灰色に汚れた雨が、濁った空から絶えず落ちてくる。
世界の隅っこの、最底辺のスラム街。
ゴミと汚物の中で、[漢字]溝鼠[/漢字][ふりがな]どぶねずみ[/ふりがな]のようにしてそこに生きていたひとりの少女は、
…虚ろな瞳で、空を見つめていた。
だれも、たすけてはくれなかった。
いきるためには、なにをしてもしかたがなかった。
例えば、誰かから食べ物を奪ったり、住処を奪ったり。
腕力は無かったから、いつでも少女の武器は、その愛らしい笑みと巧みな弁舌だけだった。
国の全ての汚物が流れ込む川で、何度も水を飲んだ。
捨てられた食べ物があれば、たとえそれが腐っていたとしても喜んで食べた。
嵐のときは屋根のあるところでボロボロの毛布の切れ端にくるまって眠り、薬物の密売と人身売買を行っているあらくれ男たちが来たら、どこかに隠れてやり過ごす。
幼いときに口減らしのために捨てられた彼女は、そうやって生きてきた。
ずっと、ずっと。
数年後。
ある日、少女は日銭稼ぎのために行っていた露店で、とある紳士に声をかけられた。
どうしてこんな地獄のような場所にいらしたんですか、と言わんばかりの身綺麗な姿。傍にはこちらもすらりと洗練された出で立ちの用心棒が2人控えており、先ほどから、襲いかかる金目当てのごろつきたちを、軽く蹴散らしていた。
どこからどう見ても富裕層であるその初老の男性は、営業スマイルでニッコリと微笑む少女に、とある小箱を差し出した。ぱかりと開いたその美しい装飾の箱からは、見たこともないような高価そうな宝玉がでてきた。
「突然ですまないが、この玉に、手をかざしてみてくれないか」
言われるがままに手をかざすと、その宝玉はみるみるうちに、眩いばかりの光を放ち始めた。
店先から溢れ出す光に少女も紳士も絶句し、スラム街の住人たちはなんだなんだとばかりに覗き込む。
驚いたような表情で、控える従者たちと顔を見合わせる紳士。
「なんという…才能だ…!このスラム街に魔力持ちがいると噂には聞いていたが、これほどとは!
きみ!うちに…バルティカ家に、養女に来ないか!…きみの名前は!?」
「…ミゼ」
先ほどの光の残滓を瞳の端に追いながら、ぼんやりと、そう答えた。
それは、有象無象の集まった汚れた街の中でも、心優しい浮浪者やあらくれ男たちが付けてくれた、短い呼び名。
養女、という言葉の意味はなんとなくしか分からなかったが。
ミゼは「ごはんがたべられるなら、いいや」という気持ちだけでその提案を受け入れた。
その日から、何もかもが変わった。
まず、新しい名前を与えられた。養父となったディバス―ミゼに声をかけた紳士―は、愛称が今までの名前と同じままでいられるように、という配慮をしてくれた。
ミザリエ・S・バルティカ。
名家であるバルティカ家にふさわしい、高貴な響きの名前だった。
ミドルネームは亡くなったディバスの叔母からとり、ファーストネームは祖母の「ロザリア」を、ミゼの名前に合わせてもじったようだ。
食事にも、服にも、暖かな住処にも、困らなくなった。
…四六時中、教育係のメイドたちの監視付きだったが。
言葉遣いから何気ない仕草のすべてにいたるまで、貴族階級の、社交界のマナーを教えられ…否、無理矢理に叩き込まれた。
はじめの方こそディバスの言いつけで「ご主人様のお気に入りだから、丁重に扱いましょう」と言われていたものの、時が経つにつれ、彼女らの遠慮はなくなっていった。
少しでも一人称や言葉遣いを間違えれば、叱責が飛んでくる。大抵はひとりきりの豪勢な食卓でテーブルマナーを間違えれば、ナプキンではたかれる。老いた厳格でせせこましげな額の筆頭教育係は、まれにカトラリーを投げつけてくることもあった。
「良いのは見てくれだけね。本当にご主人様は、あの子のどこをお気に召したのかしら?」
そんなメイドの声が、物陰から聞こえてくることもあった。
「お父…様?」
「おお…ミゼ!しばらく会わないうちに、すっかり見違えたな」
その日ミゼは、ディバスの執務室に入っていった。
赤褐色の窮屈なベルベットと細やかなフリルをつまんで、たおやかに行うカーテシー。
コルセットのきつさに堪えながら、笑みを絶やさず、手招きをされるままに机へと向かう。
「私がミゼを引き取ってからしばらく、こうしてマナーの教育を受けさせたわけだが…どうだったかな?」
「ええ、大変貴重な経験をさせていただきました」
身についた笑顔を上品に浮かべた彼女に、ディバスはうんうんと鳶色の髭を動かし、満悦そうに微笑んだ。
「この短時間で、ここまで器用に身につけるとは…やはりこの才覚。これなら、この家の跡継ぎとしてふさわしいな」
渡された宝石箱には、優美な彫刻が施されていて、中には美しい6つの宝玉が入っていた。
ディバスの話によると。
バルティカ家は、魔法界の中でも「呪詛」魔法に卓越した一族として、代々呪術業を営んできた名家であった。
現在の当主・ディバスには3人の実子がいるものの、生まれつき全員が魔力量と才能に乏しかった。
彼は悩んだ末、身分に拘らずとにかく才能のある子どもを探しており、良い人材が見つかれば金に糸目をつけずに引き取って養育し、いずれ当主として跡を継がせるつもりであったそうだ。
「そういうわけだからミゼ、まずは一度稼業を実際に体験してみて、要領を掴んでみなさい。上2人には言っておいてあるから、分からないことがあればなんでも聞くんだよ。彼らは優しい子たちだから、きっと親切に教えてくれるだろう」
「はい、お父様」
ミゼは、にこやかに答えた。
「うう…ゔゔぅぅええ゙ぇ゙…うっ」
何もかもに耐えきれずに、人知れず吐く日が続いた。
げっそりと青白く痩せた顔を隠すように、明るい色の粉をはたいて唇を可愛らしい桃色に染め、取り繕うように笑顔で接した。
連日、だれかを呪いたい、という客が訪れる。目的は様々で、私利私欲のための客もいれば、対象に昔、ひどい目に遭わされた、という客もいた。
そしてそういった客は皆、術者に全ての負の感情を浴びせていく。
「親切な」長女と長男は、ミゼより年上であり、ことごとく[漢字]義妹[/漢字][ふりがな]いもうと[/ふりがな]への無視と嫌がらせを繰り返していた。
…そりゃあ、突然入ってきた血の繋がりのないチビに遺産と家督諸々を奪われたんだから、[漢字]義妹[/漢字][ふりがな]よそもの[/ふりがな]をいびりたくもなるでしょうね。
どこかでそう割り切ってはいたものの、そのどす黒い感情の負債は毎日、少しづつ蓄積していく。
罵詈雑言と悪意を凝り固めた黒々とした泥を、剥き出しの心臓に直接塗りたくられているようだった。
「ミジーちゃんは、ここから逃げるべきだと思う」
「えっ…何故、ですか?」
ミゼに与えられた部屋の、暗紫色の猫足のソファーに、2人の少女が並んで座っていた。
一人はミゼ、そしてもうひとりは…バルティカ家の、次女。
「だって…ここの稼業、完全にミジーちゃんには向いてないじゃん」
セスティニトーレ・フェレン。
3人の子どもたちの中の末っ子で、ミゼよりも年下。丸顔に大きなツリ目が特徴的で、気は強いがいつもミゼのことを気遣ってくれていた。ミジー、セシー…とあだ名で呼び合うまで仲が良いことは、長兄と長姉の前では秘密である。
よってこのミゼの部屋にふたりきりでいる時は、必然的に誰かに聞かれるわけにはいかない重要なことがらを話し合っていることが多い。
「ですが…お父様には、私のような呪詛の才能のある子が必要なのでしょう?ようやくお仕事にも慣れてきて、お客様にも概ねご満足いただけていますし…お姉様やお兄様にも、努力すればいずれ心を開いていただけるのでは…」
「はいそれ。第一に、お父様を気にするあまり自分の人生を制限することはない!
第二に、それは本当にやりがいか?優しいミジーちゃんにとって、人の命を奪うこともある今の仕事は苦痛なはずだ。生まれついた才覚は素晴らしいけど、自らの指一本でひとりの命を奪って、それで喜んでもらうだけって、あまりにもローリターンすぎないか。しかもあの歪んだきったねえ笑顔を見せられたところで…それはまあ良い。
第三に、兄と姉は絶対に心を開くことはない。このままミジーちゃんが来なかったとしても、家督と遺産を狙う争いで、3人のうち生き残ってるやつが何人いたことか。少なくともわたしはすぐ殺されてたはずだ」
彼女はいつでも明瞭に、はっきりと答える。
ひとつひとつ論点を明確にして、気弱さなど一欠片も見せないその喋り方は、いかにも「賢い人」という感じがする。
…お父様は、魔力量を抜きにして、商才のあるセシーさんを跡継ぎに据えればいいのではないかしら。
ミゼはいつも、そう思っていた。
とにかく、今日も今日とてミゼはセシーに言いくるめられてしまい、あれよあれよという間に脱出の計画が立てられたのだった。
数日後。
皆が寝静まる夜、ふたつの小さな人影が裏門近くにこそこそと駆け出していた。
買収して協力させた門番の手引きで、ミゼは必需品だけを持ち出し、屋敷から馬車で逃げ出すことになった。
「じゃあ、元気でね。6つ先の駅の街に、引き取り手を手配してあるから」
そう言って手をふるセシーに、ミゼは車上から必死に言った。
「あのっ、ありがとうございました!私…本当に、行ってしまっていいのか不安で」
「…ミジーちゃん、ずっと我慢してたんでしょ。毎日毎日、優しいあなたにとってはよっぽど心労が溜まってたんだよね。後のことはわたしに任せて。ミジ……ううん、お姉様!」
その言葉を最後に、彼女の…大切な[漢字]義妹[/漢字][ふりがな]いもうと[/ふりがな]の姿は、夜の遠い闇の中に、小さくなって消えていった。
「初めまして。あなたが予言の魔女様でいらっしゃいますか」
「初めまして、その通り。セスティニトーレから話は聞いているよ。いかんせん私のようなイリーガルなところにしか預けられないようだが…」
セシーからもらった地図を頼りにたどり着いたのは、森。鬱蒼と茂った、広大な森。
出迎えてくれたのは赤褐髪のすらりとした美しい少女で、シーラ、と名乗った。
流石に初対面の彼女に対して警戒心を抱かないのは無理というものだったが、
…そのきりりとした声が、セシーとそっくりで。
目の前にそびえ立つボロボロの館に戸惑いながらも、ミゼは軋んだ門を開けるシーラについて行った。
世界の隅っこの、最底辺のスラム街。
ゴミと汚物の中で、[漢字]溝鼠[/漢字][ふりがな]どぶねずみ[/ふりがな]のようにしてそこに生きていたひとりの少女は、
…虚ろな瞳で、空を見つめていた。
だれも、たすけてはくれなかった。
いきるためには、なにをしてもしかたがなかった。
例えば、誰かから食べ物を奪ったり、住処を奪ったり。
腕力は無かったから、いつでも少女の武器は、その愛らしい笑みと巧みな弁舌だけだった。
国の全ての汚物が流れ込む川で、何度も水を飲んだ。
捨てられた食べ物があれば、たとえそれが腐っていたとしても喜んで食べた。
嵐のときは屋根のあるところでボロボロの毛布の切れ端にくるまって眠り、薬物の密売と人身売買を行っているあらくれ男たちが来たら、どこかに隠れてやり過ごす。
幼いときに口減らしのために捨てられた彼女は、そうやって生きてきた。
ずっと、ずっと。
数年後。
ある日、少女は日銭稼ぎのために行っていた露店で、とある紳士に声をかけられた。
どうしてこんな地獄のような場所にいらしたんですか、と言わんばかりの身綺麗な姿。傍にはこちらもすらりと洗練された出で立ちの用心棒が2人控えており、先ほどから、襲いかかる金目当てのごろつきたちを、軽く蹴散らしていた。
どこからどう見ても富裕層であるその初老の男性は、営業スマイルでニッコリと微笑む少女に、とある小箱を差し出した。ぱかりと開いたその美しい装飾の箱からは、見たこともないような高価そうな宝玉がでてきた。
「突然ですまないが、この玉に、手をかざしてみてくれないか」
言われるがままに手をかざすと、その宝玉はみるみるうちに、眩いばかりの光を放ち始めた。
店先から溢れ出す光に少女も紳士も絶句し、スラム街の住人たちはなんだなんだとばかりに覗き込む。
驚いたような表情で、控える従者たちと顔を見合わせる紳士。
「なんという…才能だ…!このスラム街に魔力持ちがいると噂には聞いていたが、これほどとは!
きみ!うちに…バルティカ家に、養女に来ないか!…きみの名前は!?」
「…ミゼ」
先ほどの光の残滓を瞳の端に追いながら、ぼんやりと、そう答えた。
それは、有象無象の集まった汚れた街の中でも、心優しい浮浪者やあらくれ男たちが付けてくれた、短い呼び名。
養女、という言葉の意味はなんとなくしか分からなかったが。
ミゼは「ごはんがたべられるなら、いいや」という気持ちだけでその提案を受け入れた。
その日から、何もかもが変わった。
まず、新しい名前を与えられた。養父となったディバス―ミゼに声をかけた紳士―は、愛称が今までの名前と同じままでいられるように、という配慮をしてくれた。
ミザリエ・S・バルティカ。
名家であるバルティカ家にふさわしい、高貴な響きの名前だった。
ミドルネームは亡くなったディバスの叔母からとり、ファーストネームは祖母の「ロザリア」を、ミゼの名前に合わせてもじったようだ。
食事にも、服にも、暖かな住処にも、困らなくなった。
…四六時中、教育係のメイドたちの監視付きだったが。
言葉遣いから何気ない仕草のすべてにいたるまで、貴族階級の、社交界のマナーを教えられ…否、無理矢理に叩き込まれた。
はじめの方こそディバスの言いつけで「ご主人様のお気に入りだから、丁重に扱いましょう」と言われていたものの、時が経つにつれ、彼女らの遠慮はなくなっていった。
少しでも一人称や言葉遣いを間違えれば、叱責が飛んでくる。大抵はひとりきりの豪勢な食卓でテーブルマナーを間違えれば、ナプキンではたかれる。老いた厳格でせせこましげな額の筆頭教育係は、まれにカトラリーを投げつけてくることもあった。
「良いのは見てくれだけね。本当にご主人様は、あの子のどこをお気に召したのかしら?」
そんなメイドの声が、物陰から聞こえてくることもあった。
「お父…様?」
「おお…ミゼ!しばらく会わないうちに、すっかり見違えたな」
その日ミゼは、ディバスの執務室に入っていった。
赤褐色の窮屈なベルベットと細やかなフリルをつまんで、たおやかに行うカーテシー。
コルセットのきつさに堪えながら、笑みを絶やさず、手招きをされるままに机へと向かう。
「私がミゼを引き取ってからしばらく、こうしてマナーの教育を受けさせたわけだが…どうだったかな?」
「ええ、大変貴重な経験をさせていただきました」
身についた笑顔を上品に浮かべた彼女に、ディバスはうんうんと鳶色の髭を動かし、満悦そうに微笑んだ。
「この短時間で、ここまで器用に身につけるとは…やはりこの才覚。これなら、この家の跡継ぎとしてふさわしいな」
渡された宝石箱には、優美な彫刻が施されていて、中には美しい6つの宝玉が入っていた。
ディバスの話によると。
バルティカ家は、魔法界の中でも「呪詛」魔法に卓越した一族として、代々呪術業を営んできた名家であった。
現在の当主・ディバスには3人の実子がいるものの、生まれつき全員が魔力量と才能に乏しかった。
彼は悩んだ末、身分に拘らずとにかく才能のある子どもを探しており、良い人材が見つかれば金に糸目をつけずに引き取って養育し、いずれ当主として跡を継がせるつもりであったそうだ。
「そういうわけだからミゼ、まずは一度稼業を実際に体験してみて、要領を掴んでみなさい。上2人には言っておいてあるから、分からないことがあればなんでも聞くんだよ。彼らは優しい子たちだから、きっと親切に教えてくれるだろう」
「はい、お父様」
ミゼは、にこやかに答えた。
「うう…ゔゔぅぅええ゙ぇ゙…うっ」
何もかもに耐えきれずに、人知れず吐く日が続いた。
げっそりと青白く痩せた顔を隠すように、明るい色の粉をはたいて唇を可愛らしい桃色に染め、取り繕うように笑顔で接した。
連日、だれかを呪いたい、という客が訪れる。目的は様々で、私利私欲のための客もいれば、対象に昔、ひどい目に遭わされた、という客もいた。
そしてそういった客は皆、術者に全ての負の感情を浴びせていく。
「親切な」長女と長男は、ミゼより年上であり、ことごとく[漢字]義妹[/漢字][ふりがな]いもうと[/ふりがな]への無視と嫌がらせを繰り返していた。
…そりゃあ、突然入ってきた血の繋がりのないチビに遺産と家督諸々を奪われたんだから、[漢字]義妹[/漢字][ふりがな]よそもの[/ふりがな]をいびりたくもなるでしょうね。
どこかでそう割り切ってはいたものの、そのどす黒い感情の負債は毎日、少しづつ蓄積していく。
罵詈雑言と悪意を凝り固めた黒々とした泥を、剥き出しの心臓に直接塗りたくられているようだった。
「ミジーちゃんは、ここから逃げるべきだと思う」
「えっ…何故、ですか?」
ミゼに与えられた部屋の、暗紫色の猫足のソファーに、2人の少女が並んで座っていた。
一人はミゼ、そしてもうひとりは…バルティカ家の、次女。
「だって…ここの稼業、完全にミジーちゃんには向いてないじゃん」
セスティニトーレ・フェレン。
3人の子どもたちの中の末っ子で、ミゼよりも年下。丸顔に大きなツリ目が特徴的で、気は強いがいつもミゼのことを気遣ってくれていた。ミジー、セシー…とあだ名で呼び合うまで仲が良いことは、長兄と長姉の前では秘密である。
よってこのミゼの部屋にふたりきりでいる時は、必然的に誰かに聞かれるわけにはいかない重要なことがらを話し合っていることが多い。
「ですが…お父様には、私のような呪詛の才能のある子が必要なのでしょう?ようやくお仕事にも慣れてきて、お客様にも概ねご満足いただけていますし…お姉様やお兄様にも、努力すればいずれ心を開いていただけるのでは…」
「はいそれ。第一に、お父様を気にするあまり自分の人生を制限することはない!
第二に、それは本当にやりがいか?優しいミジーちゃんにとって、人の命を奪うこともある今の仕事は苦痛なはずだ。生まれついた才覚は素晴らしいけど、自らの指一本でひとりの命を奪って、それで喜んでもらうだけって、あまりにもローリターンすぎないか。しかもあの歪んだきったねえ笑顔を見せられたところで…それはまあ良い。
第三に、兄と姉は絶対に心を開くことはない。このままミジーちゃんが来なかったとしても、家督と遺産を狙う争いで、3人のうち生き残ってるやつが何人いたことか。少なくともわたしはすぐ殺されてたはずだ」
彼女はいつでも明瞭に、はっきりと答える。
ひとつひとつ論点を明確にして、気弱さなど一欠片も見せないその喋り方は、いかにも「賢い人」という感じがする。
…お父様は、魔力量を抜きにして、商才のあるセシーさんを跡継ぎに据えればいいのではないかしら。
ミゼはいつも、そう思っていた。
とにかく、今日も今日とてミゼはセシーに言いくるめられてしまい、あれよあれよという間に脱出の計画が立てられたのだった。
数日後。
皆が寝静まる夜、ふたつの小さな人影が裏門近くにこそこそと駆け出していた。
買収して協力させた門番の手引きで、ミゼは必需品だけを持ち出し、屋敷から馬車で逃げ出すことになった。
「じゃあ、元気でね。6つ先の駅の街に、引き取り手を手配してあるから」
そう言って手をふるセシーに、ミゼは車上から必死に言った。
「あのっ、ありがとうございました!私…本当に、行ってしまっていいのか不安で」
「…ミジーちゃん、ずっと我慢してたんでしょ。毎日毎日、優しいあなたにとってはよっぽど心労が溜まってたんだよね。後のことはわたしに任せて。ミジ……ううん、お姉様!」
その言葉を最後に、彼女の…大切な[漢字]義妹[/漢字][ふりがな]いもうと[/ふりがな]の姿は、夜の遠い闇の中に、小さくなって消えていった。
「初めまして。あなたが予言の魔女様でいらっしゃいますか」
「初めまして、その通り。セスティニトーレから話は聞いているよ。いかんせん私のようなイリーガルなところにしか預けられないようだが…」
セシーからもらった地図を頼りにたどり着いたのは、森。鬱蒼と茂った、広大な森。
出迎えてくれたのは赤褐髪のすらりとした美しい少女で、シーラ、と名乗った。
流石に初対面の彼女に対して警戒心を抱かないのは無理というものだったが、
…そのきりりとした声が、セシーとそっくりで。
目の前にそびえ立つボロボロの館に戸惑いながらも、ミゼは軋んだ門を開けるシーラについて行った。
- 1.序章 Witches in the evening
- 2.夢幻の恋・前編 担当占い師:リーエ
- 3.夢幻の恋・中編 担当占い師:リーエ
- 4.夢幻の恋・後編 担当占い師:リーエ
- 5.幕間 a noble which in the kitchen
- 6.無気力ワットエバー・前編 担当占い師:ミゼ
- 7.無気力ワットエバー・中編 担当占い師:ミゼ
- 8.無気力ワットエバー・後編 担当占い師:ミゼ
- 9.幕間 a genius witch in the ritual room
- 10.兎の耳に掛けた鍵・前編 担当占い師:シーラ
- 11.兎の耳に掛けた鍵・中編 担当占い師:シーラ
- 12.兎の耳に掛けた鍵・後編 担当占い師:シーラ
- 13.幕間 a curious witch in the garden
- 14.背信と棄義のワルツ・前編 担当占い師:リーエ
- 15.背信と棄義のワルツ・中編 担当占い師:リーエ
- 16.背信と棄義のワルツ・後編 担当占い師:リーエ
- 17.間章 Witches in the night
- 18.クレペリン式遁走譚・前編 担当占い師:リーエ
- 19.クレペリン式遁走譚・中編 担当占い師:リーエ
- 20.クレペリン式遁走譚・後編 担当占い師:リーエ
- 21.幕間 the inside story of pure witch 〜リーエのひみつ〜
- 22.限局性漫劇のすゝめ・前編 担当占い師:ミゼ
- 23.限局性漫劇のすゝめ・中編 担当占い師:ミゼ
- 24.限局性漫劇のすゝめ・後編 担当占い師:ミゼ
- 25.幕間 the inside story of cursed witch 〜ミゼのひみつ〜
- 26.ハルモニア・前編 担当占い師:シーラ
- 27.ハルモニア・中編 担当占い師:シーラ