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ナニカ屋のダレカさん

#3

【第三話】料理屋のミクリヤさん

【[漢字]深厨[/漢字][ふりがな]みくりや[/ふりがな] [漢字]依乃良[/漢字][ふりがな]えのら[/ふりがな]】

「料理屋」を営む若い女性。恰幅の良い背格好と、親しみやすい豪快な笑顔がチャームポイント。
彼女が経営する店舗はかなり広く、来客数もとんでもなく多い。ただし、彼女以外の従業員が目撃されたことはない。
客いわく、注文をしなくてもいつの間にか自分の食べたかったメニューの配膳がなされており、いつの間にか片付けられており、いつの間にかお金を支払っているのだそう。客の記憶は曖昧だが、どの仕事も全て彼女が対応しているということだけは確か。とても一人でさばき切れる仕事量ではないはずなのに、特段待たせられるわけでもなく、忙しさの片鱗もない絶やさぬ笑顔で彼女は接客を続けている。
厨房の中に、表には出ない大量の人員が働いている、というのがもっぱらの噂。

なお、料理はすこぶる美味しいため、いかなる日も客足が途絶えることはない。





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創業当時からこの店の入口には、大きな「えべっさん」の置物が鎮座している。
依乃良はよく覚えていないが、確か創業時、知り合いのうちの誰かが開店祝いとして贈ってくれたものだったと思う。七福神のひとりで、商売繁盛のご[漢字]利益[/漢字][ふりがな]りやく[/ふりがな]があるとかなんとか。

その置物のおかげか分からないが、現在依乃良の店は、大変に繁盛しまくっている。


もともと店舗は、古くからここで薬屋を営んでいた名家が没落した際、安く売却されていたのをすぐさま購入したものだった。
その名残か、内積が広い。とにかく広い。そんな広い店の端から端までずらりとテーブルが並び、そのひとつひとつにところ狭しと丸椅子が並ぶ。そうでもしないと、客が入り切らないからだ。

「いやあ〜、今日も儲かってるねえ!」
「あはは、みんなのお陰様だよ。ゲンさんも、向こう50年は来てちょうだいよ」
「だっはっは、50年は流石の俺でも死んじまってるわ!」

「あっエノちゃーん、1週間ぶりに来たわよー!いやはや、相変わらず混雑しまくってるわねぇ…こりゃ相当にガッポガッポね!」
「マダム!来てくれてありがとね!
いや~、案外そんなこともないんだよねえコレが。規模が広がるほど出ていくお金も多くてね~。客商売のサダメってもんよ」
「あらやっだ、人件費のひとつもかけずに何言ってんのよ!毎日ひとりで頑張ってるじゃない?ホンット、信じられないわぁ!」

彼らのように何人か、「常連」が存在する。そういった人々は、依乃良にいつも親しげに話しかけてくれる。ただかといって、この店には特に「一見さんお断り」みたいな決まりはない。それなりにこだわりは持ってやっているが、来るものをわざわざ拒むほど頑なでもない、そんな経営方針。この店も創業数十年、老舗とまではいかないが、依乃良もすっかりお馴染みの「女将」の顔として親しまれていた。



始業前。依乃良は店の掃除をしている。毎日のルーティン、食品を取り扱う場において重要な衛生観念。天井付近のホコリ取りをしていたはたきをうっかり取り落としてしまい、依乃良は腰を屈めてそれを拾った。
姿勢を戻そうとしたその時、身体が何かにぶつかった。
『ガコッ!!』
どうやら机にぶつけたらしい辺りをさすりさすり振り向くと、そこには床に落ちた大きな「えべっさん」のニコニコ顔が。
「うわっ、やっちゃった!割れ…ては無さそうだけど、ヒビとか入っちゃったかな…」

依乃良は、慌ててその置物を立て直そうとする。両腕に抱きかかえて顔と同じ高さまで持ち上げ、どうやら目立った傷はつかなかったようだ…と安堵したその時、残念ながらえべっさんは、顔面を真ん中から縦に裂くようにぱっくりと割れた。

ガコッ、ガシャーン!……カラン。
「わー!最悪、壊れちゃ……って、これ何…?」
真っ二つに割れたえべっさんから、[漢字]なにか[/漢字][ふりがな][太字]・・・[/太字][/ふりがな]が出てきている。

えべっさんより一回り小さい置物…女神像?
女神は柔和な笑みを浮かべて蓮華座に胡座をかき、手には大きな天扇を持っていた。彼女の周りにはイノシシが侍り、大きな弓を支えている。

依乃良が再び地面に落ちたその像を拾うと、手触りはかなり軽いのに、内部がずっしりと詰まっているような重みがあった。
「多孔質の石材…」

ぱっくり割れたえべっさんは元から『開けることのできる』構造だったらしく、簡単な留め具が付いていた。始業時間も迫っていたので、とりあえず依乃良は女神像を中に入れたままその恵比寿顔を元の姿に戻して机に置き、厨房へ向かった。

なんだか、甘い香りがした。







「はああ…今日はなんだか色々あって、すごく疲れちゃった…」
夜。古ぼけた安っぽい白熱灯の下で、彼女が夕食をとっている。
辺りは不潔ではないものの、あちこちが軋み歪んだボロ住宅。彼女の丹精込めた管理で古いながらもどこか美しい「料理屋」とはまるで違うここは、紛れもない依乃良の住居であった。

「それにしても、誰があんな真似をしたのかな…」
朝、偶然発見した女神像。依乃良の記憶では確か「摩利支天」という名前だったはずのその女神は、多孔質石材…細かく言えば、軽石でできていた。

そんなに軽い材質を使っていて、あれほど重いはずがない。…中に、何かがある。
今日も大量の客をさばき、ヘトヘトの終業後。改めてそう考えた依乃良は、広げた新聞紙の上で、その女神像を割った。

中から出てきたのは、大量の土だった。




有機物と硝酸塩を多量に含んだ土壌。その中に、幾万もの微生物が棲んでいる。
軽石が付近の空間から水を吸い取り、内部では一定の湿度と低酸素の状態が保たれる。
通気孔から外気が入り、摩利支天像の中で微生物による脱窒が起こり、また通気孔からそれが排出される。えべっさん…ひいてはその中の摩利支天像の大きさからして、かなりの量の『それ』が、常時排出されていたはずだ。

「その排出されるってガスが、たぶんよりにもよって、…亜酸化窒素なんだよね」

亜酸化窒素。別名、笑気ガス。
無色透明、やや甘い香り、軽い麻痺と多幸感、一時的な健忘を引き起こす気体。
つまるところ、[漢字]人体に無害[/漢字][ふりがな][太字]・・・・・[/太字][/ふりがな]。

「だーっ!つまんないなあ、そこは有害ガスにしなさいよ!隠された女神像…知らず知らずのうちに仕掛けられていた毒ガス装置…めちゃくちゃに面白いのに!なーんでそこで害にならないガスを選んじゃうかなあ」
食事をとりながら、依乃良はがっかりしたようにそう叫ぶ。

「まあ、うちの店でそんなもの仕掛けられてたら商売あがったりだからね…。無害で感謝する他ないかな」

依乃良が、隣の背中の部品をぱかりと開けて、『食事をとらせる』。

「もしかして、このせいだったんじゃない?今まで「人件費も遣わず一人で頑張ってるね」なんて誤解されてたの。おんなじ顔が何人もあの広いホールをほっつき歩いてる時に麻酔ガスなんて流されちゃ、お客さんもぼんやりしちゃうって」

その依乃良も、開けた隣の背中にコードを挿して、『栄養を注入する』。

「ああ…そうだったのかもね。ほんとに、あの置物を贈ってきた人って誰だったっけ…?」

そう言った依乃良も、隣の依乃良の背中に『電力を供給する』。


オンボロの居間、ちゃぶ台の周り。
ああだこうだと言い合いながらもその贈り主は思い出せなかったが、結局誰であろうがそいつは「ミステリーが好きだけど中途半端で臆病なやつ」なのだろう…と、彼女らはそういう結論に至ったのだった。





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【[漢字]深厨[/漢字][ふりがな]みくりや[/ふりがな] [漢字]依乃良[/漢字][ふりがな]えのら[/ふりがな]】

端的に言えば、彼女『ら』は、高性能な感情装置を有した同一型式のアンドロイド『チーフクック』である。規模が大きくなる事に製造元に依頼し、一体ずつスタッフを増やしていっている。

全く同じ顔、同じ姿、同じ服装。だだっ広いホール内で彼女たちが複数同時に動き回っても、客には「1人が歩き回っている」としか思えないのかもしれない。

ちなみに姓は、商品名を漢字変換して自身で決めた。



人件費や食費の代わりに、えらい多額の維持費がかかるのが悩み。電気代やメンテ費用など、この大人数をとても余裕で賄いきれるわけがない。よって貧乏生活をする羽目になる。


店と料理にはこだわるが、家にはこだわらない。


あと、「料理屋」の料理が美味いのであって、決してガスによる多幸感から『美味い』と感じられているわけではないから!絶対!

…とこんな調子で、これ以降はこだわりのある物の価値に不安を覚えることとなる。




[水平線]




「今日も言われたね、「儲かってるね!」って」
「儲かるわけないじゃんねえ。お客さんが増えれば私たちが増える、私たちが増えれば生活費がかかる。規模が広がるほど出ていくお金も多くなるって、いつも言っている通りなのに」
「正直、店の人気が上がれば上がるほど、生活が困窮してるように感じるんだけど…」
「しょうがないよ、それが燃費の悪い私たちの、『自立して生きる道』なんだから」
「そうだねえ、十分幸せな方よ?」
「うんうん、…って、今日の充電もう終わり?」
「終わり。節約月間だから。常に低電力モードで気張りなさい」
「ああ、そういえばそうだったね…」
「はあ、本当に…」

ちゃぶ台を囲んで輪になり、お互いの背中にコードを挿しあって…つまり『みんなで食事をとっていた』依乃良たちは、


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「はあ…」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


端子を片手に携えたまま、一斉にため息をついたのだった。

2026/03/18 12:07

団栗きんとん
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