約束は向日葵の横で
夏休みが始まる少し前、駅前の花屋には毎年、背丈ほどもある向日葵が並ぶ。
その中でも一本だけ、花びらが少し右に傾いた向日葵を見つけるたび、遥斗は十年前の約束を思い出していた。
「また会おうね。向日葵が咲いたら。」
そう言った少女は、その夏の終わりに町を離れた。
名前は結衣。
小学五年生だった二人には、連絡先を交換するという発想すらなかった。
ただ、「向日葵畑でまた会う」という約束だけを信じていた。
高校三年の夏。
進路に悩み、何を選んでも正解に思えない日々を過ごしていた遥斗は、久しぶりに町外れの向日葵畑へ向かった。
昔より道は整備されていたが、風の匂いだけは変わらない。
数万本の向日葵が、太陽を見上げて揺れていた。
「……変わってないな。」
そう呟いた瞬間だった。
「本当に。」
後ろから聞こえた声に、遥斗の時間が止まる。
振り返ると、一人の少女が麦わら帽子を押さえながら笑っていた。
長い黒髪。
少しだけ大人びた笑顔。
でも、その目だけは十年前と同じだった。
「……結衣?」
「やっと気づいた。」
二人は笑った。
十年という時間が、一瞬で縮まるように。
「本当に来てたんだ。」
「毎年来てたよ。」
「え?」
「約束したから。」
結衣は照れくさそうに笑う。
「でも会えなかった。」
「俺も毎年来てた。」
「え?」
「時間が違ったみたい。」
二人は顔を見合わせ、大笑いした。
十年間。
同じ場所へ来ていたのに、一度も会わなかった。
それが少し悔しくて、でも不思議と愛おしかった。
夕暮れ。
向日葵は西日に照らされ、黄金色に染まる。
「覚えてる?」
結衣が一本の向日葵を指差した。
「あの横で約束したんだよ。」
そこには今は別の向日葵が咲いていた。
同じ花ではない。
向日葵は毎年枯れ、また新しい命が咲く。
それでも場所だけは変わらない。
まるで約束そのものが根を張っているようだった。
「人も同じなのかもね。」
遥斗が言う。
「変わるけど、変わらないものもある。」
結衣は静かに頷いた。
「私ね、夢があるの。」
「何?」
「花屋になること。」
「似合う。」
「本当に?」
「向日葵を毎年並べる花屋。」
「そしたら?」
「俺が毎年買いに行く。」
「一本だけ?」
「いや。」
遥斗は少し照れながら笑った。
「一番大きいやつを。」
結衣も笑う。
「高いよ?」
「約束代。」
「何それ。」
二人の笑い声は、蝉の声に溶けていった。
帰り道。
駅まで続く坂道で、結衣が立ち止まる。
「ねえ。」
「ん?」
「今度は十年も待たないよね。」
遥斗はスマートフォンを取り出した。
「まず連絡先。」
結衣は吹き出した。
「それ、小学生の私たちに教えてあげたい。」
「ほんとにな。」
二人は連絡先を交換し、小さく指切りをした。
昔より少し大きくなった指で。
「また会おう。」
「うん。」
「約束は?」
結衣は向日葵畑を振り返り、優しく微笑んだ。
「向日葵の横で。」
翌年の夏。
町外れの向日葵畑には、一本だけリボンが結ばれた向日葵があった。
その横で笑い合う二人を見て、風は静かに花を揺らす。
約束は、人を待つものではない。
約束は、人を未来へ連れていくものなのだ。
その中でも一本だけ、花びらが少し右に傾いた向日葵を見つけるたび、遥斗は十年前の約束を思い出していた。
「また会おうね。向日葵が咲いたら。」
そう言った少女は、その夏の終わりに町を離れた。
名前は結衣。
小学五年生だった二人には、連絡先を交換するという発想すらなかった。
ただ、「向日葵畑でまた会う」という約束だけを信じていた。
高校三年の夏。
進路に悩み、何を選んでも正解に思えない日々を過ごしていた遥斗は、久しぶりに町外れの向日葵畑へ向かった。
昔より道は整備されていたが、風の匂いだけは変わらない。
数万本の向日葵が、太陽を見上げて揺れていた。
「……変わってないな。」
そう呟いた瞬間だった。
「本当に。」
後ろから聞こえた声に、遥斗の時間が止まる。
振り返ると、一人の少女が麦わら帽子を押さえながら笑っていた。
長い黒髪。
少しだけ大人びた笑顔。
でも、その目だけは十年前と同じだった。
「……結衣?」
「やっと気づいた。」
二人は笑った。
十年という時間が、一瞬で縮まるように。
「本当に来てたんだ。」
「毎年来てたよ。」
「え?」
「約束したから。」
結衣は照れくさそうに笑う。
「でも会えなかった。」
「俺も毎年来てた。」
「え?」
「時間が違ったみたい。」
二人は顔を見合わせ、大笑いした。
十年間。
同じ場所へ来ていたのに、一度も会わなかった。
それが少し悔しくて、でも不思議と愛おしかった。
夕暮れ。
向日葵は西日に照らされ、黄金色に染まる。
「覚えてる?」
結衣が一本の向日葵を指差した。
「あの横で約束したんだよ。」
そこには今は別の向日葵が咲いていた。
同じ花ではない。
向日葵は毎年枯れ、また新しい命が咲く。
それでも場所だけは変わらない。
まるで約束そのものが根を張っているようだった。
「人も同じなのかもね。」
遥斗が言う。
「変わるけど、変わらないものもある。」
結衣は静かに頷いた。
「私ね、夢があるの。」
「何?」
「花屋になること。」
「似合う。」
「本当に?」
「向日葵を毎年並べる花屋。」
「そしたら?」
「俺が毎年買いに行く。」
「一本だけ?」
「いや。」
遥斗は少し照れながら笑った。
「一番大きいやつを。」
結衣も笑う。
「高いよ?」
「約束代。」
「何それ。」
二人の笑い声は、蝉の声に溶けていった。
帰り道。
駅まで続く坂道で、結衣が立ち止まる。
「ねえ。」
「ん?」
「今度は十年も待たないよね。」
遥斗はスマートフォンを取り出した。
「まず連絡先。」
結衣は吹き出した。
「それ、小学生の私たちに教えてあげたい。」
「ほんとにな。」
二人は連絡先を交換し、小さく指切りをした。
昔より少し大きくなった指で。
「また会おう。」
「うん。」
「約束は?」
結衣は向日葵畑を振り返り、優しく微笑んだ。
「向日葵の横で。」
翌年の夏。
町外れの向日葵畑には、一本だけリボンが結ばれた向日葵があった。
その横で笑い合う二人を見て、風は静かに花を揺らす。
約束は、人を待つものではない。
約束は、人を未来へ連れていくものなのだ。
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