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あの日から、十年という歳月が流れた
私たちは二十三歳になり、ちょうど大学を卒業する春を迎えていた
私は、スーツに身を包み、みんなと一緒に高台の墓前に立っていた
髪型も、話し方も、あの頃とは少しずつ変わってしまったけれど、
集まれば一瞬であの賑やかだった音楽室の空気に戻ることができた
蓮「相変わらず、ここは見晴らしがいいな」
蓮は落ち着いた声でいった
すっかり大人の男の顔になっていた
その腕には、大きな花束が抱えられている
千歳「●●って綺麗な花が似合うよね、人のこといじるくせに、」
千歳がそう言って悪戯っぽく笑うと、
里奈「千歳のツッコミ、十年前と全然変わらないね」
と里奈が懐かしそうに目を細めた
私たちは中学のあの頃、後輩の一言をきっかけに音楽室で泣き崩れた
あの時は「忘れるなんて無理だ」と絶望していたけれど、
十年という時間は、私たちの傷口を少しずつ、優しく埋めてくれた
私は、墓石に刻まれた幼馴染の名前をじっと見つめる
小学校の時からずっと一緒だった◆◆
みんなは◆◆を「要領がよくて失敗しない完璧な優しい優等生」
だと思っていたかもしれない
けれど、私は知っていた
本当は人一倍努力が苦手で、プレッシャーに弱くて、
本音を言うのが苦手で、失敗をすごく気にして、
でも、誰よりも周りを気遣って観察して、優しくて思いやりがあった◆◆を。
だからこそ、私が6月に吹奏楽部へ転部してきた時も、
小学校からの絆で真っ先に気にかけてくれた
それなのに、あの時の私は自分のことで手いっぱいで、
◆◆の限界に気づいてあげられなかった
その小さな後悔は、十年間、私の胸の奥にずっと残り続けている
陽菜「みんな、手紙と花、持ってきた?」
陽菜ちゃんがみんなを見回しながら声をかける
今日は大学卒業という人生の節目に、それぞれが◆◆への想いを込めた花と、
一通の手紙を持ち寄って、ここに届ける約束をしていた
里奈「じゃあ、こっちから順番にいこう」
しらたまの言葉を合図に、一人、また一人と墓前へ進み出ていく
まずはしらたまが、続いて木村が、それぞれ◆◆への思いを話す
みんな、自分が選んだ特別な花言葉を持つ花を一輪ずつ手向け、手紙を広げて声に出した。 風の音に混じって、一人ひとりが音色に向かって語りかける声が、静かに私たちの間に響き渡る。それぞれの10年間、叶えた夢、そして今でも変わらない音色への感謝。お互いの手紙の内容に、私たちは静かに耳を傾け、時に優しくうなずき、時にあの頃のように小さく笑い合った。詳しい文面を文字として書き起こさなくても、みんなの声から溢れる温かい想いは、その場の全員の心に深く染み渡っていく。 言葉を紡ぎ終えるたびに、大切な手紙が墓前にそっと重ねられていった。 最後に、私の番がやってきた。私は深く息を吸い、一歩前に進み出る。「音色ちゃん、お待たせ。未羽だよ」 私も用意してきた花を手向け、自分の手紙をみんなの前で広げる。 小学校からの思い出、伝えられなかった後悔、そしてこれからの未来のこと。音色ちゃんに、そしてここにいるみんなに届くように、私は私の十年間を、心を込めて声に出して読み上げた。読み終えた便箋を、みんなの束の一番上に重ねる。 全員分の手紙と、色とりどりの花が、墓前を鮮やかに彩っていった。「あ、そういえばさ! 中一の時のあのマニアックなボケ、音色ったら――」 すべての報告が終わり、募る懐かしさから、リーダーの里奈が身を乗り出して当時の思い出話を熱っぽく語り始めた。それに陽菜や千歳も楽しそうに乗っかる。音色の話を笑顔でできるようになったのは嬉しいけれど、里奈のテンションはどんどん上がり、ついに当時のパート練習の愚痴にまで脱線しそうになっていた。「はいはい里奈、盛り上がりすぎ。音色も苦笑いしてるって」 それまで静かに笑って聞いていた蓮が、呆れたように、でもどこか愛おしそうに里奈の肩をポンと叩いた。普段はいじられキャラだった蓮が、すっかり大人びたトーンで場をたしなめる姿に、私たちは思わず顔を見合わせて笑ってしまう。「……よし。じゃあ、そろそろ行くか。またな、音色。お互い、新生活頑張ろうぜ」 蓮が優しく解散を促し、私たちは全員で最後にもう一度、静かに手を合わせた。 目を閉じると、初夏の生ぬるい風が吹き抜けて、みんなが持ち寄った花びらを優しく揺らした。 私たちはもう泣かなかった。音色の遺した『私のことなんて忘れて、楽しく過ごしてね』という、あの残酷なほど優しい追伸。私たちは今でも、あいつのことを一瞬たりとも忘れてはいない。だけど、私たちはこうして、お互いの声を重ね合わせながら、前を向いてそれぞれの人生を「楽しく過ごす」ことができるようになったのだ。それを証明するための、この七つの声だった。 音色のいない歪んだ空白は、十年をかけて、私たちが奏でるそれぞれの人生という音楽で、温かく満たされていた。 それぞれの新しい明日へ、私たちはまた、一歩を力強く踏み出す
私たちは二十三歳になり、ちょうど大学を卒業する春を迎えていた
私は、スーツに身を包み、みんなと一緒に高台の墓前に立っていた
髪型も、話し方も、あの頃とは少しずつ変わってしまったけれど、
集まれば一瞬であの賑やかだった音楽室の空気に戻ることができた
蓮「相変わらず、ここは見晴らしがいいな」
蓮は落ち着いた声でいった
すっかり大人の男の顔になっていた
その腕には、大きな花束が抱えられている
千歳「●●って綺麗な花が似合うよね、人のこといじるくせに、」
千歳がそう言って悪戯っぽく笑うと、
里奈「千歳のツッコミ、十年前と全然変わらないね」
と里奈が懐かしそうに目を細めた
私たちは中学のあの頃、後輩の一言をきっかけに音楽室で泣き崩れた
あの時は「忘れるなんて無理だ」と絶望していたけれど、
十年という時間は、私たちの傷口を少しずつ、優しく埋めてくれた
私は、墓石に刻まれた幼馴染の名前をじっと見つめる
小学校の時からずっと一緒だった◆◆
みんなは◆◆を「要領がよくて失敗しない完璧な優しい優等生」
だと思っていたかもしれない
けれど、私は知っていた
本当は人一倍努力が苦手で、プレッシャーに弱くて、
本音を言うのが苦手で、失敗をすごく気にして、
でも、誰よりも周りを気遣って観察して、優しくて思いやりがあった◆◆を。
だからこそ、私が6月に吹奏楽部へ転部してきた時も、
小学校からの絆で真っ先に気にかけてくれた
それなのに、あの時の私は自分のことで手いっぱいで、
◆◆の限界に気づいてあげられなかった
その小さな後悔は、十年間、私の胸の奥にずっと残り続けている
陽菜「みんな、手紙と花、持ってきた?」
陽菜ちゃんがみんなを見回しながら声をかける
今日は大学卒業という人生の節目に、それぞれが◆◆への想いを込めた花と、
一通の手紙を持ち寄って、ここに届ける約束をしていた
里奈「じゃあ、こっちから順番にいこう」
しらたまの言葉を合図に、一人、また一人と墓前へ進み出ていく
まずはしらたまが、続いて木村が、それぞれ◆◆への思いを話す
みんな、自分が選んだ特別な花言葉を持つ花を一輪ずつ手向け、手紙を広げて声に出した。 風の音に混じって、一人ひとりが音色に向かって語りかける声が、静かに私たちの間に響き渡る。それぞれの10年間、叶えた夢、そして今でも変わらない音色への感謝。お互いの手紙の内容に、私たちは静かに耳を傾け、時に優しくうなずき、時にあの頃のように小さく笑い合った。詳しい文面を文字として書き起こさなくても、みんなの声から溢れる温かい想いは、その場の全員の心に深く染み渡っていく。 言葉を紡ぎ終えるたびに、大切な手紙が墓前にそっと重ねられていった。 最後に、私の番がやってきた。私は深く息を吸い、一歩前に進み出る。「音色ちゃん、お待たせ。未羽だよ」 私も用意してきた花を手向け、自分の手紙をみんなの前で広げる。 小学校からの思い出、伝えられなかった後悔、そしてこれからの未来のこと。音色ちゃんに、そしてここにいるみんなに届くように、私は私の十年間を、心を込めて声に出して読み上げた。読み終えた便箋を、みんなの束の一番上に重ねる。 全員分の手紙と、色とりどりの花が、墓前を鮮やかに彩っていった。「あ、そういえばさ! 中一の時のあのマニアックなボケ、音色ったら――」 すべての報告が終わり、募る懐かしさから、リーダーの里奈が身を乗り出して当時の思い出話を熱っぽく語り始めた。それに陽菜や千歳も楽しそうに乗っかる。音色の話を笑顔でできるようになったのは嬉しいけれど、里奈のテンションはどんどん上がり、ついに当時のパート練習の愚痴にまで脱線しそうになっていた。「はいはい里奈、盛り上がりすぎ。音色も苦笑いしてるって」 それまで静かに笑って聞いていた蓮が、呆れたように、でもどこか愛おしそうに里奈の肩をポンと叩いた。普段はいじられキャラだった蓮が、すっかり大人びたトーンで場をたしなめる姿に、私たちは思わず顔を見合わせて笑ってしまう。「……よし。じゃあ、そろそろ行くか。またな、音色。お互い、新生活頑張ろうぜ」 蓮が優しく解散を促し、私たちは全員で最後にもう一度、静かに手を合わせた。 目を閉じると、初夏の生ぬるい風が吹き抜けて、みんなが持ち寄った花びらを優しく揺らした。 私たちはもう泣かなかった。音色の遺した『私のことなんて忘れて、楽しく過ごしてね』という、あの残酷なほど優しい追伸。私たちは今でも、あいつのことを一瞬たりとも忘れてはいない。だけど、私たちはこうして、お互いの声を重ね合わせながら、前を向いてそれぞれの人生を「楽しく過ごす」ことができるようになったのだ。それを証明するための、この七つの声だった。 音色のいない歪んだ空白は、十年をかけて、私たちが奏でるそれぞれの人生という音楽で、温かく満たされていた。 それぞれの新しい明日へ、私たちはまた、一歩を力強く踏み出す