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妄想コンテストのまとめ

#1

197回「道」

 転校してからまだ一ヶ月しか経っていない五月中頃。
私・スズキは、クラスメートからいじめの標的にされていた。
 転校して一週間くらいは、これから通うこの道を覚えなければ、と、辺りを見回しながら歩いた通学路。
 しかし今は一転、わざわざいじめにあいに行かなければいけない、辛い道と化していた。

--行きたくないなぁ……

 ここ最近、何度もそう思っているが、毎日お弁当を作って、朝ごはんも作って、いってらっしゃいの挨拶をするお母さんを見ると、そんなことも言ってられない。
 私は憂鬱そうに歩みを進める。
空模様が今の私の心を表してくれるかのように、灰色の雲が立ち込めていた。

 事件がおきたのは、そんな憂鬱な日の体育の授業の後だった。
 教室に置いてあった私のバックが丸ごとなくなっていたのだ。
かろうじて、制服だけはあったけれども、バックがなければスマホも財布もない。
 誰かに助けを求めようにも、その「誰か」がいない。
先生に言えば、ホームルームで犯人探しになり、余計に私が悪目立ちする。
 私はしばらく呆然と自分の机を見つめていたが、ないものはないのだ。
とりあえず、制服に着替えよう。
 怖すぎて気味が悪すぎて、手を震わせながら制服のボタンをしめていると、廊下の方でクスクス笑う声が聞こえた。
 そうだよね、そうだと思ってたけど、いじめの主犯であろう女子生徒が取り巻きと一緒に私のスマホをいじっていたのが横目で見えた。

 帰り道、スマホがないので音楽も聞けず、財布もないので買い食いもできず、とぼとぼと通学路を下を向いて歩いていた。
おかしいな、バックを持ってないから、足取り軽やかとなるはずなのに。
とても身体が重い。
 こんな毎日が続くなら、いっそのこと消えてなくなりたいよ。
どうせ明日もこうなんだ。
明後日も、休みを挟んでもこうなんだ。
 アスファルトに水滴が染み入る。
私が泣いた水滴な訳ではない、雨が降ってきたようだ。
 天気予報では夕方から降り始めると言っていたが、スマホがないため時間はわからない。
きっと、今が夕方なのだろうか。
立ち込めている雨雲のせいで、外の明るさで今何時か知ることも難しかった。

 そろそろ帰ろうかな。
でも、帰ったらお母さんになんて言おう。
 財布なくしちゃった? スマホなくしちゃった?
 いじめにあっててバックとられちゃった?
 なんと言ってもお母さん心配するだろうな。
 帰って伝えて心配する顔を見たくない。
 だったら、帰らないで、心配する顔を見なければいい。
 私は思い立つ。
今、消えたいと願っていた、ちょうどいいじゃない。
 所持金もないし、連絡手段もない。
手ぶらで死ぬ前にどこまでか旅に出よう。
 警察に見つかったら補導をされて、結局親に迷惑をかけてしまうので、見つからないような人目のない場所へ旅に出よう。
 春の雨は柔らかく私に降り注ぎ、傘を持たない私はその雨の洗礼を受けるのであった。


◇ ◇ ◇


 目的地など何もない。
日は暮れて、街灯が点き始めたので、夜七時くらいといったところだろうか。
 私は、人目のないところないところと歩を進めていたら、いつの間にか山の中に迷い混んでしまっていた。
 雨のせいで足元はぬかるんでいて、滑って足を挫きそうにもなった。
暗いからよくわからないが、きっと制服も泥だらけになるくらい、険しい道に入ってきた。

--少し、疲れたな……

 私はその場に座り込んだ。
誰も見ていないのだから、地べたに座って汚れても今更である。
 そういえば、お腹も空いてきた。
お母さんが作ってくれたお弁当以降、何も食べていない。
 自分で選んだ道だが、お母さんの優しさを思い出して少し後悔する。
そろそろ心配して、警察にでも連絡をいれているだろうか。
 私は溜め息をつく。
 五月で暖かくなってきたと言っても、雨に濡れた身体は芯から冷えてきた。

 山の中は天然の木葉の屋根で、少し雨よけができた。
 見上げると、空は見えず。
雨なので星も見えず。
でもここ最近、ずっと下ばかりみていたので、うつ向き加減から前向きになった気がする。
 次に前を見ると、少し先に岩肌がむき出しになった小さな崖があった。
落石注意の看板が目を凝らすと見える。
 私は何故かそこに引き寄せられるかのように、ゆっくりと立ち上がり、岩肌へと近づいていった。
 街灯はとうになくなり、辺りは真っ暗だが、近づくと若干の風景は感じ取れた。

 濁りのない綺麗な水。
岩肌からは、そんな湧き水が流れていた。
 私は透明な湧き水に指をつける。
山からの湧き水は酷く冷たく、でも柔らかかった。

--もう疲れたのだ。

 だから、もう最期にしようと、この人気のない山の中に入った。
でも、ここには人の手のおよんでいない、綺麗な自然があって、こんなふうに綺麗な水もあって、綺麗な空気が漂っている。
 透明な水から指先を離す。
なんだか、少しだけ心が透明になった気がしたから。

--もう少しだけ、生きてみようかな。

 適当に歩いてきた山道を私は戻る。
辺りが白むにはまだ早い。
まだ夜は始まったばかりで、帰り道などわからないが……足元には透明な水が帰り道を示してくれていた。


◇ ◇ ◇


 山をおりた時には、辺りは明るくなっていた。
しかし、まだ雨は降り続いている。
 自分の制服姿を見ると、事件に巻き込まれた少女のそれである。
 山から出たはいいけれど、ここはどこかはわからない、と、思いきや。

--知ってる……!

 働かない頭だったが、看板に見覚えのある地名があったのだ。
 私は小走りに馴染みの場所へと向かう。
とても昔にいたような気がするが、私が住んでいた場所。
 今から帰るよ、と、高揚しながら、早朝の町を制服姿の少女が一人、駆け出す。

「ただいま!!」

 私は家があった更地に声をかける。
そう、家ではなく、更地である。
三月に火事になり、失くなった我が家の跡地なのである。
 あんな学校に行って、またいじめにあうなんて嫌だ。
 私が帰る場所はここだったんだ。
だから、あの山から流れ出てきた透明な湧き水が、この道を示してくれたんだ。
 私は四つん這いに倒れ混む。

「ただいまぁぁ!!」

 ここには家はないけれど、私の心の拠り所だっのは、確かに今も昔もここだったのだ。
 雨が私の声と荒んだ心を洗い流してくれた。

「おかえり」

 更地から声がした。
おかしい、更地なのに。
 私は恐る恐る、家のあった場所を見ると。

「……お母さん……?」

 傘を差した見知った女性、お母さんがそこにいたのだ。

「どうしてここ……」

 私の言葉を遮るように、お母さんは私を抱きしめた。
冷えた身体にお母さんの温もりを感じる。

「帰ろう」
「でも、あの、がっこ……」
「学校はこっちに戻す」

 お母さんは、全て知ってしまった風だった。

「とりあえず、今の家に、帰ろう」

 私は母の温もりに触れて、もう一度泣いた。
 昔住んでいた家から今住んでいる家は山を越えてのとなり町。
もちろん、その道を私は覚えていない。
 お母さんは、もしかして、と当てずっぽうでここに迎えにきてくれたようだが、私は本当に、示された道を辿ってついただけなのだ。
 憂鬱だった通学路から、自ら命を絶つ為の旅路を経て、不思議な導きでここにきて、今はお母さんと一緒に家へと帰っている。
 たくさんの道を歩ってきた。
 きっと、人生もこうなんだろうな。
何か障害があったら、一度違う道に行っても、一度元の道に戻っても、また前に進む道を探そう。
 降っていた雨は、いつの間にか止んでいた。

「今日の最高気温30℃だってよ」
「えー、あっつー」
「暑くなる前に帰りましょ」
「うん!」

 当分は晴れの日が続きそうである。
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2024/08/02 09:30

喜村幸輝
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