消えたプリンの謎
その日の夕方、冷蔵庫を開けた母が叫んだ。
「ない」
夕食前の台所に、その一言だけが妙に大きく響いた。
「何が?」
リビングから顔を出した父に、母は冷蔵庫を指さした。
「プリン」
「プリン?」
「昨日、四個買ったの。お父さんが一個、私が一個、今日の分に二個。ちゃんと覚えてる」
僕は冷蔵庫をのぞいた。
たしかに、そこにはプリンが一個しかない。
「誰か食べたんじゃない?」
「それなら容器がゴミ箱にあるでしょう」
母は真剣だった。
我が家では、食べ終わったプリンの容器を洗って資源ゴミに出すことになっている。
ゴミ箱を確認したが、プリンの容器はない。
「じゃあ、冷蔵庫の奥とか」
「ない」
「誰かがこっそり食べた?」
そう言った瞬間、三人の視線が交差した。
父。
母。
そして僕。
「……僕じゃないよ」
「私でもないわよ」
「俺も違う」
三人とも即答した。
妙な沈黙が落ちた。
我が家には、もう一人いる。
妹だ。
ただし今日は、学校のあと友達の家に泊まると言っていた。
「じゃあ、妹?」
「でも、夕方に帰ってくるって連絡はあったわよ」
母がスマホを見る。
妹からのメッセージは、たしかにこうだった。
『今日は八時くらいに帰る!』
「帰ってきてから食べるつもりだったんじゃない?」
僕が言うと、母は首を横に振った。
「それなら、どうして一個だけ残すの?」
「……たしかに」
謎だった。
四個あったプリンが三個になっている。
しかし、三人とも食べていない。
ゴミ箱にもない。
そして、妹はまだ帰ってきていない。
「密室だ」
僕が呟くと、父が笑った。
「大げさだな」
「でも、冷蔵庫から消えたんだから」
僕は探偵になったつもりで家の中を見回した。
手がかりはない。
台所にもない。
リビングにもない。
洗面所にもない。
妹の部屋にもない。
そして、二階へ上がろうとしたときだった。
「……あれ?」
階段の途中に、小さな紙袋が置いてあった。
紙袋には、近所の洋菓子店のロゴ。
僕は持ち上げた。
軽い。
中には何も入っていない。
「これ、何?」
母が階段を上がってくる。
「その店、昨日お母さんがプリン買ったところね」
父も後ろから来た。
「じゃあ、犯人は……」
僕は紙袋をひっくり返した。
何も出てこない。
そのとき。
玄関から声がした。
「ただいまー!」
妹だった。
「おかえり。ちょっと聞きたいことがある」
「なに?」
「プリン、食べた?」
妹はきょとんとした。
「プリン?」
「冷蔵庫にあったやつ」
「ああ!」
妹は手を叩いた。
「それなら私じゃないよ」
「じゃあ誰が――」
「だって私、帰ってくる途中で買ったから」
そう言って、妹は鞄から小さな箱を取り出した。
中にはプリンが二個入っていた。
「……どういうこと?」
母が首を傾げる。
「今日、お母さん誕生日でしょ?」
母が固まった。
「え?」
「だから、昨日のプリンとは別に買ってきたの。お父さんとお兄ちゃんには内緒で」
妹は照れくさそうに笑った。
「でも、冷蔵庫に入れようと思ったら、もういっぱいだったから……」
妹は階段の途中に置かれた紙袋を指さした。
「一個、昨日のプリンを食べちゃった」
「……え?」
「お母さんの分だと思って」
母の顔が、ぽかんとする。
僕も父も何も言えなかった。
妹は続けた。
「で、残りの一個は……」
妹が冷蔵庫を開ける。
そして、一番奥から小さな箱を取り出した。
「これ」
箱の中には、プリンが一個。
「えっ」
母が声を上げる。
「冷蔵庫の奥に入れておいたの。今日、みんなで食べようと思って」
「じゃあ……」
僕は数えた。
昨日のプリンは四個。
一個は父。
一個は母。
一個は妹。
そして、一個は冷蔵庫の奥。
つまり、最初から何も消えていなかった。
「……ただ、妹が一個食べたのを忘れてただけか」
「そういうこと」
妹は笑った。
母は呆れたようにため息をついたあと、ふっと笑った。
「もう。びっくりしたじゃない」
「ごめんごめん」
父が突然、手を叩いた。
「じゃあ、誕生日ケーキの前にプリン食べるか」
「なんでよ」
「四個あるんだから、ちょうどいいだろ」
「五人じゃない?」
僕が言う。
父が黙った。
妹が笑う。
母も笑った。
「じゃあ、一個をみんなで分ければいいじゃない」
母がそう言って、プリンを五つの小皿に分けた。
ほんの少しずつになったけれど、不思議と誰も文句を言わなかった。
その夜。
冷蔵庫には、プリンの空き容器が五つ並んだ。
そして僕は思った。
家の中で起こる事件なんて、案外このくらいがちょうどいい。
――ただし次からは、プリンに名前を書いておこう。
そう提案したら、家族全員に笑われた。
「ない」
夕食前の台所に、その一言だけが妙に大きく響いた。
「何が?」
リビングから顔を出した父に、母は冷蔵庫を指さした。
「プリン」
「プリン?」
「昨日、四個買ったの。お父さんが一個、私が一個、今日の分に二個。ちゃんと覚えてる」
僕は冷蔵庫をのぞいた。
たしかに、そこにはプリンが一個しかない。
「誰か食べたんじゃない?」
「それなら容器がゴミ箱にあるでしょう」
母は真剣だった。
我が家では、食べ終わったプリンの容器を洗って資源ゴミに出すことになっている。
ゴミ箱を確認したが、プリンの容器はない。
「じゃあ、冷蔵庫の奥とか」
「ない」
「誰かがこっそり食べた?」
そう言った瞬間、三人の視線が交差した。
父。
母。
そして僕。
「……僕じゃないよ」
「私でもないわよ」
「俺も違う」
三人とも即答した。
妙な沈黙が落ちた。
我が家には、もう一人いる。
妹だ。
ただし今日は、学校のあと友達の家に泊まると言っていた。
「じゃあ、妹?」
「でも、夕方に帰ってくるって連絡はあったわよ」
母がスマホを見る。
妹からのメッセージは、たしかにこうだった。
『今日は八時くらいに帰る!』
「帰ってきてから食べるつもりだったんじゃない?」
僕が言うと、母は首を横に振った。
「それなら、どうして一個だけ残すの?」
「……たしかに」
謎だった。
四個あったプリンが三個になっている。
しかし、三人とも食べていない。
ゴミ箱にもない。
そして、妹はまだ帰ってきていない。
「密室だ」
僕が呟くと、父が笑った。
「大げさだな」
「でも、冷蔵庫から消えたんだから」
僕は探偵になったつもりで家の中を見回した。
手がかりはない。
台所にもない。
リビングにもない。
洗面所にもない。
妹の部屋にもない。
そして、二階へ上がろうとしたときだった。
「……あれ?」
階段の途中に、小さな紙袋が置いてあった。
紙袋には、近所の洋菓子店のロゴ。
僕は持ち上げた。
軽い。
中には何も入っていない。
「これ、何?」
母が階段を上がってくる。
「その店、昨日お母さんがプリン買ったところね」
父も後ろから来た。
「じゃあ、犯人は……」
僕は紙袋をひっくり返した。
何も出てこない。
そのとき。
玄関から声がした。
「ただいまー!」
妹だった。
「おかえり。ちょっと聞きたいことがある」
「なに?」
「プリン、食べた?」
妹はきょとんとした。
「プリン?」
「冷蔵庫にあったやつ」
「ああ!」
妹は手を叩いた。
「それなら私じゃないよ」
「じゃあ誰が――」
「だって私、帰ってくる途中で買ったから」
そう言って、妹は鞄から小さな箱を取り出した。
中にはプリンが二個入っていた。
「……どういうこと?」
母が首を傾げる。
「今日、お母さん誕生日でしょ?」
母が固まった。
「え?」
「だから、昨日のプリンとは別に買ってきたの。お父さんとお兄ちゃんには内緒で」
妹は照れくさそうに笑った。
「でも、冷蔵庫に入れようと思ったら、もういっぱいだったから……」
妹は階段の途中に置かれた紙袋を指さした。
「一個、昨日のプリンを食べちゃった」
「……え?」
「お母さんの分だと思って」
母の顔が、ぽかんとする。
僕も父も何も言えなかった。
妹は続けた。
「で、残りの一個は……」
妹が冷蔵庫を開ける。
そして、一番奥から小さな箱を取り出した。
「これ」
箱の中には、プリンが一個。
「えっ」
母が声を上げる。
「冷蔵庫の奥に入れておいたの。今日、みんなで食べようと思って」
「じゃあ……」
僕は数えた。
昨日のプリンは四個。
一個は父。
一個は母。
一個は妹。
そして、一個は冷蔵庫の奥。
つまり、最初から何も消えていなかった。
「……ただ、妹が一個食べたのを忘れてただけか」
「そういうこと」
妹は笑った。
母は呆れたようにため息をついたあと、ふっと笑った。
「もう。びっくりしたじゃない」
「ごめんごめん」
父が突然、手を叩いた。
「じゃあ、誕生日ケーキの前にプリン食べるか」
「なんでよ」
「四個あるんだから、ちょうどいいだろ」
「五人じゃない?」
僕が言う。
父が黙った。
妹が笑う。
母も笑った。
「じゃあ、一個をみんなで分ければいいじゃない」
母がそう言って、プリンを五つの小皿に分けた。
ほんの少しずつになったけれど、不思議と誰も文句を言わなかった。
その夜。
冷蔵庫には、プリンの空き容器が五つ並んだ。
そして僕は思った。
家の中で起こる事件なんて、案外このくらいがちょうどいい。
――ただし次からは、プリンに名前を書いておこう。
そう提案したら、家族全員に笑われた。
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