夏の最後の約束
「今年の夏も、一緒に花火を見ようね」
十年前、彼女はそう言った。
僕は笑って答えた。
「毎年見るよ」
子どもの約束なんて、ずっと続くものだと思っていた。
僕の家の裏には、小さな川が流れている。
夏になると蛍が飛び、夕方には近所の子どもたちが虫取り網を持って走り回る。
その川の向こうに住んでいたのが、幼なじみの美咲だった。
僕たちは毎日一緒だった。
学校へ行くのも、帰るのも、夏休みに遊ぶのも。
美咲はいつも笑っていた。
転んでも笑う。
怒られても笑う。
雨に濡れても、「雨の日の冒険だね」と笑う。
そんな子だった。
小学六年生の夏、美咲は病気になった。
最初はすぐ治ると思っていた。
夏休みが終われば、また一緒に学校へ行けると思っていた。
でも、病院の白い壁は、僕たちの予定を全部変えてしまった。
僕は毎週土曜日になると、美咲の病室へ通った。
学校であったこと。
くだらない話。
新しく買ったゲームのこと。
話すことがなくなっても、僕は何かを話し続けた。
美咲はいつも笑って聞いていた。
ある日、窓の外を見ながら美咲が言った。
「今年の花火大会、行けないかな」
僕はすぐ答えた。
「行けるよ」
根拠なんてなかった。
「絶対行ける」
そう言わないと、何か大切なものが消えてしまう気がした。
美咲は少し困ったように笑った。
「じゃあ約束ね」
「うん」
「もし私が行けなかったら……」
「行けるって」
僕は遮った。
美咲は少し黙って、それから小さく笑った。
「じゃあ、もしもの話」
「なに?」
「その時は、私の分まで見てきて」
僕は返事をしなかった。
そんな約束、したくなかった。
花火大会の日。
僕は浴衣を着て、家を出た。
隣には誰もいなかった。
いつもなら「遅いよ」と言いながら、美咲が待っているはずだった。
打ち上げ場所の河原には、たくさんの人がいた。
屋台の明かり。
子どもの声。
夜空に上がる最初の一発。
大きな花火が咲いた瞬間、僕は空を見上げた。
綺麗だった。
でも、涙が出た。
隣で一緒に見てくれる人がいない花火は、こんなにも静かなものなのだと初めて知った。
その夜、美咲は来なかった。
次の日も。
その次の日も。
病院へ行った時、僕は何も聞かなかった。
聞かなくても分かっていたから。
それから十年が経った。
僕は地元を離れて暮らしていた。
忙しい毎日の中で、あの夏のことを思い出すことは少なくなっていた。
でも、夏になると必ず夢を見る。
川沿いを走る美咲の姿。
夕焼けの中で笑う顔。
「約束ね」
そう言った声。
十年ぶりに帰省した夏、僕は一人で川へ向かった。
昔と同じ場所。
昔と同じ風。
そして、昔とは違う僕。
川辺には、小さな花火大会の準備がされていた。
地元の人たちが毎年続けているらしい。
僕はそこで、一人の女性に声をかけられた。
「もしかして……悠くん?」
振り返ると、美咲のお母さんだった。
手には古い封筒を持っていた。
「ずっと渡そうと思ってたの」
封筒には、僕の名前が書かれていた。
震える手で開く。
中には、一枚の手紙が入っていた。
『悠くんへ。
今年の花火、一緒に見られなくてごめんね。
でも、約束は破ってないよ。
私はちゃんと一緒に見てるよ。
悠くんが空を見上げる時、きっと同じ花火を見てるから。
大人になって、楽しいことがいっぱいあっても、時々でいいから思い出してね。
私がいた夏のこと。
私の大好きな友達だったこと。
約束してくれてありがとう。
これからも、夏を好きでいてね。
美咲』
文字が滲んで読めなくなった。
十年間、僕はずっと「約束を守れなかった」と思っていた。
でも違った。
美咲は最後まで、僕との約束を覚えていた。
夜になり、花火が上がった。
大きな光が空いっぱいに広がる。
僕は隣に誰もいない河原で、初めて笑った。
「美咲、見えるか」
返事はない。
でも、風が吹いた。
川の音がした。
遠くで子どもが笑った。
そして、夏の夜空に花火が咲いた。
あの日と同じように。
僕は空を見上げた。
「今年も一緒に見たな」
涙を拭いながら、そう呟いた。
夏は終わっていく。
だけど、あの夏だけは、僕の中でずっと終わらない。
美咲がくれた最後の約束は、十年経った今も、僕の胸の中で花火みたいに輝いている。
十年前、彼女はそう言った。
僕は笑って答えた。
「毎年見るよ」
子どもの約束なんて、ずっと続くものだと思っていた。
僕の家の裏には、小さな川が流れている。
夏になると蛍が飛び、夕方には近所の子どもたちが虫取り網を持って走り回る。
その川の向こうに住んでいたのが、幼なじみの美咲だった。
僕たちは毎日一緒だった。
学校へ行くのも、帰るのも、夏休みに遊ぶのも。
美咲はいつも笑っていた。
転んでも笑う。
怒られても笑う。
雨に濡れても、「雨の日の冒険だね」と笑う。
そんな子だった。
小学六年生の夏、美咲は病気になった。
最初はすぐ治ると思っていた。
夏休みが終われば、また一緒に学校へ行けると思っていた。
でも、病院の白い壁は、僕たちの予定を全部変えてしまった。
僕は毎週土曜日になると、美咲の病室へ通った。
学校であったこと。
くだらない話。
新しく買ったゲームのこと。
話すことがなくなっても、僕は何かを話し続けた。
美咲はいつも笑って聞いていた。
ある日、窓の外を見ながら美咲が言った。
「今年の花火大会、行けないかな」
僕はすぐ答えた。
「行けるよ」
根拠なんてなかった。
「絶対行ける」
そう言わないと、何か大切なものが消えてしまう気がした。
美咲は少し困ったように笑った。
「じゃあ約束ね」
「うん」
「もし私が行けなかったら……」
「行けるって」
僕は遮った。
美咲は少し黙って、それから小さく笑った。
「じゃあ、もしもの話」
「なに?」
「その時は、私の分まで見てきて」
僕は返事をしなかった。
そんな約束、したくなかった。
花火大会の日。
僕は浴衣を着て、家を出た。
隣には誰もいなかった。
いつもなら「遅いよ」と言いながら、美咲が待っているはずだった。
打ち上げ場所の河原には、たくさんの人がいた。
屋台の明かり。
子どもの声。
夜空に上がる最初の一発。
大きな花火が咲いた瞬間、僕は空を見上げた。
綺麗だった。
でも、涙が出た。
隣で一緒に見てくれる人がいない花火は、こんなにも静かなものなのだと初めて知った。
その夜、美咲は来なかった。
次の日も。
その次の日も。
病院へ行った時、僕は何も聞かなかった。
聞かなくても分かっていたから。
それから十年が経った。
僕は地元を離れて暮らしていた。
忙しい毎日の中で、あの夏のことを思い出すことは少なくなっていた。
でも、夏になると必ず夢を見る。
川沿いを走る美咲の姿。
夕焼けの中で笑う顔。
「約束ね」
そう言った声。
十年ぶりに帰省した夏、僕は一人で川へ向かった。
昔と同じ場所。
昔と同じ風。
そして、昔とは違う僕。
川辺には、小さな花火大会の準備がされていた。
地元の人たちが毎年続けているらしい。
僕はそこで、一人の女性に声をかけられた。
「もしかして……悠くん?」
振り返ると、美咲のお母さんだった。
手には古い封筒を持っていた。
「ずっと渡そうと思ってたの」
封筒には、僕の名前が書かれていた。
震える手で開く。
中には、一枚の手紙が入っていた。
『悠くんへ。
今年の花火、一緒に見られなくてごめんね。
でも、約束は破ってないよ。
私はちゃんと一緒に見てるよ。
悠くんが空を見上げる時、きっと同じ花火を見てるから。
大人になって、楽しいことがいっぱいあっても、時々でいいから思い出してね。
私がいた夏のこと。
私の大好きな友達だったこと。
約束してくれてありがとう。
これからも、夏を好きでいてね。
美咲』
文字が滲んで読めなくなった。
十年間、僕はずっと「約束を守れなかった」と思っていた。
でも違った。
美咲は最後まで、僕との約束を覚えていた。
夜になり、花火が上がった。
大きな光が空いっぱいに広がる。
僕は隣に誰もいない河原で、初めて笑った。
「美咲、見えるか」
返事はない。
でも、風が吹いた。
川の音がした。
遠くで子どもが笑った。
そして、夏の夜空に花火が咲いた。
あの日と同じように。
僕は空を見上げた。
「今年も一緒に見たな」
涙を拭いながら、そう呟いた。
夏は終わっていく。
だけど、あの夏だけは、僕の中でずっと終わらない。
美咲がくれた最後の約束は、十年経った今も、僕の胸の中で花火みたいに輝いている。
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