急に部屋に飛び込んできた彼女は、私の親友だった。慌てて事情を説明し、リーエさんにも紹介する。
「あっ…こちら、ミキちゃんです。友達の」
「ミキでーす。よろしくお願いします」
ややぶっきらぼうに挨拶する彼女に、リーエさんは少し戸惑ったような表情をうかべながら、よろしく、と言った。
彼女と共に連れてこられたのは、ビビットで可愛いハロウィンムードの部屋だった。
「びっくりした?部屋の真ん中のテーブルさあ、あれ棺桶なんだよ!」
「そうですか!それにしてもかわいいな…このかぼちゃの籠にカラフルなお菓子!」
「うん。カワイイネ。イイデショ、ソレ」
リーエさんがなぜか諦観の笑みを浮かべ、生返事をする。
白黒タイルの壁、床に敷かれた大きなオレンジのラグ。棚にはドクロの香炉が置かれていて、中を満たす紫のアロマがふつふつと気泡を出しながら、甘い香りを漂わせていた。
「それで、今もそいつに追われてたわけだ」
美しい蜘蛛の巣を象った黒色レースカーテンの向こうで、リーエさんは難しい顔をしていた。
私たちは、二人してテーブルの手前に並んで座っていた。
「ひどいですよね〜。この子、ずーっと追っかけられてるんすよ。ありゃ誘拐寸前まで行きますね」
ミキちゃんは、少し饒舌になっているようだ。リーエさんを味方だと判断したのだろうか。
「ミキちゃんは…今まで何回も、私を助けてくれたんです」
「ちなみになんだけどさあ、そこまでの被害があるのに、ケーサツは動いてくれないの?さすがに頑なすぎるだろ!…ああ、アレか?ミゼが言ってたな、“疑わしきは…”えー、“罰…せず”。そうだ、罰せず。それそれ。犯罪者に優しすぎる国だっけ、“日本”?」
…いや違う。リーエさんが饒舌すぎるから、それに引っ張られてるんだ。こう見えてミキちゃん、他人に影響されやすい繊細なトコあるからなあ。
「証拠がないんすよ。泣き寝入りするしかなくて…」
「ふーん…じゃあ証拠を集めることとかはしなくていいの?たとえば追っかけられてる映像撮ったり…」
「あっ、それ良いですね。今度やってみよ…」
「待って!」
リーエさんの提案に頷きかけた私に、ミキちゃんが急に言った。
「必死に逃げてる最中に証拠集めるとか、危険すぎるから。れーちゃんがわざわざそんな事する必要はない」
「え、でも」
「大丈夫。必要ない。れーちゃんはわたしが守る」
まっすぐに見つめられて、心の奥まで通るような視線に、なんだか思考が緩んでいく。
本当に大丈夫かな。でもミキちゃんが言うんだし、今まで何事もなく逃げ切れていたのはミキちゃんのおかげだし。
…まあいいか。
えー?と怪訝そうに眉を顰めるリーエさんが何かを言いかけたところで、棚からテーブルに、カードみたいなものが落ちてきた。
「わっ!何?」
「ああ、ごめんね!コレ、リーエのタロットカード。しまい込みが甘かったかな、1枚だけ落ちてきちゃったみたい。えーっと、“月”のカードね。たぶん、前回のお客さんの時に使ったから1番上に置いてあったんだな」
気にしないで、とカードを元の場所にしまい、リーエさんは話を続けた。
「それにしてもさ、さっきも言った通りここは“占いの館”だから、そういう刑事事件みたいなものの解決に直接寄与することはできないんだ。…ミゼなら呪殺くらいできそうだけど。ただね、リーエはカウンセリングにはかなり定評があってね」
そこまで言いかけて、彼女が扉の方に手をかざすと、扉が勝手に開いた。そこからふよふよと先ほどのモスグリーンのマグが2つやってきて、テーブルにごとりと置かれる。
中には、マシュマロが4つ浮かべられた、ほかほかの甘い湯気を出すホットチョコレート。
「驚いた?念動魔法だよん。リーエのおかわりプラス零ちゃんの分ね」
「えっ…ごめんなさい、ミキちゃんの分は?」
尋ねると、リーエさんは戸惑った表情になり、…そして、すぐ、作り笑顔になった。
「ああごめんごめん!つい数を間違えちゃった!今、新しいのすぐ持ってくるから」
「いや、良いよ。わたし甘いモン好きじゃないし」
ミキちゃんがそう言うが、私はそれが嘘であることを知っている。私と同じで、甘いものは嫌いじゃないはずだ。
気を遣ったのだろう。ぶっきらぼうだけど、優しい子だから。
私はなんとなくマグに手を付けることができないまま、チョコレートを啜るリーエさんを見つめる。
彼女は幸せそうに一息つくと、「飲まないの?」とごく軽い調子で聞いてから、何もなかったように話の続きを始めた。
ちょっとだけ、リーエさんってなんか、失礼だな、と思った。
「でさあ、どこまで話したっけ…そうそう、リーエはカウンセリングがけっこう得意なんだよ。何を隠そう、二つ名が“念動と博愛の魔女”だからね!」
隣のミキちゃんをちらりと見る。あいかわらず無表情だけど、自分の分を忘れられたことにきっと傷ついているはずだ。少なくとも、博愛の魔女も完璧ではない、ということだろうか。
そんな心中など知る由もなく、リーエさんは続ける。
「それでね。今話させてもらってる限り、いくつか気になることがあって。簡単に言うとね」
「零ちゃんは今、何かしらの病気を患っている可能性があります」
聞き慣れない敬語で告げられたその言葉を、耳は受け付けなかった。
「病気…?そんなワケないっすよ!適当なこと言わないでください!」
ミキちゃんが語気荒くそう返すが、リーエさんの表情は揺らがない。
「もちろん断定はできないけど。リーエはこう見えてプロなんだよ。プロであるリーエが、零ちゃんと話していて、ちょっとだけ違和感を感じた。だからさ、ミキちゃんも含めて、もう少し詳しくお話をしよう。違和感の正体を突き止める」
リーエさんは、恐ろしいくらいに真顔だった。
張り詰めた雰囲気の中、私もミキちゃんも何も言えない。
向かい合う緊張感の傍で、静かな部屋にぱさり…と、さっきの“月”のカードの落ちた音がまた響いた。
「あっ…こちら、ミキちゃんです。友達の」
「ミキでーす。よろしくお願いします」
ややぶっきらぼうに挨拶する彼女に、リーエさんは少し戸惑ったような表情をうかべながら、よろしく、と言った。
彼女と共に連れてこられたのは、ビビットで可愛いハロウィンムードの部屋だった。
「びっくりした?部屋の真ん中のテーブルさあ、あれ棺桶なんだよ!」
「そうですか!それにしてもかわいいな…このかぼちゃの籠にカラフルなお菓子!」
「うん。カワイイネ。イイデショ、ソレ」
リーエさんがなぜか諦観の笑みを浮かべ、生返事をする。
白黒タイルの壁、床に敷かれた大きなオレンジのラグ。棚にはドクロの香炉が置かれていて、中を満たす紫のアロマがふつふつと気泡を出しながら、甘い香りを漂わせていた。
「それで、今もそいつに追われてたわけだ」
美しい蜘蛛の巣を象った黒色レースカーテンの向こうで、リーエさんは難しい顔をしていた。
私たちは、二人してテーブルの手前に並んで座っていた。
「ひどいですよね〜。この子、ずーっと追っかけられてるんすよ。ありゃ誘拐寸前まで行きますね」
ミキちゃんは、少し饒舌になっているようだ。リーエさんを味方だと判断したのだろうか。
「ミキちゃんは…今まで何回も、私を助けてくれたんです」
「ちなみになんだけどさあ、そこまでの被害があるのに、ケーサツは動いてくれないの?さすがに頑なすぎるだろ!…ああ、アレか?ミゼが言ってたな、“疑わしきは…”えー、“罰…せず”。そうだ、罰せず。それそれ。犯罪者に優しすぎる国だっけ、“日本”?」
…いや違う。リーエさんが饒舌すぎるから、それに引っ張られてるんだ。こう見えてミキちゃん、他人に影響されやすい繊細なトコあるからなあ。
「証拠がないんすよ。泣き寝入りするしかなくて…」
「ふーん…じゃあ証拠を集めることとかはしなくていいの?たとえば追っかけられてる映像撮ったり…」
「あっ、それ良いですね。今度やってみよ…」
「待って!」
リーエさんの提案に頷きかけた私に、ミキちゃんが急に言った。
「必死に逃げてる最中に証拠集めるとか、危険すぎるから。れーちゃんがわざわざそんな事する必要はない」
「え、でも」
「大丈夫。必要ない。れーちゃんはわたしが守る」
まっすぐに見つめられて、心の奥まで通るような視線に、なんだか思考が緩んでいく。
本当に大丈夫かな。でもミキちゃんが言うんだし、今まで何事もなく逃げ切れていたのはミキちゃんのおかげだし。
…まあいいか。
えー?と怪訝そうに眉を顰めるリーエさんが何かを言いかけたところで、棚からテーブルに、カードみたいなものが落ちてきた。
「わっ!何?」
「ああ、ごめんね!コレ、リーエのタロットカード。しまい込みが甘かったかな、1枚だけ落ちてきちゃったみたい。えーっと、“月”のカードね。たぶん、前回のお客さんの時に使ったから1番上に置いてあったんだな」
気にしないで、とカードを元の場所にしまい、リーエさんは話を続けた。
「それにしてもさ、さっきも言った通りここは“占いの館”だから、そういう刑事事件みたいなものの解決に直接寄与することはできないんだ。…ミゼなら呪殺くらいできそうだけど。ただね、リーエはカウンセリングにはかなり定評があってね」
そこまで言いかけて、彼女が扉の方に手をかざすと、扉が勝手に開いた。そこからふよふよと先ほどのモスグリーンのマグが2つやってきて、テーブルにごとりと置かれる。
中には、マシュマロが4つ浮かべられた、ほかほかの甘い湯気を出すホットチョコレート。
「驚いた?念動魔法だよん。リーエのおかわりプラス零ちゃんの分ね」
「えっ…ごめんなさい、ミキちゃんの分は?」
尋ねると、リーエさんは戸惑った表情になり、…そして、すぐ、作り笑顔になった。
「ああごめんごめん!つい数を間違えちゃった!今、新しいのすぐ持ってくるから」
「いや、良いよ。わたし甘いモン好きじゃないし」
ミキちゃんがそう言うが、私はそれが嘘であることを知っている。私と同じで、甘いものは嫌いじゃないはずだ。
気を遣ったのだろう。ぶっきらぼうだけど、優しい子だから。
私はなんとなくマグに手を付けることができないまま、チョコレートを啜るリーエさんを見つめる。
彼女は幸せそうに一息つくと、「飲まないの?」とごく軽い調子で聞いてから、何もなかったように話の続きを始めた。
ちょっとだけ、リーエさんってなんか、失礼だな、と思った。
「でさあ、どこまで話したっけ…そうそう、リーエはカウンセリングがけっこう得意なんだよ。何を隠そう、二つ名が“念動と博愛の魔女”だからね!」
隣のミキちゃんをちらりと見る。あいかわらず無表情だけど、自分の分を忘れられたことにきっと傷ついているはずだ。少なくとも、博愛の魔女も完璧ではない、ということだろうか。
そんな心中など知る由もなく、リーエさんは続ける。
「それでね。今話させてもらってる限り、いくつか気になることがあって。簡単に言うとね」
「零ちゃんは今、何かしらの病気を患っている可能性があります」
聞き慣れない敬語で告げられたその言葉を、耳は受け付けなかった。
「病気…?そんなワケないっすよ!適当なこと言わないでください!」
ミキちゃんが語気荒くそう返すが、リーエさんの表情は揺らがない。
「もちろん断定はできないけど。リーエはこう見えてプロなんだよ。プロであるリーエが、零ちゃんと話していて、ちょっとだけ違和感を感じた。だからさ、ミキちゃんも含めて、もう少し詳しくお話をしよう。違和感の正体を突き止める」
リーエさんは、恐ろしいくらいに真顔だった。
張り詰めた雰囲気の中、私もミキちゃんも何も言えない。
向かい合う緊張感の傍で、静かな部屋にぱさり…と、さっきの“月”のカードの落ちた音がまた響いた。
- 1.序章 Witches in the evening
- 2.夢幻の恋・前編 担当占い師:リーエ
- 3.夢幻の恋・中編 担当占い師:リーエ
- 4.夢幻の恋・後編 担当占い師:リーエ
- 5.幕間 a noble which in the kitchen
- 6.無気力ワットエバー・前編 担当占い師:ミゼ
- 7.無気力ワットエバー・中編 担当占い師:ミゼ
- 8.無気力ワットエバー・後編 担当占い師:ミゼ
- 9.幕間 a genius witch in the ritual room
- 10.兎の耳に掛けた鍵・前編 担当占い師:シーラ
- 11.兎の耳に掛けた鍵・中編 担当占い師:シーラ
- 12.兎の耳に掛けた鍵・後編 担当占い師:シーラ
- 13.幕間 a curious witch in the garden
- 14.背信と棄義のワルツ・前編 担当占い師:リーエ
- 15.背信と棄義のワルツ・中編 担当占い師:リーエ
- 16.背信と棄義のワルツ・後編 担当占い師:リーエ
- 17.間章 Witches in the night
- 18.クレペリン式遁走譚・前編 担当占い師:リーエ
- 19.クレペリン式遁走譚・中編 担当占い師:リーエ
- 20.クレペリン式遁走譚・後編 担当占い師:リーエ
- 21.幕間 the inside story of pure witch 〜リーエのひみつ〜
- 22.限局性漫劇のすゝめ・前編 担当占い師:ミゼ
- 23.限局性漫劇のすゝめ・中編 担当占い師:ミゼ
- 24.限局性漫劇のすゝめ・後編 担当占い師:ミゼ
- 25.幕間 the inside story of cursed witch 〜ミゼのひみつ〜
- 26.ハルモニア・前編 担当占い師:シーラ
- 27.ハルモニア・中編 担当占い師:シーラ