今日の夕飯は。
母からメッセージが届いたのは、午後六時十三分だった。
今日の夕飯は。
句点まで含めて、たった七文字。
私は駅前のスーパーで買い物かごを下げたまま、その画面をしばらく見つめていた。
母は、こういうメッセージを送る人ではない。
いつもなら、
今日の夕飯、何がいい?
あるいは、
今日はカレーにします
といった具合だ。
「今日の夕飯は。」
疑問符ではなく、句点。
まるで、質問ではなく報告のようだった。
私は返信を打った。
なに?
既読はつかなかった。
十分後、もう一度送った。
お母さん?
それでも反応はない。
電話をかけた。
呼び出し音が五回鳴って、留守番電話に切り替わった。
私は嫌な予感を覚えた。
だが、その予感が何を意味しているのか、このときの私は知らなかった。
*
実家は、私のアパートから電車で三十分ほどのところにある。
母と二人で暮らしていた父が亡くなってから、母は一人暮らしになった。
父が死んだのは三年前。
心筋梗塞だった。
夕食の最中だった。
食卓には、母が作った肉じゃがと、焼き鮭、それから味噌汁。
父は「ちょっと苦しい」と言ったあと、箸を置いた。
救急車が来たときには、もう助からなかった。
それ以来、母は一人で夕食を食べることを嫌うようになった。
だから私は週に一度、実家で夕食を食べる。
今日も、そのつもりだった。
ただ、母から連絡が来るまでは。
私は仕事を切り上げ、実家へ向かった。
玄関の鍵は開いていた。
「お母さん?」
返事はない。
靴を脱ぎ、廊下を進む。
リビングの電気はついていた。
テーブルの上には、二人分の食器が並んでいた。
ご飯茶碗が二つ。
箸も二膳。
そして、鍋。
蓋を開けると、肉じゃがだった。
湯気はもう消えていた。
「お母さん?」
寝室にも、浴室にもいない。
トイレにもいない。
家中を探しても、母はいなかった。
なのに、玄関には母の靴がある。
財布も、スマートフォンも、テーブルの上に置かれている。
そして、食卓には二人分の夕食。
私は警察に電話した。
*
警察が来るまでの間、私は食卓を見つめていた。
どうしても気になることがあった。
母の茶碗。
ご飯が半分しか減っていない。
私の茶碗には、まだ手がつけられていない。
そして鍋の肉じゃがには、妙なことがあった。
じゃがいもが四つ。
にんじんが三つ。
玉ねぎが二つ。
肉が――
一切れもなかった。
「肉じゃがなのに……」
思わず呟いた。
そのとき、背後から声がした。
「何か気づきましたか?」
振り返ると、刑事が立っていた。
四十代くらいの男だった。
「肉がないんです」
「肉が?」
「はい。肉じゃがなのに、肉だけが」
刑事は鍋を覗き込んだ。
しばらく黙ってから、
「なるほど」
と言った。
「それから、もう一つ」
「何です?」
「この食事は、おそらく三人分です」
「え?」
刑事はテーブルを指した。
「茶碗は二つですが、鍋の量が多すぎる。それに――」
鍋の横に、小さな皿が置かれていた。
そこには、肉が一切れだけ載っていた。
「これは……?」
「食べかけでしょうか」
「違います」
私は答えた。
「母は、肉じゃがの肉を別皿に取ることなんてしません」
刑事が私を見る。
「どうして分かるんです?」
「母の癖だからです」
私は言った。
「母は肉が嫌いなんです」
刑事の顔から、表情が消えた。
*
翌朝、母は見つかった。
家から二駅離れた公園で。
ベンチに座っていた。
怪我はなかった。
ただ、記憶が曖昧になっていた。
「昨日の夜、何をしていたか覚えていますか?」
刑事に聞かれて、母は首を振った。
「夕飯を作ったところまでは覚えています」
「誰と食べるつもりだったんです?」
「娘と」
「娘さんは、そのとき家にいませんでした」
「ええ」
母は不思議そうに私を見る。
「でも、あなたは来るでしょう?」
「うん」
「だから二人分」
刑事が口を挟んだ。
「では、三人目は?」
母は黙った。
そして、ぽつりと言った。
「……父さん」
私の背中が冷たくなった。
「父さんが帰ってくるって」
母はそう言った。
父は三年前に死んでいる。
だが、母は本気でそう信じていた。
認知症の初期症状かもしれない。
警察はそう判断した。
しかし、その日の午後。
刑事から一本の電話が入った。
「娘さん。肉じゃがの件ですが」
「はい」
「あれ、肉を食べたのは誰だと思います?」
「母ではないですよね」
「ええ」
「私も食べていません」
「そうです」
刑事は少し間を置いた。
「実は、肉じゃがの鍋から指紋が出ました」
「母の?」
「違います」
「じゃあ、私?」
「あなたでもありません」
私は黙った。
「亡くなったお父さんの指紋でした」
意味が分からなかった。
「そんな……」
「もちろん、指紋が本人のものだという意味ではありません」
刑事は言った。
「お父さんが生前使っていた古い保存容器がありました。そこに残っていた指紋と一致したんです」
「保存容器?」
「台所の棚にありました」
私は考えた。
そして、あることに気づいた。
「……母は、昨日の肉じゃがを作っていません」
「どういうことです?」
「鍋です」
私は答えた。
「うちの鍋じゃありません」
電話の向こうで沈黙があった。
*
刑事と私は実家の台所に戻った。
鍋を調べる。
確かに、母が普段使っている鍋ではなかった。
だが、それだけでは何の証拠にもならない。
「この鍋、どこから来たんでしょう」
私が言うと、刑事は台所の棚を開けた。
奥から、古い保存容器を取り出す。
父が生前使っていたものだった。
そして、その蓋の裏側に、小さな文字が彫られていた。
私は息を呑んだ。
父の字だった。
たった一言。
――今日の夕飯は。
「これ……」
刑事が言った。
「何です?」
「お父さんが亡くなる前の日にも、同じ言葉を書いていたんじゃありませんか?」
私は記憶を探った。
そうだ。
父が死ぬ前日の夜。
父は母に聞いていた。
「明日の夕飯は?」
母は笑って、
「あなたの好きなものにするわ」
と答えた。
翌日の夕食。
父は肉じゃがを食べて死んだ。
*
父の死について、警察は事故として処理していた。
持病もなく、心筋梗塞。
何の不審点もなかった。
だが、刑事は一つの仮説を立てた。
「お父さんは、亡くなる直前に何かを食べています」
「肉じゃがですよね」
「ええ。ただし、問題は肉ではありません」
刑事は冷蔵庫を開けた。
そして、冷凍庫の奥から、小さな袋を取り出した。
「これは?」
「昔の冷凍保存食品です」
母が答えた。
「父が亡くなる前からありました」
袋には日付が書かれている。
三年前。
父が死んだ日のものだった。
鑑定の結果、その袋から検出された成分が、父の死因と関係している可能性が浮上した。
母は知らなかった。
私も知らなかった。
父だけが知っていた。
そして、おそらく母も――途中までは。
*
「お母さんは、お父さんを殺したんでしょうか」
私は刑事に聞いた。
「分かりません」
「でも、毒が」
「毒を入れた人物が、母親とは限りません」
刑事は言った。
「むしろ逆かもしれない」
「逆?」
「昨日の夕飯は、お父さんを殺した人物をおびき出すためのものだった可能性があります」
私は理解できなかった。
「母親は、昨日のことを覚えていない。でも、誰かが三人分の食事を用意した」
「父、母、そして私?」
「違います」
刑事は鍋を見た。
「三人目は、犯人です」
母は認知症ではなかった。
少なくとも、すべてが病気のせいだったわけではない。
父が死んだあと、母はずっと調べていた。
父の死の直前に、家に誰かが来ていたこと。
父が死ぬ前日に、父が「夕飯は?」と何度も確認していたこと。
そして、冷凍庫に残された、毒物の痕跡。
母は三年間、犯人を探していた。
そして昨夜。
犯人が、とうとう現れた。
母はその人物と会っていた。
だが、母は何らかの薬を飲まされ、記憶を失った。
犯人は、母が一人暮らしであることを利用し、事件を事故に見せかけようとした。
しかし一つだけ、計算違いがあった。
「お母さんは、料理を作っていた」
刑事が言った。
「そして、鍋の肉だけを別皿に取った」
「なぜ?」
「肉にだけ、父親が使っていた保存容器の匂いが移っていたからです」
私は眉をひそめた。
「どういうことです?」
「お母さんは、あなたに伝えたかったんでしょう」
「何を?」
刑事はテーブルの上のスマートフォンを指差した。
母が私に送ったメッセージ。
今日の夕飯は。
「句点で終わっています」
刑事は言った。
「でも、本当は続きがあった」
「……続き?」
「お母さんは、途中で誰かにスマートフォンを奪われたんです」
私は画面を見つめた。
すると刑事が、ある操作をした。
削除された下書きを復元する。
そこには、一行だけ残っていた。
今日の夕飯は、三人分です。
私は息を呑んだ。
その直後、玄関のチャイムが鳴った。
刑事が立ち上がる。
ドアを開ける。
そこに立っていたのは――
父の弟だった。
「母さん、見つかったんですね」
彼は笑った。
その手には、スーパーの袋。
中から覗いていたのは、
じゃがいも。
にんじん。
玉ねぎ。
そして――
肉。
刑事が静かに言った。
「叔父さん。夕飯は、もう済みましたよ」
男の笑顔が消えた。
*
事件が終わったあと、母は私のアパートで暮らすことになった。
父の死の真相も明らかになった。
母は父を殺してはいなかった。
父の弟が、父の遺産を狙って毒を仕込んでいた。
そして三年後、母が真相に近づいたことで、口封じをしようとした。
最後まで分からなかったのは、母がなぜあの日、私に「今日の夕飯は。」と送ったのかということだった。
ある晩、私は母に聞いた。
「ねえ、お母さん」
「なに?」
「どうしてあのメッセージ、句点で終わってたの?」
母は少し考えてから笑った。
「あなた、昔からそうだったでしょう」
「何が?」
「夕飯を聞かれると、必ずこう言ったのよ」
「……何て?」
母は笑った。
「『今日の夕飯は?』じゃなくて――」
そして、台所から声をかけた。
「今日の夕飯は。」
「それ、私じゃなくてお母さんの言い方じゃん」
「そうだったかしら」
二人で笑った。
鍋の中では、肉じゃがが煮えている。
今日は二人分。
いや。
母は少し考えて、じゃがいもを一つ鍋に戻した。
「やっぱり三人分にしましょうか」
「え?」
「お父さんの分」
私は何も言わなかった。
母は笑って、食卓に三つ目の茶碗を置いた。
そして、三人目の茶碗には、ご飯をよそわなかった。
代わりに、箸だけを一膳置いた。
その箸を見て、私は気づいた。
父が死んだ日の食卓でも――
父の箸だけは、最初から置かれていなかった。
私は母を見た。
母は何も言わない。
ただ、鍋の蓋を閉めた。
「さあ」
母が言った。
「今日の夕飯は――」
そこで、インターホンが鳴った。
今日の夕飯は。
句点まで含めて、たった七文字。
私は駅前のスーパーで買い物かごを下げたまま、その画面をしばらく見つめていた。
母は、こういうメッセージを送る人ではない。
いつもなら、
今日の夕飯、何がいい?
あるいは、
今日はカレーにします
といった具合だ。
「今日の夕飯は。」
疑問符ではなく、句点。
まるで、質問ではなく報告のようだった。
私は返信を打った。
なに?
既読はつかなかった。
十分後、もう一度送った。
お母さん?
それでも反応はない。
電話をかけた。
呼び出し音が五回鳴って、留守番電話に切り替わった。
私は嫌な予感を覚えた。
だが、その予感が何を意味しているのか、このときの私は知らなかった。
*
実家は、私のアパートから電車で三十分ほどのところにある。
母と二人で暮らしていた父が亡くなってから、母は一人暮らしになった。
父が死んだのは三年前。
心筋梗塞だった。
夕食の最中だった。
食卓には、母が作った肉じゃがと、焼き鮭、それから味噌汁。
父は「ちょっと苦しい」と言ったあと、箸を置いた。
救急車が来たときには、もう助からなかった。
それ以来、母は一人で夕食を食べることを嫌うようになった。
だから私は週に一度、実家で夕食を食べる。
今日も、そのつもりだった。
ただ、母から連絡が来るまでは。
私は仕事を切り上げ、実家へ向かった。
玄関の鍵は開いていた。
「お母さん?」
返事はない。
靴を脱ぎ、廊下を進む。
リビングの電気はついていた。
テーブルの上には、二人分の食器が並んでいた。
ご飯茶碗が二つ。
箸も二膳。
そして、鍋。
蓋を開けると、肉じゃがだった。
湯気はもう消えていた。
「お母さん?」
寝室にも、浴室にもいない。
トイレにもいない。
家中を探しても、母はいなかった。
なのに、玄関には母の靴がある。
財布も、スマートフォンも、テーブルの上に置かれている。
そして、食卓には二人分の夕食。
私は警察に電話した。
*
警察が来るまでの間、私は食卓を見つめていた。
どうしても気になることがあった。
母の茶碗。
ご飯が半分しか減っていない。
私の茶碗には、まだ手がつけられていない。
そして鍋の肉じゃがには、妙なことがあった。
じゃがいもが四つ。
にんじんが三つ。
玉ねぎが二つ。
肉が――
一切れもなかった。
「肉じゃがなのに……」
思わず呟いた。
そのとき、背後から声がした。
「何か気づきましたか?」
振り返ると、刑事が立っていた。
四十代くらいの男だった。
「肉がないんです」
「肉が?」
「はい。肉じゃがなのに、肉だけが」
刑事は鍋を覗き込んだ。
しばらく黙ってから、
「なるほど」
と言った。
「それから、もう一つ」
「何です?」
「この食事は、おそらく三人分です」
「え?」
刑事はテーブルを指した。
「茶碗は二つですが、鍋の量が多すぎる。それに――」
鍋の横に、小さな皿が置かれていた。
そこには、肉が一切れだけ載っていた。
「これは……?」
「食べかけでしょうか」
「違います」
私は答えた。
「母は、肉じゃがの肉を別皿に取ることなんてしません」
刑事が私を見る。
「どうして分かるんです?」
「母の癖だからです」
私は言った。
「母は肉が嫌いなんです」
刑事の顔から、表情が消えた。
*
翌朝、母は見つかった。
家から二駅離れた公園で。
ベンチに座っていた。
怪我はなかった。
ただ、記憶が曖昧になっていた。
「昨日の夜、何をしていたか覚えていますか?」
刑事に聞かれて、母は首を振った。
「夕飯を作ったところまでは覚えています」
「誰と食べるつもりだったんです?」
「娘と」
「娘さんは、そのとき家にいませんでした」
「ええ」
母は不思議そうに私を見る。
「でも、あなたは来るでしょう?」
「うん」
「だから二人分」
刑事が口を挟んだ。
「では、三人目は?」
母は黙った。
そして、ぽつりと言った。
「……父さん」
私の背中が冷たくなった。
「父さんが帰ってくるって」
母はそう言った。
父は三年前に死んでいる。
だが、母は本気でそう信じていた。
認知症の初期症状かもしれない。
警察はそう判断した。
しかし、その日の午後。
刑事から一本の電話が入った。
「娘さん。肉じゃがの件ですが」
「はい」
「あれ、肉を食べたのは誰だと思います?」
「母ではないですよね」
「ええ」
「私も食べていません」
「そうです」
刑事は少し間を置いた。
「実は、肉じゃがの鍋から指紋が出ました」
「母の?」
「違います」
「じゃあ、私?」
「あなたでもありません」
私は黙った。
「亡くなったお父さんの指紋でした」
意味が分からなかった。
「そんな……」
「もちろん、指紋が本人のものだという意味ではありません」
刑事は言った。
「お父さんが生前使っていた古い保存容器がありました。そこに残っていた指紋と一致したんです」
「保存容器?」
「台所の棚にありました」
私は考えた。
そして、あることに気づいた。
「……母は、昨日の肉じゃがを作っていません」
「どういうことです?」
「鍋です」
私は答えた。
「うちの鍋じゃありません」
電話の向こうで沈黙があった。
*
刑事と私は実家の台所に戻った。
鍋を調べる。
確かに、母が普段使っている鍋ではなかった。
だが、それだけでは何の証拠にもならない。
「この鍋、どこから来たんでしょう」
私が言うと、刑事は台所の棚を開けた。
奥から、古い保存容器を取り出す。
父が生前使っていたものだった。
そして、その蓋の裏側に、小さな文字が彫られていた。
私は息を呑んだ。
父の字だった。
たった一言。
――今日の夕飯は。
「これ……」
刑事が言った。
「何です?」
「お父さんが亡くなる前の日にも、同じ言葉を書いていたんじゃありませんか?」
私は記憶を探った。
そうだ。
父が死ぬ前日の夜。
父は母に聞いていた。
「明日の夕飯は?」
母は笑って、
「あなたの好きなものにするわ」
と答えた。
翌日の夕食。
父は肉じゃがを食べて死んだ。
*
父の死について、警察は事故として処理していた。
持病もなく、心筋梗塞。
何の不審点もなかった。
だが、刑事は一つの仮説を立てた。
「お父さんは、亡くなる直前に何かを食べています」
「肉じゃがですよね」
「ええ。ただし、問題は肉ではありません」
刑事は冷蔵庫を開けた。
そして、冷凍庫の奥から、小さな袋を取り出した。
「これは?」
「昔の冷凍保存食品です」
母が答えた。
「父が亡くなる前からありました」
袋には日付が書かれている。
三年前。
父が死んだ日のものだった。
鑑定の結果、その袋から検出された成分が、父の死因と関係している可能性が浮上した。
母は知らなかった。
私も知らなかった。
父だけが知っていた。
そして、おそらく母も――途中までは。
*
「お母さんは、お父さんを殺したんでしょうか」
私は刑事に聞いた。
「分かりません」
「でも、毒が」
「毒を入れた人物が、母親とは限りません」
刑事は言った。
「むしろ逆かもしれない」
「逆?」
「昨日の夕飯は、お父さんを殺した人物をおびき出すためのものだった可能性があります」
私は理解できなかった。
「母親は、昨日のことを覚えていない。でも、誰かが三人分の食事を用意した」
「父、母、そして私?」
「違います」
刑事は鍋を見た。
「三人目は、犯人です」
母は認知症ではなかった。
少なくとも、すべてが病気のせいだったわけではない。
父が死んだあと、母はずっと調べていた。
父の死の直前に、家に誰かが来ていたこと。
父が死ぬ前日に、父が「夕飯は?」と何度も確認していたこと。
そして、冷凍庫に残された、毒物の痕跡。
母は三年間、犯人を探していた。
そして昨夜。
犯人が、とうとう現れた。
母はその人物と会っていた。
だが、母は何らかの薬を飲まされ、記憶を失った。
犯人は、母が一人暮らしであることを利用し、事件を事故に見せかけようとした。
しかし一つだけ、計算違いがあった。
「お母さんは、料理を作っていた」
刑事が言った。
「そして、鍋の肉だけを別皿に取った」
「なぜ?」
「肉にだけ、父親が使っていた保存容器の匂いが移っていたからです」
私は眉をひそめた。
「どういうことです?」
「お母さんは、あなたに伝えたかったんでしょう」
「何を?」
刑事はテーブルの上のスマートフォンを指差した。
母が私に送ったメッセージ。
今日の夕飯は。
「句点で終わっています」
刑事は言った。
「でも、本当は続きがあった」
「……続き?」
「お母さんは、途中で誰かにスマートフォンを奪われたんです」
私は画面を見つめた。
すると刑事が、ある操作をした。
削除された下書きを復元する。
そこには、一行だけ残っていた。
今日の夕飯は、三人分です。
私は息を呑んだ。
その直後、玄関のチャイムが鳴った。
刑事が立ち上がる。
ドアを開ける。
そこに立っていたのは――
父の弟だった。
「母さん、見つかったんですね」
彼は笑った。
その手には、スーパーの袋。
中から覗いていたのは、
じゃがいも。
にんじん。
玉ねぎ。
そして――
肉。
刑事が静かに言った。
「叔父さん。夕飯は、もう済みましたよ」
男の笑顔が消えた。
*
事件が終わったあと、母は私のアパートで暮らすことになった。
父の死の真相も明らかになった。
母は父を殺してはいなかった。
父の弟が、父の遺産を狙って毒を仕込んでいた。
そして三年後、母が真相に近づいたことで、口封じをしようとした。
最後まで分からなかったのは、母がなぜあの日、私に「今日の夕飯は。」と送ったのかということだった。
ある晩、私は母に聞いた。
「ねえ、お母さん」
「なに?」
「どうしてあのメッセージ、句点で終わってたの?」
母は少し考えてから笑った。
「あなた、昔からそうだったでしょう」
「何が?」
「夕飯を聞かれると、必ずこう言ったのよ」
「……何て?」
母は笑った。
「『今日の夕飯は?』じゃなくて――」
そして、台所から声をかけた。
「今日の夕飯は。」
「それ、私じゃなくてお母さんの言い方じゃん」
「そうだったかしら」
二人で笑った。
鍋の中では、肉じゃがが煮えている。
今日は二人分。
いや。
母は少し考えて、じゃがいもを一つ鍋に戻した。
「やっぱり三人分にしましょうか」
「え?」
「お父さんの分」
私は何も言わなかった。
母は笑って、食卓に三つ目の茶碗を置いた。
そして、三人目の茶碗には、ご飯をよそわなかった。
代わりに、箸だけを一膳置いた。
その箸を見て、私は気づいた。
父が死んだ日の食卓でも――
父の箸だけは、最初から置かれていなかった。
私は母を見た。
母は何も言わない。
ただ、鍋の蓋を閉めた。
「さあ」
母が言った。
「今日の夕飯は――」
そこで、インターホンが鳴った。
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