気にしてません。何を言ってこようが、それは子供っぽい類人猿の妄言。気にしない、気にしない。とにかく無視。
そんなことを続けていたら、いつしかそれは言葉だけでなく、物的な損害に変わっていった。
教科書の中身のページが、3,4枚くらいぐしゃぐしゃにされていたりとか。決して表紙を破いたりはしないんだ。うちがチクっても、「知らない。雑に扱ってたせいでぐちゃぐちゃになったんじゃない?」とかそういう言い訳が十分に通る程度の。ただ、それが続く度うちが周りに何も言わないのを見て取ったのか、嫌がらせは少しずつエスカレートしていった。
いつどこに、画鋲やピンが刺さっているかわからないから、ロッカーや引き出しの取っ手を内心、こわごわ確認する。あくまで内心なのは、ビビってる様子なんか見せたら何をネタにされるか分かったもんじゃないから。
あいつらは、顔が割れない姑息な犯行ばっかりをする。ダサい。でも口に出せない。
今日は無事だった上履きをつまんで昇降口に置いて、帰ろうとしたとき。
「かぐらちゃん!ほら、手袋片方落としたよ」
「あきちゃん先生…」
[漢字]東坂[/漢字][ふりがな]あがりざか[/ふりがな]亜紀子先生、保健室のおばちゃん先生が声をかけてきた。
「かぐらちゃん、もしかして何か悩んでない?」
優しい声音で心配そうにそう聞かれ、少しびっくりした。
保健室のあきちゃん先生。
穏やかな笑顔と、目元に薄っすらと寄った笑いジワが死んじゃったうちのおばあちゃんにちょっとそっくりで、うちは結構好きだった。
休み時間中は毎日のように保健室に入り浸ってたけど、それはあきちゃん先生と喋るためであって、決して逃げてるわけではない。これはホント。
…“これは”ってなんだよ。全部ホント。
「えっ?何言ってんの先生。んなことあるワケないじゃーん!」
「…そう?なら良いんだけど」
ホント。全部ホント。悩んでなんかないから。
「…なに、これ」
手のひらの上に、ボロボロになったキーホルダーのマスコット。
カッターナイフで切られたのか、綿がぽろぽろと出ていて、乱雑に机に打ち捨てられていた。
大好きなおばあちゃんが買ってくれた、大切なものだったのに。
…このクマちゃん、ニッコリしててかぐらちゃんにそっくりねえ。
縫い取られたベージュの笑顔と黒いビーズの瞳は、切り裂かれてほつれ、ばらばらになって、泣いているように見えた。
「…あきちゃん先生。ちょっと、話聞いてもらえる?」
私がその日、保健室で先生にそう言うと、先生はすぐにいつもの笑顔で椅子を勧めてくれた。
「いいよ。かぐらちゃんのお話ならなんでも聞きたいな…って、かぐらちゃん、どうしたの!」
優しさと悪意の落差で、涙が頬をつつーっと伝っていたらしい。うちのメンタルって、意外と脆くて単純なんだなー…と軽く落胆しながら、そのままの涙声で事の顛末を話した。
激しく、って感じではないけど、言いたいことは塩味の涙といっしょに、とめどなく流れていった。
平然と、気にしてない、効いてないふりをしていた。でも本当は、
ほんとうは、もうとっくに限界だったんだ。
だれかに話を聞いてもらいたかった。本当は思いっきり被害者ヅラして、同情してもらって、相手に怒ってほしかった。なにそれ、ひどい。そんなヤツ気にするだけムダだよ。さっさと被害だけ訴えて、自分に影響ないうちに無視できるようにしときな。
…本当はうちしか思ってなかったことを誰かに言ってもらえたら、アイツらを見下してるのはうちだけじゃなくなる。だれか、味方が欲しかった。
だから。
どうか、その“味方”役を、あきちゃん先生に…
「あっはっはっはっは!」
「…え?」
あきちゃん先生が、笑っていた。
うちが泣きながら話したいじめのことを、
…先生は、笑い飛ばした。
そしてわけがわからないまま呆然としていると、先生はうちの肩をポンと叩いて、目尻に浮かんだ笑い涙をこすりながら、かぐらちゃん、と言った。
「それはね、その男の子たちきっと、かぐらちゃんのことが好きなのよ!いやあ、若いって本当にいいわねえ!あっ、小学生って、若いっていえるほどの年でもないか!あっはっはっは!」
…壊れてしまった、なんてご大層なもんじゃない。
ただ、ああ、もううちに味方っていないんだ、と感じた。
結局先生も、うちを単なる子どもとして、庇護対象として、格下に見ていたんだ。
記憶にこびりついてしまったあの笑い声は、大好きなおばあちゃんとそっくりだった笑いジワと一緒に、何回も何回もリフレインした。すごく、辛かった。
Q.うちは、どうなってしまったのでしょうか?
A.男子恐怖症。というかそれ以前に人間恐怖症。
唯一分かった答えが、コレだけだった。最悪。最悪。最悪。
「…なるほど。お辛い経験をされてきましたね。話してくださって…本当にありがとうございます」
話し終えると、ミゼさんは神妙に頷いた。
…うちに、寄り添ってくれるんですか。それとも、あきちゃん先生と同じ人種?
「自分のことを打ち明けた相手に裏切られる経験は、一度体験するだけで何もかも信じられなくなってしまいます。とりあえずは私のことも無理には信じなくて良いので、占いとカウンセリングの結果だけは伝えさせてくださいね」
まるで心を読んだかのようにそう微笑まれて、少したじろいだ。
年若い彼女の、白くなめらかな肌には、笑いジワは一本もなかった。
「紅茶とコーヒーと…あら、今日は珍しくリーエさんがホットチョコレートを作ってくださっていますね。火闇さん、どちらになさいますか?」
「コーヒーは流石に飲めないので…紅茶で」
「賢明な判断です。リーエさんのホットチョコレートを美味しいと感じるバカ舌はリーエさんくらいしかいらっしゃいませんし、私もブラックコーヒーなんてヘドロのような飲み物、飲めませんもの。気が合いますね」
…
…前言撤回。やっぱモテないと思う、ミゼさん。
ちょっと失礼なことを考えていると、部屋を出ていってから3秒ほどで、トレイを抱えた彼女が戻ってきた。
「えっ、はっや!」
「そうですか?お砂糖とミルク、蜂蜜とジャムをお好みでどうぞ。お茶請けはクリングラです。丹精こめて焼き上げました」
彼女が上品に差し出したトレイには、セピアの薔薇の意匠の施された2杯分のティーカップと、同じ模様のポット、つやつやと光るたっぷりとした蜂蜜に包まれた、金色の焼き菓子が載っていた。
「…それでは、報酬はいじめの記憶、お悩みは男性や信頼している方への恐怖心でよろしいですね。早速占いを始めていきたいのですが…その前に、少しお教えしておかなければならないことがございます」
ミゼさんがそこまで言ってから、紅茶を上品に啜る。下のお皿ももう片方の手で持ち上げながら飲んでいるのを見て、うちも慌てて真似をした。なんて言うんだっけこのお皿。…ソーサーだっけ。
「私は“付与と呪詛の魔女”。お辛い記憶を持っていらっしゃる火闇さんに全力で寄り添わせてはいただきますが、その結果が貴方の望まぬものになるかもしれません。もちろん最大限に配慮はいたしますが」
ミゼさんは真剣な顔のまま、「呪詛」という言葉に重みを置くように、ゆっくりとそう言った。
「たとえば…“復讐”、そういった汚い手段でしか私は、依頼人様に幸福を与えることができません。これはひとえに、私の未熟さと心根の醜さが原因です。それでも…構いませんか?それとも、担当をチェンジなさいますか」
「え?何で、チェンジなんかするんですか」
「えっ?」
ミゼさんが、歪めていた顔をふっと上げて、きょとんとした表情でこちらを見つめる。
「なーんだ!ミゼさんって、そういう得意魔法あるタイプなんですね!最っ高です!」
紅茶のカップから、不思議な香りのする湯気がゆらゆらと立ち上っていた。
そんなことを続けていたら、いつしかそれは言葉だけでなく、物的な損害に変わっていった。
教科書の中身のページが、3,4枚くらいぐしゃぐしゃにされていたりとか。決して表紙を破いたりはしないんだ。うちがチクっても、「知らない。雑に扱ってたせいでぐちゃぐちゃになったんじゃない?」とかそういう言い訳が十分に通る程度の。ただ、それが続く度うちが周りに何も言わないのを見て取ったのか、嫌がらせは少しずつエスカレートしていった。
いつどこに、画鋲やピンが刺さっているかわからないから、ロッカーや引き出しの取っ手を内心、こわごわ確認する。あくまで内心なのは、ビビってる様子なんか見せたら何をネタにされるか分かったもんじゃないから。
あいつらは、顔が割れない姑息な犯行ばっかりをする。ダサい。でも口に出せない。
今日は無事だった上履きをつまんで昇降口に置いて、帰ろうとしたとき。
「かぐらちゃん!ほら、手袋片方落としたよ」
「あきちゃん先生…」
[漢字]東坂[/漢字][ふりがな]あがりざか[/ふりがな]亜紀子先生、保健室のおばちゃん先生が声をかけてきた。
「かぐらちゃん、もしかして何か悩んでない?」
優しい声音で心配そうにそう聞かれ、少しびっくりした。
保健室のあきちゃん先生。
穏やかな笑顔と、目元に薄っすらと寄った笑いジワが死んじゃったうちのおばあちゃんにちょっとそっくりで、うちは結構好きだった。
休み時間中は毎日のように保健室に入り浸ってたけど、それはあきちゃん先生と喋るためであって、決して逃げてるわけではない。これはホント。
…“これは”ってなんだよ。全部ホント。
「えっ?何言ってんの先生。んなことあるワケないじゃーん!」
「…そう?なら良いんだけど」
ホント。全部ホント。悩んでなんかないから。
「…なに、これ」
手のひらの上に、ボロボロになったキーホルダーのマスコット。
カッターナイフで切られたのか、綿がぽろぽろと出ていて、乱雑に机に打ち捨てられていた。
大好きなおばあちゃんが買ってくれた、大切なものだったのに。
…このクマちゃん、ニッコリしててかぐらちゃんにそっくりねえ。
縫い取られたベージュの笑顔と黒いビーズの瞳は、切り裂かれてほつれ、ばらばらになって、泣いているように見えた。
「…あきちゃん先生。ちょっと、話聞いてもらえる?」
私がその日、保健室で先生にそう言うと、先生はすぐにいつもの笑顔で椅子を勧めてくれた。
「いいよ。かぐらちゃんのお話ならなんでも聞きたいな…って、かぐらちゃん、どうしたの!」
優しさと悪意の落差で、涙が頬をつつーっと伝っていたらしい。うちのメンタルって、意外と脆くて単純なんだなー…と軽く落胆しながら、そのままの涙声で事の顛末を話した。
激しく、って感じではないけど、言いたいことは塩味の涙といっしょに、とめどなく流れていった。
平然と、気にしてない、効いてないふりをしていた。でも本当は、
ほんとうは、もうとっくに限界だったんだ。
だれかに話を聞いてもらいたかった。本当は思いっきり被害者ヅラして、同情してもらって、相手に怒ってほしかった。なにそれ、ひどい。そんなヤツ気にするだけムダだよ。さっさと被害だけ訴えて、自分に影響ないうちに無視できるようにしときな。
…本当はうちしか思ってなかったことを誰かに言ってもらえたら、アイツらを見下してるのはうちだけじゃなくなる。だれか、味方が欲しかった。
だから。
どうか、その“味方”役を、あきちゃん先生に…
「あっはっはっはっは!」
「…え?」
あきちゃん先生が、笑っていた。
うちが泣きながら話したいじめのことを、
…先生は、笑い飛ばした。
そしてわけがわからないまま呆然としていると、先生はうちの肩をポンと叩いて、目尻に浮かんだ笑い涙をこすりながら、かぐらちゃん、と言った。
「それはね、その男の子たちきっと、かぐらちゃんのことが好きなのよ!いやあ、若いって本当にいいわねえ!あっ、小学生って、若いっていえるほどの年でもないか!あっはっはっは!」
…壊れてしまった、なんてご大層なもんじゃない。
ただ、ああ、もううちに味方っていないんだ、と感じた。
結局先生も、うちを単なる子どもとして、庇護対象として、格下に見ていたんだ。
記憶にこびりついてしまったあの笑い声は、大好きなおばあちゃんとそっくりだった笑いジワと一緒に、何回も何回もリフレインした。すごく、辛かった。
Q.うちは、どうなってしまったのでしょうか?
A.男子恐怖症。というかそれ以前に人間恐怖症。
唯一分かった答えが、コレだけだった。最悪。最悪。最悪。
「…なるほど。お辛い経験をされてきましたね。話してくださって…本当にありがとうございます」
話し終えると、ミゼさんは神妙に頷いた。
…うちに、寄り添ってくれるんですか。それとも、あきちゃん先生と同じ人種?
「自分のことを打ち明けた相手に裏切られる経験は、一度体験するだけで何もかも信じられなくなってしまいます。とりあえずは私のことも無理には信じなくて良いので、占いとカウンセリングの結果だけは伝えさせてくださいね」
まるで心を読んだかのようにそう微笑まれて、少したじろいだ。
年若い彼女の、白くなめらかな肌には、笑いジワは一本もなかった。
「紅茶とコーヒーと…あら、今日は珍しくリーエさんがホットチョコレートを作ってくださっていますね。火闇さん、どちらになさいますか?」
「コーヒーは流石に飲めないので…紅茶で」
「賢明な判断です。リーエさんのホットチョコレートを美味しいと感じるバカ舌はリーエさんくらいしかいらっしゃいませんし、私もブラックコーヒーなんてヘドロのような飲み物、飲めませんもの。気が合いますね」
…
…前言撤回。やっぱモテないと思う、ミゼさん。
ちょっと失礼なことを考えていると、部屋を出ていってから3秒ほどで、トレイを抱えた彼女が戻ってきた。
「えっ、はっや!」
「そうですか?お砂糖とミルク、蜂蜜とジャムをお好みでどうぞ。お茶請けはクリングラです。丹精こめて焼き上げました」
彼女が上品に差し出したトレイには、セピアの薔薇の意匠の施された2杯分のティーカップと、同じ模様のポット、つやつやと光るたっぷりとした蜂蜜に包まれた、金色の焼き菓子が載っていた。
「…それでは、報酬はいじめの記憶、お悩みは男性や信頼している方への恐怖心でよろしいですね。早速占いを始めていきたいのですが…その前に、少しお教えしておかなければならないことがございます」
ミゼさんがそこまで言ってから、紅茶を上品に啜る。下のお皿ももう片方の手で持ち上げながら飲んでいるのを見て、うちも慌てて真似をした。なんて言うんだっけこのお皿。…ソーサーだっけ。
「私は“付与と呪詛の魔女”。お辛い記憶を持っていらっしゃる火闇さんに全力で寄り添わせてはいただきますが、その結果が貴方の望まぬものになるかもしれません。もちろん最大限に配慮はいたしますが」
ミゼさんは真剣な顔のまま、「呪詛」という言葉に重みを置くように、ゆっくりとそう言った。
「たとえば…“復讐”、そういった汚い手段でしか私は、依頼人様に幸福を与えることができません。これはひとえに、私の未熟さと心根の醜さが原因です。それでも…構いませんか?それとも、担当をチェンジなさいますか」
「え?何で、チェンジなんかするんですか」
「えっ?」
ミゼさんが、歪めていた顔をふっと上げて、きょとんとした表情でこちらを見つめる。
「なーんだ!ミゼさんって、そういう得意魔法あるタイプなんですね!最っ高です!」
紅茶のカップから、不思議な香りのする湯気がゆらゆらと立ち上っていた。
- 1.序章 Witches in the evening
- 2.夢幻の恋・前編 担当占い師:リーエ
- 3.夢幻の恋・中編 担当占い師:リーエ
- 4.夢幻の恋・後編 担当占い師:リーエ
- 5.幕間 a noble which in the kitchen
- 6.無気力ワットエバー・前編 担当占い師:ミゼ
- 7.無気力ワットエバー・中編 担当占い師:ミゼ
- 8.無気力ワットエバー・後編 担当占い師:ミゼ
- 9.幕間 a genius witch in the ritual room
- 10.兎の耳に掛けた鍵・前編 担当占い師:シーラ
- 11.兎の耳に掛けた鍵・中編 担当占い師:シーラ
- 12.兎の耳に掛けた鍵・後編 担当占い師:シーラ
- 13.幕間 a curious witch in the garden
- 14.背信と棄義のワルツ・前編 担当占い師:リーエ
- 15.背信と棄義のワルツ・中編 担当占い師:リーエ
- 16.背信と棄義のワルツ・後編 担当占い師:リーエ
- 17.間章 Witches in the night
- 18.クレペリン式遁走譚・前編 担当占い師:リーエ
- 19.クレペリン式遁走譚・中編 担当占い師:リーエ
- 20.クレペリン式遁走譚・後編 担当占い師:リーエ
- 21.幕間 the inside story of pure witch 〜リーエのひみつ〜
- 22.限局性漫劇のすゝめ・前編 担当占い師:ミゼ
- 23.限局性漫劇のすゝめ・中編 担当占い師:ミゼ
- 24.限局性漫劇のすゝめ・後編 担当占い師:ミゼ
- 25.幕間 the inside story of cursed witch 〜ミゼのひみつ〜
- 26.ハルモニア・前編 担当占い師:シーラ
- 27.ハルモニア・中編 担当占い師:シーラ