夜は、
正確だ。
誰かが来る夜と、
誰も来ない夜を、
一度も間違えない。
今夜は、
後者だ。
私はそれを知りながら、
いつもと同じように店を開ける。
看板を灯し、
カウンターを拭き、
ポットに水を注ぐ。
この作業に、
意味はない。
意味を持たせてしまえば、
終わりが来る。
水が温まるあいだ、
星図の壁を見る。
十二の線が、
夜に貼りつくように残っている。
どれも美しくはない。
揃ってもいない。
少しずつ歪み、
途中で止まり、
重なりそうで、
重ならない。
それでいい。
あの人たちは、
[太字][大文字][明朝体]「完成」[/明朝体][/大文字][/太字]するために
ここへ来たわけではない。
未完成のままでも、
生きていけると
一度、
確かめるために来た。
乙女座の人は、
正しさを選び続けた。
その結果、
誰の隣にも立てなかった。
彼女は泣かなかった。
泣くべき場面を、
すべて過ぎ去ったあとで
ここに来たからだ。
私は、
少し苦い紅茶を出した。
彼女は気づかなかった。
気づかないまま、
「これでいいんです」と言った。
その言葉は、
今も星図に刺さっている。
蟹座の人は、
笑っていた。
誰かを包む癖は、
鎧と同じだ。
殻の内側を見せないことで、
生き延びてきた。
彼女が帰ったあと、
カップの縁に
指の跡が残っていた。
強く握っていた。
それを拭きながら、
私は何も言わなかった。
獅子座の人は、
中心に立つことを
期待され続けた。
光る場所は、
立ち止まる場所ではない。
彼は、
座り方を知らなかった。
私は椅子を勧めなかった。
座らせてしまえば、
もう立てなくなると
知っていたからだ。
魚座の人は、
忘れなかった。
忘れる代わりに、
すべてを連れて歩くことを
選んだ。
それは、
前に進むことより
ずっと重い。
私は、
何も軽くしなかった。
軽くしてしまえば、
彼女の選択が
嘘になる。
私は、
いつもそうしてきた。
癒さない。
救わない。
答えを出さない。
ただ、
覚えている。
それが、
私の仕事だった。
ポットが音を立てる。
湯気が細く、
絡むように立ち上る。
蛇だ、
と思う。
かつて、
その姿で呼ばれたことがある。
私は、
星になるはずだった。
[太字][明朝体][大文字]十三番目の星。
[/大文字][/明朝体][/太字]
境界に立ち、
生と死のあいだで
人を導く役割。
だが、
星になるには条件があった。
[太字][大文字][大文字][明朝体][斜体]見送らなければならない。
[/斜体][/明朝体][/大文字][/大文字][/太字]
助けられなかった夜を、
切り捨てなければならない。
語られなかった言葉を、
なかったことにしなければならない。
私は、
それができなかった。
ある夜、
私は一人を選び、
一人を見捨てた。
その選択が正しかったかどうかは、
今も分からない。
ただ、
その瞬間から
私は星になれなくなった。
星は、
迷わない。
迷う者は、
夜に残る。
だから私は、
星座の外に落ちた。
数えられない位置。
線を引かれない場所。
そこに、
店を作った。
名前を失った感情が、
消えずにいられる場所。
「…十三番目は、数えません」
誰もいない店で、
私はそう言う。
数えなければ、
責任もない。
数えなければ、
終わらせなくて済む。
星図の中央は、
空白のままだ。
あそこに線を引けば、
物語は完成する。
だが、
完成した物語は
もう、動かない。
私は、
完成させないことを選んだ。
それは、
救いではない。
罰に近い。
夜は、
続く。
私は、
すべての夜を覚えている。
ここを訪れ、
何も変わらずに、
帰っていった人たちを。
それでも、
消えなかった人たちを。
誰かの人生が、
ほんの少しだけ
[太字][大文字]「続いてしまった」[/大文字][/太字]瞬間を。
そのすべてを、
私は覚えている。
それは、
光ではない。
星には、
ならない。
それでも、
なくならない。
扉を見る。
鈴は鳴らない。
今夜は、
最後の夜ではない。
だから私は、
明日の準備をする。
新しい茶葉を量り、
カップを磨く。
誰かが、
星になれなかったそのときのために。
誰にも数えられず、
誰にも救われず、
それでも生きてしまった
その夜のために。
私は、
ここにいる。
[太字][大文字]蛇遣い座[/大文字][/太字]、と
呼ばれる役割として。
名前は、
もう必要ない。
星たちが、
ここを覚えていればいい。
夜がある限り、
仕事は終わらない。
そしてそれは、
終わらないこと自体が
私への罰であり、
―それでも選び続けた、
唯一の答えだった。
ランプが揺れる。
夜は、
まだ深い。
正確だ。
誰かが来る夜と、
誰も来ない夜を、
一度も間違えない。
今夜は、
後者だ。
私はそれを知りながら、
いつもと同じように店を開ける。
看板を灯し、
カウンターを拭き、
ポットに水を注ぐ。
この作業に、
意味はない。
意味を持たせてしまえば、
終わりが来る。
水が温まるあいだ、
星図の壁を見る。
十二の線が、
夜に貼りつくように残っている。
どれも美しくはない。
揃ってもいない。
少しずつ歪み、
途中で止まり、
重なりそうで、
重ならない。
それでいい。
あの人たちは、
[太字][大文字][明朝体]「完成」[/明朝体][/大文字][/太字]するために
ここへ来たわけではない。
未完成のままでも、
生きていけると
一度、
確かめるために来た。
乙女座の人は、
正しさを選び続けた。
その結果、
誰の隣にも立てなかった。
彼女は泣かなかった。
泣くべき場面を、
すべて過ぎ去ったあとで
ここに来たからだ。
私は、
少し苦い紅茶を出した。
彼女は気づかなかった。
気づかないまま、
「これでいいんです」と言った。
その言葉は、
今も星図に刺さっている。
蟹座の人は、
笑っていた。
誰かを包む癖は、
鎧と同じだ。
殻の内側を見せないことで、
生き延びてきた。
彼女が帰ったあと、
カップの縁に
指の跡が残っていた。
強く握っていた。
それを拭きながら、
私は何も言わなかった。
獅子座の人は、
中心に立つことを
期待され続けた。
光る場所は、
立ち止まる場所ではない。
彼は、
座り方を知らなかった。
私は椅子を勧めなかった。
座らせてしまえば、
もう立てなくなると
知っていたからだ。
魚座の人は、
忘れなかった。
忘れる代わりに、
すべてを連れて歩くことを
選んだ。
それは、
前に進むことより
ずっと重い。
私は、
何も軽くしなかった。
軽くしてしまえば、
彼女の選択が
嘘になる。
私は、
いつもそうしてきた。
癒さない。
救わない。
答えを出さない。
ただ、
覚えている。
それが、
私の仕事だった。
ポットが音を立てる。
湯気が細く、
絡むように立ち上る。
蛇だ、
と思う。
かつて、
その姿で呼ばれたことがある。
私は、
星になるはずだった。
[太字][明朝体][大文字]十三番目の星。
[/大文字][/明朝体][/太字]
境界に立ち、
生と死のあいだで
人を導く役割。
だが、
星になるには条件があった。
[太字][大文字][大文字][明朝体][斜体]見送らなければならない。
[/斜体][/明朝体][/大文字][/大文字][/太字]
助けられなかった夜を、
切り捨てなければならない。
語られなかった言葉を、
なかったことにしなければならない。
私は、
それができなかった。
ある夜、
私は一人を選び、
一人を見捨てた。
その選択が正しかったかどうかは、
今も分からない。
ただ、
その瞬間から
私は星になれなくなった。
星は、
迷わない。
迷う者は、
夜に残る。
だから私は、
星座の外に落ちた。
数えられない位置。
線を引かれない場所。
そこに、
店を作った。
名前を失った感情が、
消えずにいられる場所。
「…十三番目は、数えません」
誰もいない店で、
私はそう言う。
数えなければ、
責任もない。
数えなければ、
終わらせなくて済む。
星図の中央は、
空白のままだ。
あそこに線を引けば、
物語は完成する。
だが、
完成した物語は
もう、動かない。
私は、
完成させないことを選んだ。
それは、
救いではない。
罰に近い。
夜は、
続く。
私は、
すべての夜を覚えている。
ここを訪れ、
何も変わらずに、
帰っていった人たちを。
それでも、
消えなかった人たちを。
誰かの人生が、
ほんの少しだけ
[太字][大文字]「続いてしまった」[/大文字][/太字]瞬間を。
そのすべてを、
私は覚えている。
それは、
光ではない。
星には、
ならない。
それでも、
なくならない。
扉を見る。
鈴は鳴らない。
今夜は、
最後の夜ではない。
だから私は、
明日の準備をする。
新しい茶葉を量り、
カップを磨く。
誰かが、
星になれなかったそのときのために。
誰にも数えられず、
誰にも救われず、
それでも生きてしまった
その夜のために。
私は、
ここにいる。
[太字][大文字]蛇遣い座[/大文字][/太字]、と
呼ばれる役割として。
名前は、
もう必要ない。
星たちが、
ここを覚えていればいい。
夜がある限り、
仕事は終わらない。
そしてそれは、
終わらないこと自体が
私への罰であり、
―それでも選び続けた、
唯一の答えだった。
ランプが揺れる。
夜は、
まだ深い。
- 1.ティータイムの始まり。
- 2.乙女座 やさしく、つよくなれなくて。
- 3.蟹座 甘さの奥で、息を止めてきた
- 4.牡牛座 余裕の仮面と、足りない甘さ
- 5.山羊座 ゆっくりでいいと、知らなかった
- 6.双子座 言葉が二つに割れたまま
- 7.天秤座 言葉を量る、沈黙の重さは。
- 8.獅子座 微笑みの奥で、拳を握るひと
- 9.射手座 遠くを願い、声を置いてきた
- 10.水瓶座 笑っているあいだは、自由でいられた
- 11.牡羊座 引き受ける勇気と、静かな覚悟
- 12.魚座 仮の笑顔と振り返ってしまったこと
- 13.蟹座 信じられなかった手の、ぬくもりを思い出すまで
- 14.宇宙という名の空を結びに。
- 15.蛇遣い座 13番目になれなくて。
- 16.第二期 惑星たちの夜
- 17.金星 一行の本音は、金星に預けて
- 18.土星 抱え込めてしまった者は、零れ方を知らない
- 19.天王星 光を残す星