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夜の桜は散る運命にある

#8

7.

「迎えに……?」

 琴葉の言っていることが信じられない。
 信じたくない。

「そう。迎えに」
「琴葉が……? なんで……?」

 琴葉はまた大きくため息をつく。

「ほんとにごめんだけど、琴葉って本当の名前じゃないんだよね」

 琴葉は空を見上げる。

「いや、もちろん琴葉ってのも気に入ってたんだけど。本当の名前は——[漢字]依吹[/漢字][ふりがな]いぶき[/ふりがな]」

 琴葉——いや、依吹はそう言った。

「……ごめんね? これがあたしの本職だから、恨まないでね?」

 依吹はそう言って、綺麗に笑った。
 美しいんだけど、どこまでも儚く、悲しそうな笑顔。

「本職ってどう言うこと? 晴の従姉妹じゃないの?」
「あぁ、それはあたしが晴くんの記憶を書き換えておいたの」
「ガマガエルが琴葉を無視したのも」
「あー、あれは同類だから襲われなかったけど、ちょっとビビったね。バレるかもって」

 あくまでも淡々と答える琴葉は、感情のない人形やロボットみたいに見えた。

[水平線]
 最初は、命令されたから。
 名前を作って、守る人の記憶を書き換えて、時が来たら連れ去るくらいに思ってた。
 でも、2人と過ごしてくうちに、スパイとしてダメな方向に行っちゃった。
 任務として、2人に情なんて持っちゃだめなのに。
 天音ちゃんに聞かれた時に気づいちゃったんだよね。
 彼女をチラリと見る。
 胸に鋭い痛みが走る。
 ——あたし、晴くんが好きなんだ。
[水平線]

「……ごめん、ごめん、ごめんなさい……‼︎」

 琴葉が急に涙をこぼす。
 嗚咽混じりの謝罪は、私から見た琴葉を人間らしく見せた。

「ごめんね、天音ちゃん。あたし、晴くんのこと、好きになっ、ちゃった、みたい」

 しゃくりあげながらも琴葉はそう言う。

「もうダメなの。罪悪感で押し潰されちゃいそう。
 だから——あたし消えるよ」

 静かに、でもはっきりとした声だった。

 消える⁉︎
 心臓が早鐘を打つ。

「待って! 琴葉、お願い!」
「ううん、もういいの。あたしが責任取るよ」
「違う、そうじゃない!」
「好きな人の辛い顔とか、見たくないもん。あたしはこんなことできない」

 会話が噛み合わない。
 そうこうしているうちに、琴葉がゆらゆらと揺れる柔らかい光に包まれる。
 輪郭がぼやけ、景色との境目がなくなっていく。

「待って! 本当にお願い! 琴葉ぁ!」

 涙混じりに私が叫ぶ。
 琴葉が微笑む。
 口の動きだけで、小さく「ごめんね」と言っていた。

 いや、やめて!
 次の瞬間。
 世界が止まった。

 ガマガエルが飛びかかってきた時みたいに。
 でも、今はあの時と少し違う。
 今回は、何も聞こえない。

 琴葉がこっちを見た。
 今は、光に包まれるでもなく、ただ普通の琴葉だった。

「なに……これ。誰がやったの? 天音ちゃん?」
「わ、わかんないよ! でも多分……私」
「なんでよ。あたしが責任取るって言ってるじゃん」
「そう言う問題じゃないの! 私は、敵だとか関係なく、琴葉のことが大好きだから!」

 琴葉の目が見開かれた。

「だから! 消えるなんて言わないで! 帰ってきてよ!」

 その時、また音が戻ってきた。
 草木が揺れる音があたりに響き、鳥が飛ぶ。

「あ、戻った? ごめん、天音ちゃん。もうこれ、止めらんないんだ」
「止められない……? ウソ! やめて!」

 彼女の言う通り、また光が言葉を包んでいく。
 私は呆然とその場に座り込んでしまう。

 強い風が吹いた。
 力強い足音が聞こえた、そのとき。

「[太字]勝手に消えんな‼︎[/太字]」

 鋭い声。
 振り向くと、晴が立っていた。
 呼吸を乱して、額に大きな汗の粒を浮かべた晴が。

2026/03/30 06:53

雨坂結侑
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和風ファンタジー陰陽師生贄

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