この学園で、
生徒に一番人気のある先生は誰かと聞かれたら、
たぶん多くの人が同じ名前を挙げる。
―風白先生。
数学の先生。
声はいつも穏やかで、
黒板に向かっているときでさえ、
どこか生徒の方を気にかけている感じがする。
「神谷さん、
途中まで合ってますよ」
間違えた答えにも、
ちゃんと合っている部分を見つけてくれる。
だから、
数学が苦手な人も、
風白先生の授業は嫌いじゃない。
職員室の前には、
放課後になると、
いつも誰かが立っている。
質問だったり、
進路の相談だったり、
ただ話したいだけだったり。
先生は、
誰に対しても同じ距離で、
同じ「さん付け」で呼ぶ。
近すぎない。
でも、冷たくもない。
その距離感が、
たぶんみんなを安心させている。
…まさか私が、
そんな先生に
とんでもなく無理なお願いをすることになるなんて、
少し前までは思ってもみなかった。
放課後。
寮に戻る前の、
中途半端な時間。
数学のノートを片づけていると、
教室の後ろから声がした。
「神谷さん」
振り返ると、
風白先生が立っていた。
白いシャツに、
いつもと同じ落ち着いた表情。
「今、少し時間はありますか?」
口調は柔らかく、
断っても大丈夫だと思わせてくれる聞き方。
でも、
なぜか私は即座に頷いていた。
「…はい」
胸の奥が、
少しだけざわつく。
「寮に戻る前で構いません。
少し、話をしませんか」
「はい」
先生は、
先を歩きながら言う。
「最近、神谷さんは放課後、
よく図書室にいますね」
どきっとした。
「え、あ…
はい。静かなので…」
嘘じゃない。
でも、本当でもない。
風白先生は、
それ以上踏み込まなかった。
「そうですね。
あそこは、落ち着きます」
ただ、
そう言っただけ。
その[明朝体]聞かなさ[/明朝体]が、
少しだけ怖くて、
少しだけ救いだった。
図書室の奥。
夕方の光が、
本棚の隙間から差し込んでいる。
私が、
雷と契約してしまった場所。
風白先生は、
辺りをぐるりと見回してから、
静かに言った。
「…ここ、神谷さんは好きですか」
「はい」
即答だった。
「人が少なくて…
考え事、しやすいです」
「そうですか」
先生は、
小さく頷く。
「寮生活だと、
一人になる時間が、
意外と少ないですからね」
…知ってる。
寮生の感覚を、
ちゃんと知っている言い方だった。
「夜になると、
余計なことを考えてしまうことも、
ありますし」
その言葉に、
胸がきゅっとなった。
余計なこと。
見えてしまうもの。
聞こえてしまう気配。
でも、
風白先生は、
そこから先を言わない。
「何か、困っていることはありませんか」
あくまで、
一般的な質問。
私は、
一瞬だけ迷った。
ここで言ったら、
きっと戻れない。
それでも―
言わなきゃ、始まらない。
「…先生」
声が、
少し震えた。
「お願いが、あります」
風白先生は、
すぐに答えなかった。
急かさず、
驚かず、
ただ、私の言葉を待つ。
その姿勢が、
余計に緊張させる。
「…無理なお願いだと、
思うんですけど」
「はい」
「それでも、
聞いてもらえますか」
風白先生は、
やさしく微笑んだ。
「もちろんです、
神谷さん」
その一言で、
私は覚悟を決めた。
―ここから先が、
何でも屋の始まりになる。
そう思うと、
しばらく、
言葉が出なかった。
言ってしまえば、
もう戻れない。
この先生にだけは、
がっかりされたくなかったから。
「…その」
喉が、
少しだけ詰まる。
「困ってる人の話を、
聞ける場所が、ほしいんです」
風白先生は、
遮らない。
「放課後に、
少し集まれるだけでいい場所で…」
言葉に詰まった。
「正式な部活じゃなくて、
活動、みたいな形でもいいから」
無茶だって、
自分でも分かってた。
中学一年生が、
しかも理由もはっきり説明しないまま、
部活を作りたいなんて。
風白先生は、
少しだけ考えるように視線を落とした。
その沈黙が、
やけに長く感じる。
「…神谷さん」
穏やかな声。
「それは、
部活とは、
少し違いますね」
胸が、
ぎゅっと締め付けられる。
「はい…」
「責任も、
簡単なものではありません」
「…分かってます」
声が、
かすれた。
それでも、
目を逸らさなかった。
風白先生は、
小さく息を吐いた。
怒ってはいない。
困っている。
「無理なお願いです」
その言葉で、
胸の奥が、
一度、冷えた。
…やっぱり。
でも。
「でも」
風白先生は、
顔を上げて、
やさしく笑った。
「神谷さんが、
ここまで考えているなら」
「活動という形なら、
預かれます」
一瞬、
意味が分からなかった。
「…え?」
「正式な部活にはしません」
「名前だけ、
作りましょう」
心臓が、
どくんと鳴った。
「顧問は、
私がやります」
あまりにも、
さらっと言うから、
現実感が追いつかない。
「…本当に、
いいんですか?」
「ええ」
風白先生は、
静かに頷いた。
「数学の先生が、
何でも屋の顧問、
少し変ですね」
少しだけ、
冗談めいた口調。
でも、
目は真剣だった。
「ただし、
条件があります」
背筋が伸びる。
「無理はしないこと」
それに私はコクっと頷く。
「神谷さん一人で、
全部抱え込まないこと」
またコクっと頷く。
「できないことは、
できないと言うこと」
一つ一つ、
ゆっくり。
「私は、
細かいことは聞きません」
その言葉に、
胸がざわっとした。
「理由も、
深入りしません」
…知らないフリ。
でも、
突き放す感じじゃない。
「見守るだけにします」
それは、
線を引く言葉だった。
前に出ない。
でも、
背中は向けない。
「放課後、
寮の夕食前まで
図書室の奥を、
使いましょう」
その時間なら、
私も様子を見られます」
…見られる。
でも、
見張る、じゃない。
「…ありがとうございます」
声が、
少し震えた。
風白先生は、
微笑んだまま言う。
「神谷さん」
「人を助けたい気持ちは、
とても大切です」
「でも、
自分を削ってまでやるものじゃありません」
…分かってる。
分かってる、
はずなのに。
「困ったら、
ちゃんと言ってください」
先生はニッコリと笑った。
「私は、
顧問ですから」
その言葉が、
胸に残った。
◇
貼り紙を壁に貼り終えたあと、
私は少しだけ後ろに下がって、
それを見上げた。
[明朝体][太字][大文字]―何でも屋―
困りごと、聞きます
放課後/図書室奥[/大文字][/太字][/明朝体]
…本当に、始まってしまった。
「神谷さん」
風白先生の声。
振り向くと、
先生は数歩離れた場所に立っていた。
相変わらず、
柔らかい表情。
「無理は、していませんか」
「…大丈夫です」
少しだけ、
嘘だった。
そのとき、
私の横に、雷が現れる。
「うわ、
相変わらず空気きれいだね」
ぼそっと、
私にだけ聞こえる声。
雷は、
風白先生のすぐ近くまで行った。
―先生の腕の横。
顔を覗き込むような距離。
普通の人なら、
絶対に気づかない。
悪魔は、
契約者以外には見えない。
それが、
この世界の当たり前。
風白先生は、
雷の存在を、
まったく視界に入れていないようだった。
視線は、
ずっと私だけを見ている。
…見えてない。
少なくとも、
そういう態度。
「先生」
私は、
少しだけ試すように言った。
「ここ、
誰か来たら…」
言葉を濁す。
風白先生は、
一瞬だけ考えてから、
穏やかに答えた。
「そうですね」
「そのときは、普通に対応してください」
普通に。
その言葉が、
やけに引っかかった。
「ねぇ」
雷が、
私の耳元で囁く。
「この人さ」
急に来たので、
少々ビビっているのがバレるのではないか!
というぐらい動くところだった。
「[太字][大文字]見えてない[/大文字][/太字]動き、
完璧すぎない?」
私は、
何も答えられなかった。
風白先生は、
雷が立っている[太字][大文字]場所[/大文字][/太字]を、
避けるように歩いた。
偶然にしては、
きれいすぎる動線。
でも、
目は一切向けない。
「私は、
ここに[大文字][太字]問題がある[/太字][/大文字]とは思っていません」
先生は、
静かに言う。
「ただ、
神谷さんが必要だと思った」
「それだけです」
…知らない。
知らない、
という立場を、
選び続けている。
「ですから」
先生は、
やさしく笑った。
「私は、
余計なことは見ません」
「聞きません」
「神谷さんが、
話したくなったときだけ、
聞きます」
雷が、
小さく舌打ちする。
「…ほんと、
たち悪い」
でも、
声は少しだけ低かった。
[明朝体][太字][太字][大文字][斜体][大文字]「いい意味で、ね」
[/大文字][/斜体][/大文字][/太字][/太字][/明朝体]
風白先生は、
夕食の時間を気にして、
時計を見た。
「そろそろ、
寮に戻る時間ですね」
「はい」
「戸締りは、
私が確認しておきます」
…それも、
普通の顧問の言葉。
でも。
雷は、
先生の背中を見ながら、
ぽつりと言った。
「ねぇ、ゆめ」
「うん」
「この人―
[太字][明朝体][大文字]見えてないフリ[/大文字][/明朝体][/太字]をすることで、
一線を守ってる」
私は、
その言葉を、
否定できなかった。
悪魔は、
基本、人には見えない。
それなのに、
この先生は―
見えていないことを、
選んでいる。
何でも屋は、
こうして始まった。
悪魔は、
人の世界に干渉する。
天使は、
干渉しないふりをする。
そして私は、
その間に立ってしまった。
まだ、
誰もそのことに、
はっきり気づいていない。
―今は、まだ。
生徒に一番人気のある先生は誰かと聞かれたら、
たぶん多くの人が同じ名前を挙げる。
―風白先生。
数学の先生。
声はいつも穏やかで、
黒板に向かっているときでさえ、
どこか生徒の方を気にかけている感じがする。
「神谷さん、
途中まで合ってますよ」
間違えた答えにも、
ちゃんと合っている部分を見つけてくれる。
だから、
数学が苦手な人も、
風白先生の授業は嫌いじゃない。
職員室の前には、
放課後になると、
いつも誰かが立っている。
質問だったり、
進路の相談だったり、
ただ話したいだけだったり。
先生は、
誰に対しても同じ距離で、
同じ「さん付け」で呼ぶ。
近すぎない。
でも、冷たくもない。
その距離感が、
たぶんみんなを安心させている。
…まさか私が、
そんな先生に
とんでもなく無理なお願いをすることになるなんて、
少し前までは思ってもみなかった。
放課後。
寮に戻る前の、
中途半端な時間。
数学のノートを片づけていると、
教室の後ろから声がした。
「神谷さん」
振り返ると、
風白先生が立っていた。
白いシャツに、
いつもと同じ落ち着いた表情。
「今、少し時間はありますか?」
口調は柔らかく、
断っても大丈夫だと思わせてくれる聞き方。
でも、
なぜか私は即座に頷いていた。
「…はい」
胸の奥が、
少しだけざわつく。
「寮に戻る前で構いません。
少し、話をしませんか」
「はい」
先生は、
先を歩きながら言う。
「最近、神谷さんは放課後、
よく図書室にいますね」
どきっとした。
「え、あ…
はい。静かなので…」
嘘じゃない。
でも、本当でもない。
風白先生は、
それ以上踏み込まなかった。
「そうですね。
あそこは、落ち着きます」
ただ、
そう言っただけ。
その[明朝体]聞かなさ[/明朝体]が、
少しだけ怖くて、
少しだけ救いだった。
図書室の奥。
夕方の光が、
本棚の隙間から差し込んでいる。
私が、
雷と契約してしまった場所。
風白先生は、
辺りをぐるりと見回してから、
静かに言った。
「…ここ、神谷さんは好きですか」
「はい」
即答だった。
「人が少なくて…
考え事、しやすいです」
「そうですか」
先生は、
小さく頷く。
「寮生活だと、
一人になる時間が、
意外と少ないですからね」
…知ってる。
寮生の感覚を、
ちゃんと知っている言い方だった。
「夜になると、
余計なことを考えてしまうことも、
ありますし」
その言葉に、
胸がきゅっとなった。
余計なこと。
見えてしまうもの。
聞こえてしまう気配。
でも、
風白先生は、
そこから先を言わない。
「何か、困っていることはありませんか」
あくまで、
一般的な質問。
私は、
一瞬だけ迷った。
ここで言ったら、
きっと戻れない。
それでも―
言わなきゃ、始まらない。
「…先生」
声が、
少し震えた。
「お願いが、あります」
風白先生は、
すぐに答えなかった。
急かさず、
驚かず、
ただ、私の言葉を待つ。
その姿勢が、
余計に緊張させる。
「…無理なお願いだと、
思うんですけど」
「はい」
「それでも、
聞いてもらえますか」
風白先生は、
やさしく微笑んだ。
「もちろんです、
神谷さん」
その一言で、
私は覚悟を決めた。
―ここから先が、
何でも屋の始まりになる。
そう思うと、
しばらく、
言葉が出なかった。
言ってしまえば、
もう戻れない。
この先生にだけは、
がっかりされたくなかったから。
「…その」
喉が、
少しだけ詰まる。
「困ってる人の話を、
聞ける場所が、ほしいんです」
風白先生は、
遮らない。
「放課後に、
少し集まれるだけでいい場所で…」
言葉に詰まった。
「正式な部活じゃなくて、
活動、みたいな形でもいいから」
無茶だって、
自分でも分かってた。
中学一年生が、
しかも理由もはっきり説明しないまま、
部活を作りたいなんて。
風白先生は、
少しだけ考えるように視線を落とした。
その沈黙が、
やけに長く感じる。
「…神谷さん」
穏やかな声。
「それは、
部活とは、
少し違いますね」
胸が、
ぎゅっと締め付けられる。
「はい…」
「責任も、
簡単なものではありません」
「…分かってます」
声が、
かすれた。
それでも、
目を逸らさなかった。
風白先生は、
小さく息を吐いた。
怒ってはいない。
困っている。
「無理なお願いです」
その言葉で、
胸の奥が、
一度、冷えた。
…やっぱり。
でも。
「でも」
風白先生は、
顔を上げて、
やさしく笑った。
「神谷さんが、
ここまで考えているなら」
「活動という形なら、
預かれます」
一瞬、
意味が分からなかった。
「…え?」
「正式な部活にはしません」
「名前だけ、
作りましょう」
心臓が、
どくんと鳴った。
「顧問は、
私がやります」
あまりにも、
さらっと言うから、
現実感が追いつかない。
「…本当に、
いいんですか?」
「ええ」
風白先生は、
静かに頷いた。
「数学の先生が、
何でも屋の顧問、
少し変ですね」
少しだけ、
冗談めいた口調。
でも、
目は真剣だった。
「ただし、
条件があります」
背筋が伸びる。
「無理はしないこと」
それに私はコクっと頷く。
「神谷さん一人で、
全部抱え込まないこと」
またコクっと頷く。
「できないことは、
できないと言うこと」
一つ一つ、
ゆっくり。
「私は、
細かいことは聞きません」
その言葉に、
胸がざわっとした。
「理由も、
深入りしません」
…知らないフリ。
でも、
突き放す感じじゃない。
「見守るだけにします」
それは、
線を引く言葉だった。
前に出ない。
でも、
背中は向けない。
「放課後、
寮の夕食前まで
図書室の奥を、
使いましょう」
その時間なら、
私も様子を見られます」
…見られる。
でも、
見張る、じゃない。
「…ありがとうございます」
声が、
少し震えた。
風白先生は、
微笑んだまま言う。
「神谷さん」
「人を助けたい気持ちは、
とても大切です」
「でも、
自分を削ってまでやるものじゃありません」
…分かってる。
分かってる、
はずなのに。
「困ったら、
ちゃんと言ってください」
先生はニッコリと笑った。
「私は、
顧問ですから」
その言葉が、
胸に残った。
◇
貼り紙を壁に貼り終えたあと、
私は少しだけ後ろに下がって、
それを見上げた。
[明朝体][太字][大文字]―何でも屋―
困りごと、聞きます
放課後/図書室奥[/大文字][/太字][/明朝体]
…本当に、始まってしまった。
「神谷さん」
風白先生の声。
振り向くと、
先生は数歩離れた場所に立っていた。
相変わらず、
柔らかい表情。
「無理は、していませんか」
「…大丈夫です」
少しだけ、
嘘だった。
そのとき、
私の横に、雷が現れる。
「うわ、
相変わらず空気きれいだね」
ぼそっと、
私にだけ聞こえる声。
雷は、
風白先生のすぐ近くまで行った。
―先生の腕の横。
顔を覗き込むような距離。
普通の人なら、
絶対に気づかない。
悪魔は、
契約者以外には見えない。
それが、
この世界の当たり前。
風白先生は、
雷の存在を、
まったく視界に入れていないようだった。
視線は、
ずっと私だけを見ている。
…見えてない。
少なくとも、
そういう態度。
「先生」
私は、
少しだけ試すように言った。
「ここ、
誰か来たら…」
言葉を濁す。
風白先生は、
一瞬だけ考えてから、
穏やかに答えた。
「そうですね」
「そのときは、普通に対応してください」
普通に。
その言葉が、
やけに引っかかった。
「ねぇ」
雷が、
私の耳元で囁く。
「この人さ」
急に来たので、
少々ビビっているのがバレるのではないか!
というぐらい動くところだった。
「[太字][大文字]見えてない[/大文字][/太字]動き、
完璧すぎない?」
私は、
何も答えられなかった。
風白先生は、
雷が立っている[太字][大文字]場所[/大文字][/太字]を、
避けるように歩いた。
偶然にしては、
きれいすぎる動線。
でも、
目は一切向けない。
「私は、
ここに[大文字][太字]問題がある[/太字][/大文字]とは思っていません」
先生は、
静かに言う。
「ただ、
神谷さんが必要だと思った」
「それだけです」
…知らない。
知らない、
という立場を、
選び続けている。
「ですから」
先生は、
やさしく笑った。
「私は、
余計なことは見ません」
「聞きません」
「神谷さんが、
話したくなったときだけ、
聞きます」
雷が、
小さく舌打ちする。
「…ほんと、
たち悪い」
でも、
声は少しだけ低かった。
[明朝体][太字][太字][大文字][斜体][大文字]「いい意味で、ね」
[/大文字][/斜体][/大文字][/太字][/太字][/明朝体]
風白先生は、
夕食の時間を気にして、
時計を見た。
「そろそろ、
寮に戻る時間ですね」
「はい」
「戸締りは、
私が確認しておきます」
…それも、
普通の顧問の言葉。
でも。
雷は、
先生の背中を見ながら、
ぽつりと言った。
「ねぇ、ゆめ」
「うん」
「この人―
[太字][明朝体][大文字]見えてないフリ[/大文字][/明朝体][/太字]をすることで、
一線を守ってる」
私は、
その言葉を、
否定できなかった。
悪魔は、
基本、人には見えない。
それなのに、
この先生は―
見えていないことを、
選んでいる。
何でも屋は、
こうして始まった。
悪魔は、
人の世界に干渉する。
天使は、
干渉しないふりをする。
そして私は、
その間に立ってしまった。
まだ、
誰もそのことに、
はっきり気づいていない。
―今は、まだ。