ヒマ。
すっげえヒマ。
亜衣はアジトのソファーに倒れ込み、おもむろにクッションを殴りつけた。
ビチ、と嫌な音を立ててクッションが破れる。
「……亜衣さん、クッション破るのやめてって何回言ったら分かるの? 綺麗なのを選んで拾ってくるの、結構大変なんだけど」
椅子に腰掛けて何やら本を読んでいた美咲が、くるりとこちらを向いて言った。
ビリビリと殺気が飛んでくる。
「……おっふ、ごめんごめん」
「絶対ごめんって思ってないじゃん」
「いやだってさあ!!! ヒマ!!! ヒマだよみーちゃん!!!」
「まあそれは、分からなくもないけど」
そう、二人は暇だった。
しかし、初めから暇だったわけではない。
夏目を警備隊に潜入させて暫くの間は、二人も二人で、アジトで情報収集に励んでいたのだ。
しかし、パソコンで集められる情報には限界があった。
夏目の偽戸籍が簡単に入手できたのは、政府のサーバーがあまりにも雑魚すぎたからだったが、警備隊のサーバーは政府のサーバーよりも遥かに強固であった。
しかも、亜衣と美咲の二人はパソコンがそこまで得意ではない。
タイピングもままならないのに、ハッキングなど無理な話である。
潜入させた夏目のサポートをしようにも、その役目は夏目と共に潜入したイサナがしっかりと果たしてくれていた。果たしすぎなぐらい果たしてくれている。彼は意外にも優秀だった。
つまり、二人にはやることがないのだ。
「外に出かけようにも、人外への警戒態勢がなんか強くなってて出れないし……」
「警戒態勢が強くなってる理由は、間違いなく亜衣さんが欲求に任せて人を殺しちゃったからだけど」
「……はい。すみません。それに関しては物凄ーーーく反省してます」
「……それにしても、甘いものを買いに行けなくなったのは困る……私、そろそろ欲求が出そう」
「うぇ!? マ!? ヤバいじゃん!?」
美咲の異常欲求は、「甘味欲求」。
名前の通り、甘いものを定期的に摂取しないと発言する欲求である。
物騒な欲求持ちが多い人外の中では、比較的平和な欲求だが、それでも異常欲求は異常欲求。
満たされないと大変なことになる。
「うーん、どうしよっかな……無理矢理にでも外に出て買いに行くべきかな。多分、警備隊員の一人二人ぐらいなら私一人で十分対応できるし……」
その時、アジトの扉がバタンと勢いよく開かれた。
扉の向こうには、人外の少年が立っていた。
「リ、リーダー!!!! 大変です、奴がすぐそこまでっ……っ!!!」
グサ。
顔を青ざめて叫んだ少年の胸から、刃が突き出た。その刃を覆うように、赤黒い血が、噴き出す。
少年は白目をむき、手足を痙攣させながら、ボタボタと垂れた自らの血の上に、ガクンと座り込んだ。
そのまま俯いた少年の奥から、一人の可憐な少女が姿を見せた。
「こんにちは〜♡ アポなしで来ちゃってごめんね♡? 突然だけど、フォーミュラのリーダーってのは、君?」
少女が片手に剣を携え、ピシリと切先を亜衣に向ける。
倒れた少年を見て呆然とする美咲を後ろに押し退け、亜衣は口を開いた。
「フォーミュラのリーダーは私だけど……そう言うそっちこそ、もしかしなくてもかの有名な、聖騎士団の団長ちゃんかな?」
深紅の瞳をキュッと細め、少女を観察する。
鈍く光る銀髪。
胸元から、聖騎士団のエンブレムがこちらを威嚇するように眩い光を放っている。
長い前髪の下から、嵐の夜の海を思わせる、光ない群青色の瞳がこちらを挑発するように見ていた。
「今団長“ちゃん”って言った? 残念! 僕、男なんだ。……ね、すごくない? 男なのにこんなに可愛いんだよ♡」
「うーん、髪と目の色はなちゅめと一緒だけど……」
机に放ってあった銃を引っ掴んだ。
同じく机に置いてあった銃弾を取り、カチリと弾をこめる。
「全っっっ然可愛くないね」
「……ふーん?」
少女——本人によると、少年か。
少年の瞳から、挑発の色が消え失せた。
「へえ、そっかそっか。……酷いこと言うんだね」
その言葉を皮切りにして、戦いの火蓋が切られた。
[水平線]
亜衣が引き金に手をかけた瞬間、少年の姿が揺らめいた。
少年が一瞬にして視界から消える。
(いや、速!!! どこ行った!?)
「亜衣さん! 右!」
後ろから飛んできた美咲の声を聞いて、反射的に身を逸らす。
目の前を、刀身がヒュッと掠めた。
「まあまあ良い反応するじゃん♡」
少年が剣を翻し、また突き出そうとする。
亜衣は後ろに飛び退いた。
亜衣の愛銃であるショットガンは、近距離の戦闘に使える銃だ。
しかし、室内での戦闘、それも超至近距離での戦闘には向いていない。
この距離のままでは、剣を使う敵の少年の思うがままだ。
(ちょっと距離を取るかな……)
開きっぱなしになったドアに目掛け、ダッシュする。
ドアの側に倒れた、人外の少年の死体を飛び越えた。
心の中で手を合わせる。
(安心して。今から君の仇、取ってあげるから)
「みーちゃん!!! 裏口から逃げて!!!」
「……亜衣さん! 私も戦う……」
「いいから逃げて!!!」
「……」
「仲間を逃がして、自分も逃げるつもり? 無駄だよー♡」
亜衣はドアの前で、部屋の中にいる聖騎士団長を振り返った。
美咲は既に部屋にいない。無事、裏口から逃げられたようだ。
「……もし、このままみーちゃんの方追っかけたら……許さないから」
「そこは安心して!……可愛くないって言ったヤツを、そう簡単に許すほど僕は甘くないからね。君を殺すまでは、誰も追わないよ?」
「それなら良かった」
亜衣は進行方向へ振り向くと、アジトの通路を駆けた。
通路には、少年に惨殺されたのであろう、構成員の人外たちの死体が無惨に転がっていた。
死体を踏まないように、右へ左へと移動しながら、走る。
「鬼ごっこかぁ〜! 本で読んだことはあるけど、実際にやるのは初めてだよ。なんか楽しいね!」
息を切らすことなく、少年は猛スピードで追いかけてくる。
十分引き付けたところで、亜衣は振り向きざまに銃弾を放った。
少年は難なく体を傾け、銃弾を避ける。
「うわ、危な! ねえ、鬼ごっこって、逃げる側が鬼に攻撃するのは禁止じゃないの? 僕の思い違いでなければ、だけど」
「……そもそも、コレを鬼ごっこだと思ってること自体が、だいぶ思い違ってるよ」
口を尖らす少年をキッと睨みつけ、また走り出す。
このままアジトの外に出られれば、こちら側に有利な状況に立てる可能性が高い。
アジトの外で警備隊に見つかって漁夫の利、っていう最悪なパターンもあるけど……その場合どう動くかは、起こった時に考えよう。
今は逃げることに集中だ。
すっげえヒマ。
亜衣はアジトのソファーに倒れ込み、おもむろにクッションを殴りつけた。
ビチ、と嫌な音を立ててクッションが破れる。
「……亜衣さん、クッション破るのやめてって何回言ったら分かるの? 綺麗なのを選んで拾ってくるの、結構大変なんだけど」
椅子に腰掛けて何やら本を読んでいた美咲が、くるりとこちらを向いて言った。
ビリビリと殺気が飛んでくる。
「……おっふ、ごめんごめん」
「絶対ごめんって思ってないじゃん」
「いやだってさあ!!! ヒマ!!! ヒマだよみーちゃん!!!」
「まあそれは、分からなくもないけど」
そう、二人は暇だった。
しかし、初めから暇だったわけではない。
夏目を警備隊に潜入させて暫くの間は、二人も二人で、アジトで情報収集に励んでいたのだ。
しかし、パソコンで集められる情報には限界があった。
夏目の偽戸籍が簡単に入手できたのは、政府のサーバーがあまりにも雑魚すぎたからだったが、警備隊のサーバーは政府のサーバーよりも遥かに強固であった。
しかも、亜衣と美咲の二人はパソコンがそこまで得意ではない。
タイピングもままならないのに、ハッキングなど無理な話である。
潜入させた夏目のサポートをしようにも、その役目は夏目と共に潜入したイサナがしっかりと果たしてくれていた。果たしすぎなぐらい果たしてくれている。彼は意外にも優秀だった。
つまり、二人にはやることがないのだ。
「外に出かけようにも、人外への警戒態勢がなんか強くなってて出れないし……」
「警戒態勢が強くなってる理由は、間違いなく亜衣さんが欲求に任せて人を殺しちゃったからだけど」
「……はい。すみません。それに関しては物凄ーーーく反省してます」
「……それにしても、甘いものを買いに行けなくなったのは困る……私、そろそろ欲求が出そう」
「うぇ!? マ!? ヤバいじゃん!?」
美咲の異常欲求は、「甘味欲求」。
名前の通り、甘いものを定期的に摂取しないと発言する欲求である。
物騒な欲求持ちが多い人外の中では、比較的平和な欲求だが、それでも異常欲求は異常欲求。
満たされないと大変なことになる。
「うーん、どうしよっかな……無理矢理にでも外に出て買いに行くべきかな。多分、警備隊員の一人二人ぐらいなら私一人で十分対応できるし……」
その時、アジトの扉がバタンと勢いよく開かれた。
扉の向こうには、人外の少年が立っていた。
「リ、リーダー!!!! 大変です、奴がすぐそこまでっ……っ!!!」
グサ。
顔を青ざめて叫んだ少年の胸から、刃が突き出た。その刃を覆うように、赤黒い血が、噴き出す。
少年は白目をむき、手足を痙攣させながら、ボタボタと垂れた自らの血の上に、ガクンと座り込んだ。
そのまま俯いた少年の奥から、一人の可憐な少女が姿を見せた。
「こんにちは〜♡ アポなしで来ちゃってごめんね♡? 突然だけど、フォーミュラのリーダーってのは、君?」
少女が片手に剣を携え、ピシリと切先を亜衣に向ける。
倒れた少年を見て呆然とする美咲を後ろに押し退け、亜衣は口を開いた。
「フォーミュラのリーダーは私だけど……そう言うそっちこそ、もしかしなくてもかの有名な、聖騎士団の団長ちゃんかな?」
深紅の瞳をキュッと細め、少女を観察する。
鈍く光る銀髪。
胸元から、聖騎士団のエンブレムがこちらを威嚇するように眩い光を放っている。
長い前髪の下から、嵐の夜の海を思わせる、光ない群青色の瞳がこちらを挑発するように見ていた。
「今団長“ちゃん”って言った? 残念! 僕、男なんだ。……ね、すごくない? 男なのにこんなに可愛いんだよ♡」
「うーん、髪と目の色はなちゅめと一緒だけど……」
机に放ってあった銃を引っ掴んだ。
同じく机に置いてあった銃弾を取り、カチリと弾をこめる。
「全っっっ然可愛くないね」
「……ふーん?」
少女——本人によると、少年か。
少年の瞳から、挑発の色が消え失せた。
「へえ、そっかそっか。……酷いこと言うんだね」
その言葉を皮切りにして、戦いの火蓋が切られた。
[水平線]
亜衣が引き金に手をかけた瞬間、少年の姿が揺らめいた。
少年が一瞬にして視界から消える。
(いや、速!!! どこ行った!?)
「亜衣さん! 右!」
後ろから飛んできた美咲の声を聞いて、反射的に身を逸らす。
目の前を、刀身がヒュッと掠めた。
「まあまあ良い反応するじゃん♡」
少年が剣を翻し、また突き出そうとする。
亜衣は後ろに飛び退いた。
亜衣の愛銃であるショットガンは、近距離の戦闘に使える銃だ。
しかし、室内での戦闘、それも超至近距離での戦闘には向いていない。
この距離のままでは、剣を使う敵の少年の思うがままだ。
(ちょっと距離を取るかな……)
開きっぱなしになったドアに目掛け、ダッシュする。
ドアの側に倒れた、人外の少年の死体を飛び越えた。
心の中で手を合わせる。
(安心して。今から君の仇、取ってあげるから)
「みーちゃん!!! 裏口から逃げて!!!」
「……亜衣さん! 私も戦う……」
「いいから逃げて!!!」
「……」
「仲間を逃がして、自分も逃げるつもり? 無駄だよー♡」
亜衣はドアの前で、部屋の中にいる聖騎士団長を振り返った。
美咲は既に部屋にいない。無事、裏口から逃げられたようだ。
「……もし、このままみーちゃんの方追っかけたら……許さないから」
「そこは安心して!……可愛くないって言ったヤツを、そう簡単に許すほど僕は甘くないからね。君を殺すまでは、誰も追わないよ?」
「それなら良かった」
亜衣は進行方向へ振り向くと、アジトの通路を駆けた。
通路には、少年に惨殺されたのであろう、構成員の人外たちの死体が無惨に転がっていた。
死体を踏まないように、右へ左へと移動しながら、走る。
「鬼ごっこかぁ〜! 本で読んだことはあるけど、実際にやるのは初めてだよ。なんか楽しいね!」
息を切らすことなく、少年は猛スピードで追いかけてくる。
十分引き付けたところで、亜衣は振り向きざまに銃弾を放った。
少年は難なく体を傾け、銃弾を避ける。
「うわ、危な! ねえ、鬼ごっこって、逃げる側が鬼に攻撃するのは禁止じゃないの? 僕の思い違いでなければ、だけど」
「……そもそも、コレを鬼ごっこだと思ってること自体が、だいぶ思い違ってるよ」
口を尖らす少年をキッと睨みつけ、また走り出す。
このままアジトの外に出られれば、こちら側に有利な状況に立てる可能性が高い。
アジトの外で警備隊に見つかって漁夫の利、っていう最悪なパターンもあるけど……その場合どう動くかは、起こった時に考えよう。
今は逃げることに集中だ。