蜂蜜入りの、温かいしょうが湯を口に含む。
いつもの配信を、いつもとは違う空間で行う…そんな独特の緊張感が、彼女にこころよい武者震いを与えていた。
声帯に負担をかけないよう、頭は水平方向から数えて15°の位置に固定。滑舌のチェックをして、いつも通りの、高い声を作る。
「どうも、こんばわなのだ!えじぇなのだ〜!」
…発声、機材共に問題ナシ。少しほっとした様子のスタジオで、今日も配信は始まった。
数時間前。
「えっ、イチゴがまだ届いてない!?」
スタジオ入りしたえじぇるは、思わず大きな声を出してしまったことに気づき、慌てて口を塞いだ。
今日は初めてのスタジオを借りての料理配信。企画は、特大ケーキを作るというものである。
数刻ほど前に既に準備を整えていたあんじゅとアンサスは、魂の抜けたような、覇気のない顔でほぼ同時に頷いた。
「運送会社の方に確認したところ、送り主様が宛名を間違えていたみたいなんです」
アンサスの力ない説明に、えじぇるは慌てて返す。
「じゃ…じゃあ早く連絡しないとじゃん!」
「それはもうやった。ただ…春乃さん―送り主さんね。家が、めっちゃ遠くて。配信時間に間に合わないそうで」
続くあんじゅの言葉を、えじぇるは一瞬理解できなかった。
「イチゴ届くまで、時間稼いでくれる?」
…
……
………
「はああああああああああ!?」
そして、冒頭に戻る。
「今日はお料理配信なのだ〜!」
□何作るの〜?
□料理とかヘタそう笑 ¥500
□かわいいから包丁で手切って
「きょっ…狂気を感じるコメントが来たのだ…手は絶対、絶ーっ対切らないのだ!
あとそこのスパチャのお前え!これでも自炊はしてんだからな!?えじぇのこと舐めてたら、マジでヤケドするのだ!」
□なるほど手は切らないがヤケドはすると
□で?何作んの
□なんか今日コメ読み上げ多くね?
うげ、バレそう…
えじぇるは心のなかでしかめ面をする。
作戦其の一、リスナー絡み多め。
コメントを多めに読み上げ、いちいち尺をとって反応することで時間を稼ぐ。
ついでにリスナーも、認知されて嬉しいというWin-Win。
「今日作るお料理はね、け…いや、クイズにするのだ!当てられた人には投げキッスなのだ!」
□なんか一文字言いかけてなかった?
□賞品は投げキッスか…唆る
□微妙だな笑
□ここでクイズとかテンポ悪くね?
……そうだよな…テンポ悪いよな…
「じゃあ、ルールをちょっと変えるのだ!えじぇがコメント番号を事前に指定するから、そのコメントで「はい」か「いいえ」だけで答えられる質問してほしいのだ」
□安価か
□安価知らない人にも優しい説明
□質問数と番号は?
「えーっとじゃあ、質問は5つまでで!番号は…よし!直感で決めたのだ!360、389、407、421、ん~~……いっそ600行っちゃえ!さ、スタートなのだ!」
□360 お菓子?
「お、早速核心をついた質問に当たったのだ。これは〜…「はい」!」
作戦其の二、参加型ミニゲーム。
些細なこともゲーム形式にすることで、尺を大幅に延ばす大技。やりすぎると飽きられそうなので、気をつけよう。
□389 今履いてる靴下の色は何色ですか
「…ん?いや…ごめん、これはちょっとツッコミどころ多すぎるのだ。えっとまず…「はい」か「いいえ」で答えられる質問つってんだろが!
あと何?靴下?靴下…いや、こういう時って普通下着の色聞くもんじゃないのだ?よくわかんないけどなんかこういうヤツが一番危ない気がするのだ!
…あと最後!これノーカンじゃないぞ!貴重な質問5つのうち1つを無駄にしたのだな!はっはっは!…………ちなみに黒なのだ」
□どうどう、ヒッポグリフ!
□ツッコまない夜を知らない
□じゃあ俺たちはボケループ
□↑草
□靴下は黒だそうだぞ、満足したか<<389
□[明朝体]はい、とっても[/明朝体]
□めっちゃ満足してるぞコイツ
□キモe
いいぞいいぞ、コメント欄も盛り上がってる。
このまま引っ張れれば…
□407 ケーキですか?
「ふぐぅっ!」
敢えなく作戦其の二は、不発に終わった。
その後も、
「今日は“ライブエディタ”さんのキッチンを借りてるのだ!黒手袋したままで申し訳ないけど、広すぎて迷子になりかねないから始めにちょっと探索してみるのだ」
無理やりな理由でルームツアーを挟んだり、
「さ、小麦粉開け…ぶふっ、へっくし!」
いちいち細かくハプニング演出を挟んだり、
「抹茶クリームは事前に頼んで作ってもらったのだ。送ってくれた方によると、銘は「萌緑春」で、えーっと1gあたり…きゅうじゅう、ごえん?……え?耳かき1杯分で百円近いってこと…?」
豆知識を挟んで驚かせるつもりが、本人がわりとガチトーンでビビったり、
「“ハンカチの色は何色ですか”って…マジでこの配信、変態しかいねーのだ?」
相変わらずコメントを拾いまくったり。
作業を進めながらも次々と策を弄するえじぇるのプロ根性に、その日スタジオにいたスタッフ全員が、感動と尊敬の涙を浮かべたという。
もちろん、あんじゅとアンサスも。
そして、その時は来た。
「マジですんまへん。俺のポカでご迷惑かけました」
小声でやたらと腰が低い金髪のガラの悪い青年によって、イチゴは、届いた。
[小文字]「イチゴ、届きました!」[/小文字]
[小文字]「時間稼ぎお疲れ様!」[/小文字]
えじぇるに向かって、天使仲間2人が小声で呼びかける。えじぇるもそれに気づき、人知れず安堵のため息をついた。
終わったああ〜……
「はい!焼き上がりを待ってられないので、スポンジは完成したものがこちらに用意してあります!これにコーティングやらなんやら諸々して、イチゴ洗って切って乗っけて…特大抹茶ケーキの完成なのだ!」
□急にどうした笑
□今までが嘘みてーなスピードwww
□完成おめでとー! ¥50000
□めっちゃ手際良かった ¥50000
□今日ボリューミーでおもろかった! ¥50000
「おぼぼばばああぁぁぁあ!?エグい量の赤スパありがとなのだ!」
バーチャルを通して札束でビンタされているような錯覚を覚えるほどの、赤スパの嵐。
本気でビビりながら感謝するえじぇるを照らす、そのスポットライトの陰には。
人知れず満足気に頷く、2人の天使の姿があった。
「配信、お疲れ様!」
「ほんっとに疲れた!なに時間稼ぎって!私がプロだからなんとか上手くいったけど…あんなんもうほぼ無茶ぶりだからね!?」
「お疲れ様でした!ちょっと泣きそうになりました…」
アンサスが、花束を手渡した。
「さ、コレで終わりじゃないよ!今作ったケーキは、〝あの子〟のためのモノなんだから。とっとと会場に運ぼ運ぼ!」
3人の天使は、半ば急かされるようにして、優しく灯る祝福のライムライトの下から駆け出していった。
いつもの配信を、いつもとは違う空間で行う…そんな独特の緊張感が、彼女にこころよい武者震いを与えていた。
声帯に負担をかけないよう、頭は水平方向から数えて15°の位置に固定。滑舌のチェックをして、いつも通りの、高い声を作る。
「どうも、こんばわなのだ!えじぇなのだ〜!」
…発声、機材共に問題ナシ。少しほっとした様子のスタジオで、今日も配信は始まった。
数時間前。
「えっ、イチゴがまだ届いてない!?」
スタジオ入りしたえじぇるは、思わず大きな声を出してしまったことに気づき、慌てて口を塞いだ。
今日は初めてのスタジオを借りての料理配信。企画は、特大ケーキを作るというものである。
数刻ほど前に既に準備を整えていたあんじゅとアンサスは、魂の抜けたような、覇気のない顔でほぼ同時に頷いた。
「運送会社の方に確認したところ、送り主様が宛名を間違えていたみたいなんです」
アンサスの力ない説明に、えじぇるは慌てて返す。
「じゃ…じゃあ早く連絡しないとじゃん!」
「それはもうやった。ただ…春乃さん―送り主さんね。家が、めっちゃ遠くて。配信時間に間に合わないそうで」
続くあんじゅの言葉を、えじぇるは一瞬理解できなかった。
「イチゴ届くまで、時間稼いでくれる?」
…
……
………
「はああああああああああ!?」
そして、冒頭に戻る。
「今日はお料理配信なのだ〜!」
□何作るの〜?
□料理とかヘタそう笑 ¥500
□かわいいから包丁で手切って
「きょっ…狂気を感じるコメントが来たのだ…手は絶対、絶ーっ対切らないのだ!
あとそこのスパチャのお前え!これでも自炊はしてんだからな!?えじぇのこと舐めてたら、マジでヤケドするのだ!」
□なるほど手は切らないがヤケドはすると
□で?何作んの
□なんか今日コメ読み上げ多くね?
うげ、バレそう…
えじぇるは心のなかでしかめ面をする。
作戦其の一、リスナー絡み多め。
コメントを多めに読み上げ、いちいち尺をとって反応することで時間を稼ぐ。
ついでにリスナーも、認知されて嬉しいというWin-Win。
「今日作るお料理はね、け…いや、クイズにするのだ!当てられた人には投げキッスなのだ!」
□なんか一文字言いかけてなかった?
□賞品は投げキッスか…唆る
□微妙だな笑
□ここでクイズとかテンポ悪くね?
……そうだよな…テンポ悪いよな…
「じゃあ、ルールをちょっと変えるのだ!えじぇがコメント番号を事前に指定するから、そのコメントで「はい」か「いいえ」だけで答えられる質問してほしいのだ」
□安価か
□安価知らない人にも優しい説明
□質問数と番号は?
「えーっとじゃあ、質問は5つまでで!番号は…よし!直感で決めたのだ!360、389、407、421、ん~~……いっそ600行っちゃえ!さ、スタートなのだ!」
□360 お菓子?
「お、早速核心をついた質問に当たったのだ。これは〜…「はい」!」
作戦其の二、参加型ミニゲーム。
些細なこともゲーム形式にすることで、尺を大幅に延ばす大技。やりすぎると飽きられそうなので、気をつけよう。
□389 今履いてる靴下の色は何色ですか
「…ん?いや…ごめん、これはちょっとツッコミどころ多すぎるのだ。えっとまず…「はい」か「いいえ」で答えられる質問つってんだろが!
あと何?靴下?靴下…いや、こういう時って普通下着の色聞くもんじゃないのだ?よくわかんないけどなんかこういうヤツが一番危ない気がするのだ!
…あと最後!これノーカンじゃないぞ!貴重な質問5つのうち1つを無駄にしたのだな!はっはっは!…………ちなみに黒なのだ」
□どうどう、ヒッポグリフ!
□ツッコまない夜を知らない
□じゃあ俺たちはボケループ
□↑草
□靴下は黒だそうだぞ、満足したか<<389
□[明朝体]はい、とっても[/明朝体]
□めっちゃ満足してるぞコイツ
□キモe
いいぞいいぞ、コメント欄も盛り上がってる。
このまま引っ張れれば…
□407 ケーキですか?
「ふぐぅっ!」
敢えなく作戦其の二は、不発に終わった。
その後も、
「今日は“ライブエディタ”さんのキッチンを借りてるのだ!黒手袋したままで申し訳ないけど、広すぎて迷子になりかねないから始めにちょっと探索してみるのだ」
無理やりな理由でルームツアーを挟んだり、
「さ、小麦粉開け…ぶふっ、へっくし!」
いちいち細かくハプニング演出を挟んだり、
「抹茶クリームは事前に頼んで作ってもらったのだ。送ってくれた方によると、銘は「萌緑春」で、えーっと1gあたり…きゅうじゅう、ごえん?……え?耳かき1杯分で百円近いってこと…?」
豆知識を挟んで驚かせるつもりが、本人がわりとガチトーンでビビったり、
「“ハンカチの色は何色ですか”って…マジでこの配信、変態しかいねーのだ?」
相変わらずコメントを拾いまくったり。
作業を進めながらも次々と策を弄するえじぇるのプロ根性に、その日スタジオにいたスタッフ全員が、感動と尊敬の涙を浮かべたという。
もちろん、あんじゅとアンサスも。
そして、その時は来た。
「マジですんまへん。俺のポカでご迷惑かけました」
小声でやたらと腰が低い金髪のガラの悪い青年によって、イチゴは、届いた。
[小文字]「イチゴ、届きました!」[/小文字]
[小文字]「時間稼ぎお疲れ様!」[/小文字]
えじぇるに向かって、天使仲間2人が小声で呼びかける。えじぇるもそれに気づき、人知れず安堵のため息をついた。
終わったああ〜……
「はい!焼き上がりを待ってられないので、スポンジは完成したものがこちらに用意してあります!これにコーティングやらなんやら諸々して、イチゴ洗って切って乗っけて…特大抹茶ケーキの完成なのだ!」
□急にどうした笑
□今までが嘘みてーなスピードwww
□完成おめでとー! ¥50000
□めっちゃ手際良かった ¥50000
□今日ボリューミーでおもろかった! ¥50000
「おぼぼばばああぁぁぁあ!?エグい量の赤スパありがとなのだ!」
バーチャルを通して札束でビンタされているような錯覚を覚えるほどの、赤スパの嵐。
本気でビビりながら感謝するえじぇるを照らす、そのスポットライトの陰には。
人知れず満足気に頷く、2人の天使の姿があった。
「配信、お疲れ様!」
「ほんっとに疲れた!なに時間稼ぎって!私がプロだからなんとか上手くいったけど…あんなんもうほぼ無茶ぶりだからね!?」
「お疲れ様でした!ちょっと泣きそうになりました…」
アンサスが、花束を手渡した。
「さ、コレで終わりじゃないよ!今作ったケーキは、〝あの子〟のためのモノなんだから。とっとと会場に運ぼ運ぼ!」
3人の天使は、半ば急かされるようにして、優しく灯る祝福のライムライトの下から駆け出していった。
通報フォーム
この小説の著作権は団栗きんとんさんに帰属します