ミラと握手を交わしたアレンは、促されるままに酒場の中央にある大きな丸テーブルへと移動した。
テーブルの上には、古びた羊皮紙の地図が広げられている。オルコットの村を中心とした周辺の地形図だ。
ミラ「さて、挨拶代わりにガザが醜態を晒したところで、本題に入りましょうか」
ミラが冷ややかな視線を向けると、ガザは居心地悪そうに大盾の陰に身を隠した。先ほどまでの威勢は見る影もない。
ミラ「アレン、ヤハトからの手紙で大まかな概要は聞いていると思うけれど、明日の作戦の詳細を説明するわ。――ガザ、へばってないで地図の端を持ちなさい」
ガザ「へいへい...」
ガザが大きな手で地図を固定する。ミラは懐からいくつかの木駒を取り出し、地図の上に置いた。
ミラ「巨人が封印されているのは、この村から北へ約500メートルの場所にある『嘆きの谷』。現在はヤハトの部下たちが結界の維持を試みているけれど、明日の11時45分にこちらの手で結界を解除する儀式を始める。丁度正午に封印が解けるわ。
あんたは正午に万全の状態で合流して。間違っても巨人に最初のターゲットにされないように。万全の状態で巨人の相手をして貰いたいから。」
アレンは黙って地図を見つめる。谷の地形は狭く、巨人のような巨体が暴れ回るにはいささか窮屈に見えた。
アレン「......その狭い谷の中で、動きを止めるの?」
ミラ「ええ。巨人はその巨体ゆえに、狭い谷間では方向転換や大きな足元への攻撃が制限されるわ。そこを突く。前衛の役割は大きく分けて二つ。」
ミラは青い木駒を指で叩いた。
ミラ「私を含めた遊撃班がヒット&アウェイで巨人の視線を誘導し、注意を引く。そして――」
ガザ「俺の出番、ってわけだな」
ガザが野太い声で割り込んだ。その顔には、先ほどアレンに気圧された恐怖を拭い去ろうとするような、戦士としての意地が見え隠れしている。
ガザ「俺の大盾とスキルで、奴の足を完全に止める。完全には受けれねぇから受け流す方向になるが、一歩も引く気はねえよ。」
ミラ「そういうこと。ガザが巨人の突進を受け止め、私たちが動きを縛る。......だけど、それも持って数分がいいところよ。巨人の怪力と、何よりその魔法耐性が厄介極まりないわ。私たちの攻撃魔法は効かない。物理攻撃も、奴の硬皮を前にすれば爪楊枝のようなものね。だから――」
ミラの視線が、真っ直ぐにアレンへと注がれた。
ミラ「あんたが回復魔法を叩き込む、一瞬の隙を作る。それが私たちの全精力を懸けた仕事よ。アレン、最大出力での魔法発動までに、どれくらいの時間がかかる?」
アレンは少し視線を落とし、自身の内にある膨大な魔力の海を計るように数秒、沈黙した。まだ胸の奥には、ガザに侮られた不快感と、キルンを想う焦燥による冷たい怒りが燻っている。
アレン「......前衛が完全に動きを止めてから、最短で3秒。確実に肉体を崩壊させる出力を練り上げるなら、5秒。」
ミラ「5秒ね......。巨人を前にしての5秒は永遠のようだけど、やってみせるわ。皆、いいわね!」
「応!」と、酒場にいた戦士たちが力強く拳を突き上げる。ガザもまた、アレンを認めざるを得ないといった表情で、神妙に頷いた。
アレン「分かったわ。私はあなたたちが作った隙を、絶対に逃さない。」
冷徹な、しかし確固たる決意を秘めたアレンの声に、ミラは満足そうに微笑んだ。
作戦会議が一段落し、各自が明日に備えて武器の点検や休息に入った。
[水平線]
翌日、アレンは単身、約束の地へと向けて道中の森を歩いていた。
肌にまとわりつくような、不穏な空気が満ちている。
――静かすぎる。
耳を澄ませても、風に揺れる葉の音以外、何の音も聞こえてこない。
鳥のさえずりや虫の羽音が一切ないこと自体は、決して、おかしなことではなかった。この先に封印されているという巨人の、禍々しいプレッシャーを察知して、野生の生き物たちが逃げ出したのだと考えれば辻褄が合う。
問題は、そこではない。
これほど近づいているというのに、人間の気配をまったく感じないことだ。
アレン「......封印が想定よりも速く解け、全滅した...?」
自身の口から出た最悪の仮定に、アレンの端正な眉がわずかに潜められる。
今は11時55分を回ったところだ。ミラの言葉が確かなら、今はちょうどヤハトの部下たちが結界の維持に全力を注ぎ、ミラたち遊撃班やガザが配置についている時間帯のはずだった。
生き残りの怒号はおろか、巨人の咆哮すら聞こえなアレンは小さく息を吐き出すと、胸の奥で燻る焦燥を冷徹な魔力で押し殺した。ここで足を止める選択肢はない。彼女の目的はキルンの奪還であり、そのためにこの巨人を、そして立ち塞がるすべてを排除すると決めていた。
アレン「......確かめるしかないわね」
衣服の擦れる音すら最小限に抑え、アレンは影のように木々の間をすり抜けていく。速度を上げながらも、全神経を周囲の索敵に集中させた。い静寂。それが逆に、すでに勝負が決してしまった後のような不気味さを醸し出している。
――あった。
嘆きの谷の手前、およそ百メートル。
微かな、しかし決定的な鉄の臭いが風に乗って鼻腔を突いた。血の臭いだ。それも、一人や二人のものではない。
さらに数歩進んだところで、アレンの足がピタリと止まる。
視線の先、引き裂かれた低木の根元に、転がっているものがあった。
それは、昨日酒場で威勢よく拳を突き上げていた戦士の一人が身に付けていた、独特な装飾の施された肩当てだった。べっとりと赤黒い液体が付着し、主を失ったそれは無惨にひしゃげている。
周囲を見渡せば、抉られた地面、へし折られた巨木、そして――争った形跡のままに物言わぬ肉塊となった、数十人の兵士たちの姿。
アレン「結界の解除を待たずに、中から破られた......?」
いや、それにしては不自然だった。
死体の傷口はどれも深く、一撃で命を奪われたようだが、巨人の圧倒的な怪力で押し潰されたというよりは、何か巨大な刃物で切り裂かれたように見える。
[大文字][太字]グ、オォォォォォォォォォォォッ!!!!![/太字][/大文字]
地響きと共に響き渡ったのは、人間のそれではない。鼓膜を直接叩き割るような、獣ともつかぬ地鳴りのような絶叫。――巨人の声だ。
だがその咆哮には、怒りや威嚇ではなく、明らかに困惑と、耳を疑うような「断末魔の悲鳴」が混じっていた。
アレン「何が起きているの......!?」
アレンの瞳に鋭い光が宿る。ただ事ではない。彼女は大地を強く蹴り、血臭の漂う森を一気に駆け抜けた。
視界が急に開ける。そこが嘆きの谷だった。
狭い谷間に足を踏み入れた瞬間、アレンの目に飛び込んできたのは、到底信じがたい光景だった。
アレン「……っ」
冷徹な彼女が、思わず息を呑む。
谷の中央。見上げるほどに巨大な、岩のような硬皮に覆われた巨人が、そこにいた。
いや――正確には、その死体が。
巨人の巨体は、脳天から股の間に向けて、恐ろしいほどの力で縦一文字に、綺麗に真っ二つに切り裂かれていた。
左右に分かれた肉塊が、まだ自身の死を理解していないかのように、ゆっくりと左右に傾いていく。
ドサリと、莫大な質量を持った肉が左右の岩壁に激突し、大量の赤黒い血が豪雨のように谷底へと降り注いだ。
硬皮を前にすれば人間の攻撃など爪楊枝だと言った、ミラの言葉が脳裏をよぎる。
通常の物理攻撃では薄皮一枚程度を傷付けるのが関の山。攻撃魔法すら弾く高い魔力耐性を持った化物を、一撃で縦に両断する。そんな芸当ができる存在が、この場にいる。
降り注ぐ血の雨の向こう、立ち上る白煙の奥に、アレンの視線は吸い寄せられた。
そこには、大きな斧を背負った赤い髪の男がいた。
翠の瞳を持った、まるでキルンのような姿形をした男が。
第24話「狂う計画」終
次回 第25話「斧男vs.アレン」
テーブルの上には、古びた羊皮紙の地図が広げられている。オルコットの村を中心とした周辺の地形図だ。
ミラ「さて、挨拶代わりにガザが醜態を晒したところで、本題に入りましょうか」
ミラが冷ややかな視線を向けると、ガザは居心地悪そうに大盾の陰に身を隠した。先ほどまでの威勢は見る影もない。
ミラ「アレン、ヤハトからの手紙で大まかな概要は聞いていると思うけれど、明日の作戦の詳細を説明するわ。――ガザ、へばってないで地図の端を持ちなさい」
ガザ「へいへい...」
ガザが大きな手で地図を固定する。ミラは懐からいくつかの木駒を取り出し、地図の上に置いた。
ミラ「巨人が封印されているのは、この村から北へ約500メートルの場所にある『嘆きの谷』。現在はヤハトの部下たちが結界の維持を試みているけれど、明日の11時45分にこちらの手で結界を解除する儀式を始める。丁度正午に封印が解けるわ。
あんたは正午に万全の状態で合流して。間違っても巨人に最初のターゲットにされないように。万全の状態で巨人の相手をして貰いたいから。」
アレンは黙って地図を見つめる。谷の地形は狭く、巨人のような巨体が暴れ回るにはいささか窮屈に見えた。
アレン「......その狭い谷の中で、動きを止めるの?」
ミラ「ええ。巨人はその巨体ゆえに、狭い谷間では方向転換や大きな足元への攻撃が制限されるわ。そこを突く。前衛の役割は大きく分けて二つ。」
ミラは青い木駒を指で叩いた。
ミラ「私を含めた遊撃班がヒット&アウェイで巨人の視線を誘導し、注意を引く。そして――」
ガザ「俺の出番、ってわけだな」
ガザが野太い声で割り込んだ。その顔には、先ほどアレンに気圧された恐怖を拭い去ろうとするような、戦士としての意地が見え隠れしている。
ガザ「俺の大盾とスキルで、奴の足を完全に止める。完全には受けれねぇから受け流す方向になるが、一歩も引く気はねえよ。」
ミラ「そういうこと。ガザが巨人の突進を受け止め、私たちが動きを縛る。......だけど、それも持って数分がいいところよ。巨人の怪力と、何よりその魔法耐性が厄介極まりないわ。私たちの攻撃魔法は効かない。物理攻撃も、奴の硬皮を前にすれば爪楊枝のようなものね。だから――」
ミラの視線が、真っ直ぐにアレンへと注がれた。
ミラ「あんたが回復魔法を叩き込む、一瞬の隙を作る。それが私たちの全精力を懸けた仕事よ。アレン、最大出力での魔法発動までに、どれくらいの時間がかかる?」
アレンは少し視線を落とし、自身の内にある膨大な魔力の海を計るように数秒、沈黙した。まだ胸の奥には、ガザに侮られた不快感と、キルンを想う焦燥による冷たい怒りが燻っている。
アレン「......前衛が完全に動きを止めてから、最短で3秒。確実に肉体を崩壊させる出力を練り上げるなら、5秒。」
ミラ「5秒ね......。巨人を前にしての5秒は永遠のようだけど、やってみせるわ。皆、いいわね!」
「応!」と、酒場にいた戦士たちが力強く拳を突き上げる。ガザもまた、アレンを認めざるを得ないといった表情で、神妙に頷いた。
アレン「分かったわ。私はあなたたちが作った隙を、絶対に逃さない。」
冷徹な、しかし確固たる決意を秘めたアレンの声に、ミラは満足そうに微笑んだ。
作戦会議が一段落し、各自が明日に備えて武器の点検や休息に入った。
[水平線]
翌日、アレンは単身、約束の地へと向けて道中の森を歩いていた。
肌にまとわりつくような、不穏な空気が満ちている。
――静かすぎる。
耳を澄ませても、風に揺れる葉の音以外、何の音も聞こえてこない。
鳥のさえずりや虫の羽音が一切ないこと自体は、決して、おかしなことではなかった。この先に封印されているという巨人の、禍々しいプレッシャーを察知して、野生の生き物たちが逃げ出したのだと考えれば辻褄が合う。
問題は、そこではない。
これほど近づいているというのに、人間の気配をまったく感じないことだ。
アレン「......封印が想定よりも速く解け、全滅した...?」
自身の口から出た最悪の仮定に、アレンの端正な眉がわずかに潜められる。
今は11時55分を回ったところだ。ミラの言葉が確かなら、今はちょうどヤハトの部下たちが結界の維持に全力を注ぎ、ミラたち遊撃班やガザが配置についている時間帯のはずだった。
生き残りの怒号はおろか、巨人の咆哮すら聞こえなアレンは小さく息を吐き出すと、胸の奥で燻る焦燥を冷徹な魔力で押し殺した。ここで足を止める選択肢はない。彼女の目的はキルンの奪還であり、そのためにこの巨人を、そして立ち塞がるすべてを排除すると決めていた。
アレン「......確かめるしかないわね」
衣服の擦れる音すら最小限に抑え、アレンは影のように木々の間をすり抜けていく。速度を上げながらも、全神経を周囲の索敵に集中させた。い静寂。それが逆に、すでに勝負が決してしまった後のような不気味さを醸し出している。
――あった。
嘆きの谷の手前、およそ百メートル。
微かな、しかし決定的な鉄の臭いが風に乗って鼻腔を突いた。血の臭いだ。それも、一人や二人のものではない。
さらに数歩進んだところで、アレンの足がピタリと止まる。
視線の先、引き裂かれた低木の根元に、転がっているものがあった。
それは、昨日酒場で威勢よく拳を突き上げていた戦士の一人が身に付けていた、独特な装飾の施された肩当てだった。べっとりと赤黒い液体が付着し、主を失ったそれは無惨にひしゃげている。
周囲を見渡せば、抉られた地面、へし折られた巨木、そして――争った形跡のままに物言わぬ肉塊となった、数十人の兵士たちの姿。
アレン「結界の解除を待たずに、中から破られた......?」
いや、それにしては不自然だった。
死体の傷口はどれも深く、一撃で命を奪われたようだが、巨人の圧倒的な怪力で押し潰されたというよりは、何か巨大な刃物で切り裂かれたように見える。
[大文字][太字]グ、オォォォォォォォォォォォッ!!!!![/太字][/大文字]
地響きと共に響き渡ったのは、人間のそれではない。鼓膜を直接叩き割るような、獣ともつかぬ地鳴りのような絶叫。――巨人の声だ。
だがその咆哮には、怒りや威嚇ではなく、明らかに困惑と、耳を疑うような「断末魔の悲鳴」が混じっていた。
アレン「何が起きているの......!?」
アレンの瞳に鋭い光が宿る。ただ事ではない。彼女は大地を強く蹴り、血臭の漂う森を一気に駆け抜けた。
視界が急に開ける。そこが嘆きの谷だった。
狭い谷間に足を踏み入れた瞬間、アレンの目に飛び込んできたのは、到底信じがたい光景だった。
アレン「……っ」
冷徹な彼女が、思わず息を呑む。
谷の中央。見上げるほどに巨大な、岩のような硬皮に覆われた巨人が、そこにいた。
いや――正確には、その死体が。
巨人の巨体は、脳天から股の間に向けて、恐ろしいほどの力で縦一文字に、綺麗に真っ二つに切り裂かれていた。
左右に分かれた肉塊が、まだ自身の死を理解していないかのように、ゆっくりと左右に傾いていく。
ドサリと、莫大な質量を持った肉が左右の岩壁に激突し、大量の赤黒い血が豪雨のように谷底へと降り注いだ。
硬皮を前にすれば人間の攻撃など爪楊枝だと言った、ミラの言葉が脳裏をよぎる。
通常の物理攻撃では薄皮一枚程度を傷付けるのが関の山。攻撃魔法すら弾く高い魔力耐性を持った化物を、一撃で縦に両断する。そんな芸当ができる存在が、この場にいる。
降り注ぐ血の雨の向こう、立ち上る白煙の奥に、アレンの視線は吸い寄せられた。
そこには、大きな斧を背負った赤い髪の男がいた。
翠の瞳を持った、まるでキルンのような姿形をした男が。
第24話「狂う計画」終
次回 第25話「斧男vs.アレン」
- 1.襲撃
- 2.実験施設
- 3.虐殺開始
- 4.喰魂の魔人
- 5.キルンvs.S1-000001
- 6.sideガトス
- 7.脱出/会話/実力測定
- 8.統率/襲撃
- 9.sideアケーリス
- 10.side ガトス2
- 11.side ガトス3
- 12.怒に焼かれし漁人の村
- 13.怒に焼かれし魚人の村2
- 14.キルンvs.イーラ
- 15.Side ガトス4
- 16.Side ガトス5
- 17.Side ガトス6
- 18.Side ガトス7
- 19.Side ガトス8
- 20.歓楽極楽
- 21.喪失者と強者の邂逅
- 22.喰魂の魔人と闇の邂逅
- 23.アレンと討伐依頼
- 24.狂う計画
- 25.斧男vs.アレン
- 26.喰魂の魔人と暴食の魔人
- 27.WDSF拠点発見/襲撃を掛けるスライ