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闇に堕ちる勇者 ~再現の魔人と喰魂の魔人~

#19

Side ガトス8

グーラが床を踏み込み、突進してくる。その速度は先ほどまでとは一線を画していた。
​ルエルフ「――来る!『ビュートス!』」
​ルエルフが弦を引くと同時に、数十発の矢が風の魔法を纏って扇状に放たれ、グーラの進行ルートを正確に塞ぐ。しかし、グーラは速度を緩めない。それどころか、あろうことかナイフを構えたまま正面から突っ込んできた。
​グーラ「あははははッ! !」
​ガキィッ!! とナイフで初弾の矢を弾いたグーラは、そのまま信じられない行動に出た。肉薄する風の矢を、大きく開いたその口でガリッ、と音を立てて直接噛み砕いたのだ。
​ガトス「嘘だろ、魔法の矢を噛み砕きやがった!?」

【暴食の魔人】固有​スキル『暴食』。食事を自らの力とするスキル。喰らえるのは生物だけではない。無機物なども全て喰らうことが出来る。実際に、ルエルフが実体化して風の魔力を纏わせた矢すら、咀嚼し、無効化してみせた。口からしか食べられないという制約こそあれど、その防御力と捕食への執念は常軌を逸している。

​だが、ルエルフの放つ神弓も伊達ではない。
グーラが矢を噛み砕くために一瞬だけ生じた僅かな硬直――その瞬間を、ガトスは見逃さなかった。
​ガトス「ルエルフ、ナイス!!」
​ガトスの身体が弾ける。仲間の作った一瞬の隙へ、長剣が神速の突きとなってグーラの首筋へと肉薄する。
​グーラ「――ッ!」
​グーラは噛み砕いた矢の残滓を吐き捨てながら、寸前で首を捻る。長剣の切っ先が青い髪を数房切り飛ばすが、グーラは即座に逆手のナイフを跳ね上げ、ガトスの喉元を狙って下から斬り上げた。
​ガトス(速い......! だけど、読めてる!)
​そこへ再び、ルエルフの放った風の矢が一本、ピンポイントでグーラのナイフの腹を撃ち抜く。
カンッ! と乾いた音が響き、グーラの軌道が僅かにズレた。その隙にガトスは長剣を滑らせてグーラの胴を薙ぎ払い、グーラはそれを超人的なバックステップで回避する。

アナウンサー「な、何が起きているんだ!? グーラ選手の突撃を、ガトス選手と、試合に乱入したルエルフ選手が完璧な連携で押し戻している! 攻守の入れ替わりが早すぎる!!」
​リング上では、一瞬の油断も許されない極限の攻防が続いていた。
​グーラの【暴食】による身体能力は圧倒的だ。踏み込みの一歩、ナイフの一振りがリングの空気を歪めるほどの重圧を持っている。さらに、風の魔力を纏った矢すら軽く噛み砕くあの顎がある限り、中距離からの牽制も絶対の安全圏とは言えなかった。
​しかし、ガトスとルエルフの連携が、それをギリギリのところで繋ぎ止めている。
​ガトスが斬り込めば、グーラがカウンターを狙う。
だが、そのカウンターの軌道上には、必ずルエルフの矢が先回りしてグーラの動きを制限する。
グーラがルエルフを仕留めようと跳躍すれば、今度はガトスの長剣がその長いリーチを活かしてグーラの退路を断ち、ルエルフの元へ近づけさせない。
​ガトス(クソッ、本当にギリギリだ......! 俺たちのどっちか一人がコンマ一秒でも連携を乱したら、一気に食い殺される......!)
​グーラ「ハハッ、ハハハハハッ! 面白い、面白いよ二人とも! 息がピッタリだねぇ! でもさ、それっていつまで持つのかなぁ!?」


グーラが再び、風の矢を強引に噛み砕きながら突進してくる。その狂気的な顎が大きく開かれた、まさにその瞬間だった。ガトスはあえて、グーラの突進の軌道上へと自ら飛び込んだ。
​グーラ「あははっ! 自らボクの口に飛び込んでくれるなんて――」
​ガトス「食い意地が張ってると、足元が見えなくなるぜ!」
​ガトスが狙ったのは、グーラの身体ではない。グーラが今まさに踏み込もうとしたリングの床だった。
神速の踏み込みから放たれる、長剣での強烈な地擦りの一閃。ガトスの長剣がリングの石床を正確に、深く抉り取る。
​バギィィィン!!!
​グーラ「――え?」
​凄まじい衝撃と共に、グーラが踏み出すはずだった足場の床が、一瞬にして消滅し、無数の瓦礫となって爆散し、グーラを空中へ飛ばした。
いかに他者の怪力や敏捷性を奪って底上げしていようと、踏みしめる地面がなければその超人的な身体能力は発揮できない。空中へ不自然に投げ出され、完全に体勢を崩したグーラの無防備な身体が、宙に浮く。
​ルエルフ「見事だ、ガトス!!」
​すかさず後方からルエルフが弦を引き絞る。
放たれたのは、先ほどまでの牽制の矢とは次元が違う、極大の魔力を宿した「風の槍」だった。
​ルエルフ「これで終わりだ――『ビュースト』!!」
​ドスドスドスドスドスッ!!!
​空中から落下するグーラの四肢、そして背中を、ルエルフの放った風の槍が寸分の狂いもなく貫く。凄まじい衝撃音と共に、グーラの小柄な身体はリングの外側に弾かれた。

全身を切り刻むような風の檻と、叩きつけられた衝撃。全てを噛み砕き、力にする固有スキル『暴食』を持ってしても、完全に先手を打たれ、体勢を崩され続けた今の状態では、この二人には絶対に勝てない。
それを瞬時に悟ったグーラは、じっとりと垂らしていた涎を拭うこともせず、血走った目でガトスたちを睨みつけた。
​グーラ「......ちっ! 今日はここまでだ! でも、覚えておきなよ......ボクの飢えは、次にあんたたちを喰うまで絶対に満たされないからねぇッ!」
​グーラはボロボロの身体を無理やり引きずり、まるで壁の影に溶け込むような異様な速度で、這うようにして会場の闇の奥へと素早く逃げ出した。深追いするには、あまりにも不気味な気配を残して。


​ガトス「ハ......ハァ......ハァ......。クソ、逃げ足だけは一丁前だな、あのバケモノ......」
​迫り来る死線から完全に解放され、ガトスはその場にドサリとへたり込んだ。予選で鉄柱を全力で殴り、本戦で神速を出し切った脚が、今になって激しく笑っている。
​ルエルフが風の弓を静かに消し、リング下からガトスへと歩み寄ってきた。
​ルエルフ「深追いは危険だ、ガトス。奴の気配は完全に消えた。......怪我はないか?」
​ガトス「ああ、ルエルフのおかげでな。首の皮一枚繋がったよ、ありがと。......これ、絶対に俺たち二人とも失格だよな?」
​乱入者が出たのだ、大武闘大会のルールとしては一発アウトだろう。アナウンサーや観客たちは、あまりに次元の違う戦いと魔人の恐怖に圧倒され、未だに声も出せずにリングを遠巻きに見つめているが。
​ルエルフ「そんなことはどうでもいい。あんな化け物をのさばらせておくわけにはいかない。......それよりも」
​ルエルフは真剣な面持ちで、ガトスに視線を戻した。
​ルエルフ「キルンの行方不明と、関係があるだろう。」
​ガトス「......そうだな。ここで落ち込んでる暇はなさそうだ。キルンのヤツ、どこでトラブルに突っ込んでるか分かんねぇし。」

第19話「Sideガトス8」終
次回 第20話「歓楽極楽」

2026/06/04 00:08

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