「なるほどねえ。それで…」
「恋が、できなくなりました。というか、自分の本当の気持ちが、分からなくなりました」
私が話し終えると、色とりどりのお菓子が大量に入ったジャック・オー・ランタンの籠から、リーエさんは一つ、紫色の小袋をつかみ、私に手渡してきた。
「話してくれてありがと。イヤなこと思い出すと疲れるよね…とりあえず、甘いもので癒やされちゃえ!はい、おばけマシュマロ」
「あ、すみません。ゼラチンアレルギーなので」
「…そう。せっかくカッコつけたのに、なんかカッコつかないなあ…」
ドクロの形をした香炉から、怪しげで蠱惑的な甘い匂いが漂っている。もらった魔女帽子のかたちのクッキーからも、似たような匂いがした。甘くて美味しい。
「えーっと、それじゃ説明するね。リーエの占いは、一応タロットカードがメインなんだ。使われてるカードの種類や解釈は人間界のヤツと同じだけど、なんといっても精度が普通とは段違い!不確かではあるけど、予言に近いこともできちゃう。
…まあ、術者の力量にもよるんだけどさ」
リーエさんが、棺桶の奥から取り出したカードを、裏向きに並べ始めた。つややかな黒地に白く輝く杖のマークと、「魔法占学協会謹製」の文字が並んでいる。小さく白い指で一枚一枚、テーブルに敷いたスモーキーオレンジのクロスの上に広げながら、彼女は続けた。
「正直、リーエの占いの腕は普通中の普通ってとこ。ただこのカードはいいヤツ使ってるし、今のイトウちゃんの精神の状態を表してるってのは間違いないから、あとはリーエの読解力次第なんだけど…そこは個人の力量の範囲だからさ…」
やや言葉を濁し、視線を下に向け、すぐにこちらに向き直る。
「まあ言い訳をしないで伝えると、占いの結果に対しては話半分で聞いてね、って感じ!出た結果から、占いってよりほぼカウンセリングみたいなことをするから」
「…ずいぶんとまあ、信用ならない占い師さんですね」
すべてを吐露した後だからなのか、いつもならキツく言ってしまうはずの言葉にもトゲがなくなっていることが、自分でもわかる。彼女もそれを聞いて、あどけない笑い顔をカーテンの奥で見せた。
「…ふーっ、最高に集中した。これで結果が出たかな!さっそく見ていこう!」
目の前に並んだ、3枚のカード。クッキーは途中でなくなってしまったが、おかわりをもらった。今度は黒猫のビスケット。かじると香ばしい匂いが鼻腔を抜けていき、とてもおいしい。
「右端からめくっていくよ。これは…えーっと、“戦車”のカードの、逆位置!えーこれは…“暴走”。今、イトウちゃんは独りよがりの暴走状態にあるみたいです」
「暴走…」
たどたどしくも、はっきりと伝えられた答えに、うろたえる。頭の中を疑問符が占めた。
「あんまりピンときてないかな?まあこれはリーエも、話し聞いててちょっと思った。…厳しいことを言うけどさ、客観的にイトウちゃんがしてることは、勝手に恋して、勝手に蛙化してるだけ。全部自分の中で完結しちゃってることなんだよね。傍目からみても分からないことをさ、めちゃめちゃ一大事みたいに解釈してるフシがある」
確かに厳しい言葉ではあるが、納得はできる。リーエさんに少しでも心が許せたからこそ、こんなにも素直になれるのかもしれない。そう思いながら彼女の様子をぼーっと眺めていると、彼女は2枚目のカードをめくった。と同時に、手が滑ったのかカードを落としてしまった。
「これは…!カードが自動で動いて位置を変える付与魔法が発動してる!…えーっと、“隠者”のカードの横位置か。一般的には正位置なら“思慮深さ”や“内面の豊かさ”、逆位置なら“自分の殻にこもる”を表してるんだけど…横ってことは、まさに表裏一体なのかもしれない。つまり、“考えすぎ”ってことかな」
「それは…たくさん小説を読み漁って、下調べをしすぎた…という意味でしょうか。“知りすぎた”ということですか」
「ううん、むしろ逆逆。イトウちゃんはさ、恋についてなんにも調べなかったし、分かってなかったんだよ」
小さな手の人差し指をピンと立て、リーエさんは言った。
「そりゃさ、恋愛小説だって参考にするのは悪いことじゃないと思うよ?現にイトウちゃんも、無理はしてもその性格のクセを矯正できて、友達だってできたんだし。」
「…だけどさ。恋って、どんなときでも基本は“わたし”と“あなた”でしょ?他のどんなヒロインにも真似できない、イトウちゃんだけのハッピーエンドを目指すべきだったんだよ。イトウちゃんは、主人公。物語じゃなくてきちんと君の、そのままの心で、彼と向き合うべきだ」
私の中で、閉じ込められていた想いが、とめどなく溢れ出した。
数日後。
「…珍しいね、イトウの方から誘ってくるなんて」
近所のファミレスだ。店内の喧騒のなかで、彼の気まずそうな笑みが見て取れる。
緊張に汗が浮き出そうになったところで、ポケットの中の四角い感触を確かめ、それをこっそりと握った。
あの夜、助けを呼ぼうとしたスマホでも、おいしかったクッキーの残りでもない。
それは、“愚者”を表す、1枚のタロットカードだった。
頭の中で、あの夜の記憶と甘い香りがリフレインする。
3枚目。最後のカードをめくったリーエさんは、言っていた。
「“愚者”か。“自由”、“スタート”、逆位置なら“わがまま”。…いろいろ偉そうに言っちゃったけどさ、イトウちゃんはやっぱ根が真面目ちゃんなんだよ。自分にできることを見つけて、本当は傷つきやすいのに図太いふりして、そこに向かって全力で走っていけるのは、イトウちゃんの素晴らしい才能だ。だからさ、そんなイトウちゃんだからこそ、伝えたいんじゃないかな。…“あまり真面目に考えすぎるな。自由でわがままな、愚か者であれ”って」
私は、自由なんだ。何を思うことも、何をすることも。難しく考える必要はない。愚か者でいいのだから。
だから、ありのままの心で、自由でわがままな想いを、少しだけ彼に受け止めてほしい。
「ずっと前から、アナタのことが好きでした」
彼は少し驚いたような表情をして、だけどすぐに笑顔になって、言ったんだ。
「…僕も…」
リーエは自室から、窓の外を眺めて、呟いた。
「あのカード、応援のつもりで貸したけど…ちゃんと返してくれるかな?」
あの夜の、少女のことを思い出す。
「…じゃ、報酬だけど、過去の恋を忘れたいって話だったよね。その“彼”に対する恋心を吸い取るんでいいかな!手をこの壺にかざしてもらって…」
「待って!」
リーエの言葉を遮ったときの彼女は、今までにないくらい強い意思を、その瞳に秘めていた。正直こう言われそうなことは分かっていたので、リーエはにやにやしながら、尋ねた。
「…報酬、変更する?それなりの対価じゃないと」
「変更します!えっと…それじゃあ…!」
彼女は必死だったが、どことなく楽しそうでもある。自分のしたいことを見つけた喜びの表情だった。
「…決めました!報酬は…」
担当占い師:リーエ
依頼主:イトウ、15歳の少女。
消した記憶:終わらせられなかった、バッドエンド。
「恋が、できなくなりました。というか、自分の本当の気持ちが、分からなくなりました」
私が話し終えると、色とりどりのお菓子が大量に入ったジャック・オー・ランタンの籠から、リーエさんは一つ、紫色の小袋をつかみ、私に手渡してきた。
「話してくれてありがと。イヤなこと思い出すと疲れるよね…とりあえず、甘いもので癒やされちゃえ!はい、おばけマシュマロ」
「あ、すみません。ゼラチンアレルギーなので」
「…そう。せっかくカッコつけたのに、なんかカッコつかないなあ…」
ドクロの形をした香炉から、怪しげで蠱惑的な甘い匂いが漂っている。もらった魔女帽子のかたちのクッキーからも、似たような匂いがした。甘くて美味しい。
「えーっと、それじゃ説明するね。リーエの占いは、一応タロットカードがメインなんだ。使われてるカードの種類や解釈は人間界のヤツと同じだけど、なんといっても精度が普通とは段違い!不確かではあるけど、予言に近いこともできちゃう。
…まあ、術者の力量にもよるんだけどさ」
リーエさんが、棺桶の奥から取り出したカードを、裏向きに並べ始めた。つややかな黒地に白く輝く杖のマークと、「魔法占学協会謹製」の文字が並んでいる。小さく白い指で一枚一枚、テーブルに敷いたスモーキーオレンジのクロスの上に広げながら、彼女は続けた。
「正直、リーエの占いの腕は普通中の普通ってとこ。ただこのカードはいいヤツ使ってるし、今のイトウちゃんの精神の状態を表してるってのは間違いないから、あとはリーエの読解力次第なんだけど…そこは個人の力量の範囲だからさ…」
やや言葉を濁し、視線を下に向け、すぐにこちらに向き直る。
「まあ言い訳をしないで伝えると、占いの結果に対しては話半分で聞いてね、って感じ!出た結果から、占いってよりほぼカウンセリングみたいなことをするから」
「…ずいぶんとまあ、信用ならない占い師さんですね」
すべてを吐露した後だからなのか、いつもならキツく言ってしまうはずの言葉にもトゲがなくなっていることが、自分でもわかる。彼女もそれを聞いて、あどけない笑い顔をカーテンの奥で見せた。
「…ふーっ、最高に集中した。これで結果が出たかな!さっそく見ていこう!」
目の前に並んだ、3枚のカード。クッキーは途中でなくなってしまったが、おかわりをもらった。今度は黒猫のビスケット。かじると香ばしい匂いが鼻腔を抜けていき、とてもおいしい。
「右端からめくっていくよ。これは…えーっと、“戦車”のカードの、逆位置!えーこれは…“暴走”。今、イトウちゃんは独りよがりの暴走状態にあるみたいです」
「暴走…」
たどたどしくも、はっきりと伝えられた答えに、うろたえる。頭の中を疑問符が占めた。
「あんまりピンときてないかな?まあこれはリーエも、話し聞いててちょっと思った。…厳しいことを言うけどさ、客観的にイトウちゃんがしてることは、勝手に恋して、勝手に蛙化してるだけ。全部自分の中で完結しちゃってることなんだよね。傍目からみても分からないことをさ、めちゃめちゃ一大事みたいに解釈してるフシがある」
確かに厳しい言葉ではあるが、納得はできる。リーエさんに少しでも心が許せたからこそ、こんなにも素直になれるのかもしれない。そう思いながら彼女の様子をぼーっと眺めていると、彼女は2枚目のカードをめくった。と同時に、手が滑ったのかカードを落としてしまった。
「これは…!カードが自動で動いて位置を変える付与魔法が発動してる!…えーっと、“隠者”のカードの横位置か。一般的には正位置なら“思慮深さ”や“内面の豊かさ”、逆位置なら“自分の殻にこもる”を表してるんだけど…横ってことは、まさに表裏一体なのかもしれない。つまり、“考えすぎ”ってことかな」
「それは…たくさん小説を読み漁って、下調べをしすぎた…という意味でしょうか。“知りすぎた”ということですか」
「ううん、むしろ逆逆。イトウちゃんはさ、恋についてなんにも調べなかったし、分かってなかったんだよ」
小さな手の人差し指をピンと立て、リーエさんは言った。
「そりゃさ、恋愛小説だって参考にするのは悪いことじゃないと思うよ?現にイトウちゃんも、無理はしてもその性格のクセを矯正できて、友達だってできたんだし。」
「…だけどさ。恋って、どんなときでも基本は“わたし”と“あなた”でしょ?他のどんなヒロインにも真似できない、イトウちゃんだけのハッピーエンドを目指すべきだったんだよ。イトウちゃんは、主人公。物語じゃなくてきちんと君の、そのままの心で、彼と向き合うべきだ」
私の中で、閉じ込められていた想いが、とめどなく溢れ出した。
数日後。
「…珍しいね、イトウの方から誘ってくるなんて」
近所のファミレスだ。店内の喧騒のなかで、彼の気まずそうな笑みが見て取れる。
緊張に汗が浮き出そうになったところで、ポケットの中の四角い感触を確かめ、それをこっそりと握った。
あの夜、助けを呼ぼうとしたスマホでも、おいしかったクッキーの残りでもない。
それは、“愚者”を表す、1枚のタロットカードだった。
頭の中で、あの夜の記憶と甘い香りがリフレインする。
3枚目。最後のカードをめくったリーエさんは、言っていた。
「“愚者”か。“自由”、“スタート”、逆位置なら“わがまま”。…いろいろ偉そうに言っちゃったけどさ、イトウちゃんはやっぱ根が真面目ちゃんなんだよ。自分にできることを見つけて、本当は傷つきやすいのに図太いふりして、そこに向かって全力で走っていけるのは、イトウちゃんの素晴らしい才能だ。だからさ、そんなイトウちゃんだからこそ、伝えたいんじゃないかな。…“あまり真面目に考えすぎるな。自由でわがままな、愚か者であれ”って」
私は、自由なんだ。何を思うことも、何をすることも。難しく考える必要はない。愚か者でいいのだから。
だから、ありのままの心で、自由でわがままな想いを、少しだけ彼に受け止めてほしい。
「ずっと前から、アナタのことが好きでした」
彼は少し驚いたような表情をして、だけどすぐに笑顔になって、言ったんだ。
「…僕も…」
リーエは自室から、窓の外を眺めて、呟いた。
「あのカード、応援のつもりで貸したけど…ちゃんと返してくれるかな?」
あの夜の、少女のことを思い出す。
「…じゃ、報酬だけど、過去の恋を忘れたいって話だったよね。その“彼”に対する恋心を吸い取るんでいいかな!手をこの壺にかざしてもらって…」
「待って!」
リーエの言葉を遮ったときの彼女は、今までにないくらい強い意思を、その瞳に秘めていた。正直こう言われそうなことは分かっていたので、リーエはにやにやしながら、尋ねた。
「…報酬、変更する?それなりの対価じゃないと」
「変更します!えっと…それじゃあ…!」
彼女は必死だったが、どことなく楽しそうでもある。自分のしたいことを見つけた喜びの表情だった。
「…決めました!報酬は…」
担当占い師:リーエ
依頼主:イトウ、15歳の少女。
消した記憶:終わらせられなかった、バッドエンド。
- 1.序章 Witches in the evening
- 2.夢幻の恋・前編 担当占い師:リーエ
- 3.夢幻の恋・中編 担当占い師:リーエ
- 4.夢幻の恋・後編 担当占い師:リーエ
- 5.幕間 a noble which in the kitchen
- 6.無気力ワットエバー・前編 担当占い師:ミゼ
- 7.無気力ワットエバー・中編 担当占い師:ミゼ
- 8.無気力ワットエバー・後編 担当占い師:ミゼ
- 9.幕間 a genius witch in the ritual room
- 10.兎の耳に掛けた鍵・前編 担当占い師:シーラ
- 11.兎の耳に掛けた鍵・中編 担当占い師:シーラ
- 12.兎の耳に掛けた鍵・後編 担当占い師:シーラ
- 13.幕間 a curious witch in the garden
- 14.背信と棄義のワルツ・前編 担当占い師:リーエ
- 15.背信と棄義のワルツ・中編 担当占い師:リーエ
- 16.背信と棄義のワルツ・後編 担当占い師:リーエ
- 17.間章 Witches in the night
- 18.クレペリン式遁走譚・前編 担当占い師:リーエ
- 19.クレペリン式遁走譚・中編 担当占い師:リーエ
- 20.クレペリン式遁走譚・後編 担当占い師:リーエ
- 21.幕間 the inside story of pure witch 〜リーエのひみつ〜
- 22.限局性漫劇のすゝめ・前編 担当占い師:ミゼ
- 23.限局性漫劇のすゝめ・中編 担当占い師:ミゼ
- 24.限局性漫劇のすゝめ・後編 担当占い師:ミゼ
- 25.幕間 the inside story of cursed witch 〜ミゼのひみつ〜
- 26.ハルモニア・前編 担当占い師:シーラ
- 27.ハルモニア・中編 担当占い師:シーラ