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ナニカ屋のダレカさん

#2

【第二話】掃除屋のカタシさん

【[漢字]梗嗣[/漢字][ふりがな]かたし[/ふりがな] [漢字]汎藻音[/漢字][ふりがな]はもね[/ふりがな]】

「掃除屋」の稼業を営む、覆面で口元を隠した若い男性。目つきが鋭く周囲には怖がられがちだが、実のところは真面目でストイックなだけの、いたって善良、ゆえに損な気質である。「彼の笑っているところを見たことがない」「子どもや小さな動物が大好きで、周りに誰もいなければ誰よりも優しい笑顔を見せる」などクールストイックキャラによくありそうな尾ひれが付随してまわるが、尾ひれは尾ひれ。彼だって単なる一般人に過ぎないので、笑う時は普通に笑うし(おそらく覆面のせいで見えていないだけ)なんならお笑い番組とか好きだし、子どもや動物だってそれなりに好きだが、かといって「汚い大人」が嫌いか、と言われれば、まあだいたい同じくらいでわりと嫌いじゃない。





[水平線]






依頼がきたら、それをこなす。

赤ん坊でも分かるほど簡単な道理ひとつで身を立てている男にとって、その仕事はまさに転職だった。
ぎしぎしと錆びた換気口から、冷たい半月の光が射してくる。

ひび割れたコンクリートと、剥き出しのパイプ。明滅する蛍光灯に照らされた廃ビルのような寂れた一室が、汎藻音の事務所兼住居だった。



「掃除」が終わったあと、汎藻音はデスク前に設えたレザーチェアに身体を委ね、小窓に落とされたベネチアンブラインドのスラットに指を載せ、ちらりと外を覗く。

デスクには古ぼけたランプがぼんやりとした光を投げかけ、無造作に置かれたブラックコーヒーの深淵に、てらてらと眠たげなノイズが走る。





毎夜毎夜、この時間にこの道を通る学生がいる。
小窓から見えるのは、学生服の上にきっちりと似合わないロングコートを着込んだ、真面目そうな青年だった。

「…ダッセえなあ」

野暮ったいメガネの下の目は、こちらからは全く見えない。
おそらく塾の帰りなのだろう、単語帳を覗き込んでブツブツ言っている。

―遅くまでご苦労なこって。

特段思い入れがあるわけでもないが、いつの頃からか窓の外を覗くといつも「彼」が歩いているようになったので、汎藻音も認識だけはしている。
どうやらこのビルのエントランスに設置されたライトの無駄に強い光が、夜闇の中で冊子を読むのに適しているらしい。

彼が俯いたまま通り過ぎていったので、汎藻音はスラットから指を離した。









最近、この付近は交通量が多い。

「掃除」依頼の対象が、依頼達成前に交通事故で死亡した時、汎藻音は「使える」と、思った。
どうやら最近周辺の道路の老朽化が進んだとかで、急ピッチで補修工事が進められているせいで、迂回路としてこのビル前の道路が使われているらしい。

交通事故を装えば、掃除の[漢字]恣意[/漢字][ふりがな]しい[/ふりがな]を偽装できる。


掃除対象の自家用車の、ブレーキの周辺部品をインバー合金からアルミ構造物を含む金属に替える。線膨張係数の差異によりエンジン駆動時の不具合発生頻度を高める。更に対象の食事にアルコールを盛り込んだうえで、クライアントの協力を得て近辺に呼び出す。

あとは時間をうまく調節してやれば、[漢字]そこ[/漢字][ふりがな][太字]・ ・[/太字][/ふりがな]で車のブレーキは利かなくなり、もう一人の対象を轢き殺す。




「[漢字]埃取りのみ[/漢字][ふりがな]ころしちゃだめ[/ふりがな]」の対象が、事故で「[漢字]完全清掃[/漢字][ふりがな]まっさつたいしょう[/ふりがな]」を轢き殺す。知らず知らずのうちに食事にアルコールが盛られていた対象は、飲酒運転の罪で社会的な制裁を受ける。被害者と加害者の間には、「偶然掃除が依頼されていた」という以外の接点はない。もっとも、その唯一の共通点すら、決して誰にも掴ませはしないが。


同時期、偶然の事故も多くなっていった。木を隠すなら森の中。汎藻音の見込みは間違っていなかったようだ。










その夜も、塾帰りの青年は通りを歩いていた。いつものようにそのビルの前で単語帳を取り出そうとし、

―動きを止める。ふと、上を眺める。


いつもエントランスに点いている、古ぼけたやたらと明るいライトが、消えていた。





[水平線]





【[漢字]梗嗣[/漢字][ふりがな]かたし[/ふりがな] [漢字]汎藻音[/漢字][ふりがな]はもね[/ふりがな]】

彼が営む「掃除」には、「暗殺業」の隠語であること以外の意味はない。まるでB級映画に出てくるような陳腐な稼業を、陳腐な性格の人間がやっていることに、彼は常時絶妙にウケている。(誰にも悟られたくはない)

なので時たま、裏社会の人間らしく「キャラ付け」をしてみようかと思うときもあるが、なんだか中二病臭くて恥ずかしくなってしまうのですぐやめる。信条は、「自分はいい大人」。

よくある小動物や子供、植物のみを愛し、「お前も孤独なんだな、俺と同じで」とかカッコつけて言ってみたいが、
普通に人間全般が好きだしぼっちは悲しい。金策に困り仕方なく実家へ出戻り、その末この職種に就いただけなので、本質的には向いていない気がしている。

トマトが好き。小学生のときは、給食の時間に多くのトマト嫌いのクラスメートからトマトをこっそりと引き受け、一時的なクラスのヒーローとなっていた。









学生服の青年は、苦々しげに単語帳を鞄に戻す。
…老朽化しているのだろうか。もしこれからもこのライトが点かないままだったら、ここでの勉強時間が削られてしまう…

瞬間。青年の前に、急に暴力的な強い光が差した。




「…!」
胸を押さえて息を整えたまま、青年はアスファルトにへたり込む。けたたましいクラクションの余韻が、鼓膜の奥にまだガンガンと反響している。メガネがずれ落ちる。気管支と瞳が乾いていく。

あのまま歩きながら本を読んでいたら、猛スピードで通り過ぎていったあの車にも気づかずに、今頃自分は…










ブラインドの隙間から彼の様子を覗いていた汎藻音の瞳は、
「今日はちょっと良いことをした」とばかりに、満足そうな薄い光を湛えていた。

作者メッセージ

ひっさしぶりです。マジで。

半年くらい浮上できていなかったので、このユーザー初めて知ったって方もいらっしゃるんじゃないかな〜。

ちょっとまた活動報告のほうも更新してみようかなと思っています。他のシリーズはこの話より面白いので(自分でハードルを鬼のように高くしていくスタイル)、興味があればぜひ覗いてみてくださいね。

2025/11/02 23:30

団栗きんとん
ID:≫ soHtg8UkVbFiM
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