四月の空は、嘘つきだ。
朝は雲ひとつなかったのに、
放課後になるころには薄い灰色の雲が空を覆っていた。
「折り畳み傘、持ってる?」
隣を歩く声に振り向く。
制服のポケットに手を突っ込んで歩く彼――朝比奈悠斗は、
空を見上げたまま私に尋ねた。
「持ってない。」
「また?」
「朝晴れてたし。」
「だから天気予報を見ろって。」
少し呆れたように笑う。
その笑い方が好きだった。
笑うと右の口角だけ少し上がること。
目が細くなって、まつ毛が長いこと。
全部知っている。
一年半も隣にいたら、
嫌でも覚えてしまう。
「ほら。」
悠斗はリュックから折り畳み傘を取り出した。
「駅まで入ってけば?」
「でも悠斗は?」
「俺? 走る。」
「風邪ひくよ。」
「大丈夫。」
そう言って笑う。
結局、
私は傘を受け取れなかった。
「一緒に入ればいいじゃん。」
その言葉は、
口に出した瞬間に心臓が跳ねた。
悠斗も少しだけ驚いた顔をして、
それから照れくさそうに笑った。
「……そうする?」
相合い傘。
その言葉を誰も口にしなかった。
でも肩が触れるたび、
制服の袖が擦れるたび、
心臓だけがうるさかった。
雨は駅に着くころには本降りになっていた。
「やっぱ降ったな。」
「悠斗の勝ち。」
「だから天気予報見ろって。」
「はいはい。」
そんな何気ない会話が、
私は好きだった。
特別な約束もない。
映画にも行かない。
手も繋がない。
付き合っているわけでもない。
それでも毎日一緒に帰る。
それだけで十分幸せだった。
少なくとも、私はそう思っていた。
五月になっても、
その日々は続いた。
昼休みは購買のパンを半分こして、
放課後は駅まで歩く。
好きな音楽を教え合って、
テスト前は図書室で勉強して。
周りからは「付き合ってるでしょ」と何度も言われた。
そのたびに悠斗は笑って否定する。
「違う違う。」
私も笑って否定する。
「友達だよ。」
胸が少し痛かった。
でも、
その関係を壊す勇気はなかった。
「友達」でいられるなら、それでいい。
そう自分に言い聞かせていた。
六月。
梅雨入り。
教室の窓は毎日雨粒で曇っていた。
「俺さ。」
ある日の帰り道。
悠斗が珍しく真面目な声を出した。
「東京の大学、受けようと思う。」
「え?」
「先生にも勧められてて。」
「……そうなんだ。」
頭では「おめでとう」と言わなきゃと思った。
でも最初に浮かんだのは、
遠くなる。
その一言だった。
「すごいじゃん。」
ようやく絞り出した声は、
自分でも驚くほどぎこちなかった。
「ありがとう。」
悠斗は嬉しそうだった。
その笑顔を見て、
私は安心した。
好きな人の夢を応援したい。
その気持ちは本物だった。
だけど同じくらい、
置いていかれる寂しさも、
本物だった。
雨は静かに降り続いていた。
天気予報では、
『停滞前線の影響で、しばらく雨の日が続くでしょう』
と伝えていた。
その言葉が、
なぜか胸に引っかかった。
まだ私は知らない。
この雨が、
ただの梅雨じゃないことを。
この先、
自分の心にも長い長い「涙前線」が停滞することを。
朝は雲ひとつなかったのに、
放課後になるころには薄い灰色の雲が空を覆っていた。
「折り畳み傘、持ってる?」
隣を歩く声に振り向く。
制服のポケットに手を突っ込んで歩く彼――朝比奈悠斗は、
空を見上げたまま私に尋ねた。
「持ってない。」
「また?」
「朝晴れてたし。」
「だから天気予報を見ろって。」
少し呆れたように笑う。
その笑い方が好きだった。
笑うと右の口角だけ少し上がること。
目が細くなって、まつ毛が長いこと。
全部知っている。
一年半も隣にいたら、
嫌でも覚えてしまう。
「ほら。」
悠斗はリュックから折り畳み傘を取り出した。
「駅まで入ってけば?」
「でも悠斗は?」
「俺? 走る。」
「風邪ひくよ。」
「大丈夫。」
そう言って笑う。
結局、
私は傘を受け取れなかった。
「一緒に入ればいいじゃん。」
その言葉は、
口に出した瞬間に心臓が跳ねた。
悠斗も少しだけ驚いた顔をして、
それから照れくさそうに笑った。
「……そうする?」
相合い傘。
その言葉を誰も口にしなかった。
でも肩が触れるたび、
制服の袖が擦れるたび、
心臓だけがうるさかった。
雨は駅に着くころには本降りになっていた。
「やっぱ降ったな。」
「悠斗の勝ち。」
「だから天気予報見ろって。」
「はいはい。」
そんな何気ない会話が、
私は好きだった。
特別な約束もない。
映画にも行かない。
手も繋がない。
付き合っているわけでもない。
それでも毎日一緒に帰る。
それだけで十分幸せだった。
少なくとも、私はそう思っていた。
五月になっても、
その日々は続いた。
昼休みは購買のパンを半分こして、
放課後は駅まで歩く。
好きな音楽を教え合って、
テスト前は図書室で勉強して。
周りからは「付き合ってるでしょ」と何度も言われた。
そのたびに悠斗は笑って否定する。
「違う違う。」
私も笑って否定する。
「友達だよ。」
胸が少し痛かった。
でも、
その関係を壊す勇気はなかった。
「友達」でいられるなら、それでいい。
そう自分に言い聞かせていた。
六月。
梅雨入り。
教室の窓は毎日雨粒で曇っていた。
「俺さ。」
ある日の帰り道。
悠斗が珍しく真面目な声を出した。
「東京の大学、受けようと思う。」
「え?」
「先生にも勧められてて。」
「……そうなんだ。」
頭では「おめでとう」と言わなきゃと思った。
でも最初に浮かんだのは、
遠くなる。
その一言だった。
「すごいじゃん。」
ようやく絞り出した声は、
自分でも驚くほどぎこちなかった。
「ありがとう。」
悠斗は嬉しそうだった。
その笑顔を見て、
私は安心した。
好きな人の夢を応援したい。
その気持ちは本物だった。
だけど同じくらい、
置いていかれる寂しさも、
本物だった。
雨は静かに降り続いていた。
天気予報では、
『停滞前線の影響で、しばらく雨の日が続くでしょう』
と伝えていた。
その言葉が、
なぜか胸に引っかかった。
まだ私は知らない。
この雨が、
ただの梅雨じゃないことを。
この先、
自分の心にも長い長い「涙前線」が停滞することを。