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風鈴の鳴らない家

夏休み、小学六年生だった頃の話だ。
祖母の家は山奥にあった。

昼は蝉がうるさいくらい鳴いているのに、夕方六時を過ぎると急に静かになる。

「この辺は夜になると虫も黙るんだよ」

祖母はそう笑っていた。

だが、一つだけ妙だった。

縁側には古い風鈴が吊るされている。

なのに一度も鳴らない。

風が吹いても。

台風の日でも。

まるで誰かが音を止めているようだった。

三日目の夜。
暑くて眠れず、水を飲みに台所へ向かった。

廊下を歩いていると、奥の座敷から話し声が聞こえた。

祖母だろうと思った。

襖が少しだけ開いている。

中を見る。

祖母が一人で座っていた。

正座をして、誰もいない床の間に向かって話している。

「もう少し待ってください。」

「まだ連れていけません。」

「今年は孫なんです。」

心臓が止まりそうになった。

祖母は誰に話している?

その瞬間。

祖母がこちらを向いた。

目が合う。

「見ちゃったね。」

そう言うと、祖母は立ち上がり、襖を閉めた。

翌朝、その話をすると祖母は笑った。

「夢を見たんだよ。」

でも。

祖母の目の下には真っ黒な隈ができていた。

その日の夕方。
近所のおじさんが来た。

祖母にだけ聞こえるくらいの小声で言う。

「今年も来たか。」

祖母は静かに頷いた。

「ああ。」

「風鈴は?」

「まだ鳴ってない。」

その会話を聞いた瞬間。

おじさんの顔色が変わった。

「……なら急げ。」

何を?

聞けなかった。

夜十一時。
突然、家中の電気が消えた。

停電だった。

外は真っ暗。

懐中電灯を探していると。

カラン。

風鈴が鳴った。

初めて聞く音だった。

澄んだ音。

一回だけ。

祖母が叫ぶ。

「絶対に窓を見るな!!」

だが人間というものは、禁止されると見てしまう。

障子の隙間から庭を見た。

月明かりの中。

庭いっぱいに人が立っていた。

何十人。

何百人。

みんな白い服。

全員がこちらを見ている。

顔は真っ黒だった。

目も鼻も口もない。

なのに笑っているのが分かった。

その中の一人が、ゆっくり腕を上げた。

家を指差す。

すると全員が一斉に歩き始めた。

砂利を踏む音がする。

ジャリ……

ジャリ……

ジャリ……

玄関まで来る。

止まる。

ドン。

玄関を叩いた。

ドン。

ドン。

ドン。

家中が震える。

祖母は仏壇の前で何かを唱えていた。

「今年は違う。」

「今年は渡さない。」

すると。

玄関の向こうから声がした。

女の声だった。

「約束でしょう。」

祖母が泣きながら叫ぶ。

「もう五十年も渡した!」

「もう終わりにしてくれ!」

静寂。

その後。

聞こえた。

「では、お前でいい。」

玄関が開いた。
誰も開けていないのに。

白い人たちが一斉に家へ入ってくる。

足音はしない。

ただ床が軋む。

祖母が俺を押し入れへ突き飛ばした。

「絶対出るな!」

襖が閉まる。

暗闇。

外から声だけが聞こえる。

風鈴。

カラン。

カラン。

カラン。

祖母の悲鳴。

家具が倒れる音。

何かを引きずる音。

そして。

ぴたりと静かになった。

朝。
目を覚ます。

押し入れの中だった。

恐る恐る出る。

家は元通り。

何も壊れていない。

祖母もいない。

警察は捜した。

川も山も。

見つからなかった。

失踪。

そう処理された。

祖母の家は取り壊された。
更地になった。

でも。

風鈴だけは外されなかったらしい。

業者が何度外しても。

翌朝には元の場所に吊るされていたという。

だから最後は柱ごと燃やしたそうだ。

風鈴も一緒に。

それから二十年。
俺にも息子が生まれた。

小学六年生。

夏休み。

ある夜。

ベランダで風鈴が鳴った。

カラン。

買った覚えはない。

窓を開ける。

そこには古びたガラスの風鈴が揺れていた。

短冊には、かすれた字でこう書かれていた。

「今年は、あなたの番です。」

その瞬間。

玄関が、三回だけ鳴った。

ドン。

ドン。

ドン。

作者メッセージ

初ホラーだぜ

では!

2026/08/03 21:02

KanonLOVE
ID:≫ n00YEDEqgv6kY
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