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クトゥルフ神話を題材にしてはおりますが、原作において登場しない架空の神性が登場することもございます。
[中央寄せ]2017年5月 黄蘗桜崖[/中央寄せ]
「私は断じて認めん」
会議室に厳粛を体現したような声が響き、ただでさえ重かった空気が更にずしりと重くなる。
分かってはいたことだが、ここまでハッキリと突きつけられればアーステラスを背負う者としては結構心に刺さるものだ。
そして、言葉だけではなくその声の主の視線も桜崖に突き刺さっている。
「桜崖、あの様な人材を招き入れようなどいつものお前らしくもない……はっきり言って、あの小娘には荷が重すぎる、役不足もいいところだ」
止まらない言葉の数々は決して理不尽なものでは無い。どれも至極当然で真っ当だった。
返す言葉もないのが本音、だが言葉を返さなければ桜崖にも立つ瀬がない。
「だが教授、彼女がいなければ編纂者は今後現れないかもしれない、編纂者が居ない中で我々が活動を続けることは不可能だ」
「あぁ、それも一理あるな。だがあえて[漢字]反駁[/漢字][ふりがな]はんばく[/ふりがな]させてもらおう、あの小娘に『佐野』に取って代われる程の技量があるとは到底思えん」
またぐぅのねも出せない反論を切り出された。
技量の点においては桜崖も一抹の不安を抱いていた点だ。
そして、彼の目の前の教授と呼ばれる男『七惺琉晟』が、その点を見逃すはずがない。
天文学の重鎮にして権威。
『外界』研究の最前線を走っている『ミスカトニック大学』に名を連ねた専門家。
彼は天文学によってそれまであるにはあるが所在不明だった『外界』の存在を証明し、その位置をも導き出してみせた天才。
彼はその叡智により人類が天外の存在にようやく一歩踏み出す後押ししたのだ。
よってアーステラスが正しい道を歩み続けられているのは、彼の存在が非常に大きかった。
その彼が反対しているのだ、この話はもう終わっているにも近い。彼を納得させられるほど説得力のあるものが桜崖にはないからだ。
「あはは、意外だね教授。君って真理佳ちゃんの事そこそこ評価してたんだ、やっぱ色々言ってても真理佳ちゃんのこと気に入ってるんじゃないの〜?」
「……黙れ津辻杜、私とて盲目では無い、実力について評価はするが……あれの人格面の話まではしてない」
「はいはい、すみませんでした」
そんな厳格で冷徹な琉晟に対し、躊躇もなく軽口を叩く青髪の女性『津辻杜慧』。
鏡を操る祈士でありその鏡の中に封じた星獣を使役という数少ない存在だ。
常に飄々と、ミステリアスな雰囲気を漂わせる彼女はかつて、その身に尊敬と畏怖を集め『[漢字]闇鏡[/漢字][ふりがな]あんきょう[/ふりがな]の魔女』という異名で知られていた。
「でも今回は教授と同意見かなぁ……あの子じゃ簡単に『うちの子達』に食い殺されちゃいそう、もしくはいいように騙くらかされて酷い目に遭わされるか……二つに一つだね」
知性と理性は崩壊し、本能と狂気によって人類に災いの種を振り撒く災禍。
『虚霊子』の影響を受け生まれた『星獣』。
『虚霊子』と『悪性』の結合によって生まれた『デモニオ』と『ディアブロ』。
これらは元来、意志や知性を持たないものがほとんどだ。
人語を介さず理解もしない、他の種族との共生にまるで適さない本能だけの生物、それがこの三つの存在なのである。
だが稀に悪意ある知性と歪んだ意思を持った『特殊個体』が発生することがあった。
それらは力を持てば持つほど精神性以外は人間に近づき、姿も変異しやがて人語を操るようになる。
つまるところ、危険性が通常個体よりもずっと高いということ他ならない。
彼らは到底制御をすることなど叶わない、人類がいずれ根絶させるべき存在だ。
しかし慧はその特殊個体を使役していた。
鏡の中に封じ込められた星獣、デモニオ、ディアブロの数はいざ知らず。
まさに『[漢字]鏡の守人[/漢字][ふりがな]ミラーマスター[/ふりがな]』の何相応しい腕の立ちようだが、アーステラス内部でも彼女は恐れられる存在でもあった。
うっかり彼女の鏡に近づけば、そのあとどうなるかは想像するだけでも恐ろしいものだからだ。
誰が呼んだか、彼女は畏怖と尊敬の念を込めて『鏡の魔女』と呼ばれていた。
とはいえ彼女の『鏡の守人』としての仕事は、鏡による移動を取り計らうこと。
彼女の力を持ってすることでアーステラスは全国各地、条件さえ揃えば外国へと即座の移動を可能にしていた。
とはいえどのような意味であろうと彼女以上に『鏡の守人』に相応しい人物は居ないだろう。
「でも、あの子を元の住処に戻してあげられないから一旦はここに居てもらった方がいいと思うんだけどなぁ……」
「それも一理あるよな、アイツが特別計画都市に住んでたってなりゃ話は変わってくるぜ」
そこが問題だな。
反対の意見を呈していた琉晟と慧も、その意見に対して即座の反論は差し控えた。
東井紗枝の暮らしていた都市で暮らす住人は魔術のまの字も知っていてはいけない。
しかし彼女は魔術に触れてしまった、知ってしまった。
そうなればもう元の住処で同じように暮らすことは不可能、彼女はアーステラスから追い出せば間違いなく路頭に迷うだろう。
そして路頭に迷うことになれば、その責任の所在は間違いなくアーステラスにある。
問題点を提示した女性『桜小路美藍』はさらに続ける。
「それに……あの子が生きていると知られれば[漢字]夢想家[/漢字][ふりがな]トロイメライ[/ふりがな]はきっとこれからもあの子を狙うと思う、そんな中で埼玉に帰したら埼玉に厄災が訪れる、そうなったら遅いよ……」
「そうか、あの夢想家が取りこぼしをそのままにしておく保証は無いし……」
「そこんとこどう思うよ学者殿はよ」
腕を組み考え込んでいる琉晟に対し、白髪の伊達男『アイク・ガンドルフ』は僅かに茶化しつつ意見を求めた。
彼をアーステラスの戦力としては文句のない、優秀な男であることは認めている。
しかし性格やら考え方の違いやらで、琉晟は正直彼にはあまりいい印象を持っていない。
今もまるで緊張感のない彼をじろりと睨みつけてから、毅然とした態度で要求通り意見を呈した。
「百歩譲ってここで保護するにしても、組織の運営に関わらせるのは全くの別問題だ」
流石の彼も多少は譲歩したようだ。
とはいえまだまだ七惺琉晟という壁は高く聳え立っている。
桜崖は正直、彼の説得はもはや不可能なのでは?と早くも心が折れつつあった。
とはいえここで諦めると、せっかく覚悟を決めてくれた紗枝に面目が立たない。
せめて副局長がこの場にいてくれたらもう少しなにか変わっていただろうか。
「七惺教授の言う通り、今回は保護に留めるべきではないでしょうか」
会議室の沈黙を破るように『マルス・フォン・アイスフェルト』は琉晟の譲歩した意見の後押しをした。
アイクはいつもなら「ジェネリック七惺琉晟」と茶化していたところだが、実際のところは自分も同意見であるため今回は口を噤んだ。
「まぁ着地点としてはそこが全員一致しそうだよね、私も保護が限界だとは思うもん」
「俺もぶっちゃけそこしかねぇと思うがな、流石にあの嬢ちゃん前線に連れ出すのはちょっとな」
「まぁ局長殿には申し訳ないけどちょっと今回は無理があるね〜」
結局現状は5対1。
流石に幹部クラスの意見を無視して、局長の独断で今回の件を扱う訳にもいかず、最早ここまでかと桜崖はとうとう諦めようとしていた。
しかし、転機は突然として会議室にやって来た。
その転機は黒い毛皮を纏った猫だった。
妖しい金色の眼差しを会議室の面々に向けながらゆったりとした歩調で歩み、会議室の円卓に飛び乗った。
ただの猫にしか見えない、だが彼らにとってその猫はアーステラスにとって決して軽視できない重要な存在だった。
故に、会議を締めくくろうとしていた琉晟も咄嗟に口をつぐみ黒猫の様子を伺っている。
そして、黒猫はただの一声も発さずに桜崖の目の前に近寄り、座り込んだ。
「…………彼女の件については任せろ、と?」
ゆらりとしなやかな尾を揺らす。
まるで桜崖の言葉を肯定するかのように。
「つまり、『[太字]ディアンさん[/太字]』の判断待ち……かな。教授もこれなら異論はないんじゃない?」
「………………」
この無言は恐らく肯定だろう。
『ディアンさん』と呼ばれた黒猫は全員の顔を見てから、やがてすたすたと振り向くことも無く、会議室から出ていってしまった。
すべての結論を奪い去っていった黒猫の背を見つめ、見えなくなってからもしばらく沈黙が続く。
「……まさか口を挟んでくるとは思いませんでしたね」
ようやく口を開いたマルスの一言に、会議室の面々は深く頷いた。
それだけ、あの黒猫の出現は全員の意表を突くものだったのだ。
こうして、白熱した会議はなんとも言えない結論で締め括られることになった。
「私は断じて認めん」
会議室に厳粛を体現したような声が響き、ただでさえ重かった空気が更にずしりと重くなる。
分かってはいたことだが、ここまでハッキリと突きつけられればアーステラスを背負う者としては結構心に刺さるものだ。
そして、言葉だけではなくその声の主の視線も桜崖に突き刺さっている。
「桜崖、あの様な人材を招き入れようなどいつものお前らしくもない……はっきり言って、あの小娘には荷が重すぎる、役不足もいいところだ」
止まらない言葉の数々は決して理不尽なものでは無い。どれも至極当然で真っ当だった。
返す言葉もないのが本音、だが言葉を返さなければ桜崖にも立つ瀬がない。
「だが教授、彼女がいなければ編纂者は今後現れないかもしれない、編纂者が居ない中で我々が活動を続けることは不可能だ」
「あぁ、それも一理あるな。だがあえて[漢字]反駁[/漢字][ふりがな]はんばく[/ふりがな]させてもらおう、あの小娘に『佐野』に取って代われる程の技量があるとは到底思えん」
またぐぅのねも出せない反論を切り出された。
技量の点においては桜崖も一抹の不安を抱いていた点だ。
そして、彼の目の前の教授と呼ばれる男『七惺琉晟』が、その点を見逃すはずがない。
天文学の重鎮にして権威。
『外界』研究の最前線を走っている『ミスカトニック大学』に名を連ねた専門家。
彼は天文学によってそれまであるにはあるが所在不明だった『外界』の存在を証明し、その位置をも導き出してみせた天才。
彼はその叡智により人類が天外の存在にようやく一歩踏み出す後押ししたのだ。
よってアーステラスが正しい道を歩み続けられているのは、彼の存在が非常に大きかった。
その彼が反対しているのだ、この話はもう終わっているにも近い。彼を納得させられるほど説得力のあるものが桜崖にはないからだ。
「あはは、意外だね教授。君って真理佳ちゃんの事そこそこ評価してたんだ、やっぱ色々言ってても真理佳ちゃんのこと気に入ってるんじゃないの〜?」
「……黙れ津辻杜、私とて盲目では無い、実力について評価はするが……あれの人格面の話まではしてない」
「はいはい、すみませんでした」
そんな厳格で冷徹な琉晟に対し、躊躇もなく軽口を叩く青髪の女性『津辻杜慧』。
鏡を操る祈士でありその鏡の中に封じた星獣を使役という数少ない存在だ。
常に飄々と、ミステリアスな雰囲気を漂わせる彼女はかつて、その身に尊敬と畏怖を集め『[漢字]闇鏡[/漢字][ふりがな]あんきょう[/ふりがな]の魔女』という異名で知られていた。
「でも今回は教授と同意見かなぁ……あの子じゃ簡単に『うちの子達』に食い殺されちゃいそう、もしくはいいように騙くらかされて酷い目に遭わされるか……二つに一つだね」
知性と理性は崩壊し、本能と狂気によって人類に災いの種を振り撒く災禍。
『虚霊子』の影響を受け生まれた『星獣』。
『虚霊子』と『悪性』の結合によって生まれた『デモニオ』と『ディアブロ』。
これらは元来、意志や知性を持たないものがほとんどだ。
人語を介さず理解もしない、他の種族との共生にまるで適さない本能だけの生物、それがこの三つの存在なのである。
だが稀に悪意ある知性と歪んだ意思を持った『特殊個体』が発生することがあった。
それらは力を持てば持つほど精神性以外は人間に近づき、姿も変異しやがて人語を操るようになる。
つまるところ、危険性が通常個体よりもずっと高いということ他ならない。
彼らは到底制御をすることなど叶わない、人類がいずれ根絶させるべき存在だ。
しかし慧はその特殊個体を使役していた。
鏡の中に封じ込められた星獣、デモニオ、ディアブロの数はいざ知らず。
まさに『[漢字]鏡の守人[/漢字][ふりがな]ミラーマスター[/ふりがな]』の何相応しい腕の立ちようだが、アーステラス内部でも彼女は恐れられる存在でもあった。
うっかり彼女の鏡に近づけば、そのあとどうなるかは想像するだけでも恐ろしいものだからだ。
誰が呼んだか、彼女は畏怖と尊敬の念を込めて『鏡の魔女』と呼ばれていた。
とはいえ彼女の『鏡の守人』としての仕事は、鏡による移動を取り計らうこと。
彼女の力を持ってすることでアーステラスは全国各地、条件さえ揃えば外国へと即座の移動を可能にしていた。
とはいえどのような意味であろうと彼女以上に『鏡の守人』に相応しい人物は居ないだろう。
「でも、あの子を元の住処に戻してあげられないから一旦はここに居てもらった方がいいと思うんだけどなぁ……」
「それも一理あるよな、アイツが特別計画都市に住んでたってなりゃ話は変わってくるぜ」
そこが問題だな。
反対の意見を呈していた琉晟と慧も、その意見に対して即座の反論は差し控えた。
東井紗枝の暮らしていた都市で暮らす住人は魔術のまの字も知っていてはいけない。
しかし彼女は魔術に触れてしまった、知ってしまった。
そうなればもう元の住処で同じように暮らすことは不可能、彼女はアーステラスから追い出せば間違いなく路頭に迷うだろう。
そして路頭に迷うことになれば、その責任の所在は間違いなくアーステラスにある。
問題点を提示した女性『桜小路美藍』はさらに続ける。
「それに……あの子が生きていると知られれば[漢字]夢想家[/漢字][ふりがな]トロイメライ[/ふりがな]はきっとこれからもあの子を狙うと思う、そんな中で埼玉に帰したら埼玉に厄災が訪れる、そうなったら遅いよ……」
「そうか、あの夢想家が取りこぼしをそのままにしておく保証は無いし……」
「そこんとこどう思うよ学者殿はよ」
腕を組み考え込んでいる琉晟に対し、白髪の伊達男『アイク・ガンドルフ』は僅かに茶化しつつ意見を求めた。
彼をアーステラスの戦力としては文句のない、優秀な男であることは認めている。
しかし性格やら考え方の違いやらで、琉晟は正直彼にはあまりいい印象を持っていない。
今もまるで緊張感のない彼をじろりと睨みつけてから、毅然とした態度で要求通り意見を呈した。
「百歩譲ってここで保護するにしても、組織の運営に関わらせるのは全くの別問題だ」
流石の彼も多少は譲歩したようだ。
とはいえまだまだ七惺琉晟という壁は高く聳え立っている。
桜崖は正直、彼の説得はもはや不可能なのでは?と早くも心が折れつつあった。
とはいえここで諦めると、せっかく覚悟を決めてくれた紗枝に面目が立たない。
せめて副局長がこの場にいてくれたらもう少しなにか変わっていただろうか。
「七惺教授の言う通り、今回は保護に留めるべきではないでしょうか」
会議室の沈黙を破るように『マルス・フォン・アイスフェルト』は琉晟の譲歩した意見の後押しをした。
アイクはいつもなら「ジェネリック七惺琉晟」と茶化していたところだが、実際のところは自分も同意見であるため今回は口を噤んだ。
「まぁ着地点としてはそこが全員一致しそうだよね、私も保護が限界だとは思うもん」
「俺もぶっちゃけそこしかねぇと思うがな、流石にあの嬢ちゃん前線に連れ出すのはちょっとな」
「まぁ局長殿には申し訳ないけどちょっと今回は無理があるね〜」
結局現状は5対1。
流石に幹部クラスの意見を無視して、局長の独断で今回の件を扱う訳にもいかず、最早ここまでかと桜崖はとうとう諦めようとしていた。
しかし、転機は突然として会議室にやって来た。
その転機は黒い毛皮を纏った猫だった。
妖しい金色の眼差しを会議室の面々に向けながらゆったりとした歩調で歩み、会議室の円卓に飛び乗った。
ただの猫にしか見えない、だが彼らにとってその猫はアーステラスにとって決して軽視できない重要な存在だった。
故に、会議を締めくくろうとしていた琉晟も咄嗟に口をつぐみ黒猫の様子を伺っている。
そして、黒猫はただの一声も発さずに桜崖の目の前に近寄り、座り込んだ。
「…………彼女の件については任せろ、と?」
ゆらりとしなやかな尾を揺らす。
まるで桜崖の言葉を肯定するかのように。
「つまり、『[太字]ディアンさん[/太字]』の判断待ち……かな。教授もこれなら異論はないんじゃない?」
「………………」
この無言は恐らく肯定だろう。
『ディアンさん』と呼ばれた黒猫は全員の顔を見てから、やがてすたすたと振り向くことも無く、会議室から出ていってしまった。
すべての結論を奪い去っていった黒猫の背を見つめ、見えなくなってからもしばらく沈黙が続く。
「……まさか口を挟んでくるとは思いませんでしたね」
ようやく口を開いたマルスの一言に、会議室の面々は深く頷いた。
それだけ、あの黒猫の出現は全員の意表を突くものだったのだ。
こうして、白熱した会議はなんとも言えない結論で締め括られることになった。