放課後の図書室は、
静かなはずだった。
でも私は、
その[太字][大文字]「静かさ」[/大文字][/太字]が、
もう普通じゃないことを知っている。
「…来てる」
雷が、
私の隣で小さく呟いた。
空気が、
少しだけ重い。
音は変わらない。
光も、匂いも。
ただ―
感情だけが、
逆流するみたいに、
ざわつく。
最初に現れたのは、
黒い球体だった。
サッカーボールほどの大きさで、
中央に一つ、
人間の目みたいなもの。
白目が黒く、
黒目が白い。
「…お前、誰ダ?」
頭の中に、
直接声が響く。
「神谷、ゆめです」
そう答えると、
少しだけ間があった。
「人間の世界では、
名を聞いたらこちらも名乗るのが礼儀だったナ…」
球体は目を細くした。
[大文字][太字]「ボクはAffectusダ!」
[/太字][/大文字]
雷が、
小さく舌打ちする。
「感情いじりの古株」
Affectusは、
楽しそうに浮かびながら言った。
「いい場所ダ」
細くなった目がさらに細くなり、
知らない恐怖を覚える。
「恐怖と、優しさと、覚悟」
―混ざってル」
…褒められてるのか、
分からない。
次に、
床の影が揺れた。
音もなく、
白い着物の少女が立っていた。
床につくほどの白髪。
金色の瞳。
小さな体なのに、
圧が、違う。
「…馴れ合う気はない」
低く、冷たい声。
「だが、この場は悪くない」
[太字][大文字]「朱宮…鬼灯」
[/大文字][/太字]
雷が、
名前を呼ぶ。
鬼灯は、
ちらりと雷を見るだけで、
それ以上何も言わなかった。
最後に。
「んー…」
だるそうな声と一緒に、
ソファに人影が落ちる。
パーカー、ジーパン、スニーカー。
人間みたいな格好。
…頭には、ツノ。
「めんどい」
言われなくてもわかります。と言いたくなる。
「でも星の流れ、ここ変なんだよね
―だから来た」
「ポラリス」
名乗りも、
やっぱり適当。
雷が、
私を見る。
「全員、契約してない」
それが、
一番怖い。
契約していない悪魔は、
誰にも縛られていない。
「ここ」
Affectusが、
楽しそうに言う。
[大文字][太字]「何でも屋ダロ?」
[/太字][/大文字]
「人の感情が、
集まる場所」
「契約が、生まれやすい場所」
私は、
思わず声を強くした。
「…契約は、
増やしません」
鬼灯が、
一瞬だけ目を細める。
「ほう」
ポラリスは、
天井を見上げた。
「人間のくせに、強気だね」
Affectusは、
くるくる回る。
「だから、面白イ」
悪魔たちは、
敵でも味方でもない。
ただ―
興味本位。
そのとき。
廊下から、
足音が聞こえた。
人間の。
「…誰か来る」
雷が、
小声で言う。
私は、
息を飲んだ。
悪魔たちは、
一斉に[大文字]静かに[/大文字]なる。
見えない存在に、
戻る準備。
足音は、
確実に近づいていた。
―ここから先は、
人間の時間。
足音は、
迷いなく図書室の奥へ向かってきた。
私は、
思わず背筋を伸ばす。
…いる。
Affectusも、
鬼灯も、
ポラリスも。
全員、
そこにいるのに―
[大文字][太字]いないこと[/太字][/大文字]になっている。
「こんにちは」
柔らかい声。
入口に立っていたのは、
白髪ロングの先輩だった。
白いワンピースに、
✕印のピン。
片目が赤、
片目が虹色。
「僕の名前は、語部 椎奈」
―突然ごめんね」
その視線は、
私だけを見る。
悪魔たちが占領していたはずの空間を、
まるで何もないみたいに歩いてくる。
…見えてない。
本当に、
何も。
「どうぞ」
私は、
椅子を勧めた。
椎奈先輩は、
自然に腰を下ろす。
Affectusが、
少しだけ高度を下げた。
「完全に、ボクを無視してル」
雷が、
小声で返す。
「だから人間だって」
椎奈先輩は、
楽しそうに話し始めた。
「今日はね、依頼、というより」
―[明朝体][大文字][太字]噂話[/太字][/大文字][/明朝体]を持ってきただけなんだ」
最近、
寮で妙な話が流れててさ」
私は、
頷いた。
「…星を見ると、気持ちが軽くなる、って噂ですよね」
「そう、それ」
椎奈先輩は、
嬉しそうに笑う。
「悲しい人は、悲しくなくなって」
怒ってる人は、怒りを忘れる」
「すごく便利だろ?」
便利。
その言葉に、
胸の奥が少しだけ冷えた。
ポラリスが、
小さく息を吐く。
「…便利、ね」
もちろん、
椎奈先輩には聞こえない。
「面白いのはさ」
椎奈先輩は、
机に指を置く。
「その噂を信じた人が、
[太字][大文字]もっと確実な[/大文字][/太字]方法を
探し始めてること」
……来た。
「確実な方法、ですか?」
「うん」
椎奈先輩は、
あっさり言った。
[太字][明朝体][大文字][太字]「悪魔との契約」[/太字][/大文字]
[/明朝体][/太字]
その言葉が、
静かに落ちた。
Affectusが、
ぴくっと反応する。
鬼灯は、
腕を組み直した。
雷は、
黙り込む。
でも。
椎奈先輩は、
悪魔の気配なんて、
一切感じていない。
「勘違いしないでね、
僕は、
悪魔に興味はない」
即答だった。
「信じてるわけでもないし、
否定したいわけでもない」
ただ―」
少しだけ、
声が真剣になる。
「[明朝体][大文字][太字]不平等な契約[/太字][/大文字][/明朝体]が、
嫌いなんだ」
不平等?
「片方の得しか見えない取引は、だいたい破綻する」
「それって、
物語としてつまらないだろ?」
…物語。
椎奈先輩は、
[太字][明朝体][大文字]悪魔[/大文字][/明朝体][/太字]じゃなく、
[大文字][太字][明朝体]人の選択[/明朝体][/太字][/大文字]を見ている。
「だから、
忠告しに来ただけ」
「君なら、この噂をどう扱うか考えられると思って」
私は、
少しだけ考えてから言った。
「…先輩は、
止めたいんですか?」
椎奈先輩は、
肩をすくめた。
「止めたい、というより」
「どう転ぶか、
見たい」
正直だ。
「でも」
椎奈先輩は、
はっきり言った。
「悲劇になるなら、それは避けたい
それくらいの優しさはあるよ」
ポラリスが、
ぽつりと呟く。
「…優しいじゃん」
鬼灯が、
低く笑った。
「自覚なき善意は、強い」
私は、
深く息を吸った。
「…調べます
噂の正体も、
その先も」
椎奈先輩は、
満足そうに頷いた。
「あはは♪
交渉成立だね」
立ち上がって、
最後に言う。
「情報が欲しければ、
また来なよ」
「今回は無料」
「次からは…
格安で」
入口で、
振り返る。
「悪魔と契約しないのか、
って?」
「しないよ」
「不平等な取引は、嫌いだからね」
そう言って、
椎奈先輩は去っていった。
扉が閉まったあと。
しばらく、
誰も話さなかった。
Affectusが、
最初に口を開く。
「…見えていないのに」
「一番、
本質を見ていル」
ポラリスは、
天井を見上げる。
「人間、やっぱ好き」
鬼灯は、
短く言った。
「強いな」
雷が、
私を見る。
「ゆめ」
「この噂、放っておけないね」
私は、
小さく頷いた。
何でも屋は、
困りごとを解決する場所。
でも今は―
選択を誤らせないための場所。
見えない悪魔と、
見ない人間。
その間で、
私は立っている。
…物語は、
もう動き出していた。
静かなはずだった。
でも私は、
その[太字][大文字]「静かさ」[/大文字][/太字]が、
もう普通じゃないことを知っている。
「…来てる」
雷が、
私の隣で小さく呟いた。
空気が、
少しだけ重い。
音は変わらない。
光も、匂いも。
ただ―
感情だけが、
逆流するみたいに、
ざわつく。
最初に現れたのは、
黒い球体だった。
サッカーボールほどの大きさで、
中央に一つ、
人間の目みたいなもの。
白目が黒く、
黒目が白い。
「…お前、誰ダ?」
頭の中に、
直接声が響く。
「神谷、ゆめです」
そう答えると、
少しだけ間があった。
「人間の世界では、
名を聞いたらこちらも名乗るのが礼儀だったナ…」
球体は目を細くした。
[大文字][太字]「ボクはAffectusダ!」
[/太字][/大文字]
雷が、
小さく舌打ちする。
「感情いじりの古株」
Affectusは、
楽しそうに浮かびながら言った。
「いい場所ダ」
細くなった目がさらに細くなり、
知らない恐怖を覚える。
「恐怖と、優しさと、覚悟」
―混ざってル」
…褒められてるのか、
分からない。
次に、
床の影が揺れた。
音もなく、
白い着物の少女が立っていた。
床につくほどの白髪。
金色の瞳。
小さな体なのに、
圧が、違う。
「…馴れ合う気はない」
低く、冷たい声。
「だが、この場は悪くない」
[太字][大文字]「朱宮…鬼灯」
[/大文字][/太字]
雷が、
名前を呼ぶ。
鬼灯は、
ちらりと雷を見るだけで、
それ以上何も言わなかった。
最後に。
「んー…」
だるそうな声と一緒に、
ソファに人影が落ちる。
パーカー、ジーパン、スニーカー。
人間みたいな格好。
…頭には、ツノ。
「めんどい」
言われなくてもわかります。と言いたくなる。
「でも星の流れ、ここ変なんだよね
―だから来た」
「ポラリス」
名乗りも、
やっぱり適当。
雷が、
私を見る。
「全員、契約してない」
それが、
一番怖い。
契約していない悪魔は、
誰にも縛られていない。
「ここ」
Affectusが、
楽しそうに言う。
[大文字][太字]「何でも屋ダロ?」
[/太字][/大文字]
「人の感情が、
集まる場所」
「契約が、生まれやすい場所」
私は、
思わず声を強くした。
「…契約は、
増やしません」
鬼灯が、
一瞬だけ目を細める。
「ほう」
ポラリスは、
天井を見上げた。
「人間のくせに、強気だね」
Affectusは、
くるくる回る。
「だから、面白イ」
悪魔たちは、
敵でも味方でもない。
ただ―
興味本位。
そのとき。
廊下から、
足音が聞こえた。
人間の。
「…誰か来る」
雷が、
小声で言う。
私は、
息を飲んだ。
悪魔たちは、
一斉に[大文字]静かに[/大文字]なる。
見えない存在に、
戻る準備。
足音は、
確実に近づいていた。
―ここから先は、
人間の時間。
足音は、
迷いなく図書室の奥へ向かってきた。
私は、
思わず背筋を伸ばす。
…いる。
Affectusも、
鬼灯も、
ポラリスも。
全員、
そこにいるのに―
[大文字][太字]いないこと[/太字][/大文字]になっている。
「こんにちは」
柔らかい声。
入口に立っていたのは、
白髪ロングの先輩だった。
白いワンピースに、
✕印のピン。
片目が赤、
片目が虹色。
「僕の名前は、語部 椎奈」
―突然ごめんね」
その視線は、
私だけを見る。
悪魔たちが占領していたはずの空間を、
まるで何もないみたいに歩いてくる。
…見えてない。
本当に、
何も。
「どうぞ」
私は、
椅子を勧めた。
椎奈先輩は、
自然に腰を下ろす。
Affectusが、
少しだけ高度を下げた。
「完全に、ボクを無視してル」
雷が、
小声で返す。
「だから人間だって」
椎奈先輩は、
楽しそうに話し始めた。
「今日はね、依頼、というより」
―[明朝体][大文字][太字]噂話[/太字][/大文字][/明朝体]を持ってきただけなんだ」
最近、
寮で妙な話が流れててさ」
私は、
頷いた。
「…星を見ると、気持ちが軽くなる、って噂ですよね」
「そう、それ」
椎奈先輩は、
嬉しそうに笑う。
「悲しい人は、悲しくなくなって」
怒ってる人は、怒りを忘れる」
「すごく便利だろ?」
便利。
その言葉に、
胸の奥が少しだけ冷えた。
ポラリスが、
小さく息を吐く。
「…便利、ね」
もちろん、
椎奈先輩には聞こえない。
「面白いのはさ」
椎奈先輩は、
机に指を置く。
「その噂を信じた人が、
[太字][大文字]もっと確実な[/大文字][/太字]方法を
探し始めてること」
……来た。
「確実な方法、ですか?」
「うん」
椎奈先輩は、
あっさり言った。
[太字][明朝体][大文字][太字]「悪魔との契約」[/太字][/大文字]
[/明朝体][/太字]
その言葉が、
静かに落ちた。
Affectusが、
ぴくっと反応する。
鬼灯は、
腕を組み直した。
雷は、
黙り込む。
でも。
椎奈先輩は、
悪魔の気配なんて、
一切感じていない。
「勘違いしないでね、
僕は、
悪魔に興味はない」
即答だった。
「信じてるわけでもないし、
否定したいわけでもない」
ただ―」
少しだけ、
声が真剣になる。
「[明朝体][大文字][太字]不平等な契約[/太字][/大文字][/明朝体]が、
嫌いなんだ」
不平等?
「片方の得しか見えない取引は、だいたい破綻する」
「それって、
物語としてつまらないだろ?」
…物語。
椎奈先輩は、
[太字][明朝体][大文字]悪魔[/大文字][/明朝体][/太字]じゃなく、
[大文字][太字][明朝体]人の選択[/明朝体][/太字][/大文字]を見ている。
「だから、
忠告しに来ただけ」
「君なら、この噂をどう扱うか考えられると思って」
私は、
少しだけ考えてから言った。
「…先輩は、
止めたいんですか?」
椎奈先輩は、
肩をすくめた。
「止めたい、というより」
「どう転ぶか、
見たい」
正直だ。
「でも」
椎奈先輩は、
はっきり言った。
「悲劇になるなら、それは避けたい
それくらいの優しさはあるよ」
ポラリスが、
ぽつりと呟く。
「…優しいじゃん」
鬼灯が、
低く笑った。
「自覚なき善意は、強い」
私は、
深く息を吸った。
「…調べます
噂の正体も、
その先も」
椎奈先輩は、
満足そうに頷いた。
「あはは♪
交渉成立だね」
立ち上がって、
最後に言う。
「情報が欲しければ、
また来なよ」
「今回は無料」
「次からは…
格安で」
入口で、
振り返る。
「悪魔と契約しないのか、
って?」
「しないよ」
「不平等な取引は、嫌いだからね」
そう言って、
椎奈先輩は去っていった。
扉が閉まったあと。
しばらく、
誰も話さなかった。
Affectusが、
最初に口を開く。
「…見えていないのに」
「一番、
本質を見ていル」
ポラリスは、
天井を見上げる。
「人間、やっぱ好き」
鬼灯は、
短く言った。
「強いな」
雷が、
私を見る。
「ゆめ」
「この噂、放っておけないね」
私は、
小さく頷いた。
何でも屋は、
困りごとを解決する場所。
でも今は―
選択を誤らせないための場所。
見えない悪魔と、
見ない人間。
その間で、
私は立っている。
…物語は、
もう動き出していた。