影は、
私の動きより一拍遅れて、地面をなぞった。
足を一歩前に出すと、
影も同じように伸びる。
けれど、その形は―
―私のものではない。
角が、ある。
はっきりした形ではない。
けれど、
頭のあたりから、
何かが伸びかけているような、
不自然な歪み。
「…これ」
そう呟くと、
狐のお面の少年が、ちらりと影を見た。
「もう、始まってるね」
他人事のような声だった。
それでもどこか明るい感じがして、
それがかえって不気味だった。
「影が変わるのは、
仮面が“気づいた”合図なんだ」
「仮面が…?」
「うん。君のことを」
彼は歩き出す。
私は、
少し遅れて、
その後を追った。
灯りの下を抜けるたび、
周囲の景色が、
はっきりしていく。
屋台のようなものが、
道の両脇に並んでいた。
布を垂らした簡素な店もあれば、
骨組みだけのもの、
最初から何も置いていない場所もある。
共通しているのは―
売っているものが、
仮面だけだということ。
鬼の顔。
泣き顔。
ひび割れた陶器のようなもの。
人の顔に酷似しているのに、
決定的に“人ではない”表情。
それらが、
無言で並んでいる。
値札はない。
呼び込みの声もない。
ただ、
仮面の前に立った人影だけが、
いつの間にか姿を消していく。
「選ぶ場所、じゃないんだ」
私がそう言うと、
狐面の少年は、小さく笑った。
「うん。気づいた?
ここはね、
仮面に“見つかる”場所」
彼の言葉に、
背中が、ぞくりとした。
「見つかったら、
どうなるの?」
「被る」
即答だった。
「被って、被ったまま、それで完成」
完成、という言い方が、
妙に引っかかった。
「…完成しなかった人は?」
問いかけると、
少年の歩みが、ほんの一瞬だけ、遅れた。
本当に、ほんの一瞬。
けれど、私は見逃さなかった。
「さあ」
彼は、肩をすくめる。
「仮面にも、好みがあるから」
その言い方は、
冗談めいているのに、
どこか冷えていた。
一つの屋台の前で、
少年が足を止める。
そこには、
何も置かれていなかった。
布もない。
台もない。
ただ、空間だけが、
ぽっかりと空いている。
「…ここは?」
「昔、仮面があった場所」
「昔?」
私が聞き返すと、
狐のお面の奥で、
彼の視線が、
わずかに逸れた気がした。
「外れちゃったんだ」
軽い口調だった。
「顔から」
その一言で、
空気が、少し重くなる。
「仮面って、外れるの?」
「普通は、外れない」
彼は言った。
「でも、
無理に剥がそうとしたり、
鏡を見たりするとね」
鏡。
その言葉に、
胸の奥が、きしんだ。
「君は、割ったんだよね」
責める調子ではなかった。
確認するような、
それでいて、どこか懐かしむような声。
「…あなたも?」
私がそう尋ねると、
狐面の少年は、答えなかった。
代わりに、
自分の狐のお面に、
指先で触れる。
撫でる、
というより、
確かめるように。
「僕はね」
ぽつりと、言った。
「割れたまま、ここに来た」
それ以上は、
何も語られなかった。
そのとき、
私の足元の影が、
ゆっくりと、
はっきりした形を取り始める。
今度は、
はっきりと分かる。
―狐ではない。
けれど、
人でもない。
「ほら」
少年が、こちらを見る。
「君の仮面、
―もうすぐ来るよ」
灯りが、一斉に揺れた。
私の動きより一拍遅れて、地面をなぞった。
足を一歩前に出すと、
影も同じように伸びる。
けれど、その形は―
―私のものではない。
角が、ある。
はっきりした形ではない。
けれど、
頭のあたりから、
何かが伸びかけているような、
不自然な歪み。
「…これ」
そう呟くと、
狐のお面の少年が、ちらりと影を見た。
「もう、始まってるね」
他人事のような声だった。
それでもどこか明るい感じがして、
それがかえって不気味だった。
「影が変わるのは、
仮面が“気づいた”合図なんだ」
「仮面が…?」
「うん。君のことを」
彼は歩き出す。
私は、
少し遅れて、
その後を追った。
灯りの下を抜けるたび、
周囲の景色が、
はっきりしていく。
屋台のようなものが、
道の両脇に並んでいた。
布を垂らした簡素な店もあれば、
骨組みだけのもの、
最初から何も置いていない場所もある。
共通しているのは―
売っているものが、
仮面だけだということ。
鬼の顔。
泣き顔。
ひび割れた陶器のようなもの。
人の顔に酷似しているのに、
決定的に“人ではない”表情。
それらが、
無言で並んでいる。
値札はない。
呼び込みの声もない。
ただ、
仮面の前に立った人影だけが、
いつの間にか姿を消していく。
「選ぶ場所、じゃないんだ」
私がそう言うと、
狐面の少年は、小さく笑った。
「うん。気づいた?
ここはね、
仮面に“見つかる”場所」
彼の言葉に、
背中が、ぞくりとした。
「見つかったら、
どうなるの?」
「被る」
即答だった。
「被って、被ったまま、それで完成」
完成、という言い方が、
妙に引っかかった。
「…完成しなかった人は?」
問いかけると、
少年の歩みが、ほんの一瞬だけ、遅れた。
本当に、ほんの一瞬。
けれど、私は見逃さなかった。
「さあ」
彼は、肩をすくめる。
「仮面にも、好みがあるから」
その言い方は、
冗談めいているのに、
どこか冷えていた。
一つの屋台の前で、
少年が足を止める。
そこには、
何も置かれていなかった。
布もない。
台もない。
ただ、空間だけが、
ぽっかりと空いている。
「…ここは?」
「昔、仮面があった場所」
「昔?」
私が聞き返すと、
狐のお面の奥で、
彼の視線が、
わずかに逸れた気がした。
「外れちゃったんだ」
軽い口調だった。
「顔から」
その一言で、
空気が、少し重くなる。
「仮面って、外れるの?」
「普通は、外れない」
彼は言った。
「でも、
無理に剥がそうとしたり、
鏡を見たりするとね」
鏡。
その言葉に、
胸の奥が、きしんだ。
「君は、割ったんだよね」
責める調子ではなかった。
確認するような、
それでいて、どこか懐かしむような声。
「…あなたも?」
私がそう尋ねると、
狐面の少年は、答えなかった。
代わりに、
自分の狐のお面に、
指先で触れる。
撫でる、
というより、
確かめるように。
「僕はね」
ぽつりと、言った。
「割れたまま、ここに来た」
それ以上は、
何も語られなかった。
そのとき、
私の足元の影が、
ゆっくりと、
はっきりした形を取り始める。
今度は、
はっきりと分かる。
―狐ではない。
けれど、
人でもない。
「ほら」
少年が、こちらを見る。
「君の仮面、
―もうすぐ来るよ」
灯りが、一斉に揺れた。