わたしの国語は ちゃんと読めた日から すこしずつ むずかしくなった
国語の時間は、
教科書をひらいて、同じところを読むところから始まる。
先生が言う。
「では、順番に読んでいきましょう」
わたしは、音読がきらいじゃない。
声に出すと、言葉が机の上に並ぶみたいで、安心する。
つっかえずに読めた日、
先生は言った。
「とても上手に読めていますね」
その言葉を聞いた日から、
読むことが、すこしだけこわくなった。
ほめられたのに、
どうしてか分からない。
音読のあとは、問題がある。
「このときの主人公の気持ちを書きましょう」
わたしは、文をもう一度読む。
雨の音。
暗い道。
ひとりで歩く背中。
さびしいと思う。
でも、それだけじゃない。
誰にも見られていないから、
すこしだけ楽な気もする。
でも、答えを書くますは小さい。
一つしか、書けない。
わたしは「さびしい」と書く。
先生は丸をつける。
正解。
丸をもらったのに、
胸の中にあった気持ちは、
どこかにこぼれてしまった。
国語では、
「書いてあることから考えなさい」と言われる。
だから、書いてないことは、
考えなくていいことになる。
それは、すこしへんだと思う。
登場人物が、
何も言わずに外を見る場面がある。
先生は聞く。
「どうして、外を見たのでしょう」
わたしは思う。
言葉にしたら、
こわれてしまいそうだったから。
でも、それは、
どこにも書いてない。
だから、答えにならない。
国語は、
気持ちを考える教科だと言われる。
でも、ほんとうは、
決められた気持ちを見つける教科みたいだ。
作文の時間。
「楽しかったことを書きましょう」
楽しかったことは、たしかにある。
でも、楽しくなかった時間も、
ちゃんと、まざっている。
どれを書けばいいのか、分からない。
わたしは、
いちばん分かりやすい話を書く。
先生が、読みやすい話。
丸をもらえる話。
家で本を読むとき、
そこには正解がない。
分からないところで、ページを止める。
何回も読み返す。
その時間が、いちばん落ち着く。
国語は、
言葉を知る教科。
でも、言葉にできない気持ちも、
たしかに、ここにある。
わたしの国語は、
ちゃんと読めた日から、
すこしずつ、むずかしくなった。
それでも、わたしは読む。
丸をもらえないところで、
だれにも見せない気持ちを、
そっと残すために。
教科書をひらいて、同じところを読むところから始まる。
先生が言う。
「では、順番に読んでいきましょう」
わたしは、音読がきらいじゃない。
声に出すと、言葉が机の上に並ぶみたいで、安心する。
つっかえずに読めた日、
先生は言った。
「とても上手に読めていますね」
その言葉を聞いた日から、
読むことが、すこしだけこわくなった。
ほめられたのに、
どうしてか分からない。
音読のあとは、問題がある。
「このときの主人公の気持ちを書きましょう」
わたしは、文をもう一度読む。
雨の音。
暗い道。
ひとりで歩く背中。
さびしいと思う。
でも、それだけじゃない。
誰にも見られていないから、
すこしだけ楽な気もする。
でも、答えを書くますは小さい。
一つしか、書けない。
わたしは「さびしい」と書く。
先生は丸をつける。
正解。
丸をもらったのに、
胸の中にあった気持ちは、
どこかにこぼれてしまった。
国語では、
「書いてあることから考えなさい」と言われる。
だから、書いてないことは、
考えなくていいことになる。
それは、すこしへんだと思う。
登場人物が、
何も言わずに外を見る場面がある。
先生は聞く。
「どうして、外を見たのでしょう」
わたしは思う。
言葉にしたら、
こわれてしまいそうだったから。
でも、それは、
どこにも書いてない。
だから、答えにならない。
国語は、
気持ちを考える教科だと言われる。
でも、ほんとうは、
決められた気持ちを見つける教科みたいだ。
作文の時間。
「楽しかったことを書きましょう」
楽しかったことは、たしかにある。
でも、楽しくなかった時間も、
ちゃんと、まざっている。
どれを書けばいいのか、分からない。
わたしは、
いちばん分かりやすい話を書く。
先生が、読みやすい話。
丸をもらえる話。
家で本を読むとき、
そこには正解がない。
分からないところで、ページを止める。
何回も読み返す。
その時間が、いちばん落ち着く。
国語は、
言葉を知る教科。
でも、言葉にできない気持ちも、
たしかに、ここにある。
わたしの国語は、
ちゃんと読めた日から、
すこしずつ、むずかしくなった。
それでも、わたしは読む。
丸をもらえないところで、
だれにも見せない気持ちを、
そっと残すために。
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