日の暮れる少し前、午後4時頃のお話である。
昼下がりの春の太陽はぽかぽかと陽気な歌を歌う。柔らかに差す光は宇宙の彼方から空へ、空から森へと降り注ぎ、ついにその白亜の壁にぶち当たった。
がさがさという足音と共に森から小さな黒猫がやって来て、その壁に前足を掛け、中を覗き見る。
それは薔薇園に囲まれた、巨大な教会であった。
細かく切り立った優美な屋根の頂上には大きな十字架が立てられ、大理石の壁には繊細な彫刻と、切り出されたフレームに嵌められたステンドグラス。色鮮やかなクリスタルが陽光を透かし、大聖堂の格子の木の床に、神聖な彩りを映していた。
本来ならばこういった神秘的な情景は、人っ子一人いない静けさの中で味わいたいものである。
ただし、この場合はそうはいかなかった。なぜならば、その大聖堂の中には若い男女が結構な人数で集まっていたからだ。
しかもあろうことか、何やら密談めいた雰囲気を醸し出しているらしい。
窓の外の黒猫は、その様子を不可解に思ったかのように、ニャアと鳴いた。
「本日はみな皆様、お早めにお集まり頂き誠に感謝いたします。私は今回のパーティーの総合企画を一任されております、宮野酔雨と申します。大変失礼ながら、正式な挨拶は省略させていただきます。では、早速ですが…」
慣れない敬語に堅苦しそうにしながら、学生らしい彼女はスマホを取り出して、何かをタップした。
ピロン!
ポイッ。
フューイッ!
各々の携帯電話から一斉に通知が鳴り響き、全員がポケットやバッグから、スマホを取り出す。
そのチャットアプリの通知には、「パーティー日程目録.gif」…というリンクが貼られていた。
「こちらは、私がまとめた企画書です。皆様には、それぞれ本日のパーティーにおいて、既に何らかのお仕事をしていただいております。
ここで、情報共有及び協力して頂いた皆様への感謝を述べさせていただくために、その一覧表を読み上げさせて頂きます。皆様、ぜひお手元の資料でご確認ください」
各々は、真剣に聞いていた。
ケーキに載せるエディブルフラワー(食用花)と、会場の飾り付けのための、桜の花の提供。
同じくケーキのための、抹茶クリーム作りと、原料となる抹茶の提供。
ウェルカムドリンクである特製カフェオレベースの作成と、コンパニオン猫たちの貸し出し。
司会進行と、その台本の製作。
会場で振る舞われるコース料理の、ほぼ全ての調理。
巨大バースデーケーキを作るための、スタジオのレンタルと根回し。
メインギフトである宝石の見繕い。
ケーキの材料となるイチゴの提供と、会場の装飾。
〝彼女〟に渡す、花束の提供と郵送。
巨大バースデーケーキの製作と、パーティーでのメインパフォーマンス。
雑貨の買い出しと、余興の企画。
「…以上になります。こちらにお集まりいただいた皆様には、多大なるご尽力をいただき心より感謝を申し上げ……」
「君は?」
「え?」
宮野、と名乗った少女のお辞儀を遮るように、集団の奥の方で、オフホワイトのニットに包まれた細腕が上がった。
声を発した彼は、すぐ側で「おい…」と呟く、勝ち気そうな少女の静止すら気にしなかった。そのまま、〝あざとい〟とも言えそうな仕草で顔を傾け、続ける。
「宮野さん、確かに僕たち全員がこの日のために仕事をしてたよ。だけど、きっと1番頑張ったのは宮野さんじゃないの?
…こんな丁寧な書類まで作って、企画から会場の手配、出席者への招待に出席確認まで全部やったんでしょ。人に感謝するだけじゃなくて、僕たちにも感謝させてよ」
「え…」
彼女が言葉に詰まっていると、すぐそばに経っていた同級生らしい少女も、笑顔で彼女の肩を叩いた。
「酔雨、めっちゃ頑張ってたじゃん!白守さんもああ言ってるし、とりあえず皆さんに褒めてもらいな?」
「ちょ…春華!」
春華、と呼ばれた美形の少女は、立ち尽くす友人の身体を無理やり前へ押し、全員に呼びかけた。
「こちらは我が自慢の親友、宮野酔雨さんです!今回の1番の功労者かつ影の尽力者である彼女に、皆さんどうぞあたたかい拍手をお願いしま~す!」
「ねえ春華!やめ…」
パチパチパチパチ…
「…!」
初めは戸惑うように抵抗していた少女は、全員から贈られる大きな拍手に、驚いたように瞬きをした。
いつの間にか夕日の差し込んでいた大聖堂に、他でもない賞賛の音が響き渡る。
皆は、笑顔だった。眩しいほどに。
「…皆さんありがとうございました…ってええ!?酔雨、なに泣いてんの!!」
「いや、ごめん…何か今まで、〝まだいける〟とか、〝皆さんに迷惑をかけるくらいなら私が全部やる〟とか、〝私程度の仕事なんて引き立て役でしかない〟とかって思ってたから…」
地味で、目立たない努力しかできない自分。
いつも要領ばかり悪くて、褒められない自分。
そんな自分を、どこか諦めている節があったのに。
思いがけなく寄せられたこの笑顔と好意は、
とっても、あたたかいものだった。
この後、メンバーたちの手によって、あっという間に会場設営が行われることとなる。
その様子をステンドグラス越しに眺めていた黒猫は、あくびをして森へと立ち去った。
ちなみに酔雨の涙の後に、
「……一番の功労者は…絶対私たちだと…痛っ!」
「スッピー、流石に大人げない」
「ちょいマルカート、チョップもかなり大人げないよ」
なんて小競り合いがあったのは、また別のお話。
昼下がりの春の太陽はぽかぽかと陽気な歌を歌う。柔らかに差す光は宇宙の彼方から空へ、空から森へと降り注ぎ、ついにその白亜の壁にぶち当たった。
がさがさという足音と共に森から小さな黒猫がやって来て、その壁に前足を掛け、中を覗き見る。
それは薔薇園に囲まれた、巨大な教会であった。
細かく切り立った優美な屋根の頂上には大きな十字架が立てられ、大理石の壁には繊細な彫刻と、切り出されたフレームに嵌められたステンドグラス。色鮮やかなクリスタルが陽光を透かし、大聖堂の格子の木の床に、神聖な彩りを映していた。
本来ならばこういった神秘的な情景は、人っ子一人いない静けさの中で味わいたいものである。
ただし、この場合はそうはいかなかった。なぜならば、その大聖堂の中には若い男女が結構な人数で集まっていたからだ。
しかもあろうことか、何やら密談めいた雰囲気を醸し出しているらしい。
窓の外の黒猫は、その様子を不可解に思ったかのように、ニャアと鳴いた。
「本日はみな皆様、お早めにお集まり頂き誠に感謝いたします。私は今回のパーティーの総合企画を一任されております、宮野酔雨と申します。大変失礼ながら、正式な挨拶は省略させていただきます。では、早速ですが…」
慣れない敬語に堅苦しそうにしながら、学生らしい彼女はスマホを取り出して、何かをタップした。
ピロン!
ポイッ。
フューイッ!
各々の携帯電話から一斉に通知が鳴り響き、全員がポケットやバッグから、スマホを取り出す。
そのチャットアプリの通知には、「パーティー日程目録.gif」…というリンクが貼られていた。
「こちらは、私がまとめた企画書です。皆様には、それぞれ本日のパーティーにおいて、既に何らかのお仕事をしていただいております。
ここで、情報共有及び協力して頂いた皆様への感謝を述べさせていただくために、その一覧表を読み上げさせて頂きます。皆様、ぜひお手元の資料でご確認ください」
各々は、真剣に聞いていた。
ケーキに載せるエディブルフラワー(食用花)と、会場の飾り付けのための、桜の花の提供。
同じくケーキのための、抹茶クリーム作りと、原料となる抹茶の提供。
ウェルカムドリンクである特製カフェオレベースの作成と、コンパニオン猫たちの貸し出し。
司会進行と、その台本の製作。
会場で振る舞われるコース料理の、ほぼ全ての調理。
巨大バースデーケーキを作るための、スタジオのレンタルと根回し。
メインギフトである宝石の見繕い。
ケーキの材料となるイチゴの提供と、会場の装飾。
〝彼女〟に渡す、花束の提供と郵送。
巨大バースデーケーキの製作と、パーティーでのメインパフォーマンス。
雑貨の買い出しと、余興の企画。
「…以上になります。こちらにお集まりいただいた皆様には、多大なるご尽力をいただき心より感謝を申し上げ……」
「君は?」
「え?」
宮野、と名乗った少女のお辞儀を遮るように、集団の奥の方で、オフホワイトのニットに包まれた細腕が上がった。
声を発した彼は、すぐ側で「おい…」と呟く、勝ち気そうな少女の静止すら気にしなかった。そのまま、〝あざとい〟とも言えそうな仕草で顔を傾け、続ける。
「宮野さん、確かに僕たち全員がこの日のために仕事をしてたよ。だけど、きっと1番頑張ったのは宮野さんじゃないの?
…こんな丁寧な書類まで作って、企画から会場の手配、出席者への招待に出席確認まで全部やったんでしょ。人に感謝するだけじゃなくて、僕たちにも感謝させてよ」
「え…」
彼女が言葉に詰まっていると、すぐそばに経っていた同級生らしい少女も、笑顔で彼女の肩を叩いた。
「酔雨、めっちゃ頑張ってたじゃん!白守さんもああ言ってるし、とりあえず皆さんに褒めてもらいな?」
「ちょ…春華!」
春華、と呼ばれた美形の少女は、立ち尽くす友人の身体を無理やり前へ押し、全員に呼びかけた。
「こちらは我が自慢の親友、宮野酔雨さんです!今回の1番の功労者かつ影の尽力者である彼女に、皆さんどうぞあたたかい拍手をお願いしま~す!」
「ねえ春華!やめ…」
パチパチパチパチ…
「…!」
初めは戸惑うように抵抗していた少女は、全員から贈られる大きな拍手に、驚いたように瞬きをした。
いつの間にか夕日の差し込んでいた大聖堂に、他でもない賞賛の音が響き渡る。
皆は、笑顔だった。眩しいほどに。
「…皆さんありがとうございました…ってええ!?酔雨、なに泣いてんの!!」
「いや、ごめん…何か今まで、〝まだいける〟とか、〝皆さんに迷惑をかけるくらいなら私が全部やる〟とか、〝私程度の仕事なんて引き立て役でしかない〟とかって思ってたから…」
地味で、目立たない努力しかできない自分。
いつも要領ばかり悪くて、褒められない自分。
そんな自分を、どこか諦めている節があったのに。
思いがけなく寄せられたこの笑顔と好意は、
とっても、あたたかいものだった。
この後、メンバーたちの手によって、あっという間に会場設営が行われることとなる。
その様子をステンドグラス越しに眺めていた黒猫は、あくびをして森へと立ち去った。
ちなみに酔雨の涙の後に、
「……一番の功労者は…絶対私たちだと…痛っ!」
「スッピー、流石に大人げない」
「ちょいマルカート、チョップもかなり大人げないよ」
なんて小競り合いがあったのは、また別のお話。
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