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カラオケ!

 その日、僕たちは卒業するはずだった。
「で、どうする?」

 駅前の時計は、午後六時を指していた。

 制服姿の僕ら四人は、駅のロータリーに立ったまま、誰も帰ろうとしなかった。

「どうするって?」

「いや、卒業したじゃん。今日」

 健太が言った。

「知ってるよ」

「じゃあ、遊びに行こう」

「どこへ?」

 健太は、少しだけ胸を張った。

「カラオケ!」

 僕は笑った。

「高校生かよ」

「今日まで高校生だったんだから、いいだろ」

 その言葉に、みんな黙った。

 今日まで。

 その四文字が、急に重くなった。

 僕たちは同じクラスだった。

 健太。美咲。玲奈。そして僕。

 特別仲がよかったわけじゃない。

 毎日一緒に帰ったわけでもない。

 放課後に遊ぶことだって、数えるほどしかなかった。

 それでも、卒業式が終わった途端、僕らは「もう会えないかもしれない四人」になった。

「……行こうか」

 美咲が言った。

「うん」

 玲奈も笑った。

 僕たちは駅前のカラオケ店へ向かった。



 最初に歌ったのは、健太だった。

 音痴だった。

 驚くほどに。

「お前、三年間で一回も上手くならなかったな」

「うるせえ!」

 僕が笑うと、健太はマイクを握ったまま怒鳴った。

「歌は心だ!」

「心が迷子なんだよ」

 美咲が腹を抱えて笑った。

 玲奈も笑った。

 僕も笑った。

 たぶん、あんなに笑ったのは久しぶりだった。

 二曲目は美咲。

 三曲目は玲奈。

 僕も歌った。

 画面には、昔流行った曲が次々と流れていく。

「次、何入れる?」

 美咲がリモコンを持った。

「卒業ソングじゃね?」

 健太が言う。

「ベタすぎ」

「じゃあ何だよ」

「……これ」

 美咲が選んだ曲を見て、僕は少し驚いた。

 それは、一年生のころ、教室で誰かがよく口ずさんでいた曲だった。

「懐かしい」

 玲奈が言った。

「覚えてる?」

「覚えてるよ」

 僕は答えた。

 イントロが流れる。

 四人とも、最初は歌わなかった。

 でも、サビが近づくにつれて、自然と声が重なった。

 少しずつ、音が外れていく。

 健太が笑う。

 美咲がつられて笑う。

 玲奈も笑う。

 僕も笑う。

 そして最後には、誰も歌っていなかった。

 ただ笑っていた。



「ねえ」

 曲が途切れたあと、玲奈が言った。

「みんな、四月からどうするの?」

 大学。

 専門学校。

 就職。

 それぞれ決まっていた。

 でも、改めて聞くと、まるで別々の世界へ行くみたいだった。

「俺、東京」

「私、大阪」

「私は地元」

 最後に僕が言った。

「……僕も地元」

「そっか」

 玲奈は小さく笑った。

 その「そっか」が、妙に寂しかった。

 やがて時計は十時を回った。

「そろそろ出る?」

 誰も返事をしなかった。

「あと一曲だけ」

 美咲が言った。

「何歌う?」

「……最初に歌った曲」

 健太が笑った。

「また俺?」

「もちろん」

「俺の卒業式じゃねえぞ!」

 笑い声が部屋に響いた。

 そして、最後の曲が始まった。

 健太が歌う。

 美咲が合いの手を入れる。

 玲奈が笑う。

 僕はスマートフォンを取り出した。

 四人の姿を写真に残そうと思った。

 でも、シャッターを押す直前、やめた。

 写真なんかなくてもいい。

 この瞬間を、忘れたくないと思った。

 忘れないように、覚えておこうと思った。

 だから僕は、スマートフォンを置いた。

 一緒に歌った。



 店を出ると、夜風が冷たかった。

「じゃあな」

 健太が言った。

「またな」

 美咲が言った。

 玲奈は何も言わなかった。

 ただ、僕を見ていた。

「……また、カラオケ行こうよ」

 僕が言った。

 玲奈は少し驚いて、それから笑った。

「うん」

 四人は別々の方向へ歩き出した。

 僕は何度も振り返った。

 みんなも振り返っていた。

 やがて、誰も見えなくなった。

 僕は駅へ向かって歩いた。

 卒業した。

 高校生活は終わった。

 明日からは、それぞれ違う毎日が始まる。

 きっと、今までみたいには会えない。

 それでも。

 僕は少しだけ笑っていた。

 だって、最後の日に僕たちは歌った。

 音程なんてめちゃくちゃだった。

 歌詞だって何度も間違えた。

 それでも、あの時間だけは、誰にも奪えない。

 駅の階段を上りながら、僕は思った。

 ――また会おう。

 次に会ったときは、もっと上手に歌おう。

 そう思った。

 そして、誰もいなくなった夜の駅で、僕は小さく口ずさんだ。

「カラオケ、行こうな」

 返事はなかった。

 でも、なぜか聞こえた気がした。

「うん。またね」

 僕は笑った。

 春が来る。

 僕たちの知らない、新しい季節が。

作者メッセージ

カラオケ歌いました(採点機能なし)

では!

2026/08/20 20:58

KanonLOVE
ID:≫ n00YEDEqgv6kY
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