エイレネ警備隊・本部事務所の正門に、一人の男が立っていた。
不審に思った新人の警備隊員が、男に声をかける。
「何か御用ですか?」
「……」
男の、纏まりのないマッシュルームヘアーが風に揺れる。
男は警備隊員を冷めた眼差しで見つめた。
「……今の新人隊員は、こんなに弱いのか」
「……は?」
「歩く時の仕草、喋り方、視線の動き方……どれを取っても、全く強そうに見えない。これなら、俺がいた頃の落ちこぼれ新人隊員の方がいくらか強いんじゃないか?」
抑揚なく、淡々と話す男の言葉に、門番の新人隊員は顔を顰めた。
「アンタ、言わせておけばごちゃごちゃと——」
ベチャ。
新人隊員の首から上が、切り落とされ、地面に落ちた。
切り口の肉が潰れる音が、辺りに響く。
男——パラミシア教団聖騎士団副団長・朱鳥零は、袖でナイフについた血をパッパッと払い落とした。
やることは簡単だ。
この建物の中にいるであろう、警備隊員になりすましている人外を殺す。
……いや、殺すだけでは足りないな。
捕まえて、どこかそこら辺の廃倉庫に放り込んで……とりあえず火炙りにして……徹底的に痛めつけてから殺す。
(そうだな、それがいい——)
「いやー、相変わらず鮮やかなナイフ捌きだねぇ」
零はビクッと肩を震わせ、振り向いた。
後ろには、警備隊隊長・朱雀悠希が立っていた。
長い緑色の髪を風に靡かせ、緩く微笑みながらパチパチと拍手している。
「久しぶり、零くん」
「……お前にだけは、会いたくなかったんだがな」
「それは悲しいなあ。僕たち親友じゃん? 旧友との感動の再会だよ、これ」
「お前と親友になった覚えはない……」
零が、朱雀を睨む。
並の警備隊員ならその場にいるだけで足がすくんでしまいそうな、殺気が漂った。
「お前みたいな、仲間という存在のことを何とも思ってない奴とはな。現に、今だって目の前で新人隊員を殺されたのに、お前は笑っている」
「いや、殺したの零くんじゃん。マッチポンプにも程があるでしょうに」
「……もういい」
零は朱雀から視線を外し、ホルダーから銃を抜くと、朱雀に向けて構えた。
代わりに、手に持っていたナイフを腰に収める。
「……お前が放っておいているクソ人外を今から始末するんだ。俺が、お前の仕事を片付けてやると言い換えてもいい。邪魔するな」
「いやあ、それは無理な話だなあ。零くんってば、一般隊員のこともいっぱい殺す気でしょ? 今さっきみたいに」
「多少の犠牲は必要だ」
「うーん……君も変わったねえ、零くん」
朱雀は、背中に差した短槍を音もなく抜き、構えた。
[水平線]
同時刻。
警備隊本部オフィスは、どこもかしこも混乱に陥っていた。
一般隊員や事務員たちが、書類を抱えてバタバタと走り回る。
混乱の中、緊急サイレンが気味の悪い音を立てた。
『緊急、緊急。敵襲です。パラミシア教聖騎士団関係者が単独襲撃中。場所は正門前。現在、警備隊隊長が応戦中です。一般隊員は、絶対にオフィスから出ないように』
「えー、もうあたし、夜勤明けで今から帰ろうとしてたんっスけど……」
目の下に濃いクマを浮かべ、コーヒーの缶をぐしゃっと握りつぶしたアイラは、ぶつぶつとボヤいた。
隣に座っていた上司が言う。
「それは災難だな。しっかしまあ、あの隊長が直々に対応してるんだ、終わるのは時間の問題だろう。あともうちょい待っとけ。仮眠でもしてたらどうだ?」
「ううう……そうします。
あ、棗ちゃん、昨日渡した書類なんっスけど……って、あれ?」
アイラは振り向き、隣の机に誰も座っていないのを見て、首を傾げた。
「棗ちゃんがいない?」
「便所にでも行ってんじゃねーの?」
「いや、適当なこと言わないで下さいよセンパイ」
まあ、少し待っていれば帰ってくるか。
そう考えたアイラは、机に伏せ、ものの数秒で眠りに落ちた。
[水平線]
「ええっと……どうする? イサナさん」
「いやいや、オレに言われましても。こーゆーのは夏目ちゃんのが得意やろ?」
「いやいや……これは流石に判断に困っちゃうな、ぼくも」
警備隊本部オフィスの、中庭の端。
警備が緩く、人通りの少ないこの場所で、夏目とイサナはコソコソと話していた。
「まさか、聖騎士団が警備隊に直接攻めてくるなんて」
「……これってさー、多分オレらのことバレとるよな」
「多分、ね。この間ぼく、警備中に聖騎士団長に会ったんだ。あの時、バレたのかもしれない」
「マジかぁ……」
イサナは顔を手で覆った。
その時、イサナのポケットに入れてある通信機器がヴーヴーと振動した。
チッと舌打ちをする。
通信機器を耳に当てると、声が耳に飛び込んできた。
美咲だ。
声が、必死な様子で震えている。
『イ、イサナさん……聖騎士団長が、こっちに』
「はぁ?」
イサナは思わず困惑の声を上げた。
夏目も、大きな目を溢れ落ちそうなほど見開いている。
「や、ごめんごめん。続けてーや。できれば、もうちょい詳しく」
『聖騎士団長が、アジトに攻めてきて……みんな殺されて。今、亜衣さんが一人で戦ってる。私は、亜衣さんに言われて裏口付近に隠れてる……』
「うーん。マージかぁ〜……」
イサナは、お手上げポーズをとった。
(ヤバい。こんなん逆に笑えてきたわ)
「あ、亜衣さんは……」
夏目の震える声が聞こえた。
イサナが振り向くと、夏目の顔は震える声とは裏腹に、無表情だった。
黒いマスクが動く。
「亜衣さんは、無事なの?」
『……分からない』
美咲の声に、夏目の表情はさらに固まった。
イサナは軽く息を吸って、言った。
「うーんと、まあ、とりあえず美咲ちゃんはそのまま隠れとき。実は今、警備隊本部にも聖騎士団が攻めてきとんねん」
『え』
「やから、これからちょっと夏目ちゃんと二人でどうするか考えるわ。美咲ちゃん、見つからんように頑張って〜」
『う、うん。二人も気をつけて』
ガチャリと、通信機器の通信が切れた。
「んで、改めてどーする?」
「イサナさん、ぼく亜衣さんのところに行く」
「……そう言うと思ったわ」
イサナはため息を吐き、地面に座り込んだ。
中庭に落ちていた枯葉がクシャリと鳴る。
「ぼくたち人外が平穏に暮らすためには、どっちにしろパラミシア教団は邪魔だ。その教団の主戦力である騎士団長が、自分から来てくれたんだよ? こんな機会ないよ。というわけで、ぼくは騎士団長を潰しに行きたいな。亜衣さんも心配だし」
流れるように言葉を紡ぐ夏目の話を、イサナは黙って聞いていた。
聞き終わった後、イサナは静かに口を開いた。
「……リーダーとか、夏目ちゃんには悪いけどな。オレは、人外が平穏に暮らすんは、絶対無理やと思う」
「!?」
「オレはな、人の肉の味が好きや。夏目ちゃんも知っとるやろ? オレの異常欲求。“食人欲”やで? 絶対無理やん。平穏な暮らしとか。
だって、人間とか食べ物にしか見えんもん。
想像してみ?
”お前、今日から喋るハンバーガーと喋るコーラと一緒に一つ屋根の下で暮らせよ。食べ物はやらんけど“って言われるようなもんなんやけど。
絶対食べてまうやんか。そんなん」
ぐっと歯を噛み締める夏目をチラリと見やり、イサナは続ける。
「夏目ちゃんもそうやんか。
“音響欲求”は確かに、普通に音楽かなんか聴きよったら満たされるかもしれんけど、夏目ちゃんは確か悲鳴が好きなんやろ?
悲鳴を聞きながら平穏な暮らしを送るとか、どう考えても無理な話やと思わん?」
「っ、それは……」
言葉に詰まる夏目を前に、イサナはパンパンっと手を叩いた。
乾いた音が中庭に響く。
「あー、すまんすまん。話逸れすぎたわ。まあ、夏目ちゃんがリーダーんとこに行くんはオレも賛成やで。
なんか、聖騎士団長って女っぽい男なんやろ?
ええやん。今警備隊に攻めてきとる副団長よりも、よっぽどええ悲鳴上げそうやんか。
オレオフィスで待っとるから、欲求解消ついでに行っといで。
この際、最悪正体バレてもええよ」
「!……あ、ありがとう」
夏目は黒マスクを外し、足にグッと力を込めた。
勢いをつけ、高くジャンプして壁によじ登る。
次の瞬間、夏目はオフィスの屋根の上にいた。
「うーん……やっぱいつ見ても身体能力バケモンやな」
イサナは目を細め、重力を無視しているとしか思えない動きをする夏目を見上げる。
「行ってきまーす!」
夏目は警備隊の制服である、ジャケットを脱ぎ捨てた。
下に着ていたワンピースの裾をたくし上げ、ナイフを取り出し咥える。
そしてそのまま、オフィスの屋上から飛び降り、軽やかに地面に着地して駆け出した。
不審に思った新人の警備隊員が、男に声をかける。
「何か御用ですか?」
「……」
男の、纏まりのないマッシュルームヘアーが風に揺れる。
男は警備隊員を冷めた眼差しで見つめた。
「……今の新人隊員は、こんなに弱いのか」
「……は?」
「歩く時の仕草、喋り方、視線の動き方……どれを取っても、全く強そうに見えない。これなら、俺がいた頃の落ちこぼれ新人隊員の方がいくらか強いんじゃないか?」
抑揚なく、淡々と話す男の言葉に、門番の新人隊員は顔を顰めた。
「アンタ、言わせておけばごちゃごちゃと——」
ベチャ。
新人隊員の首から上が、切り落とされ、地面に落ちた。
切り口の肉が潰れる音が、辺りに響く。
男——パラミシア教団聖騎士団副団長・朱鳥零は、袖でナイフについた血をパッパッと払い落とした。
やることは簡単だ。
この建物の中にいるであろう、警備隊員になりすましている人外を殺す。
……いや、殺すだけでは足りないな。
捕まえて、どこかそこら辺の廃倉庫に放り込んで……とりあえず火炙りにして……徹底的に痛めつけてから殺す。
(そうだな、それがいい——)
「いやー、相変わらず鮮やかなナイフ捌きだねぇ」
零はビクッと肩を震わせ、振り向いた。
後ろには、警備隊隊長・朱雀悠希が立っていた。
長い緑色の髪を風に靡かせ、緩く微笑みながらパチパチと拍手している。
「久しぶり、零くん」
「……お前にだけは、会いたくなかったんだがな」
「それは悲しいなあ。僕たち親友じゃん? 旧友との感動の再会だよ、これ」
「お前と親友になった覚えはない……」
零が、朱雀を睨む。
並の警備隊員ならその場にいるだけで足がすくんでしまいそうな、殺気が漂った。
「お前みたいな、仲間という存在のことを何とも思ってない奴とはな。現に、今だって目の前で新人隊員を殺されたのに、お前は笑っている」
「いや、殺したの零くんじゃん。マッチポンプにも程があるでしょうに」
「……もういい」
零は朱雀から視線を外し、ホルダーから銃を抜くと、朱雀に向けて構えた。
代わりに、手に持っていたナイフを腰に収める。
「……お前が放っておいているクソ人外を今から始末するんだ。俺が、お前の仕事を片付けてやると言い換えてもいい。邪魔するな」
「いやあ、それは無理な話だなあ。零くんってば、一般隊員のこともいっぱい殺す気でしょ? 今さっきみたいに」
「多少の犠牲は必要だ」
「うーん……君も変わったねえ、零くん」
朱雀は、背中に差した短槍を音もなく抜き、構えた。
[水平線]
同時刻。
警備隊本部オフィスは、どこもかしこも混乱に陥っていた。
一般隊員や事務員たちが、書類を抱えてバタバタと走り回る。
混乱の中、緊急サイレンが気味の悪い音を立てた。
『緊急、緊急。敵襲です。パラミシア教聖騎士団関係者が単独襲撃中。場所は正門前。現在、警備隊隊長が応戦中です。一般隊員は、絶対にオフィスから出ないように』
「えー、もうあたし、夜勤明けで今から帰ろうとしてたんっスけど……」
目の下に濃いクマを浮かべ、コーヒーの缶をぐしゃっと握りつぶしたアイラは、ぶつぶつとボヤいた。
隣に座っていた上司が言う。
「それは災難だな。しっかしまあ、あの隊長が直々に対応してるんだ、終わるのは時間の問題だろう。あともうちょい待っとけ。仮眠でもしてたらどうだ?」
「ううう……そうします。
あ、棗ちゃん、昨日渡した書類なんっスけど……って、あれ?」
アイラは振り向き、隣の机に誰も座っていないのを見て、首を傾げた。
「棗ちゃんがいない?」
「便所にでも行ってんじゃねーの?」
「いや、適当なこと言わないで下さいよセンパイ」
まあ、少し待っていれば帰ってくるか。
そう考えたアイラは、机に伏せ、ものの数秒で眠りに落ちた。
[水平線]
「ええっと……どうする? イサナさん」
「いやいや、オレに言われましても。こーゆーのは夏目ちゃんのが得意やろ?」
「いやいや……これは流石に判断に困っちゃうな、ぼくも」
警備隊本部オフィスの、中庭の端。
警備が緩く、人通りの少ないこの場所で、夏目とイサナはコソコソと話していた。
「まさか、聖騎士団が警備隊に直接攻めてくるなんて」
「……これってさー、多分オレらのことバレとるよな」
「多分、ね。この間ぼく、警備中に聖騎士団長に会ったんだ。あの時、バレたのかもしれない」
「マジかぁ……」
イサナは顔を手で覆った。
その時、イサナのポケットに入れてある通信機器がヴーヴーと振動した。
チッと舌打ちをする。
通信機器を耳に当てると、声が耳に飛び込んできた。
美咲だ。
声が、必死な様子で震えている。
『イ、イサナさん……聖騎士団長が、こっちに』
「はぁ?」
イサナは思わず困惑の声を上げた。
夏目も、大きな目を溢れ落ちそうなほど見開いている。
「や、ごめんごめん。続けてーや。できれば、もうちょい詳しく」
『聖騎士団長が、アジトに攻めてきて……みんな殺されて。今、亜衣さんが一人で戦ってる。私は、亜衣さんに言われて裏口付近に隠れてる……』
「うーん。マージかぁ〜……」
イサナは、お手上げポーズをとった。
(ヤバい。こんなん逆に笑えてきたわ)
「あ、亜衣さんは……」
夏目の震える声が聞こえた。
イサナが振り向くと、夏目の顔は震える声とは裏腹に、無表情だった。
黒いマスクが動く。
「亜衣さんは、無事なの?」
『……分からない』
美咲の声に、夏目の表情はさらに固まった。
イサナは軽く息を吸って、言った。
「うーんと、まあ、とりあえず美咲ちゃんはそのまま隠れとき。実は今、警備隊本部にも聖騎士団が攻めてきとんねん」
『え』
「やから、これからちょっと夏目ちゃんと二人でどうするか考えるわ。美咲ちゃん、見つからんように頑張って〜」
『う、うん。二人も気をつけて』
ガチャリと、通信機器の通信が切れた。
「んで、改めてどーする?」
「イサナさん、ぼく亜衣さんのところに行く」
「……そう言うと思ったわ」
イサナはため息を吐き、地面に座り込んだ。
中庭に落ちていた枯葉がクシャリと鳴る。
「ぼくたち人外が平穏に暮らすためには、どっちにしろパラミシア教団は邪魔だ。その教団の主戦力である騎士団長が、自分から来てくれたんだよ? こんな機会ないよ。というわけで、ぼくは騎士団長を潰しに行きたいな。亜衣さんも心配だし」
流れるように言葉を紡ぐ夏目の話を、イサナは黙って聞いていた。
聞き終わった後、イサナは静かに口を開いた。
「……リーダーとか、夏目ちゃんには悪いけどな。オレは、人外が平穏に暮らすんは、絶対無理やと思う」
「!?」
「オレはな、人の肉の味が好きや。夏目ちゃんも知っとるやろ? オレの異常欲求。“食人欲”やで? 絶対無理やん。平穏な暮らしとか。
だって、人間とか食べ物にしか見えんもん。
想像してみ?
”お前、今日から喋るハンバーガーと喋るコーラと一緒に一つ屋根の下で暮らせよ。食べ物はやらんけど“って言われるようなもんなんやけど。
絶対食べてまうやんか。そんなん」
ぐっと歯を噛み締める夏目をチラリと見やり、イサナは続ける。
「夏目ちゃんもそうやんか。
“音響欲求”は確かに、普通に音楽かなんか聴きよったら満たされるかもしれんけど、夏目ちゃんは確か悲鳴が好きなんやろ?
悲鳴を聞きながら平穏な暮らしを送るとか、どう考えても無理な話やと思わん?」
「っ、それは……」
言葉に詰まる夏目を前に、イサナはパンパンっと手を叩いた。
乾いた音が中庭に響く。
「あー、すまんすまん。話逸れすぎたわ。まあ、夏目ちゃんがリーダーんとこに行くんはオレも賛成やで。
なんか、聖騎士団長って女っぽい男なんやろ?
ええやん。今警備隊に攻めてきとる副団長よりも、よっぽどええ悲鳴上げそうやんか。
オレオフィスで待っとるから、欲求解消ついでに行っといで。
この際、最悪正体バレてもええよ」
「!……あ、ありがとう」
夏目は黒マスクを外し、足にグッと力を込めた。
勢いをつけ、高くジャンプして壁によじ登る。
次の瞬間、夏目はオフィスの屋根の上にいた。
「うーん……やっぱいつ見ても身体能力バケモンやな」
イサナは目を細め、重力を無視しているとしか思えない動きをする夏目を見上げる。
「行ってきまーす!」
夏目は警備隊の制服である、ジャケットを脱ぎ捨てた。
下に着ていたワンピースの裾をたくし上げ、ナイフを取り出し咥える。
そしてそのまま、オフィスの屋上から飛び降り、軽やかに地面に着地して駆け出した。