「それでは説明しよう。私は“予言と賢哲の魔女”。これでもこの魔法界において、予言の第一人者なんだ」
高貴さを纏う花紺青のクロスに手をついて、シーラさんは口を開いた。
「未来を知ることとは、今は隠された、本来なら触れることすらできないはずの真実を、無理矢理に暴くことだ。言わば、ちょうど一冊の探偵モノの本を読むとき、最初に犯人が誰なのかが分かっているようなものだな」
時間を凍らせてしまうのではないかと思えるほど真剣な姿勢に、気圧されそうになるのをなんとかこらえて頷いた。
「頭では理解しているとは思うが、状況が状況ならばもはや禁忌にも等しい“予言”には、言うまでもなく相応の…概ねの場合、非常に多大なる責任がついて回る。そのリスクを理解した上で、それでもレイラは私の手を借りるか?」
確かに、彼女の言う通り、未来を知ることは“禁忌”に近しいことかもしれない。「知らなければ良かった」と思えることなんて、世の中にはいくらでもあるだろう。私が選択した結果が、必ずしも後悔しないものであるかどうかは、分からない。
「…それでも」
真実が、本心がどうあれ、母に対する私の愛と感謝は変わらないから。
「お願いします。相応の覚悟と責任は、私が一生をかけて背負っていきますので」
「…承った。レイラのような、うじうじと悩まない清々しいやつは嫌いじゃないな。いいだろう、腹を決めたキミには、この私がレイラの本当に知りたい未来の答えを届けてやろう」
彼女は、いままでの悠然と湛えた笑みとは違う、いたずらっぽいニヤリとした笑いでそう答えた。
シャンデリアの光を受けてきらめく銀の縁飾りの鏡に、透ける深い青の液体が満たされて揺れている。
「これで占いは完了だ。この鏡の向こうに未来が視えた」
シーラさんが青く光る鏡の表面を指先でつつくと、まるで水にでも潜るかのように、指はつぷ…と鏡の中へ入っていく。
「すごい…さっきのヘンな匂いのする水が…」
「ヘンな匂いのする水って言うな。一応時間に干渉できる聖水は超高級品なんだ、記憶なんて、コレを使った相談料としてはかなり良心的な方だと思うぞ」
ついふふっと笑いそうになるが、すぐに彼女が“未来が視えた”といっていたことを思い出し、慌てて気を引き締める。
「では、視えた未来をレイラのお悩みに沿って、重要だと思われる情報を3つピックアップして教える。最終確認だが、何を知ってもいいんだな?私は遠慮ができないぞ」
しっかりとした面持ちで、はい、と答えた。
「分かった。まず1つ目。レイラのお母さんは、レイラのことを愛しているようだ。しかも、並々ならぬ思いで」
ほうっと、ため息が漏れた。安堵の気持ちが胸をあたためていく。いつのまにかスカートの裾を握る手のひらに、汗が浮き出ていたことに気づいた。
愛されている。それを実感できるだけでこんなにも強くいられるのかと思うほど、幸福感が手足の先に至るまで私を埋め尽くした。そんな私を見て、シーラさんが微笑みながら、続ける。
「2つ目だ。お母さんは、レイラの実父の妹だった。これは…本人から聞いたことはあったか?全くの他人というわけではなく、血縁上は叔母だった、ということだな」
「…いえ、聞いたことがありませんでした」
そうか、母とおそろいのこの髪は、遺伝性のものでもあったのかもしれない。
「…」
先ほどの幸福感がどこかへ追いやられてしまったかのようだった。納得と違和感が、砂に混じった小石のように、やけに居心地悪く流れ込んでくる。これは、
…そう、嫌な予感、というやつだ。
「3つ目。レイラのお母さんは不治の病に冒されている。もう長くはないだろう、というところだ」
彼女が淡々と告げた言葉は、私の予感を的中させた。
母は、早いうちから自分の病気のことや、いずれ若くして死を遂げるであろうことを、知っていたらしい。
自分の兄夫婦によって虐待された哀れな姪。自らの子として育てた彼女が、自分に情を持たないように、必要以上に愛さないように。自分が死んだあと、私が…愛するレイラが、無駄に悲しまないように。
母は、笑顔を見せることをやめた。
ぽろぽろと、涙が無言で流れてきていたらしい。手元に置かれた鏡の表面に、いくつも波紋ができていた。
「…」
シーラさんがハンカチを差し出してくれる。彼女は言った。
「私は、依頼人に肩入れをしない主義だ。自ら責任を持って真実を求めたレイラに私は敬意を持つし、同情はしない。…ただ、そのうえで提案をする。…この記憶を、消してしまわないか」
瞳に、ぼんやりと優しい光を湛えながら、ぽつりぽつりと呟くように話す彼女。きっとこれが不器用な彼女の、最大限の優しさなのだろうと思えた。
「サービス…と言っていいものかはわからないが。報酬をいただくとき、ついでにお母さんが病気だ、という記憶も消してやる。母にきちんと、愛されている、という幸せな記憶だけを持って帰れ。それもまた紛れのない真実だし、レイラのようないい子に訪れるバッドエンドなんて、あっていいはずがない」
「…」
私はなにも言えない。俯いたまま、目線すら合わせられない。
しかし、シーラさんはこう言った。
「醜い感情を持つ自分がきらいだ、と言ったか。お母さんは、そんなレイラのこともまるごと愛していると思うぞ。…無理をする必要はないが、過去の嫌なことを笑い話にできてこそ、人生というものだ。悪いのは100%向こうなんだ、全力で嫌って、憎んでやれ。トラウマなんて抱えるだけ損だ。嫌なことは嫌とちゃんと認識して、思いっきり幸せに生きればいい」
「…!」
私が顔をあげると、そこに座る彼女は、微笑んでいた。
毎夜の記憶が重なる。あの夜もあの夜も、とうとう見ることができなかった、花畑に立つ母の笑顔。
それは、間違いなく目の前の、シーラさんの美しい微笑みと同じものだった。
「お母、さ…」
思わず、つぶやきが漏れて。
彼女に気づかれていませんように、と慌てて口を塞いだ。
数時間後。
「お母さん、これ。摘んできたんだけど…」
「…ありがとう」
相変わらず母は無表情だけれど、私を愛してくれていることは間違いない真実だ。
結局、私は母が病気であるという記憶を、消さなかった。
そう伝えると、シーラさんは言っていた。
「そうか。自分の選択なら、それでいい。お母さんを大切にしてやれ。…そうだ、花をあげる約束をしていたな。裏庭で植えているスカシユリを一本持っていけ。花言葉は“子としての愛情”。ぴったりだ」
部屋を出て長い廊下を歩きながら、ああそれと、とシーラさんは続けた。
「私からの贈り物として、これをくれてやろう。あくまで肩入れはしない主義だからな、レイラ程度この雑草で十分だ」
「程度ってなんですか!」
渡されたのは、山吹色の蕾が無数に咲いた花の枝。まるで兎の耳のような葉がのびていて、私はかわいい、と呟いた。
セージ、スモークツリー、ベルフラワー、カンパニュラ、そしてスカシユリ。
私の想いがつまったこの花束で、本当に感謝を伝えられただろうか。その優しすぎる嘘をついている心の奥で、母は笑ってくれているのだろうか。
「…そうだったら、良いな」
シーラさんのあの笑みを思い出して、私はくすりと笑ってしまった。
「“前の時間軸”の私は、病に抗えずじまいだったか。…どれもこれも、忌まわしい呪いのせいだ」
絢爛豪華なその部屋で、シーラは羊皮紙に何やら、忙しなく書きつけていた。
「悪かったな、“私”のせいで、悲しい思いをさせてしまって。たとえ何回やり直そうとも、最高のハッピーエンドを見せてやる」
ふと手を止めた彼女は、自らの豊かなワインレッドの髪を弄びながら、虚空に向けて呟いた。
「いつまでも愛しているよ、未来から来てくれた私の、愛しい娘」
シオンでも添えてやればよかったな、と、小さな声が響いた。
担当占い師:シーラ
依頼人:レイラ、16歳の少女。
消した記憶:醜い感情を縛り付けていた、自己嫌悪。
高貴さを纏う花紺青のクロスに手をついて、シーラさんは口を開いた。
「未来を知ることとは、今は隠された、本来なら触れることすらできないはずの真実を、無理矢理に暴くことだ。言わば、ちょうど一冊の探偵モノの本を読むとき、最初に犯人が誰なのかが分かっているようなものだな」
時間を凍らせてしまうのではないかと思えるほど真剣な姿勢に、気圧されそうになるのをなんとかこらえて頷いた。
「頭では理解しているとは思うが、状況が状況ならばもはや禁忌にも等しい“予言”には、言うまでもなく相応の…概ねの場合、非常に多大なる責任がついて回る。そのリスクを理解した上で、それでもレイラは私の手を借りるか?」
確かに、彼女の言う通り、未来を知ることは“禁忌”に近しいことかもしれない。「知らなければ良かった」と思えることなんて、世の中にはいくらでもあるだろう。私が選択した結果が、必ずしも後悔しないものであるかどうかは、分からない。
「…それでも」
真実が、本心がどうあれ、母に対する私の愛と感謝は変わらないから。
「お願いします。相応の覚悟と責任は、私が一生をかけて背負っていきますので」
「…承った。レイラのような、うじうじと悩まない清々しいやつは嫌いじゃないな。いいだろう、腹を決めたキミには、この私がレイラの本当に知りたい未来の答えを届けてやろう」
彼女は、いままでの悠然と湛えた笑みとは違う、いたずらっぽいニヤリとした笑いでそう答えた。
シャンデリアの光を受けてきらめく銀の縁飾りの鏡に、透ける深い青の液体が満たされて揺れている。
「これで占いは完了だ。この鏡の向こうに未来が視えた」
シーラさんが青く光る鏡の表面を指先でつつくと、まるで水にでも潜るかのように、指はつぷ…と鏡の中へ入っていく。
「すごい…さっきのヘンな匂いのする水が…」
「ヘンな匂いのする水って言うな。一応時間に干渉できる聖水は超高級品なんだ、記憶なんて、コレを使った相談料としてはかなり良心的な方だと思うぞ」
ついふふっと笑いそうになるが、すぐに彼女が“未来が視えた”といっていたことを思い出し、慌てて気を引き締める。
「では、視えた未来をレイラのお悩みに沿って、重要だと思われる情報を3つピックアップして教える。最終確認だが、何を知ってもいいんだな?私は遠慮ができないぞ」
しっかりとした面持ちで、はい、と答えた。
「分かった。まず1つ目。レイラのお母さんは、レイラのことを愛しているようだ。しかも、並々ならぬ思いで」
ほうっと、ため息が漏れた。安堵の気持ちが胸をあたためていく。いつのまにかスカートの裾を握る手のひらに、汗が浮き出ていたことに気づいた。
愛されている。それを実感できるだけでこんなにも強くいられるのかと思うほど、幸福感が手足の先に至るまで私を埋め尽くした。そんな私を見て、シーラさんが微笑みながら、続ける。
「2つ目だ。お母さんは、レイラの実父の妹だった。これは…本人から聞いたことはあったか?全くの他人というわけではなく、血縁上は叔母だった、ということだな」
「…いえ、聞いたことがありませんでした」
そうか、母とおそろいのこの髪は、遺伝性のものでもあったのかもしれない。
「…」
先ほどの幸福感がどこかへ追いやられてしまったかのようだった。納得と違和感が、砂に混じった小石のように、やけに居心地悪く流れ込んでくる。これは、
…そう、嫌な予感、というやつだ。
「3つ目。レイラのお母さんは不治の病に冒されている。もう長くはないだろう、というところだ」
彼女が淡々と告げた言葉は、私の予感を的中させた。
母は、早いうちから自分の病気のことや、いずれ若くして死を遂げるであろうことを、知っていたらしい。
自分の兄夫婦によって虐待された哀れな姪。自らの子として育てた彼女が、自分に情を持たないように、必要以上に愛さないように。自分が死んだあと、私が…愛するレイラが、無駄に悲しまないように。
母は、笑顔を見せることをやめた。
ぽろぽろと、涙が無言で流れてきていたらしい。手元に置かれた鏡の表面に、いくつも波紋ができていた。
「…」
シーラさんがハンカチを差し出してくれる。彼女は言った。
「私は、依頼人に肩入れをしない主義だ。自ら責任を持って真実を求めたレイラに私は敬意を持つし、同情はしない。…ただ、そのうえで提案をする。…この記憶を、消してしまわないか」
瞳に、ぼんやりと優しい光を湛えながら、ぽつりぽつりと呟くように話す彼女。きっとこれが不器用な彼女の、最大限の優しさなのだろうと思えた。
「サービス…と言っていいものかはわからないが。報酬をいただくとき、ついでにお母さんが病気だ、という記憶も消してやる。母にきちんと、愛されている、という幸せな記憶だけを持って帰れ。それもまた紛れのない真実だし、レイラのようないい子に訪れるバッドエンドなんて、あっていいはずがない」
「…」
私はなにも言えない。俯いたまま、目線すら合わせられない。
しかし、シーラさんはこう言った。
「醜い感情を持つ自分がきらいだ、と言ったか。お母さんは、そんなレイラのこともまるごと愛していると思うぞ。…無理をする必要はないが、過去の嫌なことを笑い話にできてこそ、人生というものだ。悪いのは100%向こうなんだ、全力で嫌って、憎んでやれ。トラウマなんて抱えるだけ損だ。嫌なことは嫌とちゃんと認識して、思いっきり幸せに生きればいい」
「…!」
私が顔をあげると、そこに座る彼女は、微笑んでいた。
毎夜の記憶が重なる。あの夜もあの夜も、とうとう見ることができなかった、花畑に立つ母の笑顔。
それは、間違いなく目の前の、シーラさんの美しい微笑みと同じものだった。
「お母、さ…」
思わず、つぶやきが漏れて。
彼女に気づかれていませんように、と慌てて口を塞いだ。
数時間後。
「お母さん、これ。摘んできたんだけど…」
「…ありがとう」
相変わらず母は無表情だけれど、私を愛してくれていることは間違いない真実だ。
結局、私は母が病気であるという記憶を、消さなかった。
そう伝えると、シーラさんは言っていた。
「そうか。自分の選択なら、それでいい。お母さんを大切にしてやれ。…そうだ、花をあげる約束をしていたな。裏庭で植えているスカシユリを一本持っていけ。花言葉は“子としての愛情”。ぴったりだ」
部屋を出て長い廊下を歩きながら、ああそれと、とシーラさんは続けた。
「私からの贈り物として、これをくれてやろう。あくまで肩入れはしない主義だからな、レイラ程度この雑草で十分だ」
「程度ってなんですか!」
渡されたのは、山吹色の蕾が無数に咲いた花の枝。まるで兎の耳のような葉がのびていて、私はかわいい、と呟いた。
セージ、スモークツリー、ベルフラワー、カンパニュラ、そしてスカシユリ。
私の想いがつまったこの花束で、本当に感謝を伝えられただろうか。その優しすぎる嘘をついている心の奥で、母は笑ってくれているのだろうか。
「…そうだったら、良いな」
シーラさんのあの笑みを思い出して、私はくすりと笑ってしまった。
「“前の時間軸”の私は、病に抗えずじまいだったか。…どれもこれも、忌まわしい呪いのせいだ」
絢爛豪華なその部屋で、シーラは羊皮紙に何やら、忙しなく書きつけていた。
「悪かったな、“私”のせいで、悲しい思いをさせてしまって。たとえ何回やり直そうとも、最高のハッピーエンドを見せてやる」
ふと手を止めた彼女は、自らの豊かなワインレッドの髪を弄びながら、虚空に向けて呟いた。
「いつまでも愛しているよ、未来から来てくれた私の、愛しい娘」
シオンでも添えてやればよかったな、と、小さな声が響いた。
担当占い師:シーラ
依頼人:レイラ、16歳の少女。
消した記憶:醜い感情を縛り付けていた、自己嫌悪。
- 1.序章 Witches in the evening
- 2.夢幻の恋・前編 担当占い師:リーエ
- 3.夢幻の恋・中編 担当占い師:リーエ
- 4.夢幻の恋・後編 担当占い師:リーエ
- 5.幕間 a noble which in the kitchen
- 6.無気力ワットエバー・前編 担当占い師:ミゼ
- 7.無気力ワットエバー・中編 担当占い師:ミゼ
- 8.無気力ワットエバー・後編 担当占い師:ミゼ
- 9.幕間 a genius witch in the ritual room
- 10.兎の耳に掛けた鍵・前編 担当占い師:シーラ
- 11.兎の耳に掛けた鍵・中編 担当占い師:シーラ
- 12.兎の耳に掛けた鍵・後編 担当占い師:シーラ
- 13.幕間 a curious witch in the garden
- 14.背信と棄義のワルツ・前編 担当占い師:リーエ
- 15.背信と棄義のワルツ・中編 担当占い師:リーエ
- 16.背信と棄義のワルツ・後編 担当占い師:リーエ
- 17.間章 Witches in the night
- 18.クレペリン式遁走譚・前編 担当占い師:リーエ
- 19.クレペリン式遁走譚・中編 担当占い師:リーエ
- 20.クレペリン式遁走譚・後編 担当占い師:リーエ
- 21.幕間 the inside story of pure witch 〜リーエのひみつ〜
- 22.限局性漫劇のすゝめ・前編 担当占い師:ミゼ
- 23.限局性漫劇のすゝめ・中編 担当占い師:ミゼ
- 24.限局性漫劇のすゝめ・後編 担当占い師:ミゼ
- 25.幕間 the inside story of cursed witch 〜ミゼのひみつ〜
- 26.ハルモニア・前編 担当占い師:シーラ
- 27.ハルモニア・中編 担当占い師:シーラ