【スパイ兼暗殺者バージョン】紫原家のクリスマス。
――雪が、降っていた。
幽霊になってからも、瑚緑は雪を「冷たい」とは感じなかった。
だが、その夜だけは違った。
街は赤と緑の灯りで満ち、鈴の音がどこからともなく流れてくる。
人々は笑い、手を繋ぎ、袋を抱え、温かな匂いをまとって歩いていた。
[太字]クリスマス[/太字]――
その言葉を、瑚緑は昔、どこかで聞いたことがあった。
「……祝う、日……?」
記憶は曖昧だ。
だが、その日だけは殴られなかった子どもがいた。
甘い匂いのする菓子を、床に落ちた欠片だけ与えられた夜。
妹は、その欠片を半分こした。
『お兄ちゃん、これ……あまいね』
それが、瑚緑の中に残っている、
**唯一の“暖かい記憶”**だった。
その夜、瑚緑はいつもと違う依頼を受けていた。
殺しではない。
監視でもない。
「子どもを一人、守れ」
理由は告げられなかった。
だが、指定された場所に向かう途中で、瑚緑は立ち止まった。
――声。
「……お兄ちゃん……?」
微かで、遠くて、
それでも間違えようのない声。
瑚緑は、雪を踏まずに走った。
影を裂き、壁をすり抜け、灯りの下へ。
そこにいたのは、
古びたコートを着た、小さな少女だった。
年の頃は、あの頃の賈緑と同じくらい。
少女は、街路樹の下で一人、空を見上げていた。
手には、少し歪んだ星形の飾り。
「ママがね……すぐ戻るって言ったの」
誰に向けたでもない独り言。
だが、その声は震えていた。
瑚緑は、彼女の背後に立った。
守るべき対象。
それだけのはずだった。
けれど――
少女が落とした星飾りが、雪の上に転がる。
瑚緑は、反射的にそれを拾おうとして、手を止めた。
触れられない。
触れられないはずなのに。
その夜だけ、
星は、彼の指先に引っかかった。
「……?」
少女が振り向く。
もちろん、瑚緑の姿は見えない。
だが、星がふわりと宙に浮かび、彼女の手の中へ戻った。
「……サンタさん?」
小さな声。
不安と期待が混じった声。
瑚緑の胸の奥で、何かが軋んだ。
――違う。
俺は、刃だ。幽霊だ。殺し屋だ。
そう思ったはずなのに。
「……良い子に、してた?」
声は、かすれていた。
それでも、確かに届いた。
少女は、目を見開き、そして――笑った。
「うん!」
その笑顔を見た瞬間、
瑚緑の中で、凍りついていた時間が、ほんの少しだけ動いた。
その後、少女の母親は無事に戻り、
何事もなかったかのように二人は去っていった。
誰も、瑚緑の存在に気づかない。
それでいい。いつも通りだ。
だが、街を離れる前、
彼は小さく空を見上げた。
雪は相変わらず冷たいはずなのに、
その夜だけは、どこか柔らかく感じた。
「……賈緑」
名前を呼ぶ。
返事はない。
それでも。
――生きていればいい。
どこかで、笑えていればいい。
たったそれだけの願いを、
彼は初めて“祈り”として抱いた。
クリスマスの夜。
幽霊の暗殺者は、刃を振るわなかった。
ただ、立っていた。
妹と再会するその日まで。
この世界に、ほんの少しだけ残るために
幽霊になってからも、瑚緑は雪を「冷たい」とは感じなかった。
だが、その夜だけは違った。
街は赤と緑の灯りで満ち、鈴の音がどこからともなく流れてくる。
人々は笑い、手を繋ぎ、袋を抱え、温かな匂いをまとって歩いていた。
[太字]クリスマス[/太字]――
その言葉を、瑚緑は昔、どこかで聞いたことがあった。
「……祝う、日……?」
記憶は曖昧だ。
だが、その日だけは殴られなかった子どもがいた。
甘い匂いのする菓子を、床に落ちた欠片だけ与えられた夜。
妹は、その欠片を半分こした。
『お兄ちゃん、これ……あまいね』
それが、瑚緑の中に残っている、
**唯一の“暖かい記憶”**だった。
その夜、瑚緑はいつもと違う依頼を受けていた。
殺しではない。
監視でもない。
「子どもを一人、守れ」
理由は告げられなかった。
だが、指定された場所に向かう途中で、瑚緑は立ち止まった。
――声。
「……お兄ちゃん……?」
微かで、遠くて、
それでも間違えようのない声。
瑚緑は、雪を踏まずに走った。
影を裂き、壁をすり抜け、灯りの下へ。
そこにいたのは、
古びたコートを着た、小さな少女だった。
年の頃は、あの頃の賈緑と同じくらい。
少女は、街路樹の下で一人、空を見上げていた。
手には、少し歪んだ星形の飾り。
「ママがね……すぐ戻るって言ったの」
誰に向けたでもない独り言。
だが、その声は震えていた。
瑚緑は、彼女の背後に立った。
守るべき対象。
それだけのはずだった。
けれど――
少女が落とした星飾りが、雪の上に転がる。
瑚緑は、反射的にそれを拾おうとして、手を止めた。
触れられない。
触れられないはずなのに。
その夜だけ、
星は、彼の指先に引っかかった。
「……?」
少女が振り向く。
もちろん、瑚緑の姿は見えない。
だが、星がふわりと宙に浮かび、彼女の手の中へ戻った。
「……サンタさん?」
小さな声。
不安と期待が混じった声。
瑚緑の胸の奥で、何かが軋んだ。
――違う。
俺は、刃だ。幽霊だ。殺し屋だ。
そう思ったはずなのに。
「……良い子に、してた?」
声は、かすれていた。
それでも、確かに届いた。
少女は、目を見開き、そして――笑った。
「うん!」
その笑顔を見た瞬間、
瑚緑の中で、凍りついていた時間が、ほんの少しだけ動いた。
その後、少女の母親は無事に戻り、
何事もなかったかのように二人は去っていった。
誰も、瑚緑の存在に気づかない。
それでいい。いつも通りだ。
だが、街を離れる前、
彼は小さく空を見上げた。
雪は相変わらず冷たいはずなのに、
その夜だけは、どこか柔らかく感じた。
「……賈緑」
名前を呼ぶ。
返事はない。
それでも。
――生きていればいい。
どこかで、笑えていればいい。
たったそれだけの願いを、
彼は初めて“祈り”として抱いた。
クリスマスの夜。
幽霊の暗殺者は、刃を振るわなかった。
ただ、立っていた。
妹と再会するその日まで。
この世界に、ほんの少しだけ残るために
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