〈Side アレン〉
時は遡り、2月11日14時39分。
あれからアレンは東を探索していたが、キルンはおろかWDSFの施設の場所すら見つけられなかった。
アレン「どうしよう...」
そう落ち込んでいると、鷹が飛んできた。ヤハトからだ。それはとても急な討伐依頼だった。
[水平線]
アレンへ
前置きは省かせてもらう。非常に面倒なことになった。
君の現在地から北東に2km弱の場所にある、小さな『オルコットの村』を知っているか?
そこにはかつて絶滅したはずの巨人の生き残りが、石像となって封印されている。だがその結界にひびが入り、いつ完全に崩壊してもおかしくない状態だ。
奴が目覚めれば、国全土が踏み荒らされるだろう。そのため、明日こちらから先に封印を解き、巨人を討伐する作戦を開始する。
巨人は強固な肉体と魔力耐性を持ち、通常の物理攻撃では薄皮一枚を傷付けるのが関の山で、実質的なダメージは一切与えられない。攻撃魔法も無効化される。奴を倒す唯一の切り札は、君の持つ規格外の回復魔法だ。
通常、生物の身体は攻撃に対して本能的に防御反応を示すが、再生能力を高めるのが本質の回復魔法に対しては無防備になる。君の圧倒的な出力で過剰な細胞再生を引き起こせば、巨人の肉体を内側から崩壊させられるはずだ。
勝手な言い分なのは百も承知している。巨人の動きを止める前衛はこちらで用意した。君が探しているキルン君の捜索も、こちらで人員を割くことを約束する。だからどうか、力を貸してくれないか。
手紙を読み終えたら、すぐにオルコットの村の酒場へ向かい、ミラという名の騎士が率いる前衛たちと合流してほしい。頼む。
ヤハトより
[水平線]
宛てもなく東の荒野を彷徨っていたアレンにとって、それは一筋の光明だった。自分が村へ向かい、巨人を倒す手助けをすれば、ヤハトたちが組織の力でキルンを見つけてくれる。ならば、迷っている時間はない。
アレンは手紙をポケットに押し込むと、北東の空を見上げた。
ここから2km弱。徒歩でも30分はかからない距離。今から走れば、15時になる前にはオルコットの村に着く。
アレン「よし、行こう。」
地面を強く蹴り、アレンは走り出した。キルンを救うため、そしてこの国を踏み荒らすという巨人を止めるために。
15時前、アレンはオルコットの村へと到着した。
ヤハトの手紙にあった通り、それは静かで小さな村だった。しかし、どこか緊迫した空気が漂っている。村人たちは皆、怯えたように家の中に閉じこもっており、通りには人影が一切なかった。
[水平線]
アレンは周囲を警戒しながら、村の中心部にあると思われる酒場を探した。
古びた木製の看板に、酒瓶の絵が描かれている建物が見つかる。扉の隙間からは、微かに重苦しい気配が漏れ出ていた。
アレン「ここだ......」
ゴクリと唾を飲み込み、アレンは意を決して酒場の重い扉を押し開けた。
カランカラン、と寂しげな鈴の音が響く。
薄暗い店内には、数人の男女がいた。皆、一目でただ者ではないと分かる頑丈な鎧や、着古されたマントを身に纏っている。彼らこそが、ヤハトの集めた前衛達だろう。
扉が開いた音に、店内の視線が一斉にアレンへと集まる。
大男「おいおい......ヤハトの旦那が言ってた作戦の要ってのは、まさかそのお嬢ちゃんのことか?」
大きな大盾と片手剣を背負った黒髪の男が、鼻で笑いながら立ち上がった。2メートル近い巨体がアレンを見下ろし、わざとらしく威圧的な足音を立てて近づいてくる。
大男「おいおい、冗談だろ? 明日戦うのはあの『巨人』だぞ? 命がいくつあっても足りねえ戦場に、こんな前線の泥もすすったことがなさそうな女を連れてくるなんて、ヤハトの旦那も焼きが回ったんじゃねえのか?」
あからさまな挑発。酒場の中に緊張が走る。
初対面の相手にいきなり舐められた不快感に、アレンの目線がすっと冷たくなる。胸の奥で、静かな怒りが音を立てた。
他の戦士たちの中には、アレンの正体に気づいて「おい、よせ......」と大男を止めようとする者もいたが、大男は止まらない。アレンの肩に手を置こうと、無遠慮に太い腕を伸ばした。
しかし。
大男「......あ?」
次の瞬間、大男の巨体がその場に縫い付けられたように静止した。
アレンは眉一つ動かさず、ただ大男の目をじっと見つめ返していた。その瞳の奥にある圧倒的な魔力の質量と、一切の動揺がない冷徹なまでの静寂。
アレンがほんの少しだけ解放した殺気――それだけで、大男の全身に本能的な戦慄が走った。伸ばした手の先から冷や汗が吹き出る。
アレン「......触らないでくれない?」
鈴を転がすような、けれど氷のように冷たい声が酒場に響く。
アレン「私はヤハトさんに頼まれて、私の仕事を全うしに来ただけ。あなたの品定めに付き合う暇はないの。明日、私の邪魔をしなければ、それでいいわ。」
大男「て、てめぇ......っ!」
恐怖を誤魔化すように、冷や汗を流しながら虚勢を張る大男。
「そこまでにしなさい、ガザ」
奥のカウンター席から、一人の女性騎士が鋭い声を放った。今回の前衛部隊のリーダー、ミラだ。
ミラは大男――ガザを冷たい目で見据えながら、アレンの前に歩み寄った。
ミラ「無知っていうのは罪ね、ガザ。あんた、その子が誰だか分かってないの? ――その名を知らない者はいないといっても過言じゃない、あの『アレン』よ。回復はもちろん、単独での戦闘能力も私たち以上。ヤハトが頭を下げて呼んだ理由が、まだ分からない?」
ガザ「アレン......? 嘘だろ、こんな小さな女......」
ガザの顔から一気に血の気が引いていく。ようやく自分が誰に突っかかったのかを理解したようだった。
アレンはガザが怯むのを見届けても、得意気になる風でもなく、ただ小さくため息をついた。
そして、ガザから視線を外して歩み寄る。
アレン「......あなたがミラさんね? ヤハトから話は聞いているわ。明日はよろしく。」
アレンが差し出した手を、ミラは感嘆の混じった笑みを浮かべてしっかりと握り返した。
ミラ「ええ、よろしく頼むわ、アレン。頼もしい切り札が来てくれて、心強いわ」
アレンは少し怒った冷徹な瞳のまま会話を終えた。
(まずは明日、この巨人を確実に仕留める。......待ってて、キルン)
その酒場の隅で大斧を背負った赤い髪の男がワインを飲んでいた。
大斧を背負った赤い髪の男(以下斧男)「......巨人の討伐、ねぇ...」
男は低く、楽しげにそう呟いた。
第23話「アレンと討伐依頼」終
次回 第24話「狂う計画」
時は遡り、2月11日14時39分。
あれからアレンは東を探索していたが、キルンはおろかWDSFの施設の場所すら見つけられなかった。
アレン「どうしよう...」
そう落ち込んでいると、鷹が飛んできた。ヤハトからだ。それはとても急な討伐依頼だった。
[水平線]
アレンへ
前置きは省かせてもらう。非常に面倒なことになった。
君の現在地から北東に2km弱の場所にある、小さな『オルコットの村』を知っているか?
そこにはかつて絶滅したはずの巨人の生き残りが、石像となって封印されている。だがその結界にひびが入り、いつ完全に崩壊してもおかしくない状態だ。
奴が目覚めれば、国全土が踏み荒らされるだろう。そのため、明日こちらから先に封印を解き、巨人を討伐する作戦を開始する。
巨人は強固な肉体と魔力耐性を持ち、通常の物理攻撃では薄皮一枚を傷付けるのが関の山で、実質的なダメージは一切与えられない。攻撃魔法も無効化される。奴を倒す唯一の切り札は、君の持つ規格外の回復魔法だ。
通常、生物の身体は攻撃に対して本能的に防御反応を示すが、再生能力を高めるのが本質の回復魔法に対しては無防備になる。君の圧倒的な出力で過剰な細胞再生を引き起こせば、巨人の肉体を内側から崩壊させられるはずだ。
勝手な言い分なのは百も承知している。巨人の動きを止める前衛はこちらで用意した。君が探しているキルン君の捜索も、こちらで人員を割くことを約束する。だからどうか、力を貸してくれないか。
手紙を読み終えたら、すぐにオルコットの村の酒場へ向かい、ミラという名の騎士が率いる前衛たちと合流してほしい。頼む。
ヤハトより
[水平線]
宛てもなく東の荒野を彷徨っていたアレンにとって、それは一筋の光明だった。自分が村へ向かい、巨人を倒す手助けをすれば、ヤハトたちが組織の力でキルンを見つけてくれる。ならば、迷っている時間はない。
アレンは手紙をポケットに押し込むと、北東の空を見上げた。
ここから2km弱。徒歩でも30分はかからない距離。今から走れば、15時になる前にはオルコットの村に着く。
アレン「よし、行こう。」
地面を強く蹴り、アレンは走り出した。キルンを救うため、そしてこの国を踏み荒らすという巨人を止めるために。
15時前、アレンはオルコットの村へと到着した。
ヤハトの手紙にあった通り、それは静かで小さな村だった。しかし、どこか緊迫した空気が漂っている。村人たちは皆、怯えたように家の中に閉じこもっており、通りには人影が一切なかった。
[水平線]
アレンは周囲を警戒しながら、村の中心部にあると思われる酒場を探した。
古びた木製の看板に、酒瓶の絵が描かれている建物が見つかる。扉の隙間からは、微かに重苦しい気配が漏れ出ていた。
アレン「ここだ......」
ゴクリと唾を飲み込み、アレンは意を決して酒場の重い扉を押し開けた。
カランカラン、と寂しげな鈴の音が響く。
薄暗い店内には、数人の男女がいた。皆、一目でただ者ではないと分かる頑丈な鎧や、着古されたマントを身に纏っている。彼らこそが、ヤハトの集めた前衛達だろう。
扉が開いた音に、店内の視線が一斉にアレンへと集まる。
大男「おいおい......ヤハトの旦那が言ってた作戦の要ってのは、まさかそのお嬢ちゃんのことか?」
大きな大盾と片手剣を背負った黒髪の男が、鼻で笑いながら立ち上がった。2メートル近い巨体がアレンを見下ろし、わざとらしく威圧的な足音を立てて近づいてくる。
大男「おいおい、冗談だろ? 明日戦うのはあの『巨人』だぞ? 命がいくつあっても足りねえ戦場に、こんな前線の泥もすすったことがなさそうな女を連れてくるなんて、ヤハトの旦那も焼きが回ったんじゃねえのか?」
あからさまな挑発。酒場の中に緊張が走る。
初対面の相手にいきなり舐められた不快感に、アレンの目線がすっと冷たくなる。胸の奥で、静かな怒りが音を立てた。
他の戦士たちの中には、アレンの正体に気づいて「おい、よせ......」と大男を止めようとする者もいたが、大男は止まらない。アレンの肩に手を置こうと、無遠慮に太い腕を伸ばした。
しかし。
大男「......あ?」
次の瞬間、大男の巨体がその場に縫い付けられたように静止した。
アレンは眉一つ動かさず、ただ大男の目をじっと見つめ返していた。その瞳の奥にある圧倒的な魔力の質量と、一切の動揺がない冷徹なまでの静寂。
アレンがほんの少しだけ解放した殺気――それだけで、大男の全身に本能的な戦慄が走った。伸ばした手の先から冷や汗が吹き出る。
アレン「......触らないでくれない?」
鈴を転がすような、けれど氷のように冷たい声が酒場に響く。
アレン「私はヤハトさんに頼まれて、私の仕事を全うしに来ただけ。あなたの品定めに付き合う暇はないの。明日、私の邪魔をしなければ、それでいいわ。」
大男「て、てめぇ......っ!」
恐怖を誤魔化すように、冷や汗を流しながら虚勢を張る大男。
「そこまでにしなさい、ガザ」
奥のカウンター席から、一人の女性騎士が鋭い声を放った。今回の前衛部隊のリーダー、ミラだ。
ミラは大男――ガザを冷たい目で見据えながら、アレンの前に歩み寄った。
ミラ「無知っていうのは罪ね、ガザ。あんた、その子が誰だか分かってないの? ――その名を知らない者はいないといっても過言じゃない、あの『アレン』よ。回復はもちろん、単独での戦闘能力も私たち以上。ヤハトが頭を下げて呼んだ理由が、まだ分からない?」
ガザ「アレン......? 嘘だろ、こんな小さな女......」
ガザの顔から一気に血の気が引いていく。ようやく自分が誰に突っかかったのかを理解したようだった。
アレンはガザが怯むのを見届けても、得意気になる風でもなく、ただ小さくため息をついた。
そして、ガザから視線を外して歩み寄る。
アレン「......あなたがミラさんね? ヤハトから話は聞いているわ。明日はよろしく。」
アレンが差し出した手を、ミラは感嘆の混じった笑みを浮かべてしっかりと握り返した。
ミラ「ええ、よろしく頼むわ、アレン。頼もしい切り札が来てくれて、心強いわ」
アレンは少し怒った冷徹な瞳のまま会話を終えた。
(まずは明日、この巨人を確実に仕留める。......待ってて、キルン)
その酒場の隅で大斧を背負った赤い髪の男がワインを飲んでいた。
大斧を背負った赤い髪の男(以下斧男)「......巨人の討伐、ねぇ...」
男は低く、楽しげにそう呟いた。
第23話「アレンと討伐依頼」終
次回 第24話「狂う計画」
- 1.襲撃
- 2.実験施設
- 3.虐殺開始
- 4.喰魂の魔人
- 5.キルンvs.S1-000001
- 6.sideガトス
- 7.脱出/会話/実力測定
- 8.統率/襲撃
- 9.sideアケーリス
- 10.side ガトス2
- 11.side ガトス3
- 12.怒に焼かれし漁人の村
- 13.怒に焼かれし魚人の村2
- 14.キルンvs.イーラ
- 15.Side ガトス4
- 16.Side ガトス5
- 17.Side ガトス6
- 18.Side ガトス7
- 19.Side ガトス8
- 20.歓楽極楽
- 21.喪失者と強者の邂逅
- 22.喰魂の魔人と闇の邂逅
- 23.アレンと討伐依頼
- 24.狂う計画
- 25.斧男vs.アレン
- 26.喰魂の魔人と暴食の魔人
- 27.WDSF拠点発見/襲撃を掛けるスライ