幼い頃から、僕には才能があった。
こう言うと嫌悪感を示す人もいるかもしれないが、実際、誇張抜きにしても僕には色々な才能があったと思う。
学校では、勉強しなくても成績はいつも一番だった。
走る速さも、スポーツの技量も、いつも一番だった。
槍術の道場を営んでいた父に教わった槍も、一番だった。
ひとたび槍を握れば、僕は誰にも負けなかった。
『なんかさ、悠希の奴、最近調子乗ってないか? ちょっと周りよりできるからって、イキりすぎじゃね?』
誰にも。
『悠希、凄いぞ! 流石は父さんの息子だ』
誰にも。
『俺、周りからは悠希と仲良いって思われてるかもしんねーけどさ、実はアイツのこと嫌いなんだわ。昨日絶交してきたし』
——誰にも、負けなかった。
ある日、両親が家を空けていて、僕一人で留守番をしていた時、クラスメイトの連中が家に押しかけてきた。
その時のことは、今でも鮮明に思い出せる。
窓を破り、扉を蹴破り、家に入ってくるイジメの首謀者。
ニヤニヤと笑いながら動画を撮っている、近所の幼馴染。
家にペンキをぶちまけて大笑いする、かつての親友。
数人が家に入ってきた、その時。
僕は無意識に、槍を手に取っていた。
気づいたら、目の前に血塗れになったクラスメイトたちが倒れていた。
僕の手と、槍は、真っ赤になっていた。
父さんと母さんが帰ってくる気配がする。
絶句する父。
泣き喚く母。
『同い年の子供を、こんなに躊躇なく殺せるなんて……お前に槍を教えたのが間違いだった。お前みたいな奴は、俺の息子じゃない。とっとと出ていけ!』
気づいたら、僕は見知らぬ路地裏にいた。
フリーの用心棒として、日銭を稼いで暮らしていたら、当時の警備隊の隊長に拾われた。
ぼんやりとした意識のまま、なんとなく警備隊学校の入学試験を突破して。気づいたら、警備隊学校の寮にいた。
僕の人生は、クラスメイトを殺した日から、明らかに時間の進み方が早くなっていた。
いつも、気づいたら何日も経っている。
このまま、気づいたら、気づいたら……を繰り返していくうちに、きっと、「気づいたら」死んでいるのだろうな、とまで考えた。
我ながら虚しい人生だけれど、僕みたいな人殺しにはお似合いだ。
寮の相部屋の二段ベッドに座っていたら、部屋に入ってきた知らない男の人に声をかけられた。
「お前、入学試験で槍使ってたガキか?」
僕よりずっと体が大きい。
警備隊学校の生徒はみんな僕より大きいけれども、その人はその中でも群を抜いて大きく見えた。
統一感のないボサボサの前髪から、鋭い眼光が覗いている。
頷くと、男の人はニコリともせず「そうか」と言った。
「お前と相部屋になった、2年の朱鳥零だ。恐らく、訓練でもペアを組むことが多くなると思う。お前、名前は?」
「……朱雀、悠希」
「そうか。……入学試験の時のお前、なかなか凄かったぞ。あそこまで槍を上手く使う奴は初めて見た。小さいのによくやるな、朱雀」
それまで無表情だった男の人——零は、少しだけ口元を緩めた。
変な人だ、と思った。
[水平線]
その日から、僕の時間の進みはゆっくりになった。
零は、厳しそうな見た目をしていたが、意外にも心優しい性格の持ち主だった。
僕は彼とすぐに意気投合し、訓練でも上手く連携を取るようになった。
『おーい、朱鳥兄弟! お前ら、この間のペア実戦試験の連携凄かったなー。俺の周りの奴らも、みんな「スゲェ」って言ってるよ』
「……朱鳥兄弟って何だ、朱鳥兄弟って。俺たちは兄弟じゃないが」
ニカっと笑う、零の同級生。
いつもの無表情で言い返す零。
『だってよ、お前らなんか兄弟みたいじゃんか。見た目似てないけど、雰囲気それっぽいし。最近はみんなお前らのこと朱鳥兄弟って呼んでるぜ。知らなかったのか?』
「はあ……?」
零は、理解できない、といった表情で力無く首を振る。
僕はふざけて言った。
「えー、いいじゃんか兄弟って。それだけ連携が取れてるってことでしょ? ねー、零兄さん?」
「やめろその呼び方気色悪い、吐きそうだ」
わざとらしく口元を抑える零を見ながら、僕は笑った。
笑いながら、思った。
「零兄さん」か。
なんて良い響きなんだろう。
「……そろそろ昼休憩が終わるな。行くぞ朱雀」
零が椅子から立ち上がる。
(本当に、この人が僕の兄さんだったら良かったのに)
零なら、きっと良い兄になっただろう。
厳しいけれど、優しくて。
僕がいじめっ子を殺してしまっても、きっと零なら僕を見捨てない。
「よくやった」とすら言ってくれるかもしれない。
ありもしない、しかも既に過ぎ去ったことに思いを馳せながら、僕の毎日はゆっくりと過ぎていった。
[水平線]
警備隊学校を卒業し、警備隊に入隊してしばらく経った頃のことだった。
寝ぼけ眼を擦りながら事務作業をこなしていると、緊急放送が鳴り響いた。
『緊急、緊急。
第2区パトロール課グループBが、人外によって襲撃されました。
救急隊員は直ちに現場へ向かって下さい』
僕は真っ青になった。
第2区パトロール課グループB——
零の、配属先だ。
「課長! 僕も救急隊員と行っていいですか? 救助の心得はありますし、人手も足りないでしょうから」
僕はすかさず上司にそう言い放ち、飛行バイクで現場に向かった。
現場は惨憺たる有様だった。
最初、飛行バイクから見た時、地面を赤く塗る作業中かと思った。
そのぐらい、辺りは完全に血の海と化していた。
その海の中に、パトロール課の警備隊員たちが、見るも無惨な姿になって倒れ込んでいる。
中には、元の体の形状が分からないほどにまでバラバラにされた肉塊もあった。
(零は……?)
僕は必死になって零の姿を探したが、零の姿はそこになかった。
次の日の朝の新聞にデカデカと掲げられた見出しには、こう書かれていた。
『第2区にて人外による殺傷事件発生。
パトロール課Bグループ、15名中14名死亡——
——1名、行方不明』
零が、最近できた新興宗教「パラミシア教団」にいるらしいということを僕が知ったのは、それからずっと後のことだった。
なんで零がそんなところにいるのか。
なんで警備隊を抜けたのか。
僕には、何も分からない。
今思い返してみれば、僕は零の過去を何ひとつ知らない。
あれだけ一緒にいたのに。
あれだけよく話していたのに。
なんでだろう。
何も分からないが、一つだけ、確かなことがある。
僕は、警備隊の一員として、要警戒組織の構成員である零を敵に回さなくちゃいけないということだ。
それから、僕の人生は、また早送りになって。
気づいた時には、僕は警備隊長なんていう大層な肩書きを背中に背負っていた。
こう言うと嫌悪感を示す人もいるかもしれないが、実際、誇張抜きにしても僕には色々な才能があったと思う。
学校では、勉強しなくても成績はいつも一番だった。
走る速さも、スポーツの技量も、いつも一番だった。
槍術の道場を営んでいた父に教わった槍も、一番だった。
ひとたび槍を握れば、僕は誰にも負けなかった。
『なんかさ、悠希の奴、最近調子乗ってないか? ちょっと周りよりできるからって、イキりすぎじゃね?』
誰にも。
『悠希、凄いぞ! 流石は父さんの息子だ』
誰にも。
『俺、周りからは悠希と仲良いって思われてるかもしんねーけどさ、実はアイツのこと嫌いなんだわ。昨日絶交してきたし』
——誰にも、負けなかった。
ある日、両親が家を空けていて、僕一人で留守番をしていた時、クラスメイトの連中が家に押しかけてきた。
その時のことは、今でも鮮明に思い出せる。
窓を破り、扉を蹴破り、家に入ってくるイジメの首謀者。
ニヤニヤと笑いながら動画を撮っている、近所の幼馴染。
家にペンキをぶちまけて大笑いする、かつての親友。
数人が家に入ってきた、その時。
僕は無意識に、槍を手に取っていた。
気づいたら、目の前に血塗れになったクラスメイトたちが倒れていた。
僕の手と、槍は、真っ赤になっていた。
父さんと母さんが帰ってくる気配がする。
絶句する父。
泣き喚く母。
『同い年の子供を、こんなに躊躇なく殺せるなんて……お前に槍を教えたのが間違いだった。お前みたいな奴は、俺の息子じゃない。とっとと出ていけ!』
気づいたら、僕は見知らぬ路地裏にいた。
フリーの用心棒として、日銭を稼いで暮らしていたら、当時の警備隊の隊長に拾われた。
ぼんやりとした意識のまま、なんとなく警備隊学校の入学試験を突破して。気づいたら、警備隊学校の寮にいた。
僕の人生は、クラスメイトを殺した日から、明らかに時間の進み方が早くなっていた。
いつも、気づいたら何日も経っている。
このまま、気づいたら、気づいたら……を繰り返していくうちに、きっと、「気づいたら」死んでいるのだろうな、とまで考えた。
我ながら虚しい人生だけれど、僕みたいな人殺しにはお似合いだ。
寮の相部屋の二段ベッドに座っていたら、部屋に入ってきた知らない男の人に声をかけられた。
「お前、入学試験で槍使ってたガキか?」
僕よりずっと体が大きい。
警備隊学校の生徒はみんな僕より大きいけれども、その人はその中でも群を抜いて大きく見えた。
統一感のないボサボサの前髪から、鋭い眼光が覗いている。
頷くと、男の人はニコリともせず「そうか」と言った。
「お前と相部屋になった、2年の朱鳥零だ。恐らく、訓練でもペアを組むことが多くなると思う。お前、名前は?」
「……朱雀、悠希」
「そうか。……入学試験の時のお前、なかなか凄かったぞ。あそこまで槍を上手く使う奴は初めて見た。小さいのによくやるな、朱雀」
それまで無表情だった男の人——零は、少しだけ口元を緩めた。
変な人だ、と思った。
[水平線]
その日から、僕の時間の進みはゆっくりになった。
零は、厳しそうな見た目をしていたが、意外にも心優しい性格の持ち主だった。
僕は彼とすぐに意気投合し、訓練でも上手く連携を取るようになった。
『おーい、朱鳥兄弟! お前ら、この間のペア実戦試験の連携凄かったなー。俺の周りの奴らも、みんな「スゲェ」って言ってるよ』
「……朱鳥兄弟って何だ、朱鳥兄弟って。俺たちは兄弟じゃないが」
ニカっと笑う、零の同級生。
いつもの無表情で言い返す零。
『だってよ、お前らなんか兄弟みたいじゃんか。見た目似てないけど、雰囲気それっぽいし。最近はみんなお前らのこと朱鳥兄弟って呼んでるぜ。知らなかったのか?』
「はあ……?」
零は、理解できない、といった表情で力無く首を振る。
僕はふざけて言った。
「えー、いいじゃんか兄弟って。それだけ連携が取れてるってことでしょ? ねー、零兄さん?」
「やめろその呼び方気色悪い、吐きそうだ」
わざとらしく口元を抑える零を見ながら、僕は笑った。
笑いながら、思った。
「零兄さん」か。
なんて良い響きなんだろう。
「……そろそろ昼休憩が終わるな。行くぞ朱雀」
零が椅子から立ち上がる。
(本当に、この人が僕の兄さんだったら良かったのに)
零なら、きっと良い兄になっただろう。
厳しいけれど、優しくて。
僕がいじめっ子を殺してしまっても、きっと零なら僕を見捨てない。
「よくやった」とすら言ってくれるかもしれない。
ありもしない、しかも既に過ぎ去ったことに思いを馳せながら、僕の毎日はゆっくりと過ぎていった。
[水平線]
警備隊学校を卒業し、警備隊に入隊してしばらく経った頃のことだった。
寝ぼけ眼を擦りながら事務作業をこなしていると、緊急放送が鳴り響いた。
『緊急、緊急。
第2区パトロール課グループBが、人外によって襲撃されました。
救急隊員は直ちに現場へ向かって下さい』
僕は真っ青になった。
第2区パトロール課グループB——
零の、配属先だ。
「課長! 僕も救急隊員と行っていいですか? 救助の心得はありますし、人手も足りないでしょうから」
僕はすかさず上司にそう言い放ち、飛行バイクで現場に向かった。
現場は惨憺たる有様だった。
最初、飛行バイクから見た時、地面を赤く塗る作業中かと思った。
そのぐらい、辺りは完全に血の海と化していた。
その海の中に、パトロール課の警備隊員たちが、見るも無惨な姿になって倒れ込んでいる。
中には、元の体の形状が分からないほどにまでバラバラにされた肉塊もあった。
(零は……?)
僕は必死になって零の姿を探したが、零の姿はそこになかった。
次の日の朝の新聞にデカデカと掲げられた見出しには、こう書かれていた。
『第2区にて人外による殺傷事件発生。
パトロール課Bグループ、15名中14名死亡——
——1名、行方不明』
零が、最近できた新興宗教「パラミシア教団」にいるらしいということを僕が知ったのは、それからずっと後のことだった。
なんで零がそんなところにいるのか。
なんで警備隊を抜けたのか。
僕には、何も分からない。
今思い返してみれば、僕は零の過去を何ひとつ知らない。
あれだけ一緒にいたのに。
あれだけよく話していたのに。
なんでだろう。
何も分からないが、一つだけ、確かなことがある。
僕は、警備隊の一員として、要警戒組織の構成員である零を敵に回さなくちゃいけないということだ。
それから、僕の人生は、また早送りになって。
気づいた時には、僕は警備隊長なんていう大層な肩書きを背中に背負っていた。