには、俺は彼に対して恐怖していたのかもしれない。
風邪の時に見る悪夢の中が、更に歪んだ[漢字]不思議の国[/漢字][ふりがな]アリスの世界[/ふりがな]。5mは裕に越す大きな扉、到底不釣り合いな人形サイズの家。
大小関係すらもどうしようもなく狂ってしまった、大きくて大きくて大きくて___そしてとても、小さな街。
そんな中に在ってなお対称的に、白星の重たい殺気は真実だった。
どうにも口を開けずに黙っている内に、いつの間にやら白星の足が止まっていた。目の前に広がるのは、真ん中から捻れたような日本家屋。
天を衝く螺旋状の塔と、真上に浮かぶ真紅の鳥居と、小さな子供の積み木遊びそっくりな狂った建築物と、合間合間から覗く漆黒の真球と、古びてはいるが豪勢な門。
そんな不思議なアンバランスに守られた、いかにもな重要拠点だ。前に立つだけで、思わず圧倒されそうになる。
「何だ、これ……」
確かにそう思っている、気になっているはずなのに、もっと明確に問うための言葉だけはどこかに落として来たようだった。冷や汗がドッと吹き出して、骨の奥がカタカタと嗤う。
以前修学旅行で行かされた資料館の目玉、人を斬ったとされる日本刀。それと同種の___だがそれとは比べ物にならない___重厚な気配。
歴史の重み、とでも言うべき類の圧なのだろうか。或いはもっと、この場所そのものが……
そう考えた所を、白星の声で遮られる。
「ホラ、到着。あ、歩けそうならそろそろジブンの足で歩いてね? 俺ってばこーみえて病弱だしぃ、そろそろ疲れて来ちゃったからさ〜?」
「……? あぁ、それもそうか。ありがとう。」
病弱? 確かに彼は病的に細いが、冗談の一環なのか事実なのかは、この調子じゃ押し計れそうもない。このヘラヘラと掴みどころのない軽い声と、先程のあの殺気を孕んだ重い声……どちらが素かと問われれば、それはきっと後者だろう。
だが彼が何であれ、ここまで送ってもらえた事は助かった。正直な所、かなり感謝している。俺ひとりでは到底、ここまで辿り着けなかっただろう。
道中の境目で迷ってのたれ死んでいたかもしれないし、あのオーロラ色の虚空で落下死していたかもしれない。
もちろんそれだって案外面白いかもしれないが、あの少女よりはよっぽど異常として弱い。
だから、それで死ぬのはごめん被りたい。
とは言え___ここはここで、また別種の興味を惹かれるのは確かだ。
怖いもの見たさ、とでも言うべきなのだろうか。明らかにヤバいのが分かりきっているからこそ、敢えてホラー映画をMX4Dの大劇場に見に行くようなあの感覚だ。
あぁ、そう言えばこの庭もゆっくり見てみたいな。「それじゃ。」とだけ言って、白星の背中から降りる。幸い、貧血は多少マシになっていた。
その後は当然、好奇心のままに直進しようとしたのだが……
「ちょちょちょ、待って待ってドコ行く気!? ステイステイ!!」
それは、残念ながら止められた。
「……チッ。」
「ねぇイマ舌打ちしたよねお前ぇ!?」
「してない。」
「絶対ウソだぁ、俺聞いたし!」
「してない。」
「あ、ハァイ、リョーカイでぇす……」
白星は諦めたようにため息を一つ吐いて、肩を竦めて、やたらと広い捩れた廊下を先行する。
この可笑しな街を踏破してなお、疲れの一片も見せない彼は、『コッチなら来ても良いよ。』と振り向きざまに呼び掛けた。
それに置いていかれまいと、俺も思わずスピードを上げる。
そうして一歩踏み出したはずのその足が、果てしなく重かった。当然___いくらかマシになったとは言え___貧血も、多少は原因に含まれるだろう。
だが、これはきっとそれ以上に、先程から背中に感じている何かに見られているようなピリつく痛みと、それに対して警鐘を鳴らす脳の防衛反応だった。この建物の門がそのまま、俺を喰らおうと手を差し招いているようだった。
それがなんなのかは、今の俺には分からない。
けど___間違いなく、この先は肉食獣の胎の中だ。
はぁ、と大きく息を吐く。どうやら、知らず知らずのうちに止めてしまっていたらしい。『らしくない』……そうかもしれない。
だから、[漢字]⬛︎[/漢字][ふりがな]俺[/ふりがな]は気にしない事にした。
そして___脳の警鐘を無視したままに、俺の[漢字]好奇心[/漢字][ふりがな]体[/ふりがな]が暴れだす。一歩、また一歩と、広い庭を勝手に先へ進んでいく。ギクシャクとした動きでも、白星に取り残される事はないぐらいの速度で。
体が言う事を聞かないという錯覚と、これで良いんだという錯覚が同居して、どちらが真実かはもう分からない。気が狂いそうになる。
完全に無音のこの異界の中で、また凛と鈴の音が聞こえた気がした。
あぁ、これは正しく、“虎穴に入らずんば虎子を得ず”というヤツだ。“異常”を知りたいなら、判りたいなら……やはり、自分から飛び込まなければ意味がない。これが自分からなのかと問われれば……それは、若干の疑問が残るが。
でもこれで良い、きっと俺はこれで正しい。
俺はもう、ただただ熱を持て余したまま口を開けて何かを待ち侘びる、あの悪夢のような[漢字]日々[/漢字][ふりがな]日常[/ふりがな]に、戻る事などできないのだから。