9歳の怪物
美咲「いじめる奴って、本当に最低。自分がどれだけ酷いことしたか、一生気づかないんだって。人殺しと一緒じゃん」
前の席の私の友達、美咲が、スマホを見ながら吐き捨てるように言った
画面には、いじめで命を絶ってしまった中学生のニュース
周りの友達も、「本当にそれ」「信じられない」って口々に怒っている
みんな、正しくて、綺麗で、普通の優しい子たち
私は、乾いたのどを鳴らして、ただ小さくうなずくことしかできなかった
机の下で、握りしめた手がじっとりと汗ばんでいく
舞(違う。気づくんだよ。気づいちゃうんだよ、後から……)
頭がガンガンして、心臓が痛いくらいに速くなる
思い出したくもないのに、小学校3年生のときの教室の景色が、頭の中にブワッと広がった
西日のまぶしい放課後、私はクラスの男子たちと、机を囲んでお腹を抱えて笑っていた
真ん中にいたのは、いつも大人しくて、小さくなっていた大輝くんだ
クラスメイト「あ、だいきが触った! 汚なーい!」
クラスメイト「おい、これ『ダイフキン』じゃん! 机拭くやつ!」
大輝だから、ダイフキン。誰かが言い出したそのあだ名が面白かった
当時の私は、それが最高のギャグだと思い込んでいた
クラスメイト「だいき、ちょっとここ汚れてるからお前の服で拭いてよ!」
舞「ほら、ダイフキン、ちゃんとお仕事して!」
私がそう言って笑うと、周りのみんなもドッと笑った
私はクラスを盛り上げている人気者になった気分で、すごく嬉しかった
大輝くんは、顔を真っ赤にして、引きつった笑顔を浮かべていた
あの時は、大輝くんも一緒に楽しんでいるんだと、本気で思っていた
その後、大輝くんが泣いちゃって先生に怒られた
私は素直に謝った。大輝くんも許してくれた
だから、もう全部終わったこと、解決したこと、そう思って、今の今まで忘れていた
舞(違う。あれは、許してくれたわけじゃない……)
中学生になった今なら、わかる
大輝くんは、その場を逃げ出す方法がなかったから、「いいよ」って言うしかなかったんだ
私はただのからかいのつもりだった
でも、私は言葉で、大輝くんをボロボロに傷つけていた
ニュースに出てくる「最低な加害者」と、私は何も変わらない
「ただいまー」なるべくいつも通りの声で言って、私は自分の部屋に駆け込み、バタンとドアを閉めた
カバンを床に放り出して、そのままベッドに倒れ込む
制服の胸のあたりが、苦しくてうまく息ができない
学校では、なんとかいつも通りに笑っていられた
友達に「舞、どうしたの?」って心配されたくなくて、必死に話を合わせた
でも、頭の中はずっと、あのニュースの言葉と「ダイフキン」というあだ名でいっぱいだった
私は起き上がって、勉強机に向かった。シャープペンを握り、ノートの真っ白なページを開く
吸い込まれるような白が怖くなって、私はそこに、殴り書きで文字を書き殴った
『ダイフキン』『汚い』『ちゃんとお仕事して』文字にして見つめると、
心臓が雑巾みたいにギューッと絞られるみたいに痛かった。最低だ。本当に、私が言った言葉なんだろうか
当時の私は、大輝くんが嫌いだったわけじゃない
ただ、クラスのみんなが笑ってくれるのが嬉しくて、調子に乗っていただけ
でも、理由が何であれ、私が大輝くんを傷つけた事実は変わらない
舞「うッ...」
涙がボロボロとノートにこぼれて、書いた文字がじわじわと滲んでいく
私は消しゴムを掴んで、ノートが破れそうになるくらい激しく文字を消した
でも、ノートの文字は消せても、私の過去は消えない
スマホを手に取り、検索画面を開く
検索欄に『大輝』と打ち込もうとして、指がガタガタと震えた
もし、大輝くんの今のアカウントが見つかったら?
もし、そこに「昔いじめられて学校が嫌いだった」なんて書かれていたら?
恐怖で頭がおかしくなりそうで、私はスマホをベッドに投げ捨てた
世界中の誰も、私が大輝くんをいじめていたなんて知らない
美咲も、お母さんも、誰も私を責めない
だけど、私が知っている。私は、あのニュースの犯人と同じ、人を傷つけた人間なんだ
次の日の朝
鳴り響くアラームの音で、私は無理やり目を覚ました
まぶたが重い。鏡の前に立つと、泣きはらした自分の顔が映っていた
いつもなら、髪型を気にして、リップを塗って、「今日も楽しい一日になりますように」って笑ってみせるのに
今の鏡の中の私は、ひどく冷めていて、醜くて、まるで見知らない犯罪者を見ているみたいだった
舞(私は、あの子を傷つけた人間だ)
どれだけ後悔しても、涙を流しても、あの小学3年生のタイムラインにいる私は「ダイフキン」と叫んで大笑いしている
その事実は、私がこれからどんなに良い人間になっても、世界が滅びても、1ミリも動かない
もし、私の過去がみんなにバレたら
もし、大輝くんが今も私のことを呪っていたら
想像するだけで、足の先から冷気が這い上がってくるみたいに体が震える
怖い。怖くてたまらない
誰も知らないのに、世界中から監視されているような、底なしの恐怖が私を包み込んでいた
母「舞ー? 遅刻するわよー!」
下からお母さんの呑気な声が聞こえる。私は深く、深く息を吐き出した
この恐怖は、一生消えない。消しちゃいけないんだ
私が大輝くんの尊厳を奪ったのなら、
私はこれから一生、この「自分がやってしまった」という事実の恐ろしさに怯えながら、
自分を監視して生きていくしかない。それが、私に用意された、遅れてきた罰
私はカバンを肩にかけ、部屋のドアを開けた。階段を降り、玄関に向かう
美咲「あ、舞。おはよう。今日カラオケ何時だっけ?」
校門の近くで、美咲が笑顔で手を振ってくる
舞「おはよう。えっと、4時くらいじゃなかったっけ?」
私は、いつも通りの「明るい舞」の笑顔を作って返事をする
でも、私の内側は昨日までとは全く違っていた
あだ名をつける、軽いジョーク、よくあることかもしれない
でも、傷つく人は大勢いる
人の気持ちなんてわからない、でも面白ければいい訳ではない
軽い気持ちでもいろんなことはおこる
もっと早く知りたかったな
でも、もう遅い
こうなってしまったなら、覚悟を決めなければいけない
私は一生9歳の怪物を抱えて生きていくだろう
その怪物は一生私の中で暴れないように抑え続けなければいけない
それが、私の一生の試練だ
前の席の私の友達、美咲が、スマホを見ながら吐き捨てるように言った
画面には、いじめで命を絶ってしまった中学生のニュース
周りの友達も、「本当にそれ」「信じられない」って口々に怒っている
みんな、正しくて、綺麗で、普通の優しい子たち
私は、乾いたのどを鳴らして、ただ小さくうなずくことしかできなかった
机の下で、握りしめた手がじっとりと汗ばんでいく
舞(違う。気づくんだよ。気づいちゃうんだよ、後から……)
頭がガンガンして、心臓が痛いくらいに速くなる
思い出したくもないのに、小学校3年生のときの教室の景色が、頭の中にブワッと広がった
西日のまぶしい放課後、私はクラスの男子たちと、机を囲んでお腹を抱えて笑っていた
真ん中にいたのは、いつも大人しくて、小さくなっていた大輝くんだ
クラスメイト「あ、だいきが触った! 汚なーい!」
クラスメイト「おい、これ『ダイフキン』じゃん! 机拭くやつ!」
大輝だから、ダイフキン。誰かが言い出したそのあだ名が面白かった
当時の私は、それが最高のギャグだと思い込んでいた
クラスメイト「だいき、ちょっとここ汚れてるからお前の服で拭いてよ!」
舞「ほら、ダイフキン、ちゃんとお仕事して!」
私がそう言って笑うと、周りのみんなもドッと笑った
私はクラスを盛り上げている人気者になった気分で、すごく嬉しかった
大輝くんは、顔を真っ赤にして、引きつった笑顔を浮かべていた
あの時は、大輝くんも一緒に楽しんでいるんだと、本気で思っていた
その後、大輝くんが泣いちゃって先生に怒られた
私は素直に謝った。大輝くんも許してくれた
だから、もう全部終わったこと、解決したこと、そう思って、今の今まで忘れていた
舞(違う。あれは、許してくれたわけじゃない……)
中学生になった今なら、わかる
大輝くんは、その場を逃げ出す方法がなかったから、「いいよ」って言うしかなかったんだ
私はただのからかいのつもりだった
でも、私は言葉で、大輝くんをボロボロに傷つけていた
ニュースに出てくる「最低な加害者」と、私は何も変わらない
「ただいまー」なるべくいつも通りの声で言って、私は自分の部屋に駆け込み、バタンとドアを閉めた
カバンを床に放り出して、そのままベッドに倒れ込む
制服の胸のあたりが、苦しくてうまく息ができない
学校では、なんとかいつも通りに笑っていられた
友達に「舞、どうしたの?」って心配されたくなくて、必死に話を合わせた
でも、頭の中はずっと、あのニュースの言葉と「ダイフキン」というあだ名でいっぱいだった
私は起き上がって、勉強机に向かった。シャープペンを握り、ノートの真っ白なページを開く
吸い込まれるような白が怖くなって、私はそこに、殴り書きで文字を書き殴った
『ダイフキン』『汚い』『ちゃんとお仕事して』文字にして見つめると、
心臓が雑巾みたいにギューッと絞られるみたいに痛かった。最低だ。本当に、私が言った言葉なんだろうか
当時の私は、大輝くんが嫌いだったわけじゃない
ただ、クラスのみんなが笑ってくれるのが嬉しくて、調子に乗っていただけ
でも、理由が何であれ、私が大輝くんを傷つけた事実は変わらない
舞「うッ...」
涙がボロボロとノートにこぼれて、書いた文字がじわじわと滲んでいく
私は消しゴムを掴んで、ノートが破れそうになるくらい激しく文字を消した
でも、ノートの文字は消せても、私の過去は消えない
スマホを手に取り、検索画面を開く
検索欄に『大輝』と打ち込もうとして、指がガタガタと震えた
もし、大輝くんの今のアカウントが見つかったら?
もし、そこに「昔いじめられて学校が嫌いだった」なんて書かれていたら?
恐怖で頭がおかしくなりそうで、私はスマホをベッドに投げ捨てた
世界中の誰も、私が大輝くんをいじめていたなんて知らない
美咲も、お母さんも、誰も私を責めない
だけど、私が知っている。私は、あのニュースの犯人と同じ、人を傷つけた人間なんだ
次の日の朝
鳴り響くアラームの音で、私は無理やり目を覚ました
まぶたが重い。鏡の前に立つと、泣きはらした自分の顔が映っていた
いつもなら、髪型を気にして、リップを塗って、「今日も楽しい一日になりますように」って笑ってみせるのに
今の鏡の中の私は、ひどく冷めていて、醜くて、まるで見知らない犯罪者を見ているみたいだった
舞(私は、あの子を傷つけた人間だ)
どれだけ後悔しても、涙を流しても、あの小学3年生のタイムラインにいる私は「ダイフキン」と叫んで大笑いしている
その事実は、私がこれからどんなに良い人間になっても、世界が滅びても、1ミリも動かない
もし、私の過去がみんなにバレたら
もし、大輝くんが今も私のことを呪っていたら
想像するだけで、足の先から冷気が這い上がってくるみたいに体が震える
怖い。怖くてたまらない
誰も知らないのに、世界中から監視されているような、底なしの恐怖が私を包み込んでいた
母「舞ー? 遅刻するわよー!」
下からお母さんの呑気な声が聞こえる。私は深く、深く息を吐き出した
この恐怖は、一生消えない。消しちゃいけないんだ
私が大輝くんの尊厳を奪ったのなら、
私はこれから一生、この「自分がやってしまった」という事実の恐ろしさに怯えながら、
自分を監視して生きていくしかない。それが、私に用意された、遅れてきた罰
私はカバンを肩にかけ、部屋のドアを開けた。階段を降り、玄関に向かう
美咲「あ、舞。おはよう。今日カラオケ何時だっけ?」
校門の近くで、美咲が笑顔で手を振ってくる
舞「おはよう。えっと、4時くらいじゃなかったっけ?」
私は、いつも通りの「明るい舞」の笑顔を作って返事をする
でも、私の内側は昨日までとは全く違っていた
あだ名をつける、軽いジョーク、よくあることかもしれない
でも、傷つく人は大勢いる
人の気持ちなんてわからない、でも面白ければいい訳ではない
軽い気持ちでもいろんなことはおこる
もっと早く知りたかったな
でも、もう遅い
こうなってしまったなら、覚悟を決めなければいけない
私は一生9歳の怪物を抱えて生きていくだろう
その怪物は一生私の中で暴れないように抑え続けなければいけない
それが、私の一生の試練だ
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