夜の静けさが、
一段、
深く沈んだころ。
裏道のランプは、
これまでよりも少しだけ、
強く灯っていた。
まるで、
来ると分かっている客を、
迎えるために。
足音がする。
迷いはない。
けれど急がない。
一歩一歩が、
地面を確かめるように、
確かだ。
カラン。
鈴の音は、
これまでで一番、
低く鳴った。
扉を開けたのは、
背の高い人物だった。
年齢も性別も、
輪郭の外に溶けている。
ただ一つ確かなのは、
そこに立つだけで、
空気が
[太字][大文字]「正される」
[/大文字][/太字]ということ。
「お初にお目にかかります」
深く、丁寧な一礼。
「獅子座、獅子ヶ堂琥珀と申します」
声は柔らかい。
微笑みも、
完璧だ。
長年、
礼儀とともに生きてきた人のそれ。
マスターは、
ほんのわずかに目を細める。
「いらっしゃいませ」
それ以上、
何も言わない。
琥珀は席に着く。
背筋は自然に伸び、
動きに一切の無駄がない。
差し出された紅茶を見て、
琥珀は一瞬、
目を伏せた。
「…いい匂いですね。
これは…アールグレイでしょうか?」
「ええ」
「そうですか」
カップを両手で包み、
ゆっくりと口に運ぶ。
一口。
「…ふふ」
微笑みが、
少しだけ深くなる。
「力強い。ですが、荒れてはいない」
そこで、止まる。
その先を、
言葉にしない。
マスターは、
琥珀の肩越しに、
星図の壁を見る。
これまでの線は、
どれも感情の重さを持っていた。
だが、
まだ空いている場所がある。
中心に近い、
最も目立つはずの位置。
「…わたくしは」
琥珀が、静かに口を開く。
「皆様を守る役目で生きてまいりました」
微笑みは崩れない。
「言葉で届かぬときは、体で。
理で納得されぬときは、結果で」
カップを置く音が、
少しだけ強い。
「…それが一番、早い」
空気が、
わずかに軋む。
「獅子座は、
中心に立つ星です」
マスターが言う。
「照らすために、
熱を持つ」
琥珀は、
ふっと息を吐く。
「ええ。ですから」
視線が下がる。
「皆様の痛みは、
わたくしの後ろに置いてきました」
その瞬間、
微笑みの奥で、
何かが鳴った。
拳が、
テーブルの下で、
きゅっと握られる。
「…さて」
顔を上げたとき、
笑顔は変わらない。
だが、
声の奥に、
わずかな低音が混じる。
「わたくしは、正しく立てておりますでしょうか」
マスターは、
すぐには答えない。
代わりに、
ポットを傾け、
少量だけ、
別の茶を足す。
香りが変わる。
アールグレイの奥に、
ほんのわずかな、
焦げた甘さ。
「獅子座は」
マスターは静かに言う。
[太字][大文字][水平線][明朝体][斜体]「立つことを、
疑う時間を持たなかった星です」[/斜体][/明朝体][/大文字][/太字]
琥珀の指が、
一瞬だけ震える。
「…疑えば、崩れると思っておりました」
「崩れるのは、
形です」
マスターは続ける。
[明朝体][太字][大文字][斜体]「誇りは、
壊れません」
[/斜体][/大文字][/太字][/明朝体]
沈黙。
やがて、
琥珀は小さく笑った。
「立ってください、と」
誰に向けた言葉でもなく。
[太字][斜体][大文字][明朝体]「貴方の誇りが死んでいないのなら、
もう一度……と」[/明朝体][/大文字][/斜体][/太字]
その声は、
過去の自分自身に向けたものだった。
紅茶を飲み干す。
「…あら、もう終わりですか?」
自嘲気味に。
「準備運動にもなりゃしません…
…あ、失礼」
一拍置いて、
きちんと頭を下げる。
「…なりませんね」
マスターは、
初めて、
わずかに微笑んだ。
「また、来ても?」
琥珀の問いは、
とても静かだった。
「ええ」
「扉は、
あなたを覚えています」
カラン。
扉が閉まる。
星図の壁に、
太く、
堂々とした線が刻まれる。
それは、
中心へ向かう線。
だが、
他の線と違い、
少しだけ揺れている。
力を持つ者が、
初めて、
自分の重さを知った証。
マスターは、
その線を見つめる。
「守るために立つ人ほど、
座る場所を、
知らないものです」
ランプの光が、
一度だけ、
大きく揺れた。
夜は、まだ終わらない。
残る星は、
少なくなってきた。
そして、
すべてが結ばれる夜は、
確実に、
近づいている。
一段、
深く沈んだころ。
裏道のランプは、
これまでよりも少しだけ、
強く灯っていた。
まるで、
来ると分かっている客を、
迎えるために。
足音がする。
迷いはない。
けれど急がない。
一歩一歩が、
地面を確かめるように、
確かだ。
カラン。
鈴の音は、
これまでで一番、
低く鳴った。
扉を開けたのは、
背の高い人物だった。
年齢も性別も、
輪郭の外に溶けている。
ただ一つ確かなのは、
そこに立つだけで、
空気が
[太字][大文字]「正される」
[/大文字][/太字]ということ。
「お初にお目にかかります」
深く、丁寧な一礼。
「獅子座、獅子ヶ堂琥珀と申します」
声は柔らかい。
微笑みも、
完璧だ。
長年、
礼儀とともに生きてきた人のそれ。
マスターは、
ほんのわずかに目を細める。
「いらっしゃいませ」
それ以上、
何も言わない。
琥珀は席に着く。
背筋は自然に伸び、
動きに一切の無駄がない。
差し出された紅茶を見て、
琥珀は一瞬、
目を伏せた。
「…いい匂いですね。
これは…アールグレイでしょうか?」
「ええ」
「そうですか」
カップを両手で包み、
ゆっくりと口に運ぶ。
一口。
「…ふふ」
微笑みが、
少しだけ深くなる。
「力強い。ですが、荒れてはいない」
そこで、止まる。
その先を、
言葉にしない。
マスターは、
琥珀の肩越しに、
星図の壁を見る。
これまでの線は、
どれも感情の重さを持っていた。
だが、
まだ空いている場所がある。
中心に近い、
最も目立つはずの位置。
「…わたくしは」
琥珀が、静かに口を開く。
「皆様を守る役目で生きてまいりました」
微笑みは崩れない。
「言葉で届かぬときは、体で。
理で納得されぬときは、結果で」
カップを置く音が、
少しだけ強い。
「…それが一番、早い」
空気が、
わずかに軋む。
「獅子座は、
中心に立つ星です」
マスターが言う。
「照らすために、
熱を持つ」
琥珀は、
ふっと息を吐く。
「ええ。ですから」
視線が下がる。
「皆様の痛みは、
わたくしの後ろに置いてきました」
その瞬間、
微笑みの奥で、
何かが鳴った。
拳が、
テーブルの下で、
きゅっと握られる。
「…さて」
顔を上げたとき、
笑顔は変わらない。
だが、
声の奥に、
わずかな低音が混じる。
「わたくしは、正しく立てておりますでしょうか」
マスターは、
すぐには答えない。
代わりに、
ポットを傾け、
少量だけ、
別の茶を足す。
香りが変わる。
アールグレイの奥に、
ほんのわずかな、
焦げた甘さ。
「獅子座は」
マスターは静かに言う。
[太字][大文字][水平線][明朝体][斜体]「立つことを、
疑う時間を持たなかった星です」[/斜体][/明朝体][/大文字][/太字]
琥珀の指が、
一瞬だけ震える。
「…疑えば、崩れると思っておりました」
「崩れるのは、
形です」
マスターは続ける。
[明朝体][太字][大文字][斜体]「誇りは、
壊れません」
[/斜体][/大文字][/太字][/明朝体]
沈黙。
やがて、
琥珀は小さく笑った。
「立ってください、と」
誰に向けた言葉でもなく。
[太字][斜体][大文字][明朝体]「貴方の誇りが死んでいないのなら、
もう一度……と」[/明朝体][/大文字][/斜体][/太字]
その声は、
過去の自分自身に向けたものだった。
紅茶を飲み干す。
「…あら、もう終わりですか?」
自嘲気味に。
「準備運動にもなりゃしません…
…あ、失礼」
一拍置いて、
きちんと頭を下げる。
「…なりませんね」
マスターは、
初めて、
わずかに微笑んだ。
「また、来ても?」
琥珀の問いは、
とても静かだった。
「ええ」
「扉は、
あなたを覚えています」
カラン。
扉が閉まる。
星図の壁に、
太く、
堂々とした線が刻まれる。
それは、
中心へ向かう線。
だが、
他の線と違い、
少しだけ揺れている。
力を持つ者が、
初めて、
自分の重さを知った証。
マスターは、
その線を見つめる。
「守るために立つ人ほど、
座る場所を、
知らないものです」
ランプの光が、
一度だけ、
大きく揺れた。
夜は、まだ終わらない。
残る星は、
少なくなってきた。
そして、
すべてが結ばれる夜は、
確実に、
近づいている。
- 1.ティータイムの始まり。
- 2.乙女座 やさしく、つよくなれなくて。
- 3.蟹座 甘さの奥で、息を止めてきた
- 4.牡牛座 余裕の仮面と、足りない甘さ
- 5.山羊座 ゆっくりでいいと、知らなかった
- 6.双子座 言葉が二つに割れたまま
- 7.天秤座 言葉を量る、沈黙の重さは。
- 8.獅子座 微笑みの奥で、拳を握るひと
- 9.射手座 遠くを願い、声を置いてきた
- 10.水瓶座 笑っているあいだは、自由でいられた
- 11.牡羊座 引き受ける勇気と、静かな覚悟
- 12.魚座 仮の笑顔と振り返ってしまったこと
- 13.蟹座 信じられなかった手の、ぬくもりを思い出すまで
- 14.宇宙という名の空を結びに。
- 15.蛇遣い座 13番目になれなくて。
- 16.第二期 惑星たちの夜
- 17.金星 一行の本音は、金星に預けて
- 18.土星 抱え込めてしまった者は、零れ方を知らない
- 19.天王星 光を残す星