大きなダムの決壊は、小さなひび割れからだ、とよく言うらしい。
これはまさにその通りであることを、私は身を持って知っている。
「ユウリのことが、好きだ」
この一言から、私の人間関係は、崩壊してしまった。
「弱ったな…完全に迷ったよ」
子どものころ、大型倉庫店の迷路のような棚の間で迷子になったことを思い出す。
その時も心細くて、私はもう泣いて泣いて…それはそれは大変なことになった。
…ただ。
「スケールと深刻さが段違いだろ…」
今回迷子になったのは、よりにもよって広大な、森。大森林。
泣きたい。泣いてしまいたい。もう小学校の最高学年なのに。泣きたい。…いや、小学校の最高学年なら、ギリ許されるか…?
「とか言ってる場合じゃない!スマホ!……圏外ぃ!ああ泣きたいホントに!圏外!こんなことしてても誰もいない!ひとりで泣きたい泣きたい叫んでるだけだ!」
…やばい、本気で切なくなってきた。そもそもこの、寒風吹きっさらしのロケーションが寂しすぎる。
…とりあえずはこの虚しさからの脱出を目指して、動いてみなければ。
ありえないほどの非日常性にかえって脳が混乱したのか、いつもより妙に湧き立つ冒険心を私は感じていた。
「何だ…このボロ屋敷…」
森の中に突然現れた、古風な重厚感を醸し出す巨大な洋風邸宅を前に、私は一枚のチラシを片手に握りしめて絶句していた。
このチラシは、先ほど風に飛ばされてきたものだ。普通のチラシでよく使われているようなツルツルの紙とはどこか質感の違う厚手の紙に、掠れたインディゴのインクの、手書きの宣伝文句が躍っていた。
[明朝体][太字]命中率99.8%!? 魔女たちの占いの館、営業中[/太字][/明朝体]
[明朝体]日常に疲れた、大切なあの人との関係がこじれた、罪の意識に苛まれている、悪夢が続く。大から小までお悩みを抱えた方は、ぜひこの先の本館へお越しくださいませ。占いのスペシャリストである魔女が、適切なアドバイスで貴方のお悩みを一気に解決!
報酬は高いのかって?とんでもない。報酬として私どもがいただくのは、貴方が忘れてしまいたい、イヤな思い出。営業はいつでもいたしております。どうぞお気軽に、ご相談ください。[/明朝体]
紙の新しさや綺麗さなどの状態から鑑みるに、おそらくこれはかなり最近書かれたものだろう、と推測した。そして、〝占いの館〟だろうが何だろうが、そこに人がいるならばぜひとも助けていただきたい。…というわけで、風の吹いてきた方向に向かって歩いたのは良いものの。
「どう見てもホーンテッドマンションの風体なんだよな…」
ぶつぶつと呟きながらも、私はなんとか荒れ果てた庭園をかきわけながら進んでいった。
「いやあ!前のお客さんからそう経ってないのに、2人目のご来客とは!ねねっ、悩みがあるんでしょ!リーエにお任せだよん」
「ちょっちょっ…ちょちょちょ待ってください!」
まさかあのボロボロお化け屋敷の内装が、こんなにキレイなものだったとは。
今私がいるのは、大きな玄関ホールを抜けてすぐ、中央階段の横手にある応接室だった。暖炉の中で、赫く濡れた薪の束と時折爆ぜる金色の炎がパチパチと踊っている。私はなぜかロッキングチェアに座り、その暖かさを享受している…という一見最高の状況に置かれているのだが、問題は私を無理やりここまで連れ込んできた彼女のことである。
「え?だってさ、そのチラシ持ってここに来たってことはそういうことじゃん。悩みあるんじゃん!なになに、恋愛か?恋愛の悩みなのか?キャー!リーエ、マジキューピッドじゃん!」
「ちょっ…待っ…」
目の前にいる小さな女の子は、リーエと名乗った。初対面のくせにハイテンションすぎて、私が事情を話すスキすら与えやしない。さっきから私が言っていることといえば、「ちょっと」と「待って」の2つのみである。
初めて会ったのにこの距離の詰め方はさすがにちょっとウザい…と思った瞬間、その感情がブーメランとなって自分に突き刺さった。
「うっ…」
何を隠そう、いつもの私のテンションと似たようなものだったからである。無駄にとめどなく喋り、無駄にデカい声で笑う。
こんなthe・陽キャみたいな明るさを演じていれば誰かに嫌われたりすることは無いだろうと安心していたが、目の前の彼女…リーエさんに抱いた私の気持ちのように、私をウザがっている人はたくさんいるのかもしれない。
たとえば、やけにチラチラ私を見てくるあの子とか。
休み時間中に喋られると、連絡事項を伝えられなくて鬱陶しがってるあの先生とか。
私が、友達だと思ってる子とか。
にこにこしながら、私をウザがっているのかもしれない。私がいない場所で、別の友達に愚痴ったりして。仲良しグループの中でも、私だけ省かれたグループラインを作ってるかもしれない。いや、それどころか、私だけ招待されてないクラスラインとかがあるのかも。そこで皆で、私の悪口を言っているのだろうか…
…あ、やばい。バッド入ってきた。
「…おーい?おーい!えーっと、優莉ちゃん!聞こえてるー?」
沈んでいく思考からはっと気がつくと、目と鼻の先にリーエさんのあどけない顔がアップで見える。
「うわあ!ちっ…近い…!」
「うひひ、ゴメンね脅かしちゃって。優莉…いやユウリちゃんさ、今の自分の状態って把握できてる?」
いたずらっぽい笑みから唐突に真顔になった彼女の質問に、思わずえ?と声が漏れそうになる。
「ユウリちゃんさ、今の間、白目剥いてたよ。たぶん声も聞こえてなかったでしょ」
「…え…?」
あまりの衝撃に、情けないほど小さな声が漏れてしまった。
これはまさにその通りであることを、私は身を持って知っている。
「ユウリのことが、好きだ」
この一言から、私の人間関係は、崩壊してしまった。
「弱ったな…完全に迷ったよ」
子どものころ、大型倉庫店の迷路のような棚の間で迷子になったことを思い出す。
その時も心細くて、私はもう泣いて泣いて…それはそれは大変なことになった。
…ただ。
「スケールと深刻さが段違いだろ…」
今回迷子になったのは、よりにもよって広大な、森。大森林。
泣きたい。泣いてしまいたい。もう小学校の最高学年なのに。泣きたい。…いや、小学校の最高学年なら、ギリ許されるか…?
「とか言ってる場合じゃない!スマホ!……圏外ぃ!ああ泣きたいホントに!圏外!こんなことしてても誰もいない!ひとりで泣きたい泣きたい叫んでるだけだ!」
…やばい、本気で切なくなってきた。そもそもこの、寒風吹きっさらしのロケーションが寂しすぎる。
…とりあえずはこの虚しさからの脱出を目指して、動いてみなければ。
ありえないほどの非日常性にかえって脳が混乱したのか、いつもより妙に湧き立つ冒険心を私は感じていた。
「何だ…このボロ屋敷…」
森の中に突然現れた、古風な重厚感を醸し出す巨大な洋風邸宅を前に、私は一枚のチラシを片手に握りしめて絶句していた。
このチラシは、先ほど風に飛ばされてきたものだ。普通のチラシでよく使われているようなツルツルの紙とはどこか質感の違う厚手の紙に、掠れたインディゴのインクの、手書きの宣伝文句が躍っていた。
[明朝体][太字]命中率99.8%!? 魔女たちの占いの館、営業中[/太字][/明朝体]
[明朝体]日常に疲れた、大切なあの人との関係がこじれた、罪の意識に苛まれている、悪夢が続く。大から小までお悩みを抱えた方は、ぜひこの先の本館へお越しくださいませ。占いのスペシャリストである魔女が、適切なアドバイスで貴方のお悩みを一気に解決!
報酬は高いのかって?とんでもない。報酬として私どもがいただくのは、貴方が忘れてしまいたい、イヤな思い出。営業はいつでもいたしております。どうぞお気軽に、ご相談ください。[/明朝体]
紙の新しさや綺麗さなどの状態から鑑みるに、おそらくこれはかなり最近書かれたものだろう、と推測した。そして、〝占いの館〟だろうが何だろうが、そこに人がいるならばぜひとも助けていただきたい。…というわけで、風の吹いてきた方向に向かって歩いたのは良いものの。
「どう見てもホーンテッドマンションの風体なんだよな…」
ぶつぶつと呟きながらも、私はなんとか荒れ果てた庭園をかきわけながら進んでいった。
「いやあ!前のお客さんからそう経ってないのに、2人目のご来客とは!ねねっ、悩みがあるんでしょ!リーエにお任せだよん」
「ちょっちょっ…ちょちょちょ待ってください!」
まさかあのボロボロお化け屋敷の内装が、こんなにキレイなものだったとは。
今私がいるのは、大きな玄関ホールを抜けてすぐ、中央階段の横手にある応接室だった。暖炉の中で、赫く濡れた薪の束と時折爆ぜる金色の炎がパチパチと踊っている。私はなぜかロッキングチェアに座り、その暖かさを享受している…という一見最高の状況に置かれているのだが、問題は私を無理やりここまで連れ込んできた彼女のことである。
「え?だってさ、そのチラシ持ってここに来たってことはそういうことじゃん。悩みあるんじゃん!なになに、恋愛か?恋愛の悩みなのか?キャー!リーエ、マジキューピッドじゃん!」
「ちょっ…待っ…」
目の前にいる小さな女の子は、リーエと名乗った。初対面のくせにハイテンションすぎて、私が事情を話すスキすら与えやしない。さっきから私が言っていることといえば、「ちょっと」と「待って」の2つのみである。
初めて会ったのにこの距離の詰め方はさすがにちょっとウザい…と思った瞬間、その感情がブーメランとなって自分に突き刺さった。
「うっ…」
何を隠そう、いつもの私のテンションと似たようなものだったからである。無駄にとめどなく喋り、無駄にデカい声で笑う。
こんなthe・陽キャみたいな明るさを演じていれば誰かに嫌われたりすることは無いだろうと安心していたが、目の前の彼女…リーエさんに抱いた私の気持ちのように、私をウザがっている人はたくさんいるのかもしれない。
たとえば、やけにチラチラ私を見てくるあの子とか。
休み時間中に喋られると、連絡事項を伝えられなくて鬱陶しがってるあの先生とか。
私が、友達だと思ってる子とか。
にこにこしながら、私をウザがっているのかもしれない。私がいない場所で、別の友達に愚痴ったりして。仲良しグループの中でも、私だけ省かれたグループラインを作ってるかもしれない。いや、それどころか、私だけ招待されてないクラスラインとかがあるのかも。そこで皆で、私の悪口を言っているのだろうか…
…あ、やばい。バッド入ってきた。
「…おーい?おーい!えーっと、優莉ちゃん!聞こえてるー?」
沈んでいく思考からはっと気がつくと、目と鼻の先にリーエさんのあどけない顔がアップで見える。
「うわあ!ちっ…近い…!」
「うひひ、ゴメンね脅かしちゃって。優莉…いやユウリちゃんさ、今の自分の状態って把握できてる?」
いたずらっぽい笑みから唐突に真顔になった彼女の質問に、思わずえ?と声が漏れそうになる。
「ユウリちゃんさ、今の間、白目剥いてたよ。たぶん声も聞こえてなかったでしょ」
「…え…?」
あまりの衝撃に、情けないほど小さな声が漏れてしまった。
- 1.序章 Witches in the evening
- 2.夢幻の恋・前編 担当占い師:リーエ
- 3.夢幻の恋・中編 担当占い師:リーエ
- 4.夢幻の恋・後編 担当占い師:リーエ
- 5.幕間 a noble which in the kitchen
- 6.無気力ワットエバー・前編 担当占い師:ミゼ
- 7.無気力ワットエバー・中編 担当占い師:ミゼ
- 8.無気力ワットエバー・後編 担当占い師:ミゼ
- 9.幕間 a genius witch in the ritual room
- 10.兎の耳に掛けた鍵・前編 担当占い師:シーラ
- 11.兎の耳に掛けた鍵・中編 担当占い師:シーラ
- 12.兎の耳に掛けた鍵・後編 担当占い師:シーラ
- 13.幕間 a curious witch in the garden
- 14.背信と棄義のワルツ・前編 担当占い師:リーエ
- 15.背信と棄義のワルツ・中編 担当占い師:リーエ
- 16.背信と棄義のワルツ・後編 担当占い師:リーエ
- 17.間章 Witches in the night
- 18.クレペリン式遁走譚・前編 担当占い師:リーエ
- 19.クレペリン式遁走譚・中編 担当占い師:リーエ
- 20.クレペリン式遁走譚・後編 担当占い師:リーエ
- 21.幕間 the inside story of pure witch 〜リーエのひみつ〜
- 22.限局性漫劇のすゝめ・前編 担当占い師:ミゼ
- 23.限局性漫劇のすゝめ・中編 担当占い師:ミゼ
- 24.限局性漫劇のすゝめ・後編 担当占い師:ミゼ
- 25.幕間 the inside story of cursed witch 〜ミゼのひみつ〜
- 26.ハルモニア・前編 担当占い師:シーラ
- 27.ハルモニア・中編 担当占い師:シーラ