『霧に隠された沢の祠(ほこら)』
里山に、地元の人があまり近づかない沢がある。
理由を聞いても、みんな言葉を濁すだけで「霧の日は行くな」としか言わない。
その沢に入ったのは、秋の終わりだった。
朝は晴れていたのに、山道を半分ほど登ったところで、空気が急に湿りはじめた。
沢から、白い霧がゆっくり這い上がってくる。
不思議なのは音だ。
沢の水音が、一定のリズムで途切れる。
…まるで、誰かが石を動かして、水の流れを止めたり流したりしているみたいに。
霧の中を進むと、倒木の陰に石段が見えた。
苔に埋もれていて、注意しないと気づかない。
三段、四段…登りきった先に、小さな祠があった。
祠は壊れている。
屋根は落ち、扉もない。
でも中に置かれた石だけは、妙にきれいだった。
その石に近づいた瞬間、霧が一気に濃くなった。
背後で「コトン」と音がする。
振り返ると、さっきまでなかったはずの小石が、石段の一段目に置かれている。
一段上る。
また「コトン」。
次の段に、小石。
そのとき気づいた。
これは上へ導いてるんじゃない。
——数を数えさせている。
段を数えながら登り、数えながら下りる。
もし間違えたら、沢の霧の中で迷う。
昔から、この里山で言われていた話だ。
息を殺して、来た段数を正確に数え、同じ数だけ戻る。
最後の一段を下りた瞬間、霧がすっと晴れた。
沢の音は、普通の水音に戻っていた。
祠のあった場所を振り返ると、そこにはただの苔むした岩しかない。
下山してから、地元の古老に話すと、こう言われた。
「昔、沢の流れを勝手に変えた者がおってな。
あれは、数を忘れた人間を山に返さない祠だ」
今も霧の日、沢に入ると——
石を置く音が、聞こえるらしい。
里山に、地元の人があまり近づかない沢がある。
理由を聞いても、みんな言葉を濁すだけで「霧の日は行くな」としか言わない。
その沢に入ったのは、秋の終わりだった。
朝は晴れていたのに、山道を半分ほど登ったところで、空気が急に湿りはじめた。
沢から、白い霧がゆっくり這い上がってくる。
不思議なのは音だ。
沢の水音が、一定のリズムで途切れる。
…まるで、誰かが石を動かして、水の流れを止めたり流したりしているみたいに。
霧の中を進むと、倒木の陰に石段が見えた。
苔に埋もれていて、注意しないと気づかない。
三段、四段…登りきった先に、小さな祠があった。
祠は壊れている。
屋根は落ち、扉もない。
でも中に置かれた石だけは、妙にきれいだった。
その石に近づいた瞬間、霧が一気に濃くなった。
背後で「コトン」と音がする。
振り返ると、さっきまでなかったはずの小石が、石段の一段目に置かれている。
一段上る。
また「コトン」。
次の段に、小石。
そのとき気づいた。
これは上へ導いてるんじゃない。
——数を数えさせている。
段を数えながら登り、数えながら下りる。
もし間違えたら、沢の霧の中で迷う。
昔から、この里山で言われていた話だ。
息を殺して、来た段数を正確に数え、同じ数だけ戻る。
最後の一段を下りた瞬間、霧がすっと晴れた。
沢の音は、普通の水音に戻っていた。
祠のあった場所を振り返ると、そこにはただの苔むした岩しかない。
下山してから、地元の古老に話すと、こう言われた。
「昔、沢の流れを勝手に変えた者がおってな。
あれは、数を忘れた人間を山に返さない祠だ」
今も霧の日、沢に入ると——
石を置く音が、聞こえるらしい。