カラオケ!
その日、僕たちは卒業するはずだった。
「で、どうする?」
駅前の時計は、午後六時を指していた。
制服姿の僕ら四人は、駅のロータリーに立ったまま、誰も帰ろうとしなかった。
「どうするって?」
「いや、卒業したじゃん。今日」
健太が言った。
「知ってるよ」
「じゃあ、遊びに行こう」
「どこへ?」
健太は、少しだけ胸を張った。
「カラオケ!」
僕は笑った。
「高校生かよ」
「今日まで高校生だったんだから、いいだろ」
その言葉に、みんな黙った。
今日まで。
その四文字が、急に重くなった。
僕たちは同じクラスだった。
健太。美咲。玲奈。そして僕。
特別仲がよかったわけじゃない。
毎日一緒に帰ったわけでもない。
放課後に遊ぶことだって、数えるほどしかなかった。
それでも、卒業式が終わった途端、僕らは「もう会えないかもしれない四人」になった。
「……行こうか」
美咲が言った。
「うん」
玲奈も笑った。
僕たちは駅前のカラオケ店へ向かった。
*
最初に歌ったのは、健太だった。
音痴だった。
驚くほどに。
「お前、三年間で一回も上手くならなかったな」
「うるせえ!」
僕が笑うと、健太はマイクを握ったまま怒鳴った。
「歌は心だ!」
「心が迷子なんだよ」
美咲が腹を抱えて笑った。
玲奈も笑った。
僕も笑った。
たぶん、あんなに笑ったのは久しぶりだった。
二曲目は美咲。
三曲目は玲奈。
僕も歌った。
画面には、昔流行った曲が次々と流れていく。
「次、何入れる?」
美咲がリモコンを持った。
「卒業ソングじゃね?」
健太が言う。
「ベタすぎ」
「じゃあ何だよ」
「……これ」
美咲が選んだ曲を見て、僕は少し驚いた。
それは、一年生のころ、教室で誰かがよく口ずさんでいた曲だった。
「懐かしい」
玲奈が言った。
「覚えてる?」
「覚えてるよ」
僕は答えた。
イントロが流れる。
四人とも、最初は歌わなかった。
でも、サビが近づくにつれて、自然と声が重なった。
少しずつ、音が外れていく。
健太が笑う。
美咲がつられて笑う。
玲奈も笑う。
僕も笑う。
そして最後には、誰も歌っていなかった。
ただ笑っていた。
*
「ねえ」
曲が途切れたあと、玲奈が言った。
「みんな、四月からどうするの?」
大学。
専門学校。
就職。
それぞれ決まっていた。
でも、改めて聞くと、まるで別々の世界へ行くみたいだった。
「俺、東京」
「私、大阪」
「私は地元」
最後に僕が言った。
「……僕も地元」
「そっか」
玲奈は小さく笑った。
その「そっか」が、妙に寂しかった。
やがて時計は十時を回った。
「そろそろ出る?」
誰も返事をしなかった。
「あと一曲だけ」
美咲が言った。
「何歌う?」
「……最初に歌った曲」
健太が笑った。
「また俺?」
「もちろん」
「俺の卒業式じゃねえぞ!」
笑い声が部屋に響いた。
そして、最後の曲が始まった。
健太が歌う。
美咲が合いの手を入れる。
玲奈が笑う。
僕はスマートフォンを取り出した。
四人の姿を写真に残そうと思った。
でも、シャッターを押す直前、やめた。
写真なんかなくてもいい。
この瞬間を、忘れたくないと思った。
忘れないように、覚えておこうと思った。
だから僕は、スマートフォンを置いた。
一緒に歌った。
*
店を出ると、夜風が冷たかった。
「じゃあな」
健太が言った。
「またな」
美咲が言った。
玲奈は何も言わなかった。
ただ、僕を見ていた。
「……また、カラオケ行こうよ」
僕が言った。
玲奈は少し驚いて、それから笑った。
「うん」
四人は別々の方向へ歩き出した。
僕は何度も振り返った。
みんなも振り返っていた。
やがて、誰も見えなくなった。
僕は駅へ向かって歩いた。
卒業した。
高校生活は終わった。
明日からは、それぞれ違う毎日が始まる。
きっと、今までみたいには会えない。
それでも。
僕は少しだけ笑っていた。
だって、最後の日に僕たちは歌った。
音程なんてめちゃくちゃだった。
歌詞だって何度も間違えた。
それでも、あの時間だけは、誰にも奪えない。
駅の階段を上りながら、僕は思った。
――また会おう。
次に会ったときは、もっと上手に歌おう。
そう思った。
そして、誰もいなくなった夜の駅で、僕は小さく口ずさんだ。
「カラオケ、行こうな」
返事はなかった。
でも、なぜか聞こえた気がした。
「うん。またね」
僕は笑った。
春が来る。
僕たちの知らない、新しい季節が。
「で、どうする?」
駅前の時計は、午後六時を指していた。
制服姿の僕ら四人は、駅のロータリーに立ったまま、誰も帰ろうとしなかった。
「どうするって?」
「いや、卒業したじゃん。今日」
健太が言った。
「知ってるよ」
「じゃあ、遊びに行こう」
「どこへ?」
健太は、少しだけ胸を張った。
「カラオケ!」
僕は笑った。
「高校生かよ」
「今日まで高校生だったんだから、いいだろ」
その言葉に、みんな黙った。
今日まで。
その四文字が、急に重くなった。
僕たちは同じクラスだった。
健太。美咲。玲奈。そして僕。
特別仲がよかったわけじゃない。
毎日一緒に帰ったわけでもない。
放課後に遊ぶことだって、数えるほどしかなかった。
それでも、卒業式が終わった途端、僕らは「もう会えないかもしれない四人」になった。
「……行こうか」
美咲が言った。
「うん」
玲奈も笑った。
僕たちは駅前のカラオケ店へ向かった。
*
最初に歌ったのは、健太だった。
音痴だった。
驚くほどに。
「お前、三年間で一回も上手くならなかったな」
「うるせえ!」
僕が笑うと、健太はマイクを握ったまま怒鳴った。
「歌は心だ!」
「心が迷子なんだよ」
美咲が腹を抱えて笑った。
玲奈も笑った。
僕も笑った。
たぶん、あんなに笑ったのは久しぶりだった。
二曲目は美咲。
三曲目は玲奈。
僕も歌った。
画面には、昔流行った曲が次々と流れていく。
「次、何入れる?」
美咲がリモコンを持った。
「卒業ソングじゃね?」
健太が言う。
「ベタすぎ」
「じゃあ何だよ」
「……これ」
美咲が選んだ曲を見て、僕は少し驚いた。
それは、一年生のころ、教室で誰かがよく口ずさんでいた曲だった。
「懐かしい」
玲奈が言った。
「覚えてる?」
「覚えてるよ」
僕は答えた。
イントロが流れる。
四人とも、最初は歌わなかった。
でも、サビが近づくにつれて、自然と声が重なった。
少しずつ、音が外れていく。
健太が笑う。
美咲がつられて笑う。
玲奈も笑う。
僕も笑う。
そして最後には、誰も歌っていなかった。
ただ笑っていた。
*
「ねえ」
曲が途切れたあと、玲奈が言った。
「みんな、四月からどうするの?」
大学。
専門学校。
就職。
それぞれ決まっていた。
でも、改めて聞くと、まるで別々の世界へ行くみたいだった。
「俺、東京」
「私、大阪」
「私は地元」
最後に僕が言った。
「……僕も地元」
「そっか」
玲奈は小さく笑った。
その「そっか」が、妙に寂しかった。
やがて時計は十時を回った。
「そろそろ出る?」
誰も返事をしなかった。
「あと一曲だけ」
美咲が言った。
「何歌う?」
「……最初に歌った曲」
健太が笑った。
「また俺?」
「もちろん」
「俺の卒業式じゃねえぞ!」
笑い声が部屋に響いた。
そして、最後の曲が始まった。
健太が歌う。
美咲が合いの手を入れる。
玲奈が笑う。
僕はスマートフォンを取り出した。
四人の姿を写真に残そうと思った。
でも、シャッターを押す直前、やめた。
写真なんかなくてもいい。
この瞬間を、忘れたくないと思った。
忘れないように、覚えておこうと思った。
だから僕は、スマートフォンを置いた。
一緒に歌った。
*
店を出ると、夜風が冷たかった。
「じゃあな」
健太が言った。
「またな」
美咲が言った。
玲奈は何も言わなかった。
ただ、僕を見ていた。
「……また、カラオケ行こうよ」
僕が言った。
玲奈は少し驚いて、それから笑った。
「うん」
四人は別々の方向へ歩き出した。
僕は何度も振り返った。
みんなも振り返っていた。
やがて、誰も見えなくなった。
僕は駅へ向かって歩いた。
卒業した。
高校生活は終わった。
明日からは、それぞれ違う毎日が始まる。
きっと、今までみたいには会えない。
それでも。
僕は少しだけ笑っていた。
だって、最後の日に僕たちは歌った。
音程なんてめちゃくちゃだった。
歌詞だって何度も間違えた。
それでも、あの時間だけは、誰にも奪えない。
駅の階段を上りながら、僕は思った。
――また会おう。
次に会ったときは、もっと上手に歌おう。
そう思った。
そして、誰もいなくなった夜の駅で、僕は小さく口ずさんだ。
「カラオケ、行こうな」
返事はなかった。
でも、なぜか聞こえた気がした。
「うん。またね」
僕は笑った。
春が来る。
僕たちの知らない、新しい季節が。
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