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BL、GL、NLは今後付けるかもです。
七夕の夜は、願いごとが空へ届くらしい。
それなら、この願いだけは届かなくていい。
そう思いながら、短冊を結んだ。
文字は書いていない。
書いてしまえば、本当になってしまう気がしたから。
帰り道。
商店街の提灯が風に揺れる。
笑い声。
鈴の音。
誰かの「またね」。
その全部が、自分だけを避けて流れていく。
祭りは好きだった。
好きだった、はずだった。
いつからだろう。
人の笑顔を見ていると、自分の笑い方が分からなくなったのは。
夜の交差点。
信号が赤へ変わる。
向こう側に、誰かが立っていた。
白い面をつけている。
こちらを見ている。
気づけば、同じ面が足元に落ちていた。
拾う。
軽い。
紙のようでもあり、陶器のようでもある。
試しに顔へ近づける。
「似合うよ。」
誰の声だったのかは分からない。
けれど、その一言だけで十分だった。
面は、顔へ吸い付くように収まった。
その日から、間違えなくなった。
笑う場面では笑えた。
頷く場面では頷けた。
悲しむ場面では、ちゃんと悲しそうな顔ができた。
誰も困らない。
誰も傷つかない。
誰も、不思議に思わない。
だから安心した。
安心するほど、鏡を見る回数が減っていった。
ある夜。
コンビニのガラスに自分が映る。
知らない誰かが立っている。
目を逸らす。
映らなくなる。
安心する。
けれど、その安心は長く続かなかった。
翌日には、
電車の窓にも、
スマートフォンの黒い画面にも、
雨上がりの水たまりにも、
同じ顔が映っていた。
知らない誰か。
けれど、その誰かは、いつも自分より上手に笑っていた。
祭り囃子が遠くで鳴る。
人混みから逃げるように歩く。
神社の裏手。
風だけが通る石段。
そこには誰もいない――はずだった。
「遅かったね。」
声だけが先に聞こえる。
振り返る。
誰もいない。
「こっち。」
石灯籠の影。
もう一人。
いや。
もう一つ。
同じ面。
同じ立ち姿。
違うのは、何も喋らないことだけだった。
「誰。」
問いかける。
返事はない。
ただ静かに、こちらへ歩いてくる。
逃げようとする。
足が動かない。
面が笑っている。
向こうの面も笑っている。
同じ角度。
同じ口元。
同じ沈黙。
まるで鏡だった。
「それ、返して。」
声は後ろから聞こえた。
振り返る。
今度こそ誰もいない。
「もう十分でしょう。」
風が吹く。
笹が鳴る。
短冊が擦れ合う。
その音だけが言葉になっていく。
——返して。
何を。
——その顔。
これは最初から自分の顔ではなかったのだろうか。
思い出そうとする。
思い出せない。
目はどんな形だった。
笑うと頬はどう動いた。
泣くと声は震えた。
何一つ思い出せない。
思い出せるのは、この面をつけてからの自分だけ。
空を見上げる。
雲が流れる。
星は見えない。
「星は消えたんじゃない。」
また声がする。
「隠れているだけ。」
その一言で、
何かがひび割れる音がした。
面ではない。
もっと奥。
名前も付けられない場所。
ずっと閉じていた場所。
ぱきり。
小さな音。
頬を伝う冷たいもの。
涙だった。
泣いている。
面は笑ったままなのに。
涙だけが止まらない。
笑顔と涙は一緒に存在できるのだと、その夜初めて知った。
帰り道。
商店街はもう静かだった。
提灯だけがまだ揺れている。
ガラスへ目を向ける。
知らない誰かは、もういなかった。
そこに映る顔も、相変わらずよく分からない。
でも。
分からないままでいいと思えた。
本当の顔なんて、最初から一つではないのかもしれない。
泣く日もある。
笑う日もある。
誰かを演じる日もある。
全部まとめて、自分なのだとしたら。
あの面は、偽物だったのではない。
本物になりたかった願い、そのものだった。
空を見上げる。
雲がゆっくり裂けていく。
ほんの一瞬だけ現れた星は、すぐにまた夜へ隠れた。
それでも確かにそこにあった。
誰にも見えなくても。
誰にも信じてもらえなくても。
見失うことと、失くしてしまうことは、同じではない。
だから今夜は願わない。
ただ歩く。
名前のない誰かとして。
星を隠したままの空の下を。
それなら、この願いだけは届かなくていい。
そう思いながら、短冊を結んだ。
文字は書いていない。
書いてしまえば、本当になってしまう気がしたから。
帰り道。
商店街の提灯が風に揺れる。
笑い声。
鈴の音。
誰かの「またね」。
その全部が、自分だけを避けて流れていく。
祭りは好きだった。
好きだった、はずだった。
いつからだろう。
人の笑顔を見ていると、自分の笑い方が分からなくなったのは。
夜の交差点。
信号が赤へ変わる。
向こう側に、誰かが立っていた。
白い面をつけている。
こちらを見ている。
気づけば、同じ面が足元に落ちていた。
拾う。
軽い。
紙のようでもあり、陶器のようでもある。
試しに顔へ近づける。
「似合うよ。」
誰の声だったのかは分からない。
けれど、その一言だけで十分だった。
面は、顔へ吸い付くように収まった。
その日から、間違えなくなった。
笑う場面では笑えた。
頷く場面では頷けた。
悲しむ場面では、ちゃんと悲しそうな顔ができた。
誰も困らない。
誰も傷つかない。
誰も、不思議に思わない。
だから安心した。
安心するほど、鏡を見る回数が減っていった。
ある夜。
コンビニのガラスに自分が映る。
知らない誰かが立っている。
目を逸らす。
映らなくなる。
安心する。
けれど、その安心は長く続かなかった。
翌日には、
電車の窓にも、
スマートフォンの黒い画面にも、
雨上がりの水たまりにも、
同じ顔が映っていた。
知らない誰か。
けれど、その誰かは、いつも自分より上手に笑っていた。
祭り囃子が遠くで鳴る。
人混みから逃げるように歩く。
神社の裏手。
風だけが通る石段。
そこには誰もいない――はずだった。
「遅かったね。」
声だけが先に聞こえる。
振り返る。
誰もいない。
「こっち。」
石灯籠の影。
もう一人。
いや。
もう一つ。
同じ面。
同じ立ち姿。
違うのは、何も喋らないことだけだった。
「誰。」
問いかける。
返事はない。
ただ静かに、こちらへ歩いてくる。
逃げようとする。
足が動かない。
面が笑っている。
向こうの面も笑っている。
同じ角度。
同じ口元。
同じ沈黙。
まるで鏡だった。
「それ、返して。」
声は後ろから聞こえた。
振り返る。
今度こそ誰もいない。
「もう十分でしょう。」
風が吹く。
笹が鳴る。
短冊が擦れ合う。
その音だけが言葉になっていく。
——返して。
何を。
——その顔。
これは最初から自分の顔ではなかったのだろうか。
思い出そうとする。
思い出せない。
目はどんな形だった。
笑うと頬はどう動いた。
泣くと声は震えた。
何一つ思い出せない。
思い出せるのは、この面をつけてからの自分だけ。
空を見上げる。
雲が流れる。
星は見えない。
「星は消えたんじゃない。」
また声がする。
「隠れているだけ。」
その一言で、
何かがひび割れる音がした。
面ではない。
もっと奥。
名前も付けられない場所。
ずっと閉じていた場所。
ぱきり。
小さな音。
頬を伝う冷たいもの。
涙だった。
泣いている。
面は笑ったままなのに。
涙だけが止まらない。
笑顔と涙は一緒に存在できるのだと、その夜初めて知った。
帰り道。
商店街はもう静かだった。
提灯だけがまだ揺れている。
ガラスへ目を向ける。
知らない誰かは、もういなかった。
そこに映る顔も、相変わらずよく分からない。
でも。
分からないままでいいと思えた。
本当の顔なんて、最初から一つではないのかもしれない。
泣く日もある。
笑う日もある。
誰かを演じる日もある。
全部まとめて、自分なのだとしたら。
あの面は、偽物だったのではない。
本物になりたかった願い、そのものだった。
空を見上げる。
雲がゆっくり裂けていく。
ほんの一瞬だけ現れた星は、すぐにまた夜へ隠れた。
それでも確かにそこにあった。
誰にも見えなくても。
誰にも信じてもらえなくても。
見失うことと、失くしてしまうことは、同じではない。
だから今夜は願わない。
ただ歩く。
名前のない誰かとして。
星を隠したままの空の下を。