「…ってわけで、パーティーの本番は今夜だってさ」
ややガサツそうな女性の声が、午後の光とあめ色の紅茶の香りに満たされた、小さな店内に響いた。
「そうですか。それなら、店を閉める必要はありませんね」
窓辺から少し離れたところに、重厚な木彫りの机がずしりと置いてある。その上には、とろとろとした光を放つシルクのクロス、そして煌めく宝石の粒。
片目に拡大鏡を嵌めて、その星粒を一粒一粒眺め磨く翠玉は、その作業の手を一切休めないままに答えた。
ここは世界の片すみの、どこか忘れ去られた場所。
悩んで足掻いて、…そして、生きることに疲れてしまった人間だけが迷い込む、小さな宝石屋。
「それで、贈る宝石は決まったのか」
珊瑚が、腕の瘡蓋をぽりぽりと掻きながらそう聞いた。ちなみにこの声は不機嫌そうにも聞こえるが、他でもない[漢字]これ[/漢字][ふりがな]・・[/ふりがな]が彼女の翠玉に対するデフォルトの態度なので、決して勘違いしてはいけない。
当然そんなことは分かりきっている翠玉は、穏やかな声で「もちろん」と答えた。
「今、ちょうど選別が終わったところです。これですよ」
彼の長細い指が、小さな宝石粒を摘まみ上げていた。
珊瑚が目を凝らすと、そこには、ショーウィンドウから差し込む光に照らされてきらきらと輝く宝石があった。かつて道端に寂しく咲いていた一輪の[漢字]菫[/漢字][ふりがな]すみれ[/ふりがな]が纏っていた、煌めく幾億もの星を映した夜露を、そのまま固めたような宝石。
「アイオライトです。変に捻らず、シンプルに3月の誕生石を贈ろうかと」
「へえ、いいじゃん。…でもあれ?3月の誕生石って、アクアマリンじゃなかったっけ?」
珊瑚がそう問うと、翠玉はにこりと笑って、再び作業に戻る。
「よく勉強していますね。確かにアクアマリンも3月の誕生石ですよ。名前の通り、透き通るような南海を思わせる美しい宝石ですね」
「それなら、なんでその…アイオライトの方を選んだんだよ」
ルーペが光を集めて、精密にカットされた極上の一粒が、決して傷まないように。その机には、決して直射日光を当ててはいけない。
「前言撤回です。やはり勉強が足りませんね。…簡単なことですよ、石言葉の問題ですから」
「ああ?お前は先生か何かか?」
翠玉の皮肉めいた言葉にやや苛立ちながらも、「石言葉」と聞いて、珊瑚は小走りで奥の部屋へと繋がるカーテンを開けた。
しばらくして戻ってきた珊瑚の手には、ビロードの表紙ばりの、古びた本が開かれていた。
「アクアマリン…は、勇敢、沈着、聡明。船乗りの幸運を祈る石。それで、アイオライトは…」
いつものガサツさに似合わない大切そうな手つきで、黄ばんで擦り切れそうになっているページをめくる。
あるページに辿りついたところで、珊瑚は急に口を噤んだ。
翠玉が、続ける。
「アイオライトの石言葉は「[漢字]道標[/漢字][ふりがな]みちしるべ[/ふりがな]」。
…この宝石を贈る相手である〝彼女〟は、最近卒業したばかりです。未来を見据えながらも、新しい環境に大きな不安を抱いています」
「…それで、「道標」?」
翠玉は返事の代わりに、微笑んだ。
黙々と作業を続ける彼のもとに、珊瑚が無言のまま、ゆっくりと歩み寄った。…そして。
「カッコつけてんなあおい!はっはっはっ、こりゃ贈られたヤツも喜ぶわ」
「ちょっ…珊瑚!作業中は揺らすなとあれほど…」
いきなり彼の髪の毛をくしゃりと握り、豪快に笑う珊瑚。
今日も〝メノウ〟は、そんな2人を見守るように、何粒もの宝石の神秘の輝きに満ちていた。
ややガサツそうな女性の声が、午後の光とあめ色の紅茶の香りに満たされた、小さな店内に響いた。
「そうですか。それなら、店を閉める必要はありませんね」
窓辺から少し離れたところに、重厚な木彫りの机がずしりと置いてある。その上には、とろとろとした光を放つシルクのクロス、そして煌めく宝石の粒。
片目に拡大鏡を嵌めて、その星粒を一粒一粒眺め磨く翠玉は、その作業の手を一切休めないままに答えた。
ここは世界の片すみの、どこか忘れ去られた場所。
悩んで足掻いて、…そして、生きることに疲れてしまった人間だけが迷い込む、小さな宝石屋。
「それで、贈る宝石は決まったのか」
珊瑚が、腕の瘡蓋をぽりぽりと掻きながらそう聞いた。ちなみにこの声は不機嫌そうにも聞こえるが、他でもない[漢字]これ[/漢字][ふりがな]・・[/ふりがな]が彼女の翠玉に対するデフォルトの態度なので、決して勘違いしてはいけない。
当然そんなことは分かりきっている翠玉は、穏やかな声で「もちろん」と答えた。
「今、ちょうど選別が終わったところです。これですよ」
彼の長細い指が、小さな宝石粒を摘まみ上げていた。
珊瑚が目を凝らすと、そこには、ショーウィンドウから差し込む光に照らされてきらきらと輝く宝石があった。かつて道端に寂しく咲いていた一輪の[漢字]菫[/漢字][ふりがな]すみれ[/ふりがな]が纏っていた、煌めく幾億もの星を映した夜露を、そのまま固めたような宝石。
「アイオライトです。変に捻らず、シンプルに3月の誕生石を贈ろうかと」
「へえ、いいじゃん。…でもあれ?3月の誕生石って、アクアマリンじゃなかったっけ?」
珊瑚がそう問うと、翠玉はにこりと笑って、再び作業に戻る。
「よく勉強していますね。確かにアクアマリンも3月の誕生石ですよ。名前の通り、透き通るような南海を思わせる美しい宝石ですね」
「それなら、なんでその…アイオライトの方を選んだんだよ」
ルーペが光を集めて、精密にカットされた極上の一粒が、決して傷まないように。その机には、決して直射日光を当ててはいけない。
「前言撤回です。やはり勉強が足りませんね。…簡単なことですよ、石言葉の問題ですから」
「ああ?お前は先生か何かか?」
翠玉の皮肉めいた言葉にやや苛立ちながらも、「石言葉」と聞いて、珊瑚は小走りで奥の部屋へと繋がるカーテンを開けた。
しばらくして戻ってきた珊瑚の手には、ビロードの表紙ばりの、古びた本が開かれていた。
「アクアマリン…は、勇敢、沈着、聡明。船乗りの幸運を祈る石。それで、アイオライトは…」
いつものガサツさに似合わない大切そうな手つきで、黄ばんで擦り切れそうになっているページをめくる。
あるページに辿りついたところで、珊瑚は急に口を噤んだ。
翠玉が、続ける。
「アイオライトの石言葉は「[漢字]道標[/漢字][ふりがな]みちしるべ[/ふりがな]」。
…この宝石を贈る相手である〝彼女〟は、最近卒業したばかりです。未来を見据えながらも、新しい環境に大きな不安を抱いています」
「…それで、「道標」?」
翠玉は返事の代わりに、微笑んだ。
黙々と作業を続ける彼のもとに、珊瑚が無言のまま、ゆっくりと歩み寄った。…そして。
「カッコつけてんなあおい!はっはっはっ、こりゃ贈られたヤツも喜ぶわ」
「ちょっ…珊瑚!作業中は揺らすなとあれほど…」
いきなり彼の髪の毛をくしゃりと握り、豪快に笑う珊瑚。
今日も〝メノウ〟は、そんな2人を見守るように、何粒もの宝石の神秘の輝きに満ちていた。
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