九月。
夏が終わる頃には、
二人は付き合い始めていた。
「朝比奈先輩!」
廊下で笑うひまりちゃん。
その隣で照れくさそうに笑う悠斗。
その光景を見るたびに、
胸は少し痛んだ。
それでも、
不思議だった。
時間はちゃんと人を前へ運ぶ。
最初は、
教室で二人を見るだけで息が苦しくなった。
次は、
少しだけ目を逸らせるようになった。
冬になる頃には、
「お似合いだね」と笑えるようになっていた。
もちろん、
心のどこかではまだ泣いていたけれど。
卒業式の日。
三年間通った校舎は、
春の光に包まれていた。
体育館を出ると、
空には薄い雲が流れている。
「卒業、おめでとう。」
後ろから声がした。
振り向くと、
悠斗だった。
制服ではなく、
卒業生の胸につけるコサージュが少しだけ大人に見える。
「おめでとう。」
私も笑う。
自然に笑えた。
「東京、頑張れよ。」
「うん。」
「そっちは?」
「地元の大学。」
「そっか。」
少しだけ沈黙が流れる。
もう毎日一緒に帰ることもない。
天気の話をすることもない。
同じ教室で笑うこともない。
それでも、
不思議と寂しさだけじゃなかった。
「あのさ。」
悠斗が照れくさそうに頭をかく。
「今までありがとう。」
その一言だけで十分だった。
私は首を横に振る。
「こちらこそ。」
本当は言いたいことが山ほどあった。
好きだったこと。
ずっと好きだったこと。
失恋した夜、
泣き続けたこと。
全部。
全部。
でも、
それはもう私だけの思い出でいい。
恋は伝えなければ届かない。
だけど、
伝えなかった恋にも意味はある。
私はそう信じたかった。
「じゃあ。」
「うん。またね。」
今度こそ、
本当のお別れだった。
駅へ向かう坂道を一人で歩く。
空から、
小さな雨粒が落ちてきた。
「あ……。」
思わず笑ってしまう。
今日まで散々泣いたのに。
最後の日まで雨なんだ。
バッグから折り畳み傘を取り出そうとして、
手を止めた。
今日はいいや。
少しくらい濡れて帰ろう。
雨は優しかった。
頬を伝う雫は、
もう涙なのか雨なのか分からない。
でも、
それでよかった。
失恋は、
忘れることじゃない。
痛みがなくなることでもない。
大切だった人を、
大切だったまま思い出にできるようになること。
それが「前へ進む」ということなのかもしれない。
信号待ちをしていると、
小さな女の子が空を見上げて言った。
「お母さん、もうすぐ晴れる?」
母親は笑って答える。
「雨雲はずっと同じ場所にはいないよ。」
その言葉に、
私は空を見上げた。
灰色の雲の向こうには、
確かに青空があった。
天気予報では、
雨は午後には止むらしい。
私は少しだけ歩く速度を上げる。
いつかこの恋を思い出しても、
泣かずに笑える日が来る。
きっと来る。
だって、
どんな前線にも終わりがある。
私の涙前線も、
いつか静かに通り過ぎていく。
雨上がりの風は少しだけ冷たくて、
少しだけ優しかった。
私は濡れた前髪を耳にかけ、
空へ向かって小さく笑う。
「さようなら。」
それは、
彼に向けた言葉だったのか。
あの日までの私に向けた言葉だったのか。
もう分からない。
けれど、
その一歩は確かに未来へ続いていた。
遠くで雲が切れ、
淡い春の日差しが街を照らし始める。
私は空を見上げる。
泣いたあとだからこそ見える青空がある。
その青さを、
私は一生忘れないだろう。
[中央寄せ]―完―[/中央寄せ]
夏が終わる頃には、
二人は付き合い始めていた。
「朝比奈先輩!」
廊下で笑うひまりちゃん。
その隣で照れくさそうに笑う悠斗。
その光景を見るたびに、
胸は少し痛んだ。
それでも、
不思議だった。
時間はちゃんと人を前へ運ぶ。
最初は、
教室で二人を見るだけで息が苦しくなった。
次は、
少しだけ目を逸らせるようになった。
冬になる頃には、
「お似合いだね」と笑えるようになっていた。
もちろん、
心のどこかではまだ泣いていたけれど。
卒業式の日。
三年間通った校舎は、
春の光に包まれていた。
体育館を出ると、
空には薄い雲が流れている。
「卒業、おめでとう。」
後ろから声がした。
振り向くと、
悠斗だった。
制服ではなく、
卒業生の胸につけるコサージュが少しだけ大人に見える。
「おめでとう。」
私も笑う。
自然に笑えた。
「東京、頑張れよ。」
「うん。」
「そっちは?」
「地元の大学。」
「そっか。」
少しだけ沈黙が流れる。
もう毎日一緒に帰ることもない。
天気の話をすることもない。
同じ教室で笑うこともない。
それでも、
不思議と寂しさだけじゃなかった。
「あのさ。」
悠斗が照れくさそうに頭をかく。
「今までありがとう。」
その一言だけで十分だった。
私は首を横に振る。
「こちらこそ。」
本当は言いたいことが山ほどあった。
好きだったこと。
ずっと好きだったこと。
失恋した夜、
泣き続けたこと。
全部。
全部。
でも、
それはもう私だけの思い出でいい。
恋は伝えなければ届かない。
だけど、
伝えなかった恋にも意味はある。
私はそう信じたかった。
「じゃあ。」
「うん。またね。」
今度こそ、
本当のお別れだった。
駅へ向かう坂道を一人で歩く。
空から、
小さな雨粒が落ちてきた。
「あ……。」
思わず笑ってしまう。
今日まで散々泣いたのに。
最後の日まで雨なんだ。
バッグから折り畳み傘を取り出そうとして、
手を止めた。
今日はいいや。
少しくらい濡れて帰ろう。
雨は優しかった。
頬を伝う雫は、
もう涙なのか雨なのか分からない。
でも、
それでよかった。
失恋は、
忘れることじゃない。
痛みがなくなることでもない。
大切だった人を、
大切だったまま思い出にできるようになること。
それが「前へ進む」ということなのかもしれない。
信号待ちをしていると、
小さな女の子が空を見上げて言った。
「お母さん、もうすぐ晴れる?」
母親は笑って答える。
「雨雲はずっと同じ場所にはいないよ。」
その言葉に、
私は空を見上げた。
灰色の雲の向こうには、
確かに青空があった。
天気予報では、
雨は午後には止むらしい。
私は少しだけ歩く速度を上げる。
いつかこの恋を思い出しても、
泣かずに笑える日が来る。
きっと来る。
だって、
どんな前線にも終わりがある。
私の涙前線も、
いつか静かに通り過ぎていく。
雨上がりの風は少しだけ冷たくて、
少しだけ優しかった。
私は濡れた前髪を耳にかけ、
空へ向かって小さく笑う。
「さようなら。」
それは、
彼に向けた言葉だったのか。
あの日までの私に向けた言葉だったのか。
もう分からない。
けれど、
その一歩は確かに未来へ続いていた。
遠くで雲が切れ、
淡い春の日差しが街を照らし始める。
私は空を見上げる。
泣いたあとだからこそ見える青空がある。
その青さを、
私は一生忘れないだろう。
[中央寄せ]―完―[/中央寄せ]