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クトゥルフ神話を題材にしてはおりますが、原作において登場しない架空の神性が登場することもございます。

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星を追う僕ら

#6

6話 勧誘Request

[中央寄せ]2017年5月 東井紗枝[/中央寄せ]

突如目の前に出された自らが手がけた小説。
挙句、紗枝が書いたものと普通にバレた。
書きかけの原稿なんかを持ってきたのが悪かったのだ。
旅行先で書けるようになるかもしれないと欲張ったのがいけなかった。
持ってくるべきじゃなかった。
そして、石のように固まって動かない紗枝を見て、小説を差し出した張本人の男性は苦笑する。

「東井さん、なんだか、すみません……ですがこの作品についてどうしても聞いておかなければならないことがありまして」
「イエ、ダイジョブデス、バッチコイ」
「本当に大丈夫ですか」

おそらく大丈夫ではない。
あまりにもカタコトだ。
しかし埒があかないので彼は表情を引きしめ、紗枝に問い掛けた。

「……この小説、どのような経緯で書くことになったのか正直に教えていただけますか?」

経緯?
第一作目を書くに至った経緯を聞かれたのは初めてかもしれない。
そんなことを聞いてどうするのだろうと思いながらも紗枝は特に隠すことなく答えた。
数年前に見続けていた夢をふと小説にしたくなったから書いたのだと。
ただこれだけの理由だった。

だが、その返答を聞いた彼の表情はさらに真剣さを帯びていた。
深刻そうな表情に紗枝の猫背気味の背が真っ直ぐになる。
しばしの沈黙の後、彼は紗枝の小説を手に取ると語り始めた。

「この際包み隠さずお教えします。ここに書かれていること、そして東井さんが見たその『夢』は[太字]現実に起こったこと[/太字]です」
「…………え?」

頭の中が真っ白になった。
自分が書いたことが現実に起こっていただなんて紗枝自身全く知らない。知るわけが無い。
それに彼の話が本当なら、彼女が小説に描いたあまりにも[太字]悲惨すぎる事件[/太字]が、そして________

「本当にそうだとしたら、私の見た通り書いた通りのことが現実だと言うなら、考えられない程の人が死んだってことになりますよ!?そんなこと有り得るわけ……」

彼は固く口を閉ざしたままだった。
つまるところ、何も大袈裟では無い嘘偽りもない事実ということだろう。
心臓が早鐘のように脈打ち、嫌な汗が紗枝の額に浮かぶ。

紗枝が描いた物語、それは天外から降臨した狂気の神により荒廃、外の世界から隔絶された街で生き残った者達が降臨の謎を解き次なる降臨を阻止しようとするポストアポカリプスの物語だ。
そしてこの物語の冒頭には凄惨な事件が起こっていた。
狂気の神の降臨により街の人々は、伴って現れた眷属により虐殺、はたまた互いに殺し合い神と眷属が去った後の大地は文字通りの血の海と化した。
そして極わずかに生き残った人々は街の外へ逃げようとするも、政府によって街一帯を封鎖されたことで血の匂いが蔓延している街に隔絶されてしまう。

このように現実であってはいけないようなもの。
紗枝もただの夢だろう、現実にあるはずがない。
そう思って何気ない気持ちでこの夢を物語にしたのだ。
それなのに現実は違い、本当に起きていた。
現実でもこの事件は起きて、人が大勢死んだ。
なんてことをしてしまったのだろう、これほど不謹慎なことを知らず知らずのうちにしていたとは。
絶望と悪寒が重くのしかかり、蝕んでくる。

「貴女は現実に起きたことをこの小説に書き綴ってしまった……ですがそれと同時に、この小説で現実にも降臨の仕組みの答えを与え、二度目の降臨を阻止したんです」
「え……?」

俯かせていた顔をゆっくり上げると、彼は穏やかな顔で紗枝を見つめていた。

「貴女のおかげであの薬剤を生き残った人々は二度目の降臨に晒されることはなく生き残ることが出来ました」
「……でも、それ、阻止とか、私が小説を書いたことに関係、あるんですか?」
「二度目の降臨が起こることは事件発生後には予測されていました。その予測の年は貴女がこの小説を出版した翌年だったんですよ」

何もかも信じ難い話だ。
恐怖に心臓を鷲掴みにされた紗枝は「でも、だって」と繰り返す。
真実を語った彼は、椅子から立ち上がると彼女の隣に移動して震える彼女の手を包み込むように握る。

「東井さん、貴女には特別な力があるんです。夢によって邪神と接触し、物語を綴る。そして不可解な神の思考を解き明かし災いの再臨を遠ざける……我々はその力を持つ人を『夢見人』、そして『編纂者』と呼んでいます」
「夢見……編纂……私が、ですか……?」
「夢で見た出来事を物語にし、そして現実に貴女は見事に災いの再臨を阻止した……東井さんの話を聞いて確信しました、間違いないと思います」

諭すように優しく語りかけられ、不安が和らいでいく気がした。
何を言われているのかはよく分からないが、どうやら自分には特別な力で邪神の目論見を阻止することが出来るらしい。
まことしやかには信じ難いが、力の名前を教えられて恐怖は薄れたのは確かだ。
この罪悪感と恐怖から逃れる為に、彼の話を信じてみよう。
結果的に嘘だったとしても、今の紗枝には逃げ道が必要だった。

「……東井さん、不安を覚えている中ですみませんが、これから突拍子のない不躾なことを言うことを言います。どうか許してください」
「え、はい……」


「我々の組織……『アーステラス』で編纂者として共に戦っていただけませんか?」


この人、今なんと言ったのだろう。
アーステラスという単語は初めて聞いたし、編纂者として。
自分にあるらしい未熟な力を使って一緒に戦う?
不安は完全に消えたが、代わりに訪れたのは混乱だ。

「え?アーステラス……?」
「我々、アーステラスは外界の狂気からこの国を、世界を守るために存在する組織……しかし戦うだけでは全てを防げない、だからこそ我々には編纂者の力で邪神達を縛る必要があるんです」

なんか凄くファンタジーな話になってきた。
ゲームとか漫画でしか聞いたことないような組織だ。
世界を守るとかフィクションでしか紗枝は聞いたことがない。
そういえばこの世界は魔法があるからファンタジーだった。
今更ながらに再確認させられ、目眩に襲われる。

そもそもだ、自分のように何も無い人間がそんなに大層な役目を果たせるだろうか。
足を引っ張って多くの人達を死に追いやる結果にならないだろうか。
彼には気の毒だが何とか言って断ろう、しどろもどろになりながら紗枝は言葉を返した。

「わ、私に、できますかね……私、鈍臭いしノロマだし、なんの取り柄も個性もないし……何も無いですよ……」
「ありますよ、貴女には人の不幸に心を痛める繊細さがある。その繊細さで救えるものもあるんです、東井さん」

本当に、そうだろうか。
こんな自分でも人を救えるだろうか。
買い被りすぎではないか。
きっとほかにも相応しい人は居るはずだ。

ぐるぐると後ろ向きな思考が紗枝の頭を巡り、上手く言葉を吐き出せない。
やっと絞り出した言葉も、結局さっき言ったこととあまり大差ないことだった。

「わ、私じゃないと、ダメですか……?もっと、他に……」
「……このような言い方をしてしまうと、貴女には嫌な思いをさせてしまうかもしれませんが……我々にとっては貴女を手放してしまえば明日の命にも関わるかもしれないんです」

それから、一瞬躊躇ってから彼は簡潔に言った。

「確かに我々の元には一人、編纂者が居ました」
「だったら私は……」
「ですが、今は行方が分からないんです。そして私達にとって編纂者はその前任者しか見つけられていなかった」

先ほど、彼が言ったように編纂者という存在が彼らの明日の命を左右する存在だというなら、代理も存在せず前任者も見つからないままその席が空白のままであるという状況。
彼の声色からも伝わるが、かなり深刻な問題ということが鈍い紗枝にもよく伝わってきた。
もし何もない自分が編纂者となったら、何もないなりにこの人達を助けたら。
それは自分も未来を変えられるような、価値のある人間になれるのではないだろうか。
自堕落にただ時が過ぎるのを呆然と見つめる生活を続けるよりも、誰か一人でも救える可能性があるのなら、その方がよほど有意義な命の使い方だ。

せっかく、もう一度生きることができた。
死の淵から戻ってくることができた。
彼らが異空間から自分の体を運び出してくれなければ、きっと今、自分はここにいなかっただろう。
それなら、きっと編纂者になることは彼らに対する恩返しになるはずだ。

「……私、ちゃんと役に立てるかはわかりませんが……頑張ります!私、皆さんを助けたいです!」
「東井さん……ありがとうございます、心強いです」

彼の顔にようやく安堵の表情が浮かんだ。
おそらく今の今までずっと気を張り詰めてきたのだろう。
安堵の表情を浮かべ、一息つくと彼は改めて紗枝に手を差し出した。
握手だろうか、何気なく紗枝はその手を握り返す。

「そういえば今まで自己紹介がまだでしたね、すみません……私は『アーステラス』の[太字]総監[/太字]をしております、『黄檗桜崖』と申します、これからよろしくお願いします東井さん」
「はい、こちらこそ……総監?…………最高責任者?」
「あー……そうなりますね」

そんなこと聞いていない!!
紗枝は心の中で盛大にそう叫んだ。

2025/04/11 09:44

ぽたもち
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